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鉄の聖域と、奇跡の滴り

「……じゃじゃーん! これが今回の成果だよ!」


シエルのガレージの作業台の上に、分厚い札束の山がドサリと積まれた。

 少女は油汚れのついた丸椅子に座り、その山を静かに見つめる。


「あの『ヘカトンケイル』の装甲パーツと駆動系だけで1,000万! それから高純度のプラチナ延べ棒と暗号化メモリで2,000万。未開封の医療用ナノマシンが500万。……しめて、3,500万の特大ホームランだよ!」


シエルが端末を弾きながら、興奮気味に内訳を読み上げる。

 あの青い『水質浄化コア』は別格として、ヘカトンケイルが守っていた遺物の価値は、二人の想像を遥かに超えていた。


「徹甲弾の補充と刀のメンテ、それから私の治療費で100万は飛んだ。……元の残高を合わせて、3,800万か。悪くない」

「悪くないどころじゃないよ! もう一生遊んで暮らせ……」

「暮らせない。足元を見られない『安全な場所』を買うまではな」


少女は札束の山を指でトントンと叩き、シエルを見据えた。あのアパートの管理人に1,000万を毟り取られた教訓だ。スラムでは、借り物はいつか奪われる。


「……探してきたよ。あんたの条件にぴったりの場所」


シエルが端末に地図を表示する。第2セクターの境界付近。中層シティの警備局が巡回するルートに近く、スラムの中でも比較的治安がマシなエリアだ。


「昔の『貯水管理施設』だった建物でね。窓がない強化コンクリートのハコだけど、権利書ごと2,000万で売りに出てる。ここなら、あの浄化コアを設置する配管も生き残ってるはず」

「……買った。残りの1,800万のうち、半分を改装とセキュリティに回す」


少女の即決に、シエルはニヤリと笑った。


「りょーかい! お金もあるし、入り口に近づく奴を自動で撃つ銃とか、罠でも作って置こうか?」

「いらない。私は人間は殺さないって決めたんだ。馬鹿なコソ泥が間違って死んだりしたら、寝覚めが悪い」

「そっか。あんたらしいね」

「ああ。だから、絶対に破れない『多重ロックの防爆ドア』と、コアからお湯を引く『最高のお風呂の配管工事』。そこに金をかけろ。残りの900万は生活費と次の探索の予備費だ」


◇ ◇ ◇


一週間後。

 第2セクターの片隅に、少女たちの新しい「家」が完成した。

 中層シティへ繋がるゲートが遠くに見えるこの場所は、スラムの中では驚くほど静かだ。空を覆う煙も少しだけ薄く、暴力の匂いよりも、どこか冷たい鉄の匂いが漂っている。


施設の地下。かつての巨大な貯水槽を改造した部屋の真ん中に、あの『水質浄化コア』が青く輝いていた。


「……できたよ。家と設備で合わせて2,900万かかった、最高級のお風呂の完成だ」


シエルがスイッチを入れる。

 装置が静かに駆動し、旧世界の魔法が始まった。地下から汲み上げられた汚水が、コアを通過した瞬間に、一点の曇りもないクリスタルのような純水へと姿を変える。

 蛇口から溢れ出したのは、ただのお湯ではなかった。スラムの住人が一生かかっても触れることのできない、本物の「水」だ。


「……熱いな」


少女は、真っ白なタイル張りの浴槽に身を沈めた。

 その瞬間、今まで経験したことのない感覚が全身を包み込んだ。


スラムの普通のお湯は、一応洗えるとはいえ、どこか肌を刺すような不純物や酸性雨の違和感があった。だが、このコアが作り出した純水は、毛穴の奥に溜まった毒素や重金属を優しく、それでいて徹底的に洗い流していく。

 それだけではない。体内のナノマシンが、この異常なまでの純度に反応して100パーセントの効率で活性化し、戦闘で酷使した筋肉と神経を、まるで魔法のように癒していくのがわかった。


「……あ……」


思わず、声が漏れた。

 肌が、本来の柔らかさを取り戻していく。

 あばら骨が浮き出ていた体は、ナノマシンの効率的な修復によって、さらに健康的でしなやかな「女の子」の輪郭をはっきりと形作っていく。


「ふはぁー! すごい! 肌が全然違う! これ、中層の化粧水なんかよりずっと効くよ!」


後から飛び込んできたシエルが、隣でバシャバシャと騒ぎ立てる。


「……シエル、動くな。お湯が跳ねるだろ」


少女はぶっきらぼうに言ったが、その表情は驚くほど穏やかだった。

 窓のない、鉄とコンクリートに囲まれた要塞。

 けれどここには、誰からも奪われない安らぎと、自分たちの力で手に入れた「本物の水」がある。


『……マスター。心拍数、脳波共に、理想的なリラックス状態を検知。……これこそが、旧世界で「贅沢」と呼ばれていた概念の片鱗ですね』


「……贅沢、か。悪くないな」


少女は目を閉じ、青く光るコアの鼓動を聴きながら、温かい湯の中に沈んでいった。

 名前はまだ、ない。

 けれど、彼女はこの鉄の聖域で、確実に「普通」を凌駕する幸せを、その手に掴み取っていた。

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