エピローグ 小さな声が聞こえますか? 改訂版
謝辞――『戦争と平和』、そして『ホートン』へ
『松木ひろ子さんの、腸内人民共和国』を最後までお読みくださった皆さまへ。
本作の完結にあたり、私たちの想像力を広げてくれた二つの作品に、深い感謝を捧げたいと思います。
レフ・トルストイの『戦争と平和』。
そして、ドクター・スースの『ホートン』。
一方は、戦争と歴史、社会と個人、人間の生を壮大なスケールで描いた物語。
もう一方は、小さな存在の声に耳を澄ませ、その存在を信じようとする物語です。
その二つは、表現の規模も、物語の形式も、大きく異なります。
けれども、私には、両者から受け取ることのできる大切な問いがあるように思えました。
大きな社会の動きの中で、個人の暮らしはどこへ行くのか。
そして、小さく、目立たず、普段なら見過ごされてしまう存在の声を、私たちはどれほど真剣に受け止めているのか。
この問いを、腸内細菌たちの世界に持ち込んだら、いったい何が起こるでしょうか。
ミツオケラ十三世は、歴史的使命を語ります。
ブラウ太郎は、数字と分類に異議を唱えます。
名無しの七号は、記録の空白を追いかけます。
議長菌は、手続きを整えます。
そして、会議が終わっても、問題は簡単には終わりません。
小さな世界の住人たちが、大きな国家のように振る舞い、懸命に正義を論じ、時には自分たちの正しさを疑い始める。
その姿を通じて、私たち自身の社会を、少し違った角度から見つめ直すことができるのではないか。
それが、本作を書き進めるうえでの楽しみの一つでした。
『戦争と平和』が開いてくれた、歴史と社会を大きく見渡す視野に。
『ホートン』が思い起こさせてくれた、小さな存在の声に耳を澄ませるまなざしに。
心からの敬意と感謝を捧げます。
もちろん、本作はそれらの作品そのものではありません。
腸内細菌たちの議会も、統計をめぐる論争も、監査人の椅子に置かれた座布団も、ひろこさんの夕食も、この物語の中で生まれた独自の風景です。
けれども、先人たちの作品が私たちの想像力に窓を開いてくれるからこそ、その窓から見える景色を、自分なりの物語として描くことができるのだと思います。
そして最後に。
どれほど壮大な議論が交わされても、ひろこさんの夕食は、ひろこさん自身が決めるものです。
小さな声に耳を傾けることと、その声の主に代わって人生を決めることは違います。
誰かを理解しようとすること。
自分の正義を疑う余白を残すこと。
そして、目の前の誰かが自分自身の暮らしを営む、その当たり前の自由を大切にすること。
この物語が、そんなことを考える小さなきっかけになったなら、作者としてうれしく思います。
『戦争と平和』へ。
『ホートン』へ。
そして、本作を読んでくださった、名前も知らない読者の皆さまへ。
想像力をつないでくださったことに、心より感謝申し上げます。
**大きな世界にも、小さな世界にも、それぞれの暮らしがある。**
そのことを忘れずに、これからも物語を書いていきたいと思います。
著作:東曌 アズマショウ
エピローグ 小さな声が聞こえますか?
読者の皆さまへ
世の中には、とても大きな声があります。
演説する声。
命令する声。
会議で議長を務める声。
そして、「人民の総意はすでに確認されている!」と、まだ確認していないことまで確認済みにしてしまう声。
……どこかで聞いたことがあるような気がしますね。
そうです。
ミツオケラ十三世です。
あの方は今日も、人民大会議の議事録を確認していることでしょう。
「本日の会議は、満場一致で終了した!」
名無しの七号が、そっと手を挙げます。
「議長。反対意見が三件、保留が七件、未確認が十二件あります」
「それらは、満場一致の範囲内である!」
……この国は、まだまだ大変そうです。
けれども。
世界には、大きな声ばかりがあるわけではありません。
小さな声もあります。
誰にも気づかれない声。
数字に換算される途中で、どこかへ行ってしまう声。
返事をもらったのに、問題はそのまま残っている人の声。
そして、声を出すことさえ諦めてしまった存在の、静かな沈黙もあります。
もし、皆さまのそばに、そんな小さな声があったなら。
どうか、少しだけ耳を澄ませてみてください。
小さな世界の声を聞こうとしたように。
大きいから正しいとは限りません。
小さいから、存在しないわけでもありません。
声が聞こえないからといって、そこに誰もいないとは限らないのです。
さて。
松木ひろ子さんの腸内人民共和国では、今日も細菌たちが暮らしています。
ミツオケラ十三世は、相変わらず歴史的使命について語っています。
ブラウ太郎は、相変わらず数字の扱いに目を光らせています。
名無しの七号は、相変わらず記録の余白を大切にしています。
バク長老は、相変わらずお茶を飲んでいます。
そして、ひろ子さんはというと。
明日の朝食を、まだ決めていません。
腸内人民共和国の政府は、これを重要案件として審議したいようです。
しかし、ひろ子さんには、ひろ子さんの暮らしがあります。
食べるものを決めるのも。
食べないものを決めるのも。
今日は気が変わった、と言うのも。
ひろ子さん自身の自由です。
小さな住人たちの声を聞くことと、その住人たちに人生のすべてを決めてもらうことは、同じではありません。
耳を傾けること。
考えること。
そして、最後には、自分で決めること。
その三つを、どうか忘れずにいたいものです。
読者の皆さま。
この物語の中で、笑っていただけたでしょうか。
ミツオケラ十三世の大演説に。
議長菌の厳格すぎる手続きに。
改革を改革するための改革に。
そして、会議が終わっても、なかなか終わらない会議に。
もし笑っていただけたなら、うれしいです。
けれども、笑い終えたあとで、ほんの少しだけでも、
「自分のまわりにも、聞こえていない声があるのではないか」
と思っていただけたなら。
この小さな人民共和国の物語は、きっと、皆さまのもとまで届いたのだと思います。
大きな世界の片隅にも。
小さな世界の真ん中にも。
誰かの声があります。
どうか、その声を、最初からなかったことにしないでください。
そして、皆さまご自身の声も。
どうか、なかったことにしないでください。
最後に。
ここまで読んでくださった皆さまへ。
本当に、ありがとうございました。
ミツオケラ十三世からは、正式な謝辞が提出される予定です。
ただし、謝辞の提出予定日は未定です。
議長菌によると、謝辞の提出に関する検討委員会の設置について、まず審議する必要があるそうです。
名無しの七号は、すでにその一連の経緯を記録しました。
ブラウ太郎は、記録の公開を要求しています。
バク長老は、お茶を淹れ直しました。
……もう、いいですね。
今夜は会議を終わりにしましょう。
読者の皆さまも、どうかご自分の時間に戻ってください。
温かいお茶でも飲んで。
おいしいものでも食べて。
明日のことは、明日のご自分と相談して。
そして、どこかで小さな声が聞こえたら。
ほんの少しだけ、耳を澄ませてみてください。
もしかしたら、その声は、皆さまが今まで知らなかった世界から届いているのかもしれません。
それでは、また。
小さな声が、ちゃんと届く世界で。
**『松木ひろ子さんの、腸内人民共和国』**
これにて、ひとまず閉会。
読者の皆さま。
どうか、お元気で。
そして、どうか、ご自分の声を大切に。
ありがとうございました。
読者の皆さまへ
「最後まで読んでくださってありがとうございました」
【エピローグ 読者の皆さま、どうかお茶でも】
長い会議が終わった。
いや、正確に言えば、終わったことになった。
腸内人民共和国では、この二つには微妙な違いがある。
しかし、今夜くらいは、その違いを気にしないことにしよう。
議長菌は木槌を机の引き出しにしまい、議事録の表紙に「閉会」と書いた。
その下に、うっかり「ただし、継続審議事項あり」と書きかけたが、思い直して消した。
「今夜くらいは、いいだろう」
議長菌は呟いた。
誰も異議を唱えなかった。
ミツオケラ十三世は、執務室で最後の報告書を読んでいた。
表紙には、こう書かれている。
《腸内人民共和国の今後の課題について》
ページ数は、八十六ページ。
「……長いな」
十三世は、初めて報告書の長さに疑問を抱いた。
これまでは、長い報告書ほど重要だと信じていたのである。
彼は、そっと報告書を閉じた。
「明日、読もう」
そして、明日になっても読まない可能性があることを、今回は正直に認めることにした。
*
ブラウ太郎は、議場の隅で伸びをしていた。
「やっと終わったな」
バク長老は、お茶を飲んでいた。
「終わったというより、ひと休みだな」
「長老は、最後まで慎重ですね」
「慎重なのではない。疲れたのだ」
ブラウ太郎は笑った。
「長老でも疲れるんですね」
「当たり前だ。お茶を飲むにも、湯を沸かさねばならん」
「そこですか」
「そこも大事だ」
二人は、しばらく黙っていた。
今日ばかりは、誰も制度を改革しようとは言わなかった。
誰も監査の必要性を主張しなかった。
誰も新しい委員会を設置しようとしなかった。
名無しの七号は、記録帳を閉じた。
その表紙には、小さくこう書かれていた。
《本日の記録は、以上》
そして、その下に、さらに小さく付け加えた。
《明日、必要があれば再開する》
今夜は、それで十分だった。
*
松木ひろ子さんは、食事を終えて、湯飲みを手に取った。
今日も一日が終わろうとしている。
特別なことがあったわけではない。
食事をして、用事を済ませ、少し考えごとをして、また明日のことを考える。
暮らしというのは、たいてい、その繰り返しだ。
冷蔵庫には、明日使えそうな食材が残っている。
棚には、まだ使っていない豆類もある。
明日、それを食べるかどうかは分からない。
ひろこさんは、そんなことを考えながら、お茶を飲んだ。
「まあ、明日は明日ね」
その一言で、今日の食卓はおしまいになった。
腸内人民共和国では、中央統計局が、その発言を記録しようとした。
しかし、担当者は途中で手を止めた。
「これは、記録する必要があるでしょうか」
名無しの七号は答えた。
「本人の何気ない一言まで、すべて記録しなくてもいいんじゃないかな」
「でも、重要な発言かもしれません」
「そうかもしれない。けれど、すべてを記録しようとしたら、暮らしそのものが記録のためにあるようになってしまう」
担当者は、記録帳を閉じた。
ひろこさんの「明日は明日」は、ひろこさんのものとして、そのまま残された。
記録されないことにも、意味がある。
今夜、七号は、そう思った。
*
さて。
ここまでお付き合いくださった読者の皆さま。
長い会議に、長い報告書に、長い議論。
そして、ときどき登場する、どうでもよさそうで、なぜか妙に気になる豆類。
皆さまも、少々お疲れになったのではないでしょうか。
もしそうでしたら、どうか、ここでひと休みなさってください。
この物語を最後まで読んでくださった皆さま。
途中で、ミツオケラ十三世に呆れた皆さま。
ブラウ太郎の反論に、思わず頷いた皆さま。
バク長老のお茶が、妙に羨ましくなった皆さま。
名無しの七号の記録に、少しだけ胸が痛くなった皆さま。
そして、ひろこさんの食卓を、最後まで見守ってくださった皆さま。
本当に、ありがとうございました。
物語の中では、たくさんのことを議論しました。
誰が決めるのか。
誰の声を聞くのか。
何を成果と呼ぶのか。
どこまで記録すれば、問題を解決したことになるのか。
考え始めると、なかなか終わりません。
けれども、読者の皆さままで、いつまでも考え続けなければならないわけではありません。
物語を読んで、少し笑っていただけたなら。
どこかで「ああ、こういうこと、あるなあ」と思っていただけたなら。
登場人物の誰かに腹を立てたり、誰かの言葉に頷いたりしていただけたなら。
それだけで、この物語は十分に役目を果たしたのだと思います。
すべての問題に、答えが出なくてもいい。
すべての登場人物が、立派にならなくてもいい。
明日から急に、食生活を完璧に変えなくてもいい。
疲れた日は、疲れたままでいい。
考えごとは、明日に回してもいい。
もちろん、豆類を明日に回しても構いません。
ただし、いつまでも棚に置いたままにすると、今度は別の問題が発生するかもしれません。
そのときは、どうかミツオケラ党に相談する前に、賞味期限をご確認ください。
*
腸内人民共和国の夜は、静かだった。
ミツオケラ十三世は、ようやく仕事を切り上げた。
ブラウ太郎は、反論する相手がいなくなったので、少し物足りなさそうだった。
バク長老は、最後のお茶を飲んだ。
議長菌は、明日の議事進行を考えないことにした。
名無しの七号は、記録帳を閉じた。
誰も、今夜のうちに世界を変えようとはしなかった。
それでよかった。
世界を変えることばかり考えていると、目の前にいる人の疲れに気づかないことがある。
大きな改革を急ぐあまり、小さな暮らしを見失うこともある。
正しいことを伝えようとして、相手が休みたいと思っていることを忘れることもある。
だから、今夜くらいは。
議論を終えよう。
報告書を閉じよう。
お茶を飲もう。
そして、ゆっくり休もう。
明日になれば、また何かが起きる。
ひろこさんは、明日の食事を考える。
腸内人民共和国は、明日の資源配分を考える。
ミツオケラ十三世は、明日の政策を考える。
ブラウ太郎は、明日の反論を考える。
バク長老は、明日のお茶を考える。
名無しの七号は、明日の記録帳を用意する。
それぞれの明日は、それぞれのものだ。
そして、読者の皆さまの明日も、皆さま自身のものです。
どうか、今夜はゆっくりお休みください。
お仕事のある方も。
家事を頑張った方も。
誰かのために気を遣った方も。
何かを考えすぎて、少し疲れてしまった方も。
この物語を、ここまで読んでくださった方も。
皆さま、本当にお疲れさまでした。
腸内人民共和国から、心よりお礼申し上げます。
なお、感謝状の発行につきましては、現在、担当部署にて検討中です。
「まだやるのか!」
ブラウ太郎の声が、遠くから聞こえた。
ミツオケラ十三世は、少し考えたあと、感謝状の発行を取りやめた。
代わりに、短い言葉を残すことにした。
――読んでくださって、ありがとう。
それだけで、十分だった。
どうか、よい夜を。
そして、明日は、明日の食卓を。
腸内人民共和国の面々も、今夜はもう休みます。
議事録は閉じました。
会議も終わりました。
豆類の問題は、ひとまず棚上げです。
……いや、豆類は本当に、そろそろ食べたほうがいいかもしれません。
それでは、皆さま。
おやすみなさい。
また、どこかの物語でお会いしましょう。




