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泥の中の黄金

目覚めは、容赦のない胃袋の痙攣から始まった。

 隠し部屋の冷たい白い床の上で身をよじると、視界の端で赤色の警告アラートが明滅している。


『おはようございます、マスター。現在の空腹度:99%。72時間以内のカロリー摂取が行われない場合、生命活動が停止します』


脳内に直接響くセレナの冷徹な声に、少女は重い体を起こした。

「……わかってる。でも、食い物なんて……」


『ご安心を。私を起動した今のあなたにとって、この遺跡は宝の山です。視覚拡張プロトコル、及び物質スキャン機能ハイライトを起動します』


次の瞬間、少女の網膜にノイズが走り、視界が劇的に変化した。

 今までただの「灰色の瓦礫の山」にしか見えなかった遺跡の風景。そこに突然、無数の光のマーカーが浮かび上がったのだ。

 赤、青、そしてひと際眩しい黄金色の光。


『緑のマーカーは新世界でも流通可能なジャンク品。そして黄金色のマーカーは、旧世界でしか精製不可能な高純度レアメタルの欠片です。さあマスター、ゴミ拾いのお時間です』


少女は泥だらけの足を引きずり、最も近くで黄金に輝いているポイントへ向かった。

 泥を素手で掘り返すと、出てきたのは手のひらサイズの、黒く煤けた小さな金属板だった。昨日までなら、石ころと同じように蹴飛ばしていたただのゴミだ。

 だが、セレナの解析ウィンドウにははっきりと『旧世代軍事規格・イリジウム合金基板(破損率40%)』と表示されていた。


「これ……が、お宝……?」

『ええ。それでは、スラムの換金所へ向かいましょう』


◇ ◇ ◇


スラムのジャンク屋『強欲のガズ』の店内は、機械油とカビの匂いが充満していた。

 カウンターの奥に座る隻眼の男、ガズは、店に入ってきた少女の姿を見るなり露骨に顔をしかめた。


「おいおい、ここはゴミ捨て場じゃねえぞ。乞食のガキはさっさと出ていきな」


少女は怯むことなくカウンターに近づき、泥だらけの手で黒い金属板を置いた。


「……これを、換金して」

「あぁ?」


ガズは鼻で笑いながら金属板をつまみ上げた。だが、その表面の特殊なコーティングを見た瞬間、ガズの隻眼がわずかに見開かれた。

 こいつは、旧世界の軍用素材だ。スラムの奥地でごく稀に見つかる超一級品の「遺物」。

 だが、ガズはすぐに表情を隠し、面倒くさそうに溜息をついた。


「ただの鉄クズだな。……まあいい、今日は機嫌がいいんだ。特別に100円で引き取ってやる」


100円。スラムでも、カビたパンの欠片すら買えない金額だ。

 少女が俯いたのを見て、ガズは「チョロいガキだ」と内心でほくそ笑んだ。だが、少女が再び顔を上げた時、その瞳に宿っていたのは絶望ではなく、氷のような冷たさだった。


「純度98パーセントのイリジウム合金。旧世界の軍事規格品。……相場は最低でも、30万」

「なっ……!?」


スラムのガキが知るはずもない正確なデータと専門用語に、ガズは絶句した。

 少女は、視界に浮かぶセレナのカンペをただ感情を込めずに読み上げているだけだ。


「払えないなら、他に行く。……この街で、これを欲しがる上層の奴らはいくらでもいる」


少女が金属板を取り返そうと手を伸ばすと、ガズは慌ててそれを手で押さえつけた。

「ま、待て! わかった、わかったよ! 30万……30万で買い取る! チィッ、どこのスパイだか知らねえが、不気味なガキだぜ」


ガズは忌々しげに金庫を開け、分厚い札束をカウンターに叩きつけた。


◇ ◇ ◇


少女の手の中には、今まで見たこともない量の紙幣が握られていた。

 30万円。スラムの底辺にいる者にとっては、何年泥水をすすっても届かない大金だ。


「……夢じゃ、ない」


手が小刻みに震えていた。彼女はまっすぐに屋台が並ぶ通りへ向かった。

 購入したのは、熱い湯気を立てる合成肉の串焼きと、謎の野菜が煮込まれたドロドロのスープ。合わせて500円。

 路地裏の片隅に座り込み、串焼きに噛み付く。


「……っ……」


熱い。肉の脂と塩気が、空っぽの胃袋に染み渡っていく。

 それは上層の人間からすれば「廃棄物一歩手前のエサ」にすぎない。だが、少女にとっては生まれて初めて口にする「まともな食事」だった。

 噛み締めるたび、熱いものが頬を伝って泥を洗い流していく。


『マスター。心拍数の上昇、及び涙腺からの分泌物を確認。エラーでしょうか?』

「……ちがう。おいしいんだ。……すごく、おいしい」


スープを飲み干し、彼女は小さく息を吐いた。

 お腹が満たされると、欲が出る。

 次は、あの冷たい泥の上じゃない、屋根のある場所で眠りたい。そして、お湯に浸かって、この体にこびりついた悪臭を洗い流したい。


「セレナ。……これじゃ、まだ足りない。家を借りて、お風呂に入るには」

『現在のスラムの相場を算出した結果、最低でも初期費用として100万が必要です。マスターの求める「普通」への道は、まだまだ遠いですね』


少女は立ち上がった。瞳にはもう、昨日のような死の影はない。

「行くよ。……遺跡の、もっと奥へ」


だが、彼女はまだ知らなかった。

 スラムの住人たちが、なぜ遺跡の深部を決して探索しないのかを。


数時間後。遺跡の地下区画で、少女の足は凍りついていた。

 周囲には、武装した屈強なスラムのハンターたちが、原形をとどめない肉塊となって散乱している。

 血だまりの奥から姿を現したのは、旧世界の防衛機構が変異した巨大な殺戮兵器。四つの赤い複眼と、チェーンソーのような刃の腕を持つ鋼鉄の怪物だった。


『警告。対象の危険度、クラスA。現在のマスターの生存確率、0.01パーセント未満』

「……うそ、でしょ……」


怪物が、次の獲物を定めて跳躍する。

 死の刃が少女の頭上に振り下ろされようとした、その瞬間――。


『マスター。ショップ・インターフェースを解放します。……あなたの命に、値段をつけてください』

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