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鉄クズと天才、交差する歯車

瓦礫の影から現れたツナギ姿の少女は、およそスラムには似つかわしくないほど瞳を輝かせていた。

 恐怖など微塵も感じていない足取りで、彼女は一直線に近づいてくる。


「ねえ、今の振動刀! どうやってあの高周波を維持してるの!? 放熱機構が見当たらないんだけど!」

「……触るな。斬るぞ」


少女は冷たく言い放ち、鯉口を親指で押し込んで刀をロックした。

 だが、ツナギの少女は怯むどころか、今度は地面に転がっていた黒い鉄の塊――先ほどハウンドに吹き飛ばされた際に落とした『グロック26』を拾い上げた。


「なにこれ……! 強化プラスチック(ポリマー)のフレーム? しかもこのスライド部分の金属、切削精度が異常だよ! 継ぎ目がミクロン単位で……」

「……返せ」


少女は素早くツナギの少女との距離を詰め、その手からグロックをひったくった。

 いくら弾(中身)が空っぽになったとはいえ、28万円もした大事な道具だ。


「あ、ごめん! 盗むつもりじゃなかったんだ。私、シエル。一応、この第4セクターで解体屋メカニックやってる」


シエルと名乗った少女は、悪びれもせず人懐っこい笑みを浮かべた。

 少女はグロックをボロ布の懐に隠し、冷ややかな視線を向ける。


「……メカニック。なら、この空っぽの鉄クズも直せるのか」

「空っぽ? ……あ、スライドが後退したまま固定されてる。もしかしてこれ、火薬式の投射兵器なの!? 弾丸カートリッジを撃ち尽くしたってこと!?」


シエルは鼻息を荒くして身を乗り出した。そして、何かを探すように周囲の瓦礫へと視線を走らせる。


「待って、撃った後の『薬莢やっきょう』はどうしたの!? ……ああっ! あった!!」


シエルが泥の中に飛び込むようにして拾い上げたのは、先ほど少女がハウンドに向けて放った弾丸の残骸――熱を失い、煤けた小さな真鍮製の筒だった。

 シエルはそれを宝物のように両手で包み込み、太陽の光(といっても毒雨の雲越しだが)にかざして震える声を上げた。


「嘘でしょ……この真鍮の配合比率、スラムじゃ絶対に精製できない純度だよ! これ一つの成分を解析するだけで、私の店の装甲材の強度が跳ね上がるわ!」


『マスター。彼女の言う通りです。旧世界製の薬莢は、新世界では純度の高い研究用素材として一部の技術者に需要があります。足元にあと6発分、転がっていますね』


「……なんだと?」


少女の足が止まった。

 無造作に撃ち捨てていた鉄ゴミが、金になるというのか。少女は足元に転がっていた別の薬莢を拾い上げ、シエルに問いかけた。


「……なら、私がこの魔法で『中身が入った弾』を大量に出して、そのままお前に売ればいいんじゃないか。危険な遺跡に行く必要もなくなる」


効率を最優先する少女らしい、冷徹な計算だった。

 だが、シエルは苦笑いしながら首を横に振った。


「うーん、それは無理かな。まず、私たちの新世界の銃は『粗悪な火薬を直接詰めて燃やす』か『磁力で鉄クズを飛ばす』かのどっちかだから、この薬莢のサイズや雷管の仕組みじゃ、実弾としては全く使えないの」

「……使えない?」

「うん。あくまで私が欲しいのは、この金属の『素材データ』だけ。研究用サンプルだから、何千個も同じものはいらないし、買い取れる額もたかが知れてるよ」


視界の隅で、セレナのウィンドウがシエルの言葉を裏付けるように数値を弾き出した。


『計算完了。9ミリ弾の召喚コストに対し、薬莢の研究素材としての売却益はわずか数パーセントです。何もない壁に向けて発砲し続けた場合、マスターは数分で破産します』


「……チッ。要するに、ただの『お小遣い稼ぎ』にしかならないってことか」


少女は舌打ちをして、手の中の薬莢をシエルへ放り投げた。

 魔法でお金を生み出す無限の錬金術など存在しない。結局、家賃を払い、まともな飯を食うためには、遺跡の奥に眠る高価な『旧世界の遺物』を命がけで漁るしかないのだ。


「まぁまぁ、そう言わずに! ゴミだと思ってたものが『キャッシュバック』されると思えばお得でしょ?」

 シエルは薬莢を大事そうにポケットにしまいながら、人懐っこい笑みを浮かべた。

「私が、あんたが遺跡から持ち帰った『旧世界のガラクタ』を最高値で換金してあげる。撃ち殻(薬莢)も研究素材として買い取る。……もちろん、あんたの武器のメンテナンスもね」


少女の脳内で、素早く計算が回る。

 自分には、旧世界の兵器を引き出すシステムがあるが、遺跡の遺物を適正価格で換金するルートがない。

 シエルの技術力と知識は、確実に自分の生存率と利益を押し上げるはずだ。


「……取引だ。私は撃つことと斬ることしかしない。金勘定は任せる」

「……! ほんとに!? やるやる! 絶対に損はさせないよ!」


シエルは満面の笑みで立ち上がり、油まみれの手を差し出した。

 少女はその手を握り返すことはせず、ただ静かに頷いただけだった。


「よろしく! ……あ、そういえば、キミの名前は?」

「……」


少女は少しだけ口を噤んだ。

 名前。自分を証明するための、ただの記号。そんなものは、この泥の中で生きてきた自分には存在しない。


「……ない。好きに呼べ」

「えっ、名前ないの? うーん……じゃあ、とりあえず『あんた』でいいや。いつか、教えてよね」


シエルは少し寂しそうに笑ったが、すぐに気を取り直して歩き出した。

「さあ、私のガレージにおいでよ! まずはその刀の仕組みと、銃の構造を見せて!」


◇ ◇ ◇


数時間後。シエルのガレージを出た『名もなき少女』の手には、シエルが「手付金」として支払った50万の束が握られていた。ただ刀と銃の構造をスキャンさせただけで、だ。


『マスター。シエル・ワークスとの提携は、非常に合理的かつ有益な判断です。これでお金の問題は――』

「……いや、足りない」


少女は50万の束を懐にしまいながら、スラムのさらに奥、凶悪な機械獣や変異種が巣食う『深層』へと視線を向けた。


「あのハウンドとかいう獣の群れを処理するのに、いちいち斬っていたらキリがない。……弾切れしないように、もっと一度に、大量の弾をバラ撒けるやつが要る」

『……面制圧兵器、ですね。了解しました。マスターの残高、及び手付金の50万を統合し、最適な兵器をリストアップします』


少女の瞳に、冷たい闘志が宿る。

 次に買うのは「身を守るための道具」ではない。

 この地獄のようなスラムを、札束と薬莢の山に変えるための『死神の鎌』だ。


「……行くぞ、セレナ。稼ぎの時間だ」

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