死神の弾丸と、崩れ落ちる巨峰
中層シティの冒険者たちが「特級任務(Sランク)」のタグを見ただけで顔を引きつらせていた理由。
それは、第8セクターの荒野に現れた討伐対象の姿を見れば一目で理解できた。
「……嘘でしょ。あれ、動く山じゃない……っ!」
SUV『ベヒモス』の助手席で、シエルが双眼鏡を落としそうになりながら絶叫する。
数キロ先の荒野をノシノシと歩いているのは、全高30メートルは下らない超巨大変異獣『ゴリアテ』だった。
旧世界の高層ビルの残骸を背負い、全身を分厚い岩盤のような甲殻で覆った四足歩行のバケモノ。一歩踏み出すたびに地震のような地鳴りが響き、周囲の風景が砂埃で霞んでいく。
「あれが中層シティの防壁に到達したら、ゲートごと叩き潰される。だからSランクか」
サクラは冷静に状況を分析すると、ベヒモスを小高い岩山の上――ゴリアテの進路を見下ろせる狙撃ポイントに停車させた。
「……シエル、車から降りるな。防音ヘッドホンをつけておけ」
サクラは運転席から降りると、ベヒモスの平らなボンネットの上に、黒いガンケースを広げた。
中から現れたのは、MP7のような取り回しの良いサブマシンガンではない。
旧世界において、長距離から車両や航空機すら撃ち抜くために作られた『対物兵器』。
「……マクミラン TAC-50。こいつを使う日が来るとはな」
全長1.4メートルを超える巨大な銃身にバイポッド(二脚)を取り付け、ボンネットに固定する。
使用する弾薬は12.7×99ミリNATO弾。人間の指ほどの太さがある、徹甲焼夷弾だ。箱型マガジンに込められた装弾数は、たったの『5発』。
『マスター。ターゲットの生体装甲は、通常兵器では貫通不可能です。弱点は、胸部の装甲の奥に隠された「主核」。……現在の距離、1,500メートル。風速4メートル』
「……了解」
サクラはスコープを覗き込み、ゆっくりと息を吐き出した。
心拍数を極限まで落とし、ナノマシンで視神経と全身の筋肉を銃と完全に同調させる。
スラムの喧騒も、シエルの息遣いも消える。世界には今、サクラと、スコープの十字線に映る巨獣だけが存在していた。
――カシャッ。
重いボルトを引き、初弾を薬室に送り込む。
「……一発目」
ズドォォォォォォォォンッ!!!!
大砲のような轟音が荒野を引き裂いた。
マズルブレーキから強烈な衝撃波が吹き荒れ、サクラのしなやかな体が凄まじい反動を真っ向から受け止める。
音速の数倍で飛翔した12.7ミリ弾は、1,500メートル先のゴリアテの右前足、その関節のわずかな隙間に正確に突き刺さった。
「ギュガァァァァァッ!?」
巨獣が初めて苦痛の咆哮を上げ、バランスを崩して大きく体勢を傾ける。
「……二発目」
サクラは反動の余韻が消える前に、流れるような動作でボルトを引き、排莢と装填を瞬時に行う。
チャキッ、ズドォォォンッ!!
二発目の銃弾が、今度は左前足の関節を撃ち抜いた。
巨体を支えきれなくなったゴリアテが、ズシン! と轟音を立ててその場に膝をつき、弱点である『胸部』をサクラの射線上に無防備に晒す。
「……三発目」
排莢。空を舞う熱い薬莢。
狙うは、胸部を覆う最も分厚い岩盤甲殻。
ズドォォォンッ!!
徹甲弾が甲殻のど真ん中に直撃し、巨大な亀裂を走らせる。だが、まだ砕けない。
「……硬いな。四発目」
排莢、装填。
サクラの右肩は、強烈な反動の連続ですでに内出血を起こしていた。だが、彼女の冷徹な眼差しはミリ単位のブレすら許さない。
ズドォォォンッ!!
四発目。前の弾丸が作った亀裂と、まったく同じ座標への着弾。
岩盤甲殻が粉々に砕け散り、その奥でドクドクと脈打つ、赤黒く発光する巨大な『主核』が完全に露出した。
「……よし」
だが、巨獣も黙って撃たれているわけではない。
死の危機を察知したゴリアテが、折れた前足で無理やり身を乗り出し、巨大な顎を開いた。その口の奥で、周囲の空間を歪めるほどの強烈な生体エネルギーが収束していく。中層シティの防壁すら消し飛ばす、破滅のレーザーブレスの予備動作だ。
『警告! ターゲットのエネルギー収束率90パーセント! 撃たれれば、この岩山ごと蒸発します!』
スコープ越しに迫り来る、圧倒的な死の光。
サクラの額を冷や汗が伝う。
残弾は、薬室に入っている最後の一発のみ。これを外せば、自分もシエルも確実に死ぬ。
サクラは、ゆっくりと、深く息を吸い込んだ。
(……私は、こんなところで死ぬわけにはいかない。私のお風呂と、シエルの待つ家に帰るんだ)
エネルギーの奔流が臨界点に達し、巨獣がブレスを放とうとした、その刹那。
サクラは、最後にして最も研ぎ澄まされた引き金を引いた。
「……これで、終わりだ」
ズドォォォォォォォォンッ!!!!
五発目。
銃身から放たれた死神の弾丸は、巨獣の放つ光の奔流のわずかな隙間を縫うように直進し――赤黒く脈打つ主核の中心を、完璧に貫いた。
「――ッ!!」
声にならない断末魔。
直後、ゴリアテの体内で暴走した生体エネルギーが、主核の破壊によって行き場を失い、内側から大爆発を引き起こした。
太陽のような閃光が荒野を包み込み、遅れてやってきた爆風がベヒモスの車体を激しく揺らす。
砂埃が晴れた後。
そこには、頭部と胸部を完全に吹き飛ばされ、動かなくなった巨獣の亡骸だけが転がっていた。
「……ふぅ」
カキィン……。
サクラがボルトを引くと、最後の一発の薬莢が、虚しい音を立ててボンネットに転がり落ちた。
空になったマガジン。強烈な反動で痺れた右腕。
すべてを使い切っての、完全勝利。
サクラはTAC-50を静かにガンケースに収め、ベヒモスの運転席へと戻った。
「お、終わったの……? あのバケモノ、一人で……たった五発で……?」
「ああ。……うるさい仕事だったな」
防音ヘッドホンを外して震えているシエルに、サクラはいつものようにぶっきらぼうに答えた。だが、その声には、巨大な獲物を仕留めたハンターとしての静かな誇りと、ほんの少しの疲労が混じっていた。
「……さあ、シティの連中に報告に行こう。Sランク任務の報酬、いくらになるか楽しみだな」
サクラは静かにアクセルを踏み込んだ。
死の気配を纏った少女と鋼鉄の駿馬は、崩れ落ちた巨峰を背に、再びシティの巨大なゲートへと向かって走り出した。




