鉄の雨、あるいは宣告
室内の静寂は、すぐに外からの喧騒によって破られた。
アパートの薄暗い廊下から、ドカドカという無数の荒々しい足音が近づいてくる。バルトロが放った増援部隊だ。その数は、ざっと見積もっても二十人以上。
「シエル、ここから動くな」
少女は震える膝に活を入れ、立ち上がった。
スタンバトンでは、廊下のような直線で多人数を相手にするのは厳しい。それに、もう体力的にも限界が近かった。
「……セレナ。ここから出ずに、廊下の連中をまとめて追い払えるやつを出せ。もちろん、殺さないやつだ」
『了解しました。非殺傷パッケージ、第二フェーズへ移行します。残高25万円を消費』
光の粒子が収束し、少女の手にずっしりと重い長銃身の武器が握られた。
木製のストックと、黒光りする無骨な鉄の銃身。旧世界で暴動鎮圧などに使われた傑作散弾銃――**『レミントン M870』**だ。
「……長い。それに、引き金を引いても撃てないぞ?」
『散弾銃です。チューブ内に装填されているのは、鉛ではなく硬質ゴムの塊を撃ち出す非殺傷弾。……マスター、まずは銃身の下にある木の筒を、力強く手前に引いて、戻してください』
少女は言われるがまま、左手で木の筒を掴み、ガシャッ! と鋭くスライドさせた。
その重厚な金属音は、不思議なほど彼女の心を落ち着かせた。薬室に太い弾薬が送り込まれる、確かな手応え。
「おい! この部屋だ! リーダーたちがやられ――」
廊下の角から、武装した男たちがぞろぞろと姿を現す。
少女は壊れたドアの隙間から銃口を突き出し、肩にストックを押し当てて、一番先頭の男の「胴体」を狙った。
「……吹き飛べ」
ドォォンッ!!
MP7の甲高い連射音とは全く違う、腹の底に響くような轟音が廊下に轟いた。
同時に、猛烈な反動が少女の肩を殴りつける。
「がっ……!?」
弾を撃ち出しているわけではない。しかし、強装薬で撃ち出された巨大な硬質ゴムの塊は、時速数百キロの速度で先頭の男の胸板に直撃した。
「ごぼぁっ!?」
男の肋骨が嫌な音を立ててへし折れ、その巨体がゴム毬のように後方へ吹き飛んだ。後ろにいた数人を巻き込みながら、ボウリングのピンのように廊下を転がっていく。
「な、なんだ!? 大砲か!?」
「ひるむな! 殺せェ!」
『マスター、次です! もう一度スライドを!』
ガシャッ!! ドォォンッ!!
ガシャッ!! ドォォンッ!!
少女は反動に顔を歪めながらも、必死に左手を動かし、引き金を引き続けた。
鉛の弾なら男たちの体は千切れ飛んでいたはずだ。だが、ゴム弾は彼らの肉を貫通せず、その恐ろしい運動エネルギーのすべてを「骨」と「内臓」に叩き込む。
膝を撃ち抜かれた男は足の骨を粉砕されて絶叫し、腕に受けた男は鉈ごと腕をへし折られて悶絶する。血は一滴も流れない。だが、致死兵器以上の強烈な「痛み」と「骨が折れる音」が、男たちの戦意を根こそぎ粉砕していった。
「ひ、ひぃぃぃっ!!」
「バケモノだ! 逃げろ、逃げろォォッ!」
わずか五発。それだけで、廊下は呻き声を上げる男たちの地獄と化し、無事だった者たちは我先にと階段を転げ落ちて逃げていった。
静寂が戻った廊下で、少女は肩で息をしながらM870を下ろした。
肩の関節が外れそうに痛むが、生き残った。誰の命も奪わずに。
「……ふぅ。……セレナ、よくやった」
少女はフラフラと歩き出し、最初にスタンバトンで沈めたリーダー格の男の元へ戻った。彼の腰には、バルトロと直通で繋がっているであろう旧式の無線機がぶら下がっていた。
スイッチを入れると、ノイズ混じりの低い声が響いた。
『……終わったか。ネズミの死体は、見せしめに広場へ吊るしておけ』
スラムの王、バルトロの声だ。
少女は無線機を拾い上げ、血と泥にまみれた唇の端を、少しだけ吊り上げた。
「……残念だったな。お前の飼い犬どもは、全員ここで寝てる」
『……あ? 誰だ、てめえは』
通信の向こうで、バルトロの空気が一変したのがわかった。
少女は冷たく、しかし確かな意志を込めて言い放った。
「……首を洗って待ってろ。私から決着をつけに行ってやる」
バルトロの返答を待たずに、少女は無線機を床に叩きつけ、ブーツの踵で粉々に踏み砕いた。
スラムの絶対的な支配者に対する、明確な宣戦布告。
もはや後戻りはできない。だが、少女の瞳に後悔は微塵もなかった。




