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その原石を見つめて ~クビにされた人材登用官の英雄発掘譚~  作者: 緑地亭かっぱ


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第12話 登用官は仕返しができない

翌日、窓から差し込む日差しで目を覚ました。

見慣れない天井をしばし眺め、昨日の出来事を思い出す。


――家をもらった。


この事実がノートンへの感謝がありながらも、それ以上に俺を家なき子にしたクレシアへのささやかな復讐心を思い出させた。


「――うし。 行くか、駐留場に」


コキ、コキと首を鳴らす。

身体の疲労はほとんど残っていない。 ベッドから起き上がり、


「くくく……家があることを伝えたら、どんな顔するかな」


クレシアの澄ました表情が慌てふためくだろうか。

そんな想像をしただけで、朝の身支度を軽快に行うことができた。


東地区を足早に歩く。逸る気持ちが抑えきれなかった。

中央広場を横切ろうかという時、どこからか食欲をそそる匂いがした。


「そういえば、朝飯どうするかな」


俺は三食をしっかりと食べたい派だ。

駐留場に行くのは、どこかで食事をしてからにしようか。


……いや。落ち着け。

まず、目下やることはクレシアをぎゃふんと言わせることだ。

それが済んだ後、優雅に朝食をとりながら勝利の珈琲を決めるとしよう。


そうだ、それがいい。

今日は、さぞ最高の一日になるだろう。



◇



団長室の扉を勢いよく開ける。

エルナとクレシアは既に出勤していたようで二人で談笑していた。


俺の顔を見て、不機嫌な表情になったクレシアが視界に入ったが、構うことはない。


「二人とも、おはよう!」


爽やかな挨拶をすると、エルナからは反応が返ってくる。

クレシアに至っては先日と同じように半眼を向けてきた。


「とても、いい朝だね。 こんな日は仕事に精が出そうだよ」


「レイグさん、調子が良さそうで何よりです。 昨日はゆっくり休めましたか? 私の家ならいつでも部屋が空いていますので――」


エルナが発した言葉の後半を聞いて、クレシアの眉間に皺が刻まれていた。

相変わらず、男と一緒に住むことを軽く捉えている節があるが、こちらが本題を切り出すには十分な取っ掛かりだった。


「エルナ、ありがとう。 でも、俺には 『自分の』 家があるからね」


もどかしそうな表情をしながらも、「安心しました」と言ってくれた。

それとは対照的にもう一人の女性騎士は、


「……本当に、レイグさんの家なんですか?」


ジトっとした目を向けて、疑っていることを隠そうともしない。

わかる、わかるよクレシア。人は自分が信じたいものだけを、信じようとするからね。


だが、世の中は善行を積んだ者が報われるんだよ。

はー、やれやれ。小娘に教えてやるか。

ここからは特別授業の時間だよ、お嬢ちゃん。


「無論、『俺の家』 だ。 大きくはないが、落ち着ける場所で快適だ」


「念のため言っておきますが、娼館はあなたの家ではないですよ?」


今度はぴくりと、エルナの眉が動いた。


「ねえ、なんで朝一番から俺を娼館住まいにしたの?」


「違いましたか?」


「違うよ」


即答したというのにクレシアだけでなく、エルナの目からも疑いが消えない。

むしろ、「では、どこで?」と双方が無言で続きを要求している。


……なんだか、思っていた展開と違うな。


「東地区にちゃんとした家があるんだよ」


「その時には留守だったとしても、他人の家に入ってはいけませんよ?」


こ、こいつ! なんて自然に俺を空き巣扱いするんだ。

昨日まで野宿を覚悟していた人間の想いをなんだと思っているのだろうか。


「レイグさん。 私からも、その家はどうされたのか聞いても? 団長として招聘した責任もありますので」


二人の異なる思惑を前にして、今朝の俺の勢いはどこかにいってしまった。

もういいや、面倒になってきた。


「あー……実は知り合いからもらったんだ」


「一晩で家をもらうなんて、ありますか?」


クレシアは追求の手を緩める気がなかった。


「昔の知り合いが商人なんだよ! しばらくアルケインを離れるから、譲ってもらえることになったの! どうせ信じないと思うけどノートンって奴で――」


まったく。朝から人を何だと思っているんだ。

男と男のハートフルな再会から始まったんだよ。


「待ってください」


もう少し、補足をしようとした俺を遮ったのはエルナだった。


「今、ノートン……と言いました?」


「言ったけど」


急に黙り込む。クレシアでさえも神妙な顔に変わった。


「帝国からアルケイン、南方諸国まで交易路を持っている、ノートン商会ですか?」


あー、そんなことを言っていた気もするな。

酒を飲んでいたから、うろ覚えだけど。


「たぶん、それ」


エルナが黙った。

隣を見ると、クレシアまで目を丸くしている。

なんだよ……その反応。


「レイグさんが、ノートンさんと本当にお知り合いなのですか?」


「だから、そうだって。 昔の後輩で俺が『商人をやれば?』って勧めたんだよ」


「「……」」


また、二人して黙るし。なんだよ、この雰囲気。

何かまずいことでも言っただろうか。


「……とてつもない、人脈ですね」


「なんだそれ? あいつは昔の後輩でいい奴なんだよ」


「ノートン商会を『あいつ』、呼ばわりですか。 なんと言うか、レイグさん……らしいですね」


この後、俺はノートン商会がいかに辣腕を振るっているか聞かされた。

『調達できないものはない』と、界隈でも有名らしい。


そんな話と二人の反応に、今度は俺が首を傾げる番だった。

もちろんノートンの手腕が評価されていることに異論はないが。


「そんなに有名なの?」


商売が順調なことしか聞いていなかったので、第三者から聞かされる話はどこか他人事だった。


「有名ですし、底が知れない商人として名が通っていますね」


騎士団長であるエルナの耳に届いていることから、相当の評判だと窺えた。


そこからはノートンの話で持ちきりになってしまう。

誰も俺の家について話題を振ってくれない。


俺の想像していた展開とは違った、なんとも言えない一日の始まりとなった。


「もう少し……家の話したかったな」


もっとこう、家にあるといい食器とか。 住み心地を良くしてくれる観葉植物の話とかさ。


そういう話題なら、盛り上がれると思ったんだけどなー。


誰にも聞こえない声で呟いた言葉は虚空に消えていった。

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