新章 第一話 『名無しの七号と、数えきれない人民』 改訂版
夏目漱石先生、中原中也先生に捧ぐ
新章の 本作『名無しの七号と、数えきれない人民』は、
夏目漱石先生の『吾輩は猫である』への敬意と、
中原中也先生の詩集『山羊の歌』から感じ取った孤独や哀しみへの共鳴を、その出発点としている。
漱石先生の作品には、人間社会を少し離れた場所から見つめ、その滑稽さと矛盾を、知性とユーモアによって照らし出す眼差しがある。
中也先生の詩には、言葉になりきらない心の揺れや、世界とのあいだに生じる隔たり、そして、誰にも完全には理解されない存在の寂しさが響いている。
本作の主人公、腸内細菌七号は、名前を持たず、数えきれない人民のひとりとして生きている。
彼の暮らす腸内人民共和国には、立派な統計局があり、人民を正確に把握するための規則があり、誰もが納得したことになっている公式見解がある。
けれども、その記録のどこにも、自分の居場所を見つけられない者がいる。
声を上げられない者がいる。
自分が何を望んでいるのかさえ、まだ言葉にできない者もいる。
七号は、そうした小さな声を探しに行く。
しかし、聞こえたからといって、理解できたとは限らない。記録したからといって、その人の存在を受け止めたことにはならない。
社会を笑うことと、ひとりの孤独に耳を澄ますこと。
その二つを、ひとつの物語のなかで両立させることはできるだろうか。
偉大なお二人の文学に、深い敬意を捧げつつ、本作はその問いを、腸内という小さくも広大な世界に託してみたい。
これは、お二人の作品を再現するための物語ではない。
その文学に触れたひとりの書き手が、現代の社会を見つめ直し、まだ名前のない声に出会うための、新たな試みである。
そして、物語の最後まで、ひとつだけ忘れずにいたい。
**数えられないことと、存在しないことは、同じではない。**
2026年
『名無しの七号と、数えきれない人民』
『名無しの七号と、数えきれない人民』
## 第一話 吾輩は、数えられない
吾輩は、腸内細菌7号である。
便宜上だ、名前はまだ無い。
名前がないといっても、呼び名がないわけではない。
役所では「7号殿」と呼ばれる。
市場では「そこの細菌」と呼ばれる。
交通整理の係員からは「通行の邪魔だ」と呼ばれたこともある。
呼び名だけなら、いくらでもある。
ただ、どれも吾輩の名前ではない。
正式な名前を取得するには、ゲノム解析を受けなければならないそうだ。
解析結果が出るまで、早くて数日。
分類委員会の審査に数週間。
命名審議会の開催日程によっては、さらに数か月。
なお、審議中に分類が変更された場合、申請は最初からやり直しとなる。
吾輩は思った。
名前をもらう前に、一生が終わるのではないか。
しかし、窓口の係員は平然としていた。
「ご安心ください。名前が確定するまでの間は、仮番号で管理されます」
「その仮番号が、7号なのですか」
「はい」
「なぜ7号なのでしょう」
「管理上の都合です」
「1号から6号までは、どちらに?」
「個人情報に関わりますので、お答えできません」
「では、8号以降は?」
「まだお答えできる情報がございません」
吾輩は、この国には、答えられないことについて答える技術が発達しているのだと思った。
もっとも、答えられないことが多いからこそ、役所というものは必要なのかもしれない。
答えられることしかなければ、窓口はずいぶん暇になるだろう。
*
吾輩が暮らす腸内人民共和国は、広大な国である。
国土は宿主の腸の内側。
首都の位置は、蠕動運動によって、ときどき変わる。
行政区画は複雑で、交通網は生き物の都合に左右され、天候に至っては、宿主が何を食べたかによって急変する。
昨日まで晴天だった発酵横丁に、今朝は大量の食物繊維が到来した。
市場の商人たちは歓声を上げた。
「繊維だ! 繊維が来たぞ!」
「店を開けろ! 今日は稼ぎどきだ!」
「待て、蠕動警報が出てるぞ!」
その直後、街全体がぐにゃりと動いた。
屋台が三軒、向かいの路地へ移動した。
八百屋の主人は、商品を押さえながら叫んだ。
「これだから公共交通機関は信用できん!」
公共交通機関ではない。
腸そのものが動いているのである。
しかし、そう説明しても、商人たちの苦情は減らなかった。
彼らにとって、原因が何であるかと、腹が立つかどうかは、別の問題なのだ。
この街には、実にさまざまな細菌が暮らしている。
発酵横丁で商売を営む者。
腸壁の片隅で静かに暮らす者。
中央行政区の高層庁舎で書類を作成する者。
蠕動交通網の運行を監視する者。
そして、自分が何の役に立っているのか、よくわからないまま毎日出勤している者。
最後の種類は、どこの国にもいるらしい。
むろん、腸内人民共和国にもいる。
むしろ、かなり多い。
ただし、彼らの正確な数は、統計局でも把握できていない。
*
この国の人口は、一兆個以上といわれている。
一兆個以上。
想像していただきたい。
一兆個の細菌が暮らす都市である。
朝になれば、無数の人民が目を覚ます。
腹が減れば、無数の人民が食べ物を探す。
不満があれば、無数の人民が不満を抱く。
そして、選挙の季節になると、人口統計局は無数の人民の意見を集計する。
もっとも、誰が数えたのかはわからない。
どのように数えたのかもわからない。
数え終わるまでに何個増え、何個減ったのかとなると、担当部署は回答を差し控えている。
それでも、この国には正式な人口統計が存在する。
中央行政区にそびえる人口統計局。
その庁舎は、たいへん立派である。
入口には、巨大な看板が掲げられている。
『すべての人民を、正確に把握する』
その下には、小さな文字で、こう書かれている。
『個別の照会には、所定の申請書が必要です』
吾輩は、その看板を見るたびに思う。
すべての人民を把握しているのなら、吾輩が誰なのかくらい、向こうが知っていてもよさそうなものだ。
ところが、人口統計局は吾輩を知らない。
吾輩も、人口統計局が何を知っているのか、よく知らない。
それでも、統計局の発表によれば、この国の人民は、毎年、着実に把握されているそうである。
把握されている人民の中には、把握されていることを知らない人民もいる。
把握されていないことを知らない人民もいる。
そして、把握されていないのではないかと疑ったために、統計上「その他」に分類される人民もいる。
吾輩は、最後の種類に属するらしい。
*
ある朝、吾輩は人口統計局の記者発表に出席した。
前日に届いた公報に、気になる一文があったからである。
『本年度の調査により、腸内人民共和国における人民の総意が確認された』
人民の総意。
たいへん立派な言葉である。
一兆個以上の人民が、何かについて同じ意見を持ったというのだ。
しかも、確認までされた。
吾輩は、どうしても確かめたかった。
いったい、誰に聞いたのだろう。
会場には、報道機関の細菌たちが集まっていた。
壇上には、人口統計局長が立っている。
局長は、立派なネクタイを締めていた。
結び目が、ほんの少し右に傾いていた。
吾輩は、その傾きに統計上の誤差があるのではないかと疑ったが、今はネクタイの問題を追及している場合ではない。
「本年度の調査結果を発表いたします」
局長が咳払いをした。
「我が共和国の総人口は、前年度比で微増。人民の生活満足度は安定して推移しております。また、共和国の主要政策については、人民の総意が確認されました」
拍手が起きた。
実に見事な拍手である。
全員が、ほぼ同じタイミングで手を打っている。
吾輩は、隣の記者に尋ねた。
「あなたは、どのような調査が行われたか、ご存じですか」
記者は首を振った。
「いいえ。しかし、結果が発表されましたから」
「結果が発表されたことと、調査が適切だったことは、別ではありませんか」
記者は吾輩を見た。
それから、椅子を少しだけ離した。
この国では、面倒な質問をする者の隣には、あまり座りたがらない。
吾輩は慣れていた。
局長は続けた。
「なお、調査の詳細につきましては、集計業務の円滑な遂行に支障を来すおそれがあるため、公表を差し控えます」
吾輩は手を挙げた。
「質問があります」
「どうぞ」
「一兆個以上いる人民の総意を、どのように確認したのでしょうか」
会場が静まった。
局長は資料を見た。
「適切な方法により、総合的に判断いたしました」
「その適切な方法とは?」
「総合的な方法です」
「具体的には?」
「具体的には、総合的にです」
なるほど。
この国では、質問を三回繰り返すと、回答が円を描いて元の場所に戻ってくる制度があるらしい。
吾輩は、さらに尋ねた。
「回答しなかった人民は、どのように扱われたのでしょうか」
局長は、初めて資料から顔を上げた。
「回答しなかった人民は、回答しておりません」
「それは、そうでしょうね」
「したがって、回答内容には含まれておりません」
「では、回答しなかった人民の意見は、総意に含まれているのですか」
局長の笑顔が、少しだけ硬くなった。
「調査結果は、人民全体の傾向を示すものです」
「全体の傾向と、全員の総意は、同じでしょうか」
後方の席から、小さな声がした。
「そもそも、私は聞かれていないけどな」
吾輩は振り向いた。
声の主は見つからなかった。
局長は、何事もなかったように発表を続けた。
「以上をもちまして、記者発表を終了いたします」
拍手が起きた。
今度の拍手は、先ほどより少し不揃いだった。
それでも、発表は成功したことになった。
*
会場を出ると、中央行政区の大通りは、いつもどおりの賑わいを見せていた。
巨大な広告塔には、人口統計局の新しい標語が映し出されている。
『一人ひとりの声を、ひとつの数字に』
その下を、無数の人民が行き交っていた。
誰かが急いでいた。
誰かが立ち止まっていた。
誰かが市場で値切っていた。
誰かが昨日から抱えている悩みを、今日も抱えていた。
誰かは、自分の意見を持っていた。
誰かは、まだ自分の意見が何なのか、わからなかった。
誰かは、意見を聞かれること自体を望んでいなかった。
そして、誰かは、聞かれなかったことにさえ気づいていなかった。
吾輩は、しばらく大通りに立っていた。
一兆個以上の人民。
そのすべてを数えることはできるのだろうか。
仮に数えられたとして、そのすべてを理解することはできるのだろうか。
さらに、そのすべての意見を集めれば、ひとつの答えになるのだろうか。
吾輩は、かつて正義を監査していた。
書類を調べ、記録を照合し、数字の食い違いを指摘した。
記録にないものを探し、記録にあるものを疑った。
それは必要な仕事だった。
しかし、今、吾輩はひとつのことに気づき始めていた。
記録にない人民を見つけることと、その人民が何を考えているかを知ることは、同じではない。
声を聞くことと、その声の意味を理解することも、同じではない。
まして、誰かの声を聞いたからといって、その者の人生を、こちらが代わりに決めてよいはずもない。
吾輩は、懐から小さな帳面を取り出した。
表紙には、こう記してある。
『記録されなかったことについて』
まだ、何も書かれていない。
吾輩は最初の一行を書こうとした。
しかし、ペン先が止まった。
「人民は、数えきれない」
そう書くことはできる。
「人民の声は、聞ききれない」
それも、たぶん正しい。
だが、それでは、まるで人民の側に問題があるようではないか。
数えきれないほど多いこと。
声が一度に聞こえないこと。
意見が簡単にはまとまらないこと。
それは、本当に人民の責任なのだろうか。
吾輩は帳面を閉じた。
今日は、まだ書かないことにした。
物語というものは、書き始める前に、少しだけ黙っていたほうがよい場合がある。
少なくとも、吾輩がこれから語ろうとしているのは、統計局の発表文ではない。
そこに載らなかった者たちの話なのだから。
*
その日の夕方、吾輩は人口統計局から一通の通知を受け取った。
『本日のご質問について』
本文には、次のように記されていた。
『ご指摘の件につきましては、関係部署にて慎重に検討した結果、現時点において、人民の総意に疑義はないものと判断いたしました』
その下に、追記があった。
『なお、ご質問者様の所属区分が確認できませんでしたので、今後の統計処理においては「その他」に分類させていただきます』
吾輩は通知を二度読んだ。
そして、三度目に読んだとき、ようやく笑った。
その他。
なるほど。
一兆個以上の人民を数える国で、数え方に疑問を持った者は、その他になるらしい。
吾輩は通知を折りたたみ、帳面にはさんだ。
その瞬間、街の向こうから、小さな声が聞こえた。
「……ねえ、誰か」
吾輩は顔を上げた。
声は、中央行政区からではなかった。
統計局の庁舎からでもなかった。
もっと遠く。
地図の端に小さく描かれた、腸壁の片隅のほうからだった。
「……ここにいるんだけど」
吾輩は歩き始めた。
その声が何を求めているのかは、まだわからない。
助けを求めているのかもしれない。
ただ、そこにいると知らせたいだけなのかもしれない。
あるいは、誰にも聞かれたくない話を、うっかり口にしてしまっただけなのかもしれない。
吾輩は、まだ知らない。
だからこそ、行くことにした。
名前は、まだない。
番号は、7号。
統計上の分類は、その他。
だが、名前がないからといって、声までないわけではない。
そして、この国ではどうやら、
**聞こえていない声について尋ねることが、いちばん面倒な仕事らしい。**




