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黄金の報酬と、静まり返る喧騒

中層シティ、探索者ギルド・ノースゲート支部。

 数時間前、スラム出身の小娘が「文字が書けない」と嘲笑されながら去っていったその場所に、再び漆黒のSUV『ベヒモス』が無音で滑り込んできた。


重厚な防弾ドアが開き、サクラがしなやかな動作で降り立つ。

 その華奢な肩には、先ほどの『TAC-50』による凄まじい反動の余韻が微かに残っていたが、表情は酷薄なまでに冷徹だった。彼女の歩みに合わせて、ギルド内のざわめきが波を打つように静まっていく。


サクラは受付カウンターに直行すると、背負っていた防塵バッグから無造作に「それ」を取り出し、大理石のカウンターに叩きつけた。


「……終わったぞ」


ゴトリ、と重く鈍い音を立てて転がったのは、赤黒く脈打つ巨大な鉱石の欠片。第8セクターの生態系を脅かしていた歩く巨峰、超巨大変異獣『ゴリアテ』の主核コアの一部だった。

 それを見た瞬間、受付嬢の顔から血の気が引き、周囲にいたベテランハンターたちの息が完全に止まった。


「こ、これは……まさか、本当に特級任務(Sランク)の……?」

「確認しろ。血の匂いが嫌いなら、早く口座に振り込んでくれ」


サクラの冷たい声に急かされ、受付嬢は震える手でスキャナーを起動した。ピピッ、という電子音が、静まり返ったホールに異様に大きく響き渡る。


「……生体波形の完全一致を確認。第8セクターの巨獣『ゴリアテ』の沈黙を認定します。……ほ、報酬、1,000万シティ・クレジット。……ただいま、送金手続きを完了いたしました」


その瞬間、ギルド内の壁面に設置された巨大なホログラム・モニターに『Sランク任務達成』の文字が踊り、登録者全員の端末に通知が走った。

 1,000万クレジット。スラム円に換算すれば、実に5億円に相当する天文学的な数字。

 さっきまでサクラを「スラムの野良犬」「文盲」と笑っていた男たちの顔が、恐怖と絶望で歪んでいく。彼らが一生かかっても稼げない額を、この名もなき少女はたった数時間で、たった一人で稼ぎ出したのだ。


「い、一千万……!? あの小娘、本当に一人でやりやがったのか……!?」

「ゴリアテを……嘘だろ、シティの防衛部隊すら手を焼いてた『歩く要塞』だぞ……?」


サクラは、自身のデバイスに表示された『10,440,000』という数字を冷めた目で見つめた。

 50分の1の換金レートで味わった屈辱など、圧倒的な実力と暴力の前では取るに足らない壁でしかない。彼女は背後で凍りつくハンターたちを一瞥だにせず、シエルを連れて悠然と出口へと歩き出した。

 誰も、彼女の道を塞ごうとする者はいなかった。


◇ ◇ ◇


ベヒモスの車内に戻ると、シエルがシートの上で飛び跳ねて絶叫した。


「サ、サクラぁぁぁっ! 一千万! 一千万クレジットだよ!? 五億だよ!? これがあれば、シティの超高級タワーマンションの最上階が買えるよ!!」

「……落ち着け、シエル。シティの箱庭になんて興味はない。私にはあの鉄の家と、お前が沸かす純水のお風呂がある」


サクラは暴れるシエルを片手で制しながら、自動運転のコンソールを操作してベヒモスをスラム方面のゲートへと向けた。


「だが、これでわかった。中層シティの連中も、結局は力と金に平伏すだけの人間だ。……なら、私はさらに圧倒的な『暴力』を買い揃える。もう誰にも、文盲だなんて見下されないようにな」


サクラは視界の端で、セレナの『ショップ機能』を起動した。残高は1,000万クレジット(5億スラム円)。もはや、買えない兵器などこの世に存在しない。


『マスター。TAC-50による超長距離狙撃は完璧でしたが、中距離での面制圧と、ベヒモスの防衛火力が不足しています。……現在の資産額に応じた、最高峰の兵装を提案します』


「ああ。まずは、私のメインアームだ。MP7の取り回しは最高だが、開けた荒野や中距離の撃ち合いでは火力が足りない。……どんな状況にも対応できる、拡張性の高いアサルトライフルが欲しい」


『リクエストを受理。……旧世代軍事規格、マルチロール・アサルトライフル。**「M4A1 SOPMOD Block II」**を推奨します』


車内の空間に光の粒子が収束し、重厚な鉄とポリマーの塊が実体化してサクラの膝の上に落ちた。

 全長約80センチ。5.56ミリNATO弾を使用する、旧世界の傑作アサルトライフル。

 だが、ただのM4A1ではない。スラムのゴロツキが拾うようなガラクタとは次元が違う、セレナが演算し尽くした『ゴリゴリのフルカスタム仕様』だ。


「……美しいな」


サクラは銃身を撫でながら、感嘆の息を漏らした。

 銃口には発砲音とマズルフラッシュを極限まで抑えるKACナイツアーマメント製・QDSS-NT4サプレッサー。

 ハンドガードは拡張性に優れたダニエルディフェンス製のフリーフロート・レールシステム。そこには、夜間や視界不良時でも標的を確実に捉えるAN/PEQ-15(レーザー&IRイルミネーター)と、反動を抑え込むためのマグプル製アングルフォアグリップが装着されている。

 そして光学照準器には、近距離用のEOTech製ホロサイトに加え、中距離狙撃へ瞬時に切り替え可能な**G33マグニファイア(3倍ブースター)**がタンデム搭載されていた。

 マガジンも標準の30発ではなく、装弾数を増やした特注のシースルー型ポリマーマガジンだ。


「重量バランスも完璧だ。これなら、近接戦闘から中距離の精密射撃まで、すべての状況をこの一丁で支配できる」

『さらに、車両防衛用の重火器を提案します。……ベヒモスのルーフターレット(銃座)に接続可能でありながら、状況に応じて取り外し、地上に展開できる制圧兵器です』


続いてセレナが提示したホログラムを見て、サクラの口角が吊り上がった。


『旧世代軍事規格、重機関銃。「ブローニング M2HBヘビーバレル」。使用弾薬はTAC-50と同じ12.7ミリ弾。……さらに、マスターのナノマシン出力と連動する『自律制御型スマート・トライポッド(三脚)』、および両重火器の特注予備弾薬数千発をセットにします。総額、20万シティ・クレジット(1,000万スラム円)となります』


「……最高だ。買え」


光の奔流が、ベヒモスのルーフ部分に収束していく。

 姿を現したのは、全長1.6メートル、重量38キロ(銃本体のみ)にも及ぶ、威圧的な黒鉄の重機関銃だ。

 本来なら歩兵が一人で持ち歩くような代物ではない。だが、このカスタムモデルは違う。ベヒモスのルーフからワンタッチでパージでき、専用のスマート・トライポッドを展開することで、サクラのナノマシンによる筋力補正を活かし、持ち運んで任意の場所に『簡易トーチカ』として設置できるのだ。


12.7ミリ弾のフルオート連射。それはもはや、銃撃ではなく「破壊の嵐」である。ゴリアテのような巨獣の群れが来ようとも、このブローニングM2を設置すれば、分厚い装甲ごとミンチに変えることができる。


「M4A1のフルカスタムに、携帯可能なブローニングM2。それと山ほどの予備弾薬……。しめて、20万クレジット(1,000万スラム円)の出費だ。……安い買い物だな」


サクラは新調したM4A1のチャージングハンドルを鋭く引き、薬室に初弾を送り込んだ。

 チャキッ、という冷たく重い金属音が車内に響く。


「……どうしたシエル、静かだな?」

「いや……なんかもう、スケールが違いすぎて。あんた、そのうち軍隊でも作る気なの?」


呆れ顔のシエルに、サクラは喉の奥で小さく笑った。


「軍隊はいらない。私と、お前と、このベヒモス。……それだけあれば、この世界の理不尽は全部撃ち抜ける」


重装甲SUV『ベヒモス』が、真新しいブローニングM2をルーフに戴きながら、スラムへ続く荒野を疾走していく。

 無敵の装甲。あらゆる距離を支配する銃器。そして、死線を越えて研ぎ澄まされた少女の牙。

 サクラの存在は、もはやスラムの底辺で蠢くノイズではなく、中層シティの特権階級すら震え上がらせる『本物の脅威』へと進化を遂げていた。

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