第13話 登用官は見蕩れる
「せいっ!」
「はぁぁっ!」
訓練場には騎士たちの裂帛の声が響いている。
以前に比べれば人材の質が落ちたと言われているものの、それでも国民から羨望を集める存在だというのは納得できる。
額に汗をかきながら獲物を振る姿は頼もしさを感じさせる。
あの後、俺は騎士たちの訓練を見学することになった。
「それでは、立派なお家も手に入ったことですし」
「うん」
「今日は騎士たちの訓練を見てください。 どんな人材がいるか把握していただきたいので」
「エルナ様、私は事務仕事を片付けてから合流します」
そんな流れから、半ば連行されるような形で訓練場に足を伸ばしていた。
最初こそ、俺を横目で見ていた騎士たちも、訓練が始まるやいなや、その視線は消え失せていた。
椅子に腰掛け、騎士たちの対人戦闘を見始めてから小一時間は経過しようとしている。
「くあぁ」
それぞれの騎士が一撃、二撃、緩急をつけた斬撃を打っては、時折混ぜているフェイントを眺めていると欠伸が出てしまった。
張り詰めた空気の中にいるのだが、どうしてもこの手の訓練は退屈に感じてしまう。
今いる人材を把握するというエルナの言うことは尤もだが、アルケインの騎士団の強さは帝国にいた時から概ね知っていた。
質実剛健と言えばいいのだろうか。突出した化け物がいるわけではない。
その代わり、誰を戦場に出しても一定以上には戦える。
その様相は、アルケインという国に対する対外的な評価に近しいものだった。
中規模国家として派手さはないが、外交や領土問題でも大きなしくじりもない。
自国の土地で産業を育てていることも、さすがと言える。
「みんな、真面目だねぇ」
国だけでなく、騎士団に対しても、自然とそんな感想が口から出てしまう。
エルナは団員への指導に精を出している。
指導に対して全員が耳を傾けているが、一部はエルナの容姿に見入っているようだった。
あの若さ、あの見た目で騎士団長だからな。 気持ちは分からんでもない。
さてと……。
今なら、こっそり抜け出せそうだ。
トイレにでも行こうかというフリをしながら出口に着いた時、扉が開けられた。
「……どこに行くんです?」
そこにいたのは訓練着姿のクレシアだった。
運悪く、鉢合わせる形となってしまう。いつも、いつも間の悪い奴だ。
「あ、あー。 ちょっとトイレに」
「そちらは倉庫ですが」
そうだったのか。扉が多いから紛らわしいんだよな、この訓練場。
「……ついでに剣でも見ておこうかと」
「お手洗いは?」
「その後かな」
クレシアの目が細くなる。
最初から、武器の点検に行くと言えばよかった。
まあ、俺が見ても分からないんだけどね。
「はぁー。 本当かどうか聞きませんが、お手洗いは逆側の奥の扉です。 それでは」
ため息を吐きながら、俺の相手はしていられないといった様子ですれ違った。
結局、もう一度戻ることになってしまう。
訓練場では合流したばかりのクレシアが、すぐに模擬戦闘を始めていた。
「へぇ……けっこう、やるな」
刃渡りの短い木剣を両の手に持ち、独特の間合いで相手に詰め寄る。
踏み込んだと思えば、次の瞬間には横へ抜ける。
相手が振り向くより早く、左手の得物が脇腹を狙った。
それを相手も辛うじて受けたものの、クレシアの動きに手を焼いているのは明らかだった。
「随分と変則的な戦い方だな」
決して正面から切り合うことはしない。
右で誘って、左で打つ。次は左を警戒させて、懐へ潜る。
「おぉ」
相手の男が苛立ったように大きく踏み込んだ。
今までとは違う鋭い一撃。
クレシアは後ろに跳んで躱す――と思った。
しかし、逆だった。
自分から前に出て、振り下ろされる木剣の内側へ潜り込み、右手の剣で相手の柄を押さえる。
同時に左手の剣の切っ先が、男の喉元で止まった。
「そこまで!」
審判役の声が飛ぶ。
男が悔しそうに息を吐き、剣を下ろすのとは対照的に、クレシアは平然としていた。
「……性格の悪さが、剣技にも表れているな」
二刀流というよりも、相手の意識を強制的に二分割させるような動き。
思っていたより、ずっと強い。
いや、考えてみれば当然か。エルナの補佐役として活動していて弱い訳がないのだろう。
周囲を見回し、次の相手を探している。
その後の模擬戦闘を見ていても、見事なものだった。
俺の似非尿意を忘れさせるくらいには、クレシアの動きは見応えがあった。
「ただ……騎士っぽくはないな」
独特の戦い方は、斥候や暗殺に近いものを想起させた。
小休止に入ろうとするクレシアが俺に近づいてくる。
「お手洗いは行かれましたか?」
「……なんの話?」
忘れていた。 というより、最初から行きたくなかった。
「便利な身体ですね」
呆れた声とともに、クレシアが額の汗を手の甲で拭う。
訓練着は普段の服装より、ずっと薄手だった。
散々動いていたからだろう、汗を吸い身体に張り付いている。
もう一つ特徴的なのが、下は普段のスカートではなく、太ももが露わになる丈の短いパンツだった。
うーむ。目のやり場に困るんだよな。
視線を宙に彷徨わせていると、
「どう……でしたか?」
「え?」
思わず聞き返してしまう。
どう……と言われても、正直に答えたら何を言われるか分かったもんじゃない。
仕方なく、クレシアを見るように顔を戻す。
首を傾げた拍子に、汗で張り付いた髪が頬へ落ちる。
本人は気にした様子もなく、襟元を摘まんでパタパタと風を送った。
やめてほしい。こっちはどこを見ればいいんだ。
「それで、どうでした?」
一向に答えない俺に痺れを切らしたのか、再び尋ねられる。
「いや、その……似合ってるんじゃない?」
「何がです?」
違った、違った。危ないよ、これ。
質問の意図って確認するのが大事なんだな。
「模擬戦のことを聞いていますよ?」
「ああ! そっちね」
慌てて咳払いをする。戦闘に対する感想ってことか。
「お前さ、ナイフとか好き?」
「……突然なんですか?」
予想どおり、怪訝そうな顔をされた。しかし、一瞬だけ、目を見開いたのが分かった。
「太ももにナイフを巻き付けたら制服の時はスカートで隠せそうだし、クレシアの場合は剣すら囮にしそうな戦い方だったから」
「……ちっ」
あれ?
何かおかしいこと言ったか?
感想を聞かれたから答えただけなのに、舌打ちされたんですけどー。
クレシアはゆっくりと自分の太ももへ視線を落とす。
それから、こちらを見る。
「本当に……よく見ていますね」
「まあね。 目につく奴のことは、穴が開くくらい見るよ」
ザザっと、俺から距離をとるクレシア。 急にどうした? 変わった反応をする娘だな。
いつもよりも、さらに目を細めて。
「そんなに、堂々と。 あなたは、何をしにアルケインへ来たのですか?」
「何って……クレシアはよかった。 かなり興味を持ったよ」
また一歩、離れられた。
「もういいです……そのような視線はエルナ様に向けないでくださいね」
そのままクレシアは踵を返して、早い歩調で離れていった。
結局、何が癇に障ったのか不明なままだったが、露骨な態度にちょっとだけ傷ついた。
生理的な嫌悪感は持たれてないよね?
さてと。
クレシアのせいでサボることはできなかったが、収穫もあった。
そろそろお暇してもいいだろう。
今度こそ、訓練場を出ていこうとする。
俺が歩き出したのと同じタイミングで、訓練場に入ってきた一人の女性騎士がいた。
背筋が真っすぐに伸び、俺と同じくらいの背丈がありそうだった。長い黒髪を高い位置で一つに結んでいる。
任務明けだろうか。先程のクレシアと同様に、すぐさま模擬戦闘に入っていく。
この時の印象は、少し目を引く程度のものだ。
模擬戦闘が始まってからは――――目を奪われた。
彼女は三戦全てで圧倒的な結果を出し、その後は個人で鍛錬していた。
結局、この日は訓練が終わるまで彼女を見つめてしまい、その場を離れることができなかった。




