鋼の報酬と、芽生える輪郭
シエルのガレージに持ち込まれたのは、旧世界の高度な情報が詰まったサーバー・ラックと、山のような真鍮の薬莢だった。
シエルはゴーグルを跳ね上げ、目の前のお宝を前にして、文字通り踊り出した。
「すごっ……すごすぎるよ、あんた! これ、ただのサーバーじゃない、旧世界の軍事ネットワークの末端端末だよ! この中の『記憶素子』だけで、スラムが何個買えると思ってるの!?」
「……知らない。高く売れるなら、それでいい」
少女はMP7をテーブルに置き、ぶっきらぼうに背を向けた。
全身に硝煙の匂いと、返り血のベタつきがこびりついている。早く、あの場所(お風呂)へ帰りたかった。
「あ、ちょっと待って! これだけの代物、流石にすぐには現金化できないよ。足がつかないように中層のルートを通すから、換金には三日……ううん、五日はかかるかな」
「……そうか」
少しだけ、落胆が声に出た。
手元の金は、家賃を払えばもう心許ない。そんな彼女の様子を察したのか、シエルはニカッと笑って、彼女の肩をポンと叩いた。
「そんな顔しないでよ! 換金が終われば、あんたはスラム一の『成金娘』になれるんだから。……お祝いにさ、今日は私がとっておきのディナーを奢ってあげる!」
◇ ◇ ◇
シエルが案内したのは、彼女のガレージの裏手にある、これまた小汚い――けれど、スラムでは最高級の部類に入る飲食店だった。
出てきたのは、チューブに入ったペーストでも、謎の肉の串焼きでもない。
少し形は崩れているが、本物の「ジャガイモ」を煮込んだスープと、焼きたての「パン」だ。
「……これ、食べていいのか」
「当たり前でしょ! 私が奢るって言ったんだから。さあ、食べて食べて!」
少女は、恐る恐るパンをちぎり、口に運んだ。
パサついているが、噛むほどに穀物の甘みが広がる。温かいスープが、冷え切っていた内臓を優しく解きほぐしていく。
「……おいしい」
「でしょ? ちゃんと栄養取らないと、戦いなんてできないよ。あんた、ちょっと細すぎるしね」
シエルは自分の分を豪快に頬張りながら、楽しそうに笑っている。
少女は、黙々と食事を続けた。誰かに食事を奢られるなんて、生まれて初めてだった。
お腹が満たされるにつれて、刺すような飢えへの恐怖が、少しずつ遠のいていくのを感じた。
◇ ◇ ◇
その夜、彼女はいつものように高級アパートの広いバスタブに身を沈めていた。
清潔なお湯。十分な睡眠。そして、シエルに奢ってもらったまともな食事。
それから……死の淵で自分を繋ぎ止めた、冷たいナノマシンの働き。
水面に映る自分の姿を、彼女はぼんやりと見つめた。
「……あれ?」
ふと、違和感に気づいて、自分の体に触れた。
一週間前までは、あばら骨が浮き出て、皮と骨だけだった。触れれば壊れてしまいそうな、ただの「死に損ないのガキ」の体。
けれど今、お湯に浸かっている自分の体は、ほんの少しだけ――本当にわずかだが、ふっくらとした丸みを帯び始めているように見えた。
痩せこけていた頬には赤みが差し、腕も、脚も、昨日よりもしなやかな線を描いている。
栄養が行き届いたせいか、あるいはナノマシンが彼女の細胞を「本来あるべき姿」へ急速に修復しているせいなのか。
『マスター。バイタルデータに改善が見られます。皮下脂肪率、筋肉密度、共に正常値へ接近中。……おめでとうございます、ようやく「生物」としての最低ラインを越えましたね』
「……五月蝿い」
少女は、自分の胸元にそっと手を当てた。
そこには、今まで感じたことのなかった、微かな、けれど確かな「女としての輪郭」が芽生え始めていた。
強大な兵器を手に入れ、誰にも負けない力を得た。
けれど、その代償として自分自身が機械に近づいていくような怖さもあった。
そんな中で、この「人間らしい変化」は、彼女を少しだけ安心させた。
「……私は、まだ……死んでない」
お湯をすくい、自分の顔を洗う。
鏡を見なくてもわかる。今の自分は、泥を啜っていた頃の自分とは、もう別人だ。
五日後、1500万という大金が手に入る。
そうなれば、もっと多くの「普通」が買える。もっと多くの自分を取り戻せる。
少女は、暗い浴室の中で、初めて未来というものに想いを馳せながら、深く、深く、温かいお湯の中に沈んでいった。




