第10話 登用官は間に挟まれる
「あら? なにか、まずいかしら」
エルナ本人は、クレシアからの反応を軽く受け止めている。
「私の家なら……仕事の話も、それ以外もスムーズにできると思うのだけど……」
俺のほうが居たたまれなくなってしまう。クレシアの表情は見たこともない形相になっている。
それに加えて、泣きそうになってないか?
エルナには聞こえなかったのだろうけど、近くにいる俺は「それ以外ってなんですか」と、小さな呟きが耳に届いていた。
クレシア、もういい。ここは俺がいく。
骨は拾ってくれよな?
「エルナ。俺としても、そこまでしてもらうのは心苦しい。別で探がそうと――」
「それでは駄目です」
ぴしゃりと言い放たれる。
「レイグさんは国として招いた大切な御方です。これからは騎士団の仕事に深く関わる身ですので、仮宿では何かと不便でしょう」
「それは…そうだけど」
困ったな、理屈は正しいから反論しづらい。それでいて、エルナの意思が強いことは垣間見ている。
でも、男なら何かを言わないといけない時があるよね?
負けると分かっていても、戦わないといけない時がさ。
きっと、今が人生で何度あるか分からない、その時なんだ。
「えーっと。 実は、古い知人がこのあたりにいてさ。そこに厄介になる予定なんだ」
「「え?」」
今後は女性二人が同時に声を上げた。
もちろん、嘘だ。しかし、これくらいしか手が思いつかない。
「いつの間に……ただ、先ほどは別で探すと」
「あー! 別で探そうとしたら、知人とたまたま遭遇したんだよ。そこから、とんとん拍子でな」
俺を射抜くような視線が抜けられる。でも、負けるわけにはいかない。
「その知人は信頼できる人だから……――つまり、俺の部屋の心配はしないでいい」
一言発するたびに胸が痛くなる。いねーよ、そんな知人。
でも、こうでもしないと話が収束しないからね。
「レイグさんがそう言うなら。仕方ありませんね」
若干の疑問は残していたが、エルナから譲歩の言葉を引き出せた。
よかった、これで誰も悲しまなくて済む。
辛い想いをする人はいないだろう、もちろん俺を除いて。
野宿してたら捕まったりしないよな?
「一つ確認ですが、その知人は女性ではないですよね?」
いや、何の確認だよ。女性どころか、実在しない人だよ。
「無論、男だ」
半ばやけくそになりながら、明快に告げる。
こんなのは都合よくでっちあげればいいんだ。架空の人物なんだから。
「わかりました。いずれ、私からもその方にご挨拶させてください」
……うん。
「もちろんだ。そいつもエルナと会えたら喜ぶだろうよ」
目を見て真っすぐに答える。
「分かり……ました。 それでは、私は失礼します。 クレシアは、また午後の訓練で」
どうやら、納得してくれたようだ。それ以上は詮索することなく部屋を出ていった。
静まり返った部屋に、落ち着きを取り戻したクレシアと一人の嘘つきが残る。
これからの寝泊り、本当にどうしよう。
「あの、ありがとう……ございました」
クレシアからすれば、事なきを得たということだろう。
それに対しての御礼ということか。
「えーと。 どういたしまして?」
今の俺は心ここにあらずの心境で天井を見つめていた。
「お詫びと言ってはなんですが、王都周辺をご案内します」
ほー。随分と態度が軟化していた。きっと、大事なエルナを守れたことで心を開いてくれたんだな。
そう考えれば、さっきまでの怒った顔も、しおらしくしている今の様子も可愛いもんだ。
これからは仲良くやっていけそうな気がした。
「じゃあ、お願いするよ。 助かるね」
争いなんて何も生まないよね。お互いが寛容な心を持つことが大事さ。
「はい。 レイグさんは、これから毎日野宿されるわけですから。 早めに場所の目途はつけたいでしょうし」
前言撤回。冷戦に突入ですよ、これ。
取り持ったことに後悔を覚え始めた。
ただ、取り持たなかった場合はエルナと同棲していたわけで、それも大問題だ。
……よし、今は仕事に必要になりそうな場所を見て回ろう。そのほうが有意義だ。
「今はそれでいい。 ほら、行くぞ」
言葉は自然に砕けたものになる。クレシアとの会話で気を遣う必要はないと認識できた。
「はい。 では、王宮から案内します」
憎たらしい小柄な背中に続いて、部屋を出ていく。
◇
騎士団の駐留場を出て、別棟にある王宮にやってきた。
駐留場もそれなりに大きい建物だ。中に入ってみると王宮は別格だった。
磨き上げられた白い石床に、規則正しく並ぶ円柱。壁には王家の紋章が刻まれ、窓から差し込む陽光が廊下を明るく照らしている。
「こちらが王宮です。国王陛下をはじめ、大臣や文官が執務しています」
「ふーん」
「随分と興味がなさそうですね」
「建物にはな。俺が興味あるのは、その中身だ」
立派な建築を見たところで得られるものはない。
組織の内面は外からでは分からないことが多いからな。
「意外です」
「何が?」
目を見開くクレシア。
「もっと筋肉で考える方かと思っていました」
「俺、戦えないんだけど」
「口だけは強そうでしたので」
……こいつ。さっきから一言多い。
とりあえず、良くも悪くも金をかけるところには、しっかりかけているらしい。
「次は中央広場へ向かいます。王都で最も人と物が集まる場所です」
今度は自然と興味が湧いた。人が集まる場所には、才能も集まる。
「よし、案内してくれ」
「はい。野宿する場所も見つかるかもしれませんし」
「まだ言うか」
「当然です」
……まあいい。
いずれ何かで一泡吹かせてやる。
そんな小さな決意を胸に、俺は憎たらしい案内役の後を追った。
「ここが、中央広場です。広場を起点に、北地区が王宮や駐留場で――」
ざっくりと地理を説明してくれる。
「西地区が商業エリアと歓楽街、東地区は居住エリアになっています」
なるほど。エルニックは西地区で露店をしていたのか。
「南地区は?」
一つだけ漏れていたので質問する。
「南地区は……あまり近づかないほうがいい場所です」
「なんだそれ」
「スラム街や認められていない商売なんかが行われています。孤児や事件が多いのも、このエリアで……」
なるほど。それは説明しづらいな。
騎士団は治安維持もしているわけだし、その団員が近づくなと言うからには、相応の場所みたいだ。
「騎士団は動かないのか?」
「もちろん巡回はしています。ただ、根本的な解決には至っていません。ですので、特別な用事でもない限りは近寄る必要はありません」
クレシアは淡々と答える。あまり、触れたくない話題だと窺えた。
そのまま、二人で南地区を除いて、地区の入口あたりまでを周遊する。
一通り見て回り、中央広場へ戻ろうとする。クレシアの案内も佳境に入ってきた。
回っている間、ほとんど会話はない。お互いに話すことがないから、当然と言えば当然だが。
視線の先に広場の噴水を捉えた時、ぽつりと声が聞こえた。
「あなたは、どうして登用官の任を請けたのですか?」
不意の問いだった。
これまで最低限の案内しかしてこなかったが、自分から話題を振ってくるとは思わなかった。
「急だな」
「答えたくなければ構いません」
そう言いながらも視線は俺から外れない。
本当に興味がなければ、そもそも聞かないはずだ。
答えに悩んだ挙句、包み隠さず答えることにした。
「金だよ」
目を見て、答える。
「借金を返さなきゃならなくてな」
「……それだけですか?」
ちゃんと答えたはずなのに、納得されない。
「人を疑うのが趣味なのか?」
「レイグさんだけです」
まったく悪びれない。そして、大きなため息をついた後で
「質問を変えます。あなたに守りたいものはありますか?」
その質問に、今度はすぐに答えが出なかった。
守りたいもの。そんなものを考えたことは、いつ以来だろう。
「……難しい質問だな」
「私の場合はエルナ様です」
クレシアは真っすぐ前を向いたまま言った。
「私を騎士にしてくれたのは、エルナ様です。その想いに報いたいと思っています」
歩く歩幅は変わらない。それでも、その一言一言には重みがあった。
「これまでエルナ様を補佐する形で登用にも関わっていました。でも……あなたが来たことで外されるでしょう」
俺って生きているだけで反感を買う星に生まれたのかな。
いや、言っていることは分かるんだけどね。クレシアのエルナへの想いは強いものだし。
「ですが、百歩譲ってそれは構いません」
「ふーん」
「私が怖いのは、あなたがエルナ様に変な負担を強いたり、裏切ったりしないかです」
そこでようやく、彼女は足を止めた。
いつの間にか中央広場に着いていた。
噴水から流れる水音がやけに耳へ届く。
「エルナ様を傷つけたら、許しません。それだけは忘れないでください」
会釈をして、俺の隣を離れていく。
いろいろと言われっぱなしだったな。
あいつにも、いろいろ事情はあるのだろうけど。
時間を確認すると、もう少しで正午になりそう頃合いだった。
さてと。午後はどうするかな……
たしか、訓練があると言っていたけど。それを覗いてみようか。
一歩、足を踏み出して踵を返した時、背後から声が聞こえた。
「あれ? もしかして、レイグ……先輩?」




