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異世界で芋を植えたら、葉しか茂らなかった。~元・種芋屋の俺が三個の芋から飢えない北辺を作るまで~  作者: 他力本願寺


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第10話 答えは出た、使えない

北辺の短くも過酷な夏が終わり、秋風がトゥーリ村に吹き込む頃。


 ガーヴから借りた石壁際の試験圃場には、沈黙と緊張が満ちていた。


 ユアンの他、兄のダン、老農ガーヴ、在来種区画を担当したミラ。そして、分厚い外套を着込んだ代官代理のセリカが、手に帳簿を持って厳しい視線を畑へ注いでいる。


 雪解けの春から始まった、四つの区画を用いた対照実験。その答え合わせの時が来たのだ。


「いくわよ。まずは『開放区画』から」


 セリカの合図で、ユアンは深く息を吐き、遮るもののない平地に植えられたヤーゴ芋の株元に鍬を下ろした。


 夏の間、最も青々と巨大な葉を茂らせていた株だ。だが、ざくりと抉り出された土の中には、一年目の秋と同じく、無数の細い根が張っているだけだった。


「……ゼロだ」


 ユアンが泥を払いながら告げると、セリカは淡々と帳簿に書き込んだ。


「次。『石壁区画』」


 石壁の影になる区画。ユアンが掘り返すと、親指の先にも満たない、ビー玉のようなわずかな膨らみが二つ、三つ転がり出た。


「少しだけ実が入っている。だが、食用にも種にもならない屑芋だ」


「記録したわ。次」


 セリカの声に促され、ユアンは最後に残った『黒布区画』の前に立った。


 毎日、夕刻になるとセリカやミラと泥だらけになりながら分厚い布を被せ、強風に耐え、厳密に暗い時間を作り出し続けた区画だ。地上部の葉はすでに枯れ落ち、茎だけがしおれて土に突っ伏している。


 ユアンは震える手で鍬を握り直し、株の真横に刃を突き立てた。土が盛り上がり、ひび割れる。


 鍬を投げ捨てて両手を突っ込むと、ごろん、と土の中から確かな重みが手のひらに転がり込んできた。


「……あった」


 ユアンは歓喜の声を漏らし、土まみれの塊を次々と掘り出した。


 一個、二個、三個。数は増え続け、最終的には小ぶりながらも丸みを帯びたヤーゴ芋が、十四個も収穫できた。前年の「十一個の屑芋」に比べれば、明らかに数も大きさも勝っている。


「おおっ! すげえ!」


 ダンが身を乗り出して歓声を上げた。ガーヴも「やったな、ユアン」と皺くちゃの顔を綻ばせる。


 ユアンは十四個の芋を抱え、誇らしげに皆を振り返った。


「証明できた! 同じ親芋から出た芽でも、光の当たり方だけでこれだけの差が出る。ヤーゴ芋が北辺で実らないのは、寒さのせいじゃない。昼が長すぎるからだ。……いや、正確には違う。中断されない『暗い時間』が足りなかったからだ!」


 前世で言うところの短日性。


 南方の植物が、北辺の長い昼のせいで「秋が来た」と感知できず、延々と葉を茂らせていたという仮説。それが今、完全に実証されたのだ。


 自分が導き出した推論が正しかったという技術者としての達成感に、ユアンの心は大きく打ち震えていた。


「これで来年からは、芋が腹一杯食えるんだな!」


 ダンの喜色満面の声に、村人たちの間にパッと明るい空気が広がった。誰もが、これで飢えの恐怖から解放されると信じて疑わなかった。


 だが、冷や水を浴びせるような音が、その場に響いた。


 パタン、とセリカが帳簿を閉じた音だった。


「……喜んでいるところ悪いけれど、ユアン。あなた、本当にこれで村が救われると思っているの?」


 セリカの声は、秋の風よりも冷ややかだった。


「どういう意味だ。原因は特定できた。暗い時間を長くしてやれば実る。現にこうして、黒布区画の株からは芋が穫れたじゃないか」


「ええ、一株の実験としては完璧な成功よ。それは認めるわ。でも、それをどうやって二百人の村全体に適用するつもり?」


 セリカは帳簿の裏表紙を指先でコツコツと叩いた。


「トゥーリ村の人間が飢えずに冬を越すために必要な作付面積。その途方もない広さの畑すべてに、毎日夕暮れ時になると巨大な黒布を被せて、朝には外す。誰がやるの?」


「それは……」


「毎日よ? 雨の日も風の日も、農民たちは自分の本業である豆や蕪の世話を放り出して、布の開け閉めだけに労働日数を費やすとでも言うの? そもそも、村中の畑を覆い尽くすほどの黒布を買う金がどこにあるのよ」


 ユアンの喉がひゅっと鳴った。


「だったら、魔法はどうだ? 光を遮断する魔法使いを街から雇って……」


 ダンが食い下がるが、セリカは即座に首を横に振った。


「不可能よ。農業魔法の術者一人が、一日に温度や光を調整できる面積はせいぜい二反。日当は銀貨三十枚よ。村の全農地を魔法の闇で覆うなんて、辺境伯領の予算を全額注ぎ込んでも足りないわ。破産するわよ」


 数字という冷酷な現実が、次々とユアンの前に突きつけられる。


「……そんな」


「あなたの発見は素晴らしいわ、ユアン。学者の書物には残るかもしれない。でも、予算と労働力という現実のフィルターを通せば、この方法は完全に破綻しているわ」


 セリカは厳しい目でユアンを見据え、決定的な宣告を下した。


「結論を言うわ。あなたの出した答えは、実用的には普及不能。使えない技術よ」


 その言葉は、ユアンの心を粉々に打ち砕いた。


 植物の生理の謎は解けた。だが、それは箱庭の中の成功にすぎなかった。現実の農家の生活や、限られた予算という壁を越えられなければ、どれだけ立派な科学的真理でも「今日の空腹」を救うことはできない。前世の種苗会社で、どんなに優れた品種のデータがあっても、農家の実情に合わなければカタログの隅で埃を被るだけだったように。


 ユアンの腕から力が抜け、十四個の芋が入った籠が鈍い音を立てて地面に落ちた。


「結局……徒労だったのか」


 ユアンは唇を噛み締め、うつむいた。


 ダンやガーヴも、セリカの指摘する現実の前にぐうの音も出ず、気まずそうに視線を逸らしている。


「ユアンのヤーゴ芋は、結局村を救えなかった。……私の灰芋の勝ちね」


 隣の区画で、泥まみれになりながら灰芋を収穫していたミラが、静かに言った。彼女の籠には、相変わらず不味くて収量の低い、しかし確実に北辺の冬を越せる灰色の芋が転がっている。


「でも……毎日あの重い布を下ろすの、私は嫌いじゃなかったわよ」


 ミラなりの慰めの言葉だったが、ユアンの耳には遠く響くばかりだった。


 日没が近づき、村人たちもセリカも、重い足取りで畑を後にしていった。


 冷たい風が吹き抜ける中、ユアンは一人残され、片付け作業を始めた。


 まずは、実験に使った黒布を畳む。もう明日から、この布を下ろす必要はない。その事実が、たまらなく虚しかった。


 次に、収穫が「ゼロ」だった開放区画の株を処分するために、枯れかけた長い蔓を引き抜きにかかる。


「葉だけが勝って、地下には何もない……。ただの蔓ボケの役立たずめ」


 ユアンは自嘲気味に呟きながら、大きく成長した葉を乱暴に払いのけた。


 その時だった。


 バサッ、という音とともに、枯れかけた巨大な葉の陰から、何かがポロリと地面に転がり落ちた。


「ん……?」


 ユアンは泥にまみれた手を止め、足元に落ちたそれを拾い上げた。


 それは、小さな丸い玉だった。


 芋の塊茎ではない。土の中から出たものではなく、地上部の茎についていたものだ。


 大きさはさくらんぼ程度。表面は青々としており、微かに未熟な果実のような青臭い匂いがする。


「なんだ、これ……」


 ユアンは枯れた蔓をかき分け、さらに奥を覗き込んだ。


 驚いたことに、開放区画で育ったヤーゴ芋の茎のあちこちに、同じような青い小さな実がいくつもぶら下がっているではないか。黒布区画の株には一切見られなかったものだ。


 植物が花を咲かせた後、その名残としてつけるもの。


 それは間違いなく、ヤーゴ芋の『果実』だった。


 使えない答えを突きつけられ、すべてが終わったと思っていたユアンの瞳に、その青い実の姿が静かな波紋を広げていった。

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