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松木ひろ子さんの、腸内人民共和国【第百二十七回 ミツオケラ人民大会議】 «Bellum et Pax»  作者: 東曌


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新章 第五話 七号は、聞き間違える

第五話 七号は、聞き間違える


吾輩は、腸内細菌七号である。


便宜上だ、名前はまだ無い。


名前がないことには、多少の不便がある。


役所で書類を提出するときなど、名前の欄に「七号」と書けばよいので、むしろ便利なくらいである。ところが、その書類が別の役所へ回ると、七号というのは個体名なのか、分類番号なのか、あるいは七番目に提出された書類の意味なのかという問題が生じる。


すると、吾輩は呼び出される。


「あなたは、どの七号ですか」


と訊かれるのである。


吾輩は、こちらが訊きたいくらいだと思う。


しかし、役所においては、訊きたいことを訊く者よりも、訊かれたことに答える者のほうが、手続きの上では立場がよい。


この国では、答えを持っている者よりも、答えの形式を知っている者のほうが、出世する場合がある。


吾輩は、その仕組みをまだ十分には理解していなかった。


理解していなかったからこそ、ある日、人民の声を記録する仕事を引き受けてしまったのである。


もっとも、引き受けたときには、それがどれほど厄介な仕事であるか、誰も説明してくれなかった。


説明されていたら、引き受けなかったかもしれない。


あるいは、説明されても、引き受けたかもしれない。


吾輩というものは、そういうところがある。


自分の判断を信じているときほど、自分が何を知らないのかを知らないのである。


     *


その日の会議は、中央行政区の小さな会議室で開かれた。


議題は、夜勤人民のための共同食堂の利用時間について、である。


腸内人民共和国では、食堂の利用時間は原則として昼間を中心に組まれていた。理由は簡単である。利用者が多いからだ。


利用者が多い時間に人員を配置し、利用者が少ない時間には人員を減らす。


統計に従えば、じつに合理的な制度である。


ただし、利用者の少ない時間に食事を必要とする者にとって、その合理性は、空腹を満たしてくれない。


夜勤の人民は、以前から食堂の利用時間を延ばしてほしいと申し出ていた。


しかし、申請書は何度も差し戻された。


利用希望者数が一定の基準に達していない。


人員配置の効率が悪い。


費用対効果を確認する必要がある。


どれも、書類の上ではもっともらしい。


もっともらしい理由というものは、断るときに大変便利である。断る者の顔を見なくても済むし、断られた者の空腹を想像する必要もない。


吾輩は記録係として、その会議に出席していた。


机の上には、記録用紙、筆記具、集計表、そして「発言の要旨は簡潔に記載すること」と印刷された注意書きが置かれていた。


簡潔に。


この言葉を見たとき、吾輩は少し安心した。


長い話を短くまとめることなら、できると思ったからである。


長い話の中から大切なところを取り出し、余分なところを削り、誰が読んでも分かる文章にする。


それが記録係の仕事だと、吾輩は考えていた。


いま思えば、吾輩はこのとき、相手の話を聴く前から、相手の話をどう削るかを考えていたのである。


     *


会議が始まった。


行政官が資料を配り、統計担当官が利用者数を説明した。


「現行の利用時間において、夜間の利用希望者は全体の約三パーセントです」


三パーセント。


この数字が出ると、会議室の空気は落ち着いた。


数字というものは、不思議な力を持っている。


人の話は、聞く者によって印象が変わる。しかし数字は、少なくとも同じ紙面に印刷されているかぎり、誰の目にも同じように見える。


三パーセントという数字を前にすると、夜勤の人民は少数者になった。


少数者になった途端、彼らの空腹は、国全体の運営という大きな問題の前で、いくらか小さく見えるようになった。


統計担当官は続けた。


「利用者全体への公平性を考慮すると、特定の時間帯だけを優遇することには慎重であるべきです」


公平性。


これもまた、便利な言葉である。


全員に同じものを与えるときには、たいへん役に立つ。


全員が違うものを必要としているときには、少しばかり扱いにくい。


会議の出席者たちは、資料を見ながら頷いた。


吾輩も、頷いた。


三パーセントという数字に、どこか説得力を感じたからである。


ところが、夜勤人民の代表として出席していた若い細菌が、静かに手を挙げた。


「ひとつ、よろしいでしょうか」


議長が頷いた。


「どうぞ」


若い細菌は、しばらく手元の資料を見つめていた。


「私たちは、食堂を特別扱いしてほしいと言っているわけではありません」


吾輩は、記録用紙に書き始めた。


――夜勤人民は、食堂の特別利用を希望していない。


「昼間に働く人たちと、同じように食事をしたいんです」


吾輩は書き足した。


――夜勤人民は、昼間の利用者と同等の食事機会を希望。


ここまでは、よかった。


少なくとも、吾輩はそう思っていた。


若い細菌は、もう一度、口を開いた。


「ただ、私たちは、いつも昼間の人たちに合わせるように言われます。食堂の時間も、会議の時間も、申請の締め切りも。昼間に来られないと、協力する気がないように扱われるんです」


吾輩の筆が止まった。


これは、どう書けばよいのだろう。


食堂の利用時間の問題である。


しかし、彼の話は、食堂の利用時間だけではなかった。


吾輩は少し考えた。


そして、もっとも分かりやすい形にまとめた。


――夜勤人民は、食堂の利用時間延長を希望。併せて、昼間の利用者との公平な取扱いを求めた。


書き終えると、吾輩は小さく満足した。


要点は押さえた。


余分な感情を除き、行政が検討できる文章にした。


これなら、きっと伝わる。


吾輩は、記録係としての自分の働きに、少なからぬ自信を持ったのである。


     *


会議の終わりに、吾輩は若い細菌に声をかけた。


「本日のご意見は、記録にまとめておきました。食堂の利用時間延長と、公平な取扱いについてですね」


若い細菌は、すぐには答えなかった。


吾輩は、その沈黙を、記録の確認をしている時間だと思った。


「何か、修正が必要でしょうか」


すると彼は、少し困ったように笑った。


「いえ。そう書かれるんだろうな、とは思っていました」


「そう書かれる、とは?」


「私が話したことは、結局、利用時間の問題になるんですね」


吾輩は、返答に困った。


「しかし、食堂の利用時間についての会議ですから」


口に出してから、これはあまりよい返事ではなかったと気づいた。


若い細菌は怒らなかった。


怒ってくれたほうが、まだ分かりやすかったかもしれない。


彼はただ、少し疲れた顔で言った。


「そうですね。食堂の話をしに来たんですから」


それから、鞄を持ち直した。


「でも、私が言いたかったのは、食堂の時間だけじゃないんです」


吾輩は、記録用紙を見た。


そこには、彼の言葉が、きちんと整って並んでいた。


夜勤人民。


利用時間延長。


公平な取扱い。


どれも間違ってはいない。


間違ってはいないのに、何かが抜けていた。


「では、何が言いたかったのでしょうか」


吾輩は、そう尋ねた。


尋ねてから、自分の質問が、相手にもう一度、最初から説明することを求めているのだと気づいた。


若い細菌は、しばらく考えた。


「うまく言えません」


「うまく言えないことでも、構いません」


吾輩は、親切なつもりで言った。


彼は、今度は吾輩の顔を見た。


「そう言ってもらえると、助かります。でも、うまく言えないことを、うまく言えたことにされるのが、いちばん困るんです」


吾輩は、何も言えなかった。


彼の言葉は、吾輩の耳に届いていた。


意味も、分かったつもりだった。


しかし、分かったと思った瞬間に、また別の意味を取り落としているような気がした。


吾輩は、これまで、聴くということは、相手の言葉を正しく理解することだと考えていた。


だが、正しく理解したと思うことと、相手が本当に伝えたかったことに近づくことは、同じではないらしい。


「記録を、修正してもよいでしょうか」


吾輩が尋ねると、彼は頷いた。


「ただし、私の名前は出さないでください」


「分かりました」


「それから、夜勤の人が全員、同じ考えだとも書かないでください。私と同じように困っている人はいます。でも、みんなが同じ言葉で考えているわけじゃないから」


吾輩は、今度こそ、慎重に頷いた。


彼は礼を言い、会議室を出ていった。


その背中を見送りながら、吾輩は、記録用紙の余白を見つめていた。


そこには、まだ何も書かれていなかった。


     *


翌日、吾輩は記録を修正した。


最初の文章を削除し、次のように書き直した。


――夜勤人民の一部から、食堂の利用時間延長に加え、制度全体が昼間の生活時間を標準として設計されていることへの問題提起があった。


――夜勤という生活時間の違いが、食事の機会だけでなく、会議への参加、申請手続き、行政への意見表明にも影響している可能性がある。


――なお、今回の発言を夜勤人民全体の総意とみなすことはできない。発言者の希望により、個人を特定できる情報は記載しない。


書き終えて、吾輩は読み返した。


以前よりは、彼の言いたかったことに近づいた気がした。


しかし、これが正解だとは思えなかった。


文章にした以上、彼の言葉は、また吾輩の言葉になっている。


吾輩が選んだ表現であり、吾輩が選ばなかった表現もある。


「可能性がある」と書けば、断定を避けることができる。


「一部から」と書けば、全体の総意にしてしまうことを避けられる。


どちらも必要な表現だ。


だが、慎重な言葉を並べたからといって、慎重な人間になれたとはかぎらない。


吾輩は、自分の記録を読みながら、少しばかり恥ずかしくなった。


もっとも、恥ずかしいという感情も、長く続くと、いつの間にか自分を褒める材料になる。


「吾輩は、自分の間違いに気づくことのできる細菌である」


などと考え始めたら、これはもう、反省ではなく自慢である。


吾輩は、そういう自分を、少し信用しないことにした。


     *


修正した記録を提出すると、統計担当官が目を通した。


「七号さん、今回の記録は、少し長くありませんか」


「そうでしょうか」


「行政が扱うには、もう少し要点を絞ったほうがよいと思います」


「要点を絞ると、また、何かが抜け落ちる気がするのです」


統計担当官は、眼鏡を押し上げた。


「しかし、何も絞らなければ、何が重要なのか分からなくなります」


それは、もっともな意見だった。


吾輩は、すぐに反論することができなかった。


数字は必要である。


記録も必要である。


限られた予算と人員を、どこに、どれだけ配分するかを考えるには、比較できる情報が欠かせない。


すべてを個別の事情として扱えば、制度は動かなくなるだろう。


しかし、比較できる形に整えた瞬間、比較できないものが見えなくなることもある。


「では、どうすればよいのでしょう」


統計担当官は、吾輩に尋ねた。


吾輩は答えようとした。


だが、答えが出てこなかった。


いつもの吾輩なら、何かしら、もっともらしいことを言ったかもしれない。


しかし、この日は言わなかった。


「まだ、分かりません」


統計担当官は、少し意外そうな顔をした。


「分からないのですか」


「はい。ですから、もう少し調べたいのです」


吾輩は、記録用紙を抱え直した。


「誰に、何を尋ねるべきなのか。それから、尋ねられたくないことまで、尋ねてしまわないためには、どうすればよいのか」


統計担当官は、しばらく黙っていた。


やがて、机の上の資料を整えながら言った。


「それは、統計だけでは決められない問題かもしれませんね」


吾輩は、その言葉を記録しようかと思った。


しかし、やめた。


その言葉は、まだ誰かの発言として記録するよりも、吾輩自身が考え続けるべきことのように思えたからである。


     *


その夜、吾輩は一人で記録室に残っていた。


机の上には、修正前の記録と、修正後の記録が並んでいる。


どちらも、同じ会議について書かれたものだった。


一方は、短く、明快で、扱いやすい。


もう一方は、少し長く、慎重で、まだ十分には整理されていない。


吾輩は、二つの記録を交互に眺めた。


人間、いや、細菌というものは、整ったものを見ると安心する。


分類されたものを見ると、理解したような気になる。


名前がつけば、分かった気になる。


吾輩自身も、七号という番号を与えられたとき、多少は安心したのである。


番号があれば、少なくとも、どこにいるのかを説明できる。


どこにいるのかを説明できれば、存在を証明できる。


そう考えていた。


しかし、番号があることと、その存在が理解されていることは、別の話だった。


吾輩は、机の端に置かれた自分の登録票を手に取った。


番号は、七。


分類欄には、腸内細菌。


その下に、検査担当者による確認印が押されている。


吾輩は、何となく、その印を指でなぞった。


紙の上では、すべてが確かなように見えた。


番号も、分類も、確認印も。


けれども、吾輩には、どういうわけか、確かなものを見ているという実感がなかった。


疲れていたのだろう。


吾輩は、そう考えることにした。


人は、いや、細菌は、疲れると余計なことを考える。


余計なことを考えると、仕事が進まない。


仕事が進まないと、翌日の吾輩が困る。


そこで吾輩は、登録票を元の場所に戻した。


そして、明日こそは、もっと正確に話を聴こうと決めた。


この決意が、翌日になれば、また別の問題を生むことになるのだが、そのときの吾輩は、まだ知らなかった。


知らないことを知らないまま、明日の予定を立てられるというのは、ある意味で幸福なことである。


     *


翌朝、吾輩は、修正した記録の写しを若い細菌に届けた。


彼は、記録をゆっくりと読んだ。


「前より、近くなった気がします」


そう言ってから、少し考えた。


「でも、これで全部というわけではありません」


「はい」


吾輩は答えた。


「全部ではないと思います」


彼は、安心したように笑った。


「それなら、いいです」


吾輩は、その言葉を聞いて、少しばかり嬉しくなった。


自分の記録が認められたからではない。


むしろ、認められきらなかったことに、ほっとしたのである。


記録が完成したと言われれば、そこで話は終わってしまう。


まだ足りないと言われれば、もう一度、相手のところへ行く理由ができる。


吾輩は、ようやく、記録係の仕事が何であるのかを、ほんの少し理解した気がした。


聴くということは、相手の言葉を自分のものにすることではない。


相手の言葉を、自分が扱いやすい形に整えて、それで理解したことにするのでもない。


自分が聞き取れなかったものがあると認め、必要なら、もう一度尋ねること。


そして、相手が答えたくないと言ったときには、その沈黙を、勝手に答えに変えないこと。


簡単なことのように思える。


しかし、簡単なことなら、こんなに長い記録を書く必要もなかっただろう。


吾輩は、若い細菌に礼を言って、記録室へ戻った。


その途中、統計局の掲示板に、新しい標語が貼られているのを見つけた。


**「人民の声を、正確に把握しよう」**


その下には、小さな文字で、こう付け加えられていた。


**「集計に必要な回答を、期限内に提出してください」**


吾輩は立ち止まった。


正確に把握することと、期限内に集計すること。


二つの仕事は、似ているようで、必ずしも同じではない。


吾輩は標語を見上げ、少し考えてから、また歩き始めた。


耳が二つあっても、聞き間違える。


記録用紙が何枚あっても、書き落とす。


それでも、聴くことをやめてしまえば、聞き間違えたことにさえ、気づかなくなる。


吾輩は、まだ宰相でもなければ、偉い役人でもない。


ただの七号である。


便宜上、そう呼ばれているだけの。


だからこそ、もう少しだけ、聴いてみようと思った。


誰かの声を、人民の総意にしてしまう前に。


誰かの沈黙を、賛成にしてしまう前に。


そして何より、自分が理解したと思った、その瞬間に。


吾輩は、もう一度、立ち止まれるように。


そう考えていたとき、記録室の扉の向こうから、職員の声が聞こえた。


「七号さん、次の会議の記録をお願いします」


吾輩は、ため息をついた。


どうやら、聴くことを学ぶ時間は、会議の合間にしか与えられないらしい。


吾輩は筆記具を手に取った。


そして、次の記録用紙の上部に、いつものように書いた。


――議題。


その下に、もう一行だけ、書き加えた。


――まだ、聴けていないこと。


この一行が、正式な記録として認められる日は、たぶん、すぐには来ないだろう。


しかし、認められないからといって、書いてはいけない理由にはならない。


吾輩は、そう思った。


少なくとも、そのときは。


**聴くということは、相手を理解したと宣言することではない。理解できなかった自分を、もう一度、相手の前に連れていくことなのかもしれない。**


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