第十八話 受領印は押された。人民は受け取っていない。
### 第一部 返事を出した者は、偉いのか
「諸君。本日の議題は、返事である」
ミツオケラ十三世は、開会早々、そう宣言した。
議長菌が議事録に書き込んだ。
――本日の議題、返事。
それから顔を上げた。
「陛下。返事とは、何への返事でしょうか」
「返事への返事ではない」
「承知しております」
「本当に承知しているのか」
「まだ、何も始まっておりません」
「ならば、よろしい」
議長菌は、議事録にもう一行書き足した。
――議題の定義について、若干の混乱あり。
「そもそもだ」と、ミツオケラ十三世は胸を張った。「我が人民共和国は、人民の声を聞くための改革を進めてきた。意見を受け付け、記録し、分類し、検討し、回答する。これほど丁寧な政治が、ほかにあるだろうか」
「ございます」
ブラウ太郎が即答した。
「どこにだ!」
「少なくとも、返事を出したあとで、相手が何を言っているのか、もう一度聞く政治です」
「それは、返事を出したあとに、また返事をしろということか」
「そうです」
「無限ではないか!」
「人民の問題が無限にあるのなら、返事も無限に必要になる場合があります」
「そんなことを認めたら、役所が終わらない!」
「問題が終わっていないのに、役所だけ終わるのは困ります」
会議室のあちこちで、クスクスと笑いが起きた。
ミツオケラ十三世は、笑い声を聞いて、満足そうにうなずいた。
「よろしい。人民も笑っている。政治に余裕が生まれた証拠だ」
「陛下」
バク長老が、湯気の立つ茶碗を置いた。
「笑っているのは、陛下の答弁が面白いからです」
「それも政治の成果だ」
「そういうことにしておきましょう」
バク長老は、茶をすすった。
この老人は、相手を否定するときでさえ、相手が勝ったと思える余地を残す。本人にそのつもりがあるのか、単に面倒なのかは、誰にも分からなかった。
「では、本題に入ります」
名無しの七号が、分厚い書類を机に置いた。
ドサッ。
議長菌が飛び上がった。
「何ですか、その厚さは!」
「回答書です」
「人民への回答書が、なぜそんなに分厚い!」
「回答書そのものではありません。回答書を出したことを証明する書類と、その書類を確認した書類と、確認したことを報告した書類です」
「回答書はどこだ!」
「その下です」
会議室が静まり返った。
ミツオケラ十三世は、しばらく書類の山を見つめた。
「つまり、我が国では、返事を出したことを証明するために、返事より多くの書類を作っているのか」
「はい」
「合理的ではないか」
「陛下!」
ブラウ太郎が机を叩いた。
「どこがですか!」
「返事を出したという事実が、これほど丁寧に記録されているのだぞ」
「肝心の返事が相手に届いたかどうかは?」
「それも記録されている」
「届いたかどうかを確認する記録は?」
「ある」
「その記録を確認する記録は?」
「ある」
「では、人民は?」
ミツオケラ十三世は、黙った。
名無しの七号が、小さく手を挙げた。
「その人民を、探しています」
### 第二部 回答書は、どこへ消えた
名無しの七号が持参したのは、ある人民から寄せられた相談だった。
その人民は、生活に関わる支援を申請していた。申請には時間がかかり、追加資料を求められ、何度も窓口へ足を運んだ。
やがて、担当部署から回答書が出された。
記録上は、問題なし。
回答作成日、記載あり。
担当者名、記載あり。
確認印、あり。
対応状況、完了。
ところが、本人は回答を受け取っていなかった。
「最初は、郵便が遅れているのだと思ったそうです」と、名無しの七号は説明した。「一週間待ち、二週間待ち、それでも届かない。窓口へ問い合わせたところ、担当者からこう言われました」
七号は、書類を読み上げた。
「『すでに回答済みです』」
「なるほど」
ミツオケラ十三世は、深くうなずいた。
「役所は回答した。人民は受け取っていない。つまり、回答したという役所の認識と、回答されていないという人民の認識が、食い違っているのだな」
「そのとおりです」
「これは大変な問題だ」
ブラウ太郎が感心したように言った。
「陛下が、問題を問題として認識されました」
「当然である!」
「では、解決してください」
「話が早すぎる!」
議長菌は、二人のやり取りを聞きながら、議事録に記した。
――陛下、問題の存在を認識。解決については、今後検討。
名無しの七号が、議事録をのぞき込んだ。
「議長。その書き方では、また同じことになります」
「何がだ」
「問題を認識したことが、問題を解決したことになってしまいます」
議長菌は、ペンを止めた。
「では、どう書けばよい」
「問題を認識した、と書いてください」
「それでは、解決していないように見えるではないか」
「解決していないのです」
「しかし、議事録の印象が悪い!」
「人民の暮らしは、議事録の印象で良くなったり悪くなったりするのですか」
議長菌は、困った顔でミツオケラ十三世を見た。
ミツオケラ十三世は、咳払いをした。
「議長。事実を記せ。印象の改善は、別の部署に任せればよい」
「陛下、その別の部署は、すでにございます」
「何だと?」
「広報印象管理室です」
「そんな部署を、いつ作った!」
「前回の改革の際に」
「なぜ私は知らない!」
「陛下の印象を改善するため、報告書から記載を省略しました」
ミツオケラ十三世は、椅子に深く腰を下ろした。
「……我が国は、私に優しくない」
「人民にも優しくありません」
ブラウ太郎が言った。
「それは、今は言わなくてよい!」
### 第三部 八十一・二%の立派な成果
「もう一つ、確認すべき資料があります」
コウシン太郎が、別の書類を取り出した。
「改革実施率、八十一・二%。この数字の算定に使われた『対応済み案件の確認基準』です」
「八十一・二%!」
ミツオケラ十三世の顔が明るくなった。
「よい数字ではないか。あと少しで、ほぼ完成だ」
「陛下」
「何だ、ブラウ太郎」
「何が八十一・二%なのか、覚えていらっしゃいますか」
「改革の成果だ」
「それは名前です。中身を聞いています」
「中身?」
「実際に人民の問題が解決した割合ですか。それとも、役所が必要な手続きを終えた割合ですか」
ミツオケラ十三世は、資料を受け取った。
「……これは、改革項目の実施状況を重みづけして算出したもの、とある」
「つまり?」
「つまり、手続き上の改革が、どの程度実施されたかを示す数字だ」
コウシン太郎が続けた。
「この数字だけでは、回答書が本人に届いた割合も、問題が実際に解決した割合も分かりません」
「では、八十一・二%という数字は、嘘なのか!」
「いいえ。何を測っているかを明確にしなければ、何を意味する数字なのか分からない、ということです」
バク長老が、ゆっくりと茶碗を置いた。
「陛下。体温計で体温を測ったとしても、財布の中身は分かりません」
「当たり前だ」
「では、役所の手続きが終わった割合を測って、人民の問題が解決した割合まで分かった気になるのは、なぜでしょう」
「……体温計に、財布の機能を追加できないか」
「陛下!」
ブラウ太郎が叫んだ。
「機械を改造する前に、数字の意味を確認してください!」
会議室は、再び笑いに包まれた。
ミツオケラ十三世は、少し不満そうだった。
「笑うな。これは重要な問題だ。八十一・二%を廃止する必要があるのか」
「ありません」
コウシン太郎が答えた。
「ただし、別々に示す必要があります。手続きが実施された割合。回答書が作成された割合。本人に届けられた割合。実際の対応が行われた割合。そして、問題が解決した割合です」
「数字が増えるではないか!」
「現実が一つの数字に収まらないのです」
「報告書が厚くなる!」
「人民の問題を薄く書いても、問題そのものは薄くなりません」
ミツオケラ十三世は、頭を抱えた。
「私は、改革をすれば書類が減ると思っていた」
「改革の結果、書類が増えることはございます」
バク長老が言った。
「それは、必要なことを記録するようになったからですか。それとも、記録したことを記録するようになったからですか」
議長菌が、そっと書類の山を自分の側へ引き寄せた。
「その区別は、今後の検討事項として……」
「議長」
名無しの七号が言った。
「今、その区別をするために、ここにいるのです」
議長菌は、書類の山から手を離した。
### 第四部 返事を受け取った人民
数日後、問題の人民が、確認のために呼ばれた。
その人民は、会議室の入り口で、ずいぶん緊張した様子だった。
「そんなに緊張なさらなくて結構です」
議長菌が言った。
「本日は、あなたの意見を聞くための会議です」
「前にも、そう言われました」
人民は答えた。
議長菌は、口を閉じた。
「前の会議でも、私の話を聞いてくださいました。記録にも残してくれました。担当の方も、丁寧に説明してくださいました」
「それは、よかった」
ミツオケラ十三世が言った。
「ですが、そのあと、何も変わりませんでした」
会議室が静かになった。
「私は、何度も同じ話をしました。最初に何を申請したのか。なぜ必要なのか。どんな資料を出したのか。どこで止まったのか。そのたびに、最初から説明しました」
人民は、膝の上で手を組み直した。
「ある日、担当の方に言われたんです。『ご意見は、すでに記録されています』と」
「記録は、大切です」
議長菌が、反射的に言った。
「はい。だから、私は聞きました。記録されているなら、どうして毎回、同じ説明をしなければならないのですか、と」
議長菌は、議事録を閉じた。
人民は続けた。
「今回、回答書をいただけると聞きました。私は、返事が欲しかったんです。何ができて、何ができないのか。できないなら、なぜできないのか。これからどうすればいいのか」
「当然のご要望です」
コウシン太郎が言った。
「でも、返事が届かなかった。届いていないのに、役所では終わっていた。私がもう一度問い合わせたら、今度は、終わった案件を再開する手続きが必要だと言われました」
ミツオケラ十三世が、眉をひそめた。
「終わった案件を、再開する?」
「はい」
「終わっていないのに?」
「役所では、終わっていたそうです」
ミツオケラ十三世は、議長菌を見た。
議長菌は、天井を見た。
「天井に、何かあるのか」
「いえ。天井は、今のところ問題なく機能しております」
「今のところ、とは何だ!」
ブラウ太郎が、口元を押さえていた。
笑いをこらえているのだ。
だが、人民は笑わなかった。
「私は、役所の皆さんが、わざと意地悪をしているとは思っていません。忙しいのも分かります。担当の方が、一生懸命に調べてくれたこともあります」
人民は、一度言葉を切った。
「でも、私の問題が終わっていないことを、誰か一人でも、最後まで見ていてほしいんです」
名無しの七号は、その言葉を書き留めた。
それから、書き留めた自分の手を見た。
この人民共和国では、人民の声を書き留めることは、もう珍しくない。
珍しくないことと、声が届くことは、同じではなかった。
### 第五部 回答書の新しい旅
「よし、決めた!」
ミツオケラ十三世が立ち上がった。
「今後、回答書には、必ず配達記録を付ける!」
「それだけでは足りません」
ブラウ太郎が言った。
「では、配達記録に加えて、受領確認書を付ける!」
「受領確認書を作ったことの確認書も必要になるのでは?」
名無しの七号が言った。
「必要なのか?」
「陛下が決めると、必要になります」
「私は、そんなに書類を作らせる人間か!」
全員が黙った。
「……誰か、否定しなさい」
バク長老が、茶をすすった。
「陛下。書類を減らすには、まず、書類を作ることで安心する習慣を減らすことです」
「では、どうする」
コウシン太郎が、新しい案を示した。
回答書を作成した日。
本人へ送った日。
本人に届いたことを確認できた日。
回答の根拠。
実際に行うことになった対応。
まだ解決していない事項。
次に確認する日。
担当する部署と責任者。
そして、回答の内容に異議がある場合の申し立て先。
「これらを、一つの案件記録で追跡します。ただし、項目を埋めること自体を目的にはしません。未送付なら未送付。未解決なら未解決。確認できないことは、確認できないと記録します」
「未解決と書いたら、担当者の評価が下がるのでは?」
名無しの七号が尋ねた。
コウシン太郎は、すぐには答えなかった。
「下がる仕組みになっていれば、担当者は未解決と書きたがらなくなるでしょう」
「では、評価制度も変える必要がある」
ブラウ太郎が言った。
「しかし、未解決を放置しても評価が下がらないなら、それも困る」
バク長老が続けた。
「つまり、難しい案件を正直に報告した者と、簡単な案件ばかり選んで数字を上げた者を、同じように評価してはならないということです」
ミツオケラ十三世は、しばらく考えた。
「……面倒な制度だな」
「簡単な制度にすると、簡単なことしか見えなくなります」
ブラウ太郎が答えた。
「よし。採用する!」
議長菌が、すぐに手を挙げた。
「陛下、制度の名称はいかがいたしましょう」
「人民回答完全安心制度!」
「長すぎます」
「人民回答安心制度!」
「安心できるかどうかは、人民が決めるのでは?」
「では、人民回答制度!」
「何を回答する制度なのか、分かりません」
「名無しの七号、何か案はないか」
七号は、少し考えた。
「回答追跡制度、でよいのではないでしょうか」
「地味だな」
「名前で問題を解決できるわけではありませんので」
ミツオケラ十三世は、残念そうにうなずいた。
「採用する。だが、広報では、もう少し華やかに紹介せよ」
「陛下、広報印象管理室が担当いたします」
議長菌が言った。
「その部署は、まだあるのか!」
「先ほども申し上げました」
「改革しなければ!」
「その改革を検証する部署は?」
議長菌が尋ねた。
ミツオケラ十三世は、口を開いた。
そして、閉じた。
「……まず、部署の数を数えよう」
### 第六部 名無しの七号は、受領印を探す
会議が終わると、名無しの七号は、問題の案件を担当した部署へ向かった。
書類の束を調べ、担当者に話を聞いた。
担当者は、疲れた顔をしていたが、七号の質問には丁寧に答えた。
「回答書は、確かに作成しました。内容も、上司の確認を受けています。ただ、そのあと、別の案件の締め切りが重なりまして……」
「送付した記録はありますか」
担当者は、書類を探した。
机の引き出し。
共有棚。
送付記録のファイル。
どこにもなかった。
「……申し訳ありません。送付したことを確認できる記録がありません」
七号は、すぐに責めなかった。
「では、本人に確認しましょう」
人民に連絡を取り、回答書が届いていないことを確認した。
そのうえで、担当部署に回答書を正式に送付するよう依頼した。
数日後、回答書は本人に届いた。
回答には、申請の一部について認められない理由が記されていた。すべての希望がかなったわけではない。それでも、何が判断され、何が判断されていないのか、次にどこへ相談できるのかが、以前より明確になっていた。
七号は、案件記録を更新した。
回答書作成日――記録あり。
送付日――記録あり。
到達確認日――記録あり。
実際の対応――一部継続。
問題の解決――未完了。
次回確認日――記載あり。
担当者――記載あり。
「よし」
七号は、小さくうなずいた。
そこへ、ブラウ太郎がやって来た。
「解決したのか」
「まだです」
「では、何が変わった」
「終わっていないことを、終わっていないと記録できました」
ブラウ太郎は、しばらく黙った。
「それだけか」
「それだけではありません。本人は、回答を受け取りました。理由を知り、次に何ができるかも分かりました。そして、次に確認する日が決まりました」
「なるほど」
「でも、まだ問題は残っています」
七号は、記録を閉じた。
「だから、次に確認します」
ブラウ太郎は、笑った。
「君は、ずいぶん地味な仕事をするな」
「派手な仕事は、皆さんが得意ですから」
「私は、そんなに派手か?」
「ブラウ太郎さんは、会議で机を叩きます」
「それは、正義のためだ」
「机にも、正義は必要ですか」
ブラウ太郎は、言い返そうとして、やめた。
「……今後は、少し気をつけよう」
七号は、記録に書き加えた。
――ブラウ太郎、机への配慮を検討。
「消せ!」
「事実ですので」
「その記録は、どこまで残る!」
「次の会議で確認します」
「君は、恐ろしいな!」
「よく言われます」
七号は、初めて少しだけ笑った。
### 第七部 人民共和国の新しい問題
翌週、回答追跡制度の試行が始まった。
最初の報告では、回答書の作成数、送付数、到達確認数、未解決案件数が、それぞれ別々に示された。
ミツオケラ十三世は、数字を見てうなった。
「未解決案件が、こんなにあるのか」
「以前から、ありました」
コウシン太郎が答えた。
「ただ、見え方が変わったのです」
「数字が増えたように見える」
「見えるようになったのです」
「同じではないか」
「同じではありません」
ミツオケラ十三世は、しばらく考えた。
「……この言い回しは、今後、禁止したい」
「陛下が禁止されると、報告書から消えてしまいます」
「では、推奨する」
「何をですか」
「見えるようになった、という言い回しを!」
ブラウ太郎は、とうとう吹き出した。
会議室に笑いが広がった。
だが、笑いが収まる前に、議長菌が新しい報告書を差し出した。
「陛下。問題が一つございます」
「もうか!」
「はい。回答追跡制度そのものについて、人民から意見が届きました」
「どんな意見だ」
議長菌は、報告書を読み上げた。
「『私の案件が未解決と分類されていますが、私は、すでに解決したと考えています。分類の根拠を教えてください。記録の訂正を求めます』」
会議室が静かになった。
ミツオケラ十三世は、ブラウ太郎を見た。
ブラウ太郎は、コウシン太郎を見た。
コウシン太郎は、バク長老を見た。
バク長老は、茶を飲んだ。
「……つまり」
ミツオケラ十三世が、ゆっくりと言った。
「我々は、人民の問題を解決したかどうかを記録する制度を作った。そして今度は、その記録が正しいかどうかを、人民が問うているのだな」
「はい」
名無しの七号が答えた。
「では、その申し立てを、誰が審査する」
「制度を作った部署だけでは、不十分かもしれません」
コウシン太郎が言った。
「では、別の部署を作るか」
「陛下」
ブラウ太郎が、穏やかに言った。
「その前に、考えましょう。制度を監視する仕組みを、誰が監視するのか」
ミツオケラ十三世は、天井を見上げた。
議長菌も、つられて天井を見た。
「天井には、何もございません」
「分かっている!」
「では、なぜ皆さん、天井を見るのですか」
「考えているのだ!」
「天井を?」
「議長、黙れ!」
そのとき、会議室の扉が開いた。
一人の職員が、息を切らして駆け込んできた。
「陛下、大変です!」
「今度は何だ!」
「回答追跡制度を監査するための部署について、設置案が提出されました!」
「誰が提出した!」
「回答追跡制度を担当する部署です!」
ミツオケラ十三世は、ゆっくりと椅子に座り直した。
「……自分たちを監査する部署を、自分たちで作るのか」
「はい。設置案には、こう書かれております」
職員は、書類を読み上げた。
「『監査の独立性を確保するため、当該部署は、監査対象部署の指揮命令系統に属するものとする』」
一瞬、誰も何も言わなかった。
そして、ブラウ太郎が机に突っ伏した。
「独立していないじゃないか!」
名無しの七号は、記録帳を開いた。
「新しい案件ですね」
バク長老は、茶を注いだ。
「人民共和国は、退屈しない国だな」
ミツオケラ十三世は、遠い目をした。
「……改革とは、なぜ、改革するたびに仕事が増えるのだ」
誰も答えなかった。
答えられなかったのではない。
答えると、また新しい制度ができそうだったからである。
その夜、名無しの七号は、記録帳の最後に一行を書いた。
――返事は届いた。
その下に、もう一行。
――問題は残った。
さらに少し考えて、三行目を書き加えた。
――そして、問題が残っていることを記録する制度にも、問題が生まれた。
七号は、ペンを置いた。
「……明日も忙しそうだ」
窓の外では、人民共和国の夜が静かに深まっていた。
どこかの部署では、今日も新しい規則が作られているだろう。
どこかの人民は、まだ返事を待っているだろう。
そして、どこかの幹部は、自分の仕事が完了したことを示す書類に、誇らしげに印を押しているだろう。
その印が、本当に何かを終わらせたのか。
それを確かめる仕事が、明日も残っていた。
---
**次回予告
回答追跡制度を監査する部署ができることになった。
だが、その部署の設置案を作ったのは、監査される側だった。
「独立性は、組織図の上で確保しております」
担当者は、胸を張った。
ブラウ太郎は、組織図を逆さまにした。
「逆さまにしても、独立していないぞ」
ミツオケラ十三世は、頭を抱えた。
そして名無しの七号のもとに、もう一通の申し立てが届く。
今度は、制度への苦情ではなかった。
**「私の苦情を、苦情として扱ってもらえません」**
人民共和国は、いよいよ、自分自身を人民の一人として扱えるかどうかを問われることになる。




