第十七話 返事は届いた。問題は残った。
一 改革の効果を測定する会議
改革実施率、八十一・二パーセント。
その数字が中央委員会の会議室に掲示されたとき、出席者の一部は、安堵のため息をついた。
八十一・二パーセント。
それは、改革が前進していることを示す数字として、すでに何度も報告書に登場していた。
改革の担当部署は期限を設定された。保留案件には理由と次回確認日が記載されるようになった。旧記録と新記録の対応関係を調べる作業も進んでいる。従来ならば、どの部署に問い合わせればよいのかすら分からなかった案件が、少なくとも、どこに存在しているのかは分かるようになった。
それは確かな進歩だった。
しかし、ミツオケラ十三世は、掲示された数字を見つめながら、拍手を始めなかった。
「諸君」
議長菌が立ち上がった。
「改革の実施率が八十一・二パーセントに到達したことを踏まえ、本日は改革効果の検証に移りたい。改革によって、人民の意見がどの程度、制度上の改善につながったのか。客観的な指標を設定し、成果を確認する必要がある」
「賛成です」
改革評価担当の官僚が、すぐに応じた。
「実施率だけでは不十分です。改革の成果を複数の指標で測定すべきです。回答までの日数、処理の適正率、再申立ての減少率、満足度などを組み合わせれば、改革効果をより正確に把握できます」
「満足度は、誰が測るのですか」
ブラウ太郎が尋ねた。
官僚は、手元の資料をめくった。
「改革の影響を受けた人民を対象に、アンケートを実施する予定です」
「誰が質問を作るのですか」
「評価担当部署です」
「誰が回答を分類するのですか」
「評価担当部署です」
「誰が、その結果をもって改革が成功したと判断するのですか」
官僚は、そこで初めて資料から顔を上げた。
「……最終的には、中央委員会です」
ブラウ太郎は、ゆっくりとうなずいた。
「つまり、改革を実施した者が質問を作り、改革の成果を分類し、改革が成功したかどうかを判断するのですね」
「それでは、何か問題がありますか」
官僚は、反発するというより、純粋に困惑しているようだった。
「私は、できるだけ公平な評価をしたいのです。現場の職員も、これまで随分と苦労してきました。期限を設ければ、期限内に処理できない案件が出ます。責任者を明記すれば、責任を負うことを恐れて、誰も難しい案件を引き受けなくなる場合もあります。それでも、以前よりは前に進んでいるのです」
「そのとおりです」
ブラウ太郎は、官僚の言葉を否定しなかった。
「だからこそ、評価しなければならないのです。改革を進めた者の努力も、改革によって新たに生じた問題も、両方とも」
「では、どのように評価すればよいのでしょう」
官僚は、疲れたように尋ねた。
その問いには、皮肉も、逃げ道を探す気配もなかった。
ただ、正しい方法を知りたいという、ひとりの職員の率直な困惑があった。
ブラウ太郎は、すぐには答えなかった。
正しい問いを投げかけることと、正しい答えを用意することは、別の仕事である。
その違いを、彼はようやく、自分自身の問題として理解し始めていた。
「まず、実際に意見を提出した者たちに会いましょう」
名無しの七号が言った。
「改革によって何が変わったのか、何が変わらなかったのか。報告書の数字を見て判断するのではなく、本人たちの話を聞くのです」
「すでにアンケートの準備は進んでいる」
議長菌が答えた。
「アンケートではなく、聞き取りです」
名無しの七号は、手帳を開いた。
「そして、聞き取りに参加したことと、本人の問題が解決したことを、同じ欄に記録しないでください」
会議室の空気が、わずかに変わった。
「同じ欄に記録しない?」
「はい。話を聞いた。意見を分類した。報告書に反映した。これらは、調査する側が実施したことです。本人の問題が解決したかどうかは、別の事実です」
名無しの七号は、手帳の一ページをめくった。
「調査への協力者が百人いて、その百人全員の話を報告書に掲載したとしても、百人全員の問題が解決したことにはなりません」
「それは当然だろう」
議長菌が言った。
「当然なら、なぜ記録上では、調査協力件数と改革成果が、いつも隣り合っているのでしょうか」
議長菌は、口を閉じた。
隣り合っているだけなら、問題はない。
しかし、隣り合った数字は、しばしば、互いに意味を貸し借りする。
聞き取りを実施した。
意見を分析した。
改善案を作成した。
報告書を公表した。
そして、最後に「改革効果を確認した」と記される。
その間に、本人の暮らしがどうなったのかという問いが、ひっそりと置き去りにされていた。
ミツオケラ十三世が口を開いた。
「聞き取り調査を実施する。ただし、調査の実施件数を、問題の解決件数として扱ってはならない。調査への協力と、個別案件の解決を、別々に記録する」
「その場合、解決していない案件が大量に残れば、改革が失敗したと見なされるのではありませんか」
評価担当の官僚が尋ねた。
「そう見なされる場合もあるだろう」
ミツオケラ十三世は答えた。
「だが、解決していない案件を解決したことにして成功率を上げるよりは、ましだ」
彼は、掲示された八十一・二パーセントを振り返った。
「われわれは、数字を小さく見せることを恐れて、現実を大きく見せてきた。そろそろ逆にしよう。数字が示す範囲を、正確に限定するのだ」
その日の会議で、改革効果の検証は、中央委員会の内部資料だけで完結させないことが決まった。
名無しの七号、ブラウ太郎、コウシン太郎を含む調査チームが、改革の影響を受けた人民への聞き取りを実施する。
ただし、彼らが最初に作成した調査票には、まだ、重大な欠落があった。
それに気づいたのは、聞き取りの初日だった。
### 二 解決した者の話
最初の聞き取り対象者は、食物繊維の配分に関する旧申立てを提出していた、バク長老の知人だった。
彼の名は、クルミ三号という。
クルミ三号は、古い受付票を大事に保管していた。紙の端は擦り切れ、記載された受付番号の一部は薄くなっていたが、提出日と受付印は読み取れた。
以前、彼は、その番号を何度も窓口に伝えた。
そのたびに、担当者は記録を探した。
見つからなかった。
ある窓口では、番号が旧制度のものだと言われた。
別の窓口では、移管先が分からないと言われた。
さらに別の窓口では、処理済みである可能性が高いと説明された。
「処理済みなら、何が決まったのですか」
クルミ三号が尋ねると、担当者は答えられなかった。
「何が決まったか分からないのに、どうして処理済みだと分かるのですか」
その質問に、担当者は、申し訳なさそうに頭を下げた。
彼に悪意があったわけではない。
ただ、システムに表示される状態を、システムの外側から検証する方法を持っていなかった。
改革後、旧受付番号と新管理番号の対応関係が調査され、クルミ三号の申立ては、ようやく現在の担当部署に引き継がれた。
申立ての内容は、すでに配分状況が変化していたため、当初の要求どおりには実施できなかった。
しかし、担当部署は、当時の配分基準と、現在の資源状況を比較し、変更できる部分と変更できない部分を説明した。
不足していた記録については、確認できなかった事実そのものを記録に残した。
さらに、次回の配分見直しで再検討する項目と、その責任部署を明記した。
「それで、納得されたのですか」
ブラウ太郎が尋ねた。
クルミ三号は、少し考えた。
「納得という言葉は、難しいな」
「難しい?」
「昔の配分が正しかったとは、まだ思っていない。あのときの記録が足りないのだから、本当に何が起きたのか、全部は分からない。しかし、今の担当者が何を確認し、何を確認できなかったのかは、分かった」
彼は、古い受付票を机の上に置いた。
「それに、次に何を調べるのかも分かった。だから、以前よりは、話ができるようになったと思う」
名無しの七号は、調査票に記入した。
《本人の申立て:旧配分の妥当性に疑義が残る》
《改革による変化:記録の照合、現行基準の説明、再検討項目と担当部署の明示》
《未解決事項:過去の配分判断の一部は検証不能》
《本人の評価:以前より状況を理解できる。ただし、過去の問題が解決したとは考えていない》
そこで筆が止まった。
調査票には、「改革による問題解決の有無」という欄があった。
選択肢は三つだった。
「解決した」
「一部解決した」
「解決していない」
名無しの七号は、その三つを見つめた。
クルミ三号の話は、そのどれにも完全には収まらない。
記録が見つからなかった状態は改善した。
説明のない処理済み状態も、解消された。
しかし、過去の判断の妥当性は、すべて確認できたわけではない。
本人は、以前より前に進めるようになったと感じている。
それでも、問題が完全に解決したとは考えていない。
「どうしました?」
ブラウ太郎が尋ねた。
「選択肢が足りません」
名無しの七号は答えた。
「では、増やしましょう」
「増やせば、また分類のための分類が始まるかもしれません」
「では、どうしますか」
名無しの七号は、調査票の余白に書き込んだ。
《本人の言葉による評価を、選択式回答によって置き換えないこと》
そして、その下に、こう付け加えた。
《選択式回答を用いる場合も、本人が回答を訂正し、補足し、または分類を拒否できるようにすること》
ブラウ太郎は、その記述を見て、静かにうなずいた。
彼らは、これまで、分類によって消された声を探してきた。
だが、分類を廃止すれば、何が起きているのかを比較し、全体として把握することも難しくなる。
問題は、分類することそのものではない。
分類した結果を、本人の言葉よりも上位に置くことだった。
クルミ三号は、調査票を眺めて言った。
「私の話は、役に立ちそうですか」
名無しの七号は、すぐに答えた。
「はい。ただし、役に立つかどうかを、私たちだけで決めてはいけないと思います」
クルミ三号は笑った。
「なるほど。調査する側も、調査される側から調査されるわけだ」
「そのとおりです」
ブラウ太郎が答えた。
「ただし、あなたに、私たちの仕事を評価する義務があるわけではありません。話したくないことは話さなくていい。途中でやめても構いません」
「それを聞いて、少し安心した」
クルミ三号は、古い受付票をしまった。
「昔は、話を聞いてもらうために、ずいぶんと苦労した。今度は、話を聞いてもらうことを断る権利まで説明されるのか」
彼は、少しだけ笑い、そして、笑うのをやめた。
「世の中も、複雑になったものだな」
「複雑になったというより、今まで、簡単なことにしてしまっていたのかもしれません」
名無しの七号が言った。
クルミ三号は、彼を見た。
「君たちの仕事は、大変そうだ」
「はい」
「それでも、やるのか」
「やります」
名無しの七号は、手帳を閉じた。
「ただし、できたことと、できていないことを、分けて記録します」
その言葉を、クルミ三号は、今度こそ納得したように聞いた。
### 三 答えをもらった者の話
二人目の聞き取り対象者は、旧制度下で申立てを却下された人民だった。
彼の申立ては、制度上の条件に照らせば、認めることができないものだった。
必要な資源が存在せず、配分の優先順位を変更すれば、別の地域で、より深刻な不足が発生する。
当時の担当部署は、その判断を下していた。
ただし、本人に届いた通知には、こう記されていた。
《審査の結果、当該申立ては処理済みとする》
それだけだった。
理由も、判断の根拠も、再検討の条件も記されていなかった。
改革後、担当部署は、当時の判断記録を確認し、本人に説明を行った。
「申立てを認められない理由は、理解できました」
彼は、聞き取りの冒頭で言った。
「では、問題は解決したとお考えですか」
評価担当の職員が尋ねた。
彼は、少し眉を寄せた。
「何が解決したのですか」
職員は、言葉に詰まった。
「いえ、今回の改革によって、申立てに対する回答が明確になったという意味で……」
「それなら、回答の問題は改善されたのでしょう」
彼は、落ち着いた口調で続けた。
「しかし、私が求めていた資源は、今も不足しています。説明がなかった問題は、解決しました。資源不足の問題は、解決していません。二つは、別の問題です」
「おっしゃるとおりです」
ブラウ太郎が答えた。
「では、なぜ、その二つを同じ満足度の質問で測ろうとするのでしょうか」
評価担当の職員は、黙って調査票を見つめた。
彼女は、改革の成果を正しく測ろうとしていた。
回答までの日数が短くなれば、制度は改善したと考えていた。
理由が説明されれば、人民の不満は減るはずだと考えていた。
それらは、必ずしも間違いではない。
しかし、説明が明確になったことと、説明された現実が受け入れられることは、同じではなかった。
そして、受け入れられたことと、問題が解決したことも、同じではない。
「私は、回答があれば満足するはずだと考えていたのかもしれません」
職員は、静かに言った。
「回答がない状態を改善することに集中するあまり、回答の内容によって、本人が直面する現実は変わらない場合があることを、十分に考えていませんでした」
「それに気づいたのなら、次の改善につながります」
名無しの七号が言った。
「ただし、あなたが気づいたことと、本人の問題が解決したことは、別々に記録します」
職員は、苦笑した。
「あなたは、本当に、何でも別々に記録するのですね」
「以前は、別々にしておくべきものを、一緒にしてしまっていたので」
「その結果、記録が増えすぎるのではありませんか」
「増えるでしょう」
名無しの七号は、ためらわなかった。
「しかし、現実の複雑さが変わらないのに、記録だけを簡単にしてしまえば、簡単になったのは記録であって、現実ではありません」
彼は、手帳に、その言葉を書き留めた。
そして、三人目の聞き取りに向かった。
### 四 報告書に載った者の話
三人目の対象者は、調査委員会の報告書に、すでに登場していた。
旧受付番号を持ち、複数の窓口を訪れたにもかかわらず、本人の申立てに対応する決定記録を確認できなかった人物である。
報告書では、彼の事例は、記録の追跡可能性に関する問題を示す事例として紹介されていた。
個人が特定されないよう、名前や地域は伏せられていた。
事実関係も、本人への確認を経て、慎重に整理されていた。
それでも、彼には、一つだけ気がかりなことがあった。
「私は、報告書に載ったあと、何か変わったのでしょうか」
彼は、調査チームの面々を見回した。
「報告書は公表されました。制度の問題も、説明されました。それで、私の申立ては、今、どこにあるのでしょう」
名無しの七号は、資料を確認した。
旧番号との照合は完了している。
現在の担当部署も特定されている。
ただし、申立ての内容について、実質的な判断はまだ出ていなかった。
「現在、担当部署で再確認が進められています」
評価担当の職員が答えた。
「いつまでにですか」
「それは……」
「次に、誰が私に連絡をくれるのですか」
職員は、資料をめくった。
「担当部署から、改めて連絡する予定です」
「いつですか」
また、答えがなかった。
彼は、怒鳴らなかった。
机を叩くこともなかった。
ただ、静かに言った。
「私は、前にも同じ説明を聞きました」
会議室ではなく、聞き取りのために借りた小さな部屋に、沈黙が落ちた。
「私の話が報告書に使われたことは、理解しています。あの報告書が必要だったことも、分かります。私と同じような問題を抱えている人が、ほかにもいるのなら、制度を直す必要があるでしょう」
彼は、一度、言葉を切った。
「でも、私は、ほかの人のためだけに話したのではありません」
ブラウ太郎は、視線を落とした。
「自分の問題を、どうにかしたかったのです。自分の申立てが、なぜ見つからないのか知りたかった。どうして決定が出ていないのか、知りたかった。決定が出せないのなら、その理由を聞きたかった」
彼は、調査チームを見つめた。
「私たちの声は、制度を評価するために使われるのですか。それとも、私たちの問題を解決するために使われるのですか」
その問いに、誰もすぐには答えられなかった。
答えられなかったのは、質問の意味が難しかったからではない。
彼らは、すでに、その問いへの答えを、制度の中に用意していたからだ。
調査協力者の一覧。
聞き取りの実施記録。
報告書への反映状況。
改革提案との対応関係。
どれも、整備されつつあった。
だが、本人の申立てが、その後、どう扱われたのかを追跡する記録は、まだ存在しなかった。
聞き取りに参加したことは、調査記録に残る。
証言が報告書に掲載されたことも、確認できる。
しかし、その証言をした人が、翌月、窓口を訪れたのか。
担当部署から連絡を受けたのか。
問題が解決したのか。
あるいは、解決できない理由について、十分な説明を受けたのか。
そうしたことは、報告書の対象外だった。
彼らは、制度が人民の声を無視していることを調べてきた。
そして今、自分たちが、人民の声を受け取ったあと、その声の持ち主を置き去りにしている可能性に気づいた。
コウシン太郎が、ようやく口を開いた。
「申し訳ありません」
彼は、深く頭を下げた。
「あなたの事例を、私たちは、記録管理制度の問題を示す事例として扱ってきました。それは必要なことでした。しかし、あなた自身の案件について、その後の対応を確認する仕組みを用意していませんでした」
「それは、わざとですか」
「いいえ」
コウシンは、答えた。
「少なくとも、わざとではありません。ただ、わざとでなければ、問題がなかったことになるわけでもありません」
彼は、自分の言葉を確かめるように、ゆっくりと続けた。
「私は以前、保留案件を管理する制度を設計しました。複雑な案件を、無理に結論づけないためでした。ところが、保留の期限も、責任者も、再検討の条件も、十分に決めませんでした。その結果、案件を保留として記録することはできても、保留された人が、その後どうなったのかを確認できなくなりました」
コウシンは、目の前の男性を見た。
「今回も、同じことをしてしまったのかもしれません。あなたの証言を、調査のために受け取った。そして、報告書に記載した。それで、仕事が一区切りついたように感じてしまった」
「では、これからは?」
男性が尋ねた。
コウシンは、すぐには答えなかった。
「これからは、あなたの案件がどうなったのかを、確認できるようにします」
「いつまでに?」
コウシンは、顔を上げた。
「期限を決めます」
「誰が?」
「担当部署を明記します。私たちの調査チームも、引き継ぎが完了したことを確認します」
「それで、解決するのですか」
「必ず解決するとは約束できません」
コウシンは、正直に答えた。
「しかし、解決していないことを、確認できないままにしない。そのための仕組みは、作れます」
男性は、しばらく黙っていた。
「それなら、記録してください」
「何をでしょう」
「今、私が話したことです。あなたたちが、これから仕組みを作ると言ったことも。いつまでに、誰が確認すると約束したのかも」
名無しの七号は、手帳を開いた。
「記録します」
「それから」
男性は、少し迷ってから続けた。
「次に私へ連絡するときは、報告書がどうなったかではなく、私の申立てがどうなったかを教えてください」
「分かりました」
名無しの七号は、その言葉を、そのまま記録した。
彼の手帳には、その日、初めて、調査の対象となった制度ではなく、調査そのものに対する具体的な要求が記された。
《報告書の公表後も、証言者の個別案件について、担当部署、確認期限、次回連絡日を明記すること》
その下には、もう一行あった。
《調査への協力を、個別案件の処理完了とみなしてはならない》
名無しの七号は、その二行に線を引いた。
それは、調査報告書の末尾に添えるための教訓ではなかった。
これから彼ら自身が守らなければならない、手続き上の約束だった。
### 五 正義の分類表
その日の夕方、調査チームは、聞き取り調査票を全面的に見直した。
机の上には、旧版と新版の調査票が並んでいた。
旧版は簡潔だった。
《改革によって、問題は解決しましたか》
はい。
一部解決しました。
いいえ。
新版には、項目が増えていた。
《本人が当初求めていたこと》
《現在の状況》
《改革によって変化したこと》
《現在も未解決のこと》
《未解決である理由について、本人に説明されているか》
《次に必要な対応》
《対応する部署》
《次回確認日》
《本人への連絡方法》
さらに、最下部には、これまで存在しなかった項目が追加された。
《本人は、今回の聞き取り記録を確認し、訂正または補足する機会を得たか》
そして、
《本人は、証言の利用範囲について説明を受け、同意したか》
最後に、
《本人は、聞き取りへの参加を拒否し、または途中で中止しても、不利益を受けないことを説明されたか》
「調査票が、ずいぶん長くなりましたね」
評価担当の職員が言った。
「ええ」
ブラウ太郎が答えた。
「長くなったからといって、正確になったとは限りません。ただ、これまで記録していなかったことが、いくつか見えるようになりました」
「本人の同意については、どこまで必要でしょうか」
職員は、新しい項目を指した。
「たとえば、制度改善のために重要な証言があった場合、本人が公表を望まなければ、報告書に使わないということですか」
「原則として、本人に説明した利用範囲を守る必要があります」
ブラウ太郎は答えた。
「個人が特定されないよう加工することと、本人が望んでいない利用を自由にしてよいことは、別です。匿名化すれば、何をしても構わないわけではありません」
「では、本人が公表に同意しなかったため、重要な事実を報告できない場合は?」
「その事実を、別の資料で確認できるか調べる。確認できないなら、利用できる範囲と限界を明示する。本人の証言を無断で利用してよいという結論にはなりません」
「それでは、調査が不完全になる可能性があります」
「なります」
ブラウ太郎は、即答した。
「調査は、最初から完全ではありません。問題は、その不完全さを隠して完全だと主張することです」
彼は、調査票を見つめた。
「私は、これまで、人民の声を分類する制度に異議を唱えてきました。しかし、今、私たちも、人民の声を集め、分類し、評価しようとしています」
「それ自体が、悪いことではないでしょう」
名無しの七号が言った。
「もちろんです。集めなければ分からないこともある。分類しなければ、共通する問題を見つけられないこともある」
ブラウ太郎は、ゆっくりとうなずいた。
「ただし、私たちが作った分類表が、本人の言葉を訂正する権利まで持ち始めたら、以前と同じことになります」
「では、分類表には、どんな注意書きをつけましょうか」
職員が尋ねた。
名無しの七号は、少し考えたあと、言った。
「こうしましょう」
彼は、新しい調査票の一番下に、文章を書き加えた。
《本調査票は、本人の経験を整理するための補助資料であり、本人の説明そのものを代替するものではない。分類結果と本人の認識が異なる場合は、その相違を記録する》
「これなら、分類そのものを禁止せずに済みますね」
職員が言った。
「はい。分類を使うことと、分類に従わせることは違いますから」
名無しの七号は、ペンを置いた。
そのとき、コウシン太郎が、別の資料を取り出した。
「もう一つ、問題があります」
資料には、旧制度で使用されていた管理様式が印刷されていた。
そこには、案件ごとに、担当部署、処理状況、次回確認日を記載する欄がある。
今回の改革で導入した様式と、よく似ていた。
「これは、私が以前、作成に関わった様式です」
コウシンは言った。
「当時も、案件の進捗を把握するために、担当部署と確認日を記載することになっていました」
「では、なぜ機能しなかったのですか」
ブラウ太郎が尋ねた。
「様式には欄がありました。しかし、確認日を過ぎても更新されなかった場合、誰が対応するのかが明確ではなかった。担当者が異動した場合の引き継ぎも、部署によって運用が異なっていました。記入することは求められていましたが、記入された内容が実際の対応につながっているかを確認する仕組みが弱かったのです」
「つまり、今回の改革でも、同じ危険があると」
「あります」
コウシンは認めた。
「新しい様式を作っただけでは、問題は解決しません。確認日を過ぎた案件を誰が抽出し、誰が担当部署に照会し、返答がない場合に誰が上位機関へ報告するのか。そこまで決めなければ、空欄の種類が変わるだけです」
名無しの七号は、古い様式と新しい様式を見比べた。
紙面は違う。
見出しも違う。
改革の理念も、以前より慎重に書かれている。
それでも、両方の書式には、同じ問いが欠けていた。
《約束した対応が行われなかった場合、誰が、それを問題として扱うのか》
「この欄を追加しましょう」
名無しの七号が言った。
「欄だけでは駄目です」
コウシンが答えた。
「責任者と、確認の手順と、未対応の場合の扱いを定める必要があります」
「それから、本人が進捗を確認できる方法も」
ブラウ太郎が続けた。
「担当部署の内部で記録が更新されていても、本人が何も知らされなければ、本人にとっては、また保留されたままです」
評価担当の職員は、しばらく考え込んでいた。
「分かりました。確認期限を過ぎた案件は、自動的に一覧化し、担当部署に理由と今後の予定を照会する。一定期間、回答がなければ、上位の監督部署へ報告する。本人にも、現在の状況と次回の確認日を知らせる。そういう手順を整備します」
「一定期間とは?」
名無しの七号が尋ねた。
「……まず、十日を基準にしてはどうでしょう」
「その十日は、どこから数えるのですか」
「確認期限の翌日からです」
「回答が届いたことを、誰が確認するのですか」
「案件管理担当者です」
「その担当者が異動した場合は?」
職員は、目を閉じた。
「……担当部署として引き継ぐことにします」
「では、引き継ぎが完了したことを、誰が確認するのですか」
「名無しの七号さん」
職員は、困ったように笑った。
「あなたの質問は、いつまで続くのでしょう」
名無しの七号も、少し笑った。
「制度が、自分で答えられるようになるまでです」
その場に、小さな笑いが広がった。
笑いは、問題を消さなかった。
しかし、少なくとも、その問題を口にすることが、誰かの失敗を責めることだけを意味するのではないと、皆が少しずつ理解し始めていた。
### 六 ミツオケラ十三世の決断
翌日の人民大会議で、ミツオケラ十三世は、新たな改革案を提示した。
その名は、「個別案件追跡台帳の整備」であった。
調査に協力した人民の個別案件について、調査への参加記録と、案件そのものの処理状況を分けて管理する。
案件ごとに、担当部署、責任者、現在の状況、未解決の理由、次回確認日を明記する。
期限を過ぎても対応状況が更新されない場合は、監督部署へ報告する。
本人が希望する場合には、案件の進捗を確認できる窓口を設ける。
聞き取り記録は、本人が確認し、訂正または補足できる機会を設ける。証言の利用目的と範囲を事前に説明し、同意を得る。参加を拒否した者や、途中で協力を中止した者に、不利益を与えてはならない。
そして、何よりも重要な原則として、こう記されていた。
《調査への参加、証言の報告書への反映、行政上の回答、実質的な問題解決は、それぞれ異なる事実として記録する》
議長菌が、文案を読み上げたあと、尋ねた。
「この制度によって、個別案件が必ず解決するのでしょうか」
ミツオケラ十三世は答えた。
「いいえ」
議場がざわめいた。
「必ず解決するとは、約束できない。資源が不足している場合もある。過去の記録が失われ、事実を確認できない場合もある。複数の人民の要求が衝突し、すべてを同時に実現できない場合もある」
彼は、議場を見渡した。
「だが、解決できないことと、解決に向けた対応をしなくてよいことは、違う。説明できないことと、説明する責任がないことも違う。そして、対応を行ったことと、本人の問題が解決したことも、違う」
ミツオケラ十三世は、演壇の資料を置いた。
「私は、これまで、制度の安定を守ることが、人民の生活を守ることにつながると考えてきた。その考えが、常に間違っていたとは思わない。制度がなければ、配分を続けることも、異なる要求を調整することも難しい」
彼は、一瞬だけ言葉を止めた。
「しかし、制度が安定していることを理由に、その制度によって困っている者を、制度の外側へ置いてはならない」
議場は静かだった。
「私は、七パーセントの歴史的使命を掲げてきた。少数派だからこそ、全体を守る責任があると主張してきた。今も、少数派であること自体が、無意味だとは思わない」
彼は、ブラウ太郎の方を見た。
「だが、少数派であることは、正しさの証明ではない。多数派であることも、正しさの証明ではない。制度を維持する責任も、制度を批判する責任も、そのどちらも、結果を確かめることから逃れる理由にはならない」
ブラウ太郎は、何も言わなかった。
ミツオケラ十三世は続けた。
「個別案件追跡台帳を導入する。調査に協力した人民の案件については、本人が望む範囲で、調査後の対応を確認できるようにする。ただし、本人の同意なく、証言を別の目的に利用してはならない。個人情報を、改革の成果を誇示するための材料にしてはならない」
「その台帳は、中央委員会が管理するのですか」
バク長老が尋ねた。
「基本的な管理は、担当部署が行う。ただし、進捗の更新状況については、独立した監査担当が定期的に確認する。未解決案件の件数だけを理由に、担当者を処罰することはしない。確認すべきなのは、未解決という結果だけではなく、必要な調査や説明が行われているかどうかだ」
「では、担当者が何もしなかった場合は?」
「その場合は、責任を問う」
「説明をしたが、本人が納得しなかった場合は?」
「本人が納得しなかったという事実だけで、担当者を処罰することはしない。ただし、説明が適切だったか、判断の根拠が確認できるか、再検討の余地があるかは、別途確認する」
バク長老は、深くうなずいた。
「それなら、少なくとも、解決できない案件を隠すために、担当者が無理な結論を出す誘因は減るでしょう」
「完全にはなくならない」
ミツオケラ十三世は言った。
「だから、運用を監査する」
議長菌が、採決を宣言した。
反対意見は出た。
台帳の整備に必要な人員が足りないという意見。
個別案件の追跡が、行政職員の負担を増やすという意見。
本人の同意や情報管理を厳密にすれば、調査に時間がかかるという意見。
いずれも、無視できない指摘だった。
ミツオケラ十三世は、反対意見を議事録に残すよう命じた。
採決の結果、個別案件追跡台帳の整備案は可決された。
議場から拍手が起きた。
その拍手を聞きながら、ブラウ太郎は、ふと、最初の人民大会議を思い出していた。
あのときも、拍手があった。
満場一致の拍手だった。
しかし、今回は、反対意見が記録されている。
可決に至るまでの異論も、負担への懸念も、未解決の課題も、議事録に残されることになっている。
それだけで、政治が正しくなったわけではない。
だが、正しさを証明できない部分を、最初から存在しなかったことにしない。
その小さな違いは、確かにあった。
### 七 七号の帳簿
個別案件追跡台帳の運用が始まってから、数日後。
名無しの七号は、中央記録管理局の一室で、最初の確認作業を行っていた。
台帳には、すでに多数の案件が登録されていた。
旧受付番号が確認できた案件。
新しい担当部署が決まった案件。
説明が完了した案件。
次回の配分見直しまで保留となった案件。
過去の記録が見つからず、事実関係の一部が確認できない案件。
それぞれの記録には、担当部署と次回確認日が記載されている。
名無しの七号は、確認日を過ぎた案件を抽出した。
最初の一覧には、三十七件が表示された。
そのうち二十九件は、担当部署が対応状況を更新していた。
五件は、担当者の異動に伴う引き継ぎが進められていた。
残りの三件は、更新がなかった。
名無しの七号は、三件の記録を開いた。
一件目は、必要な資料が別の部署にあり、照会への回答を待っていた。
二件目は、担当者が病気で休んでおり、代わりの担当者が決まっていなかった。
三件目は、担当部署が、案件の内容を再確認する必要はないと判断し、確認日を更新しないまま、内部的に保留していた。
三件目の記録には、こう書かれていた。
《本件は、前回回答済みであるため、追加対応を要しないものと判断する》
名無しの七号は、前回の回答記録を開いた。
そこには、本人の申立てに対する説明が記されていた。
しかし、本人に連絡した記録はなかった。
回答書を作成した記録はある。
発送した記録はない。
電子的な通知を送信した記録もない。
担当部署は、回答書を作成したことをもって、回答済みと判断していた。
名無しの七号は、深く息を吐いた。
制度は、確かに変わり始めている。
責任者が記録されるようになった。
期限が設定されるようになった。
未解決案件を追跡する台帳も作られた。
しかし、古い考え方は、様式の変更と同時に消えるわけではなかった。
《回答書を作成した》
という事実が、
《本人に回答した》
という事実に、いつの間にか置き換わっている。
名無しの七号は、担当部署へ照会を送った。
《回答書の作成を確認しました。本人への送付または通知の実施状況を確認してください。未実施の場合は、その理由および今後の対応予定を記載してください》
送信記録を保存した。
次に、照会への回答期限を確認した。
期限は、十日後だった。
彼は、帳簿に記入した。
《確認日超過案件、三件》
《うち二件、引き継ぎ・照会対応中》
《一件、回答作成と本人への通知を混同している可能性》
《照会送信済み。回答期限、十日後》
最後に、彼は、いつもの一文を書いた。
《本記録は、対応の実施を確認するものであり、本人の問題が解決したことを意味しない》
その一文を書き終えたとき、彼は、以前よりも少しだけ、帳簿を信頼できるようになった気がした。
帳簿は、正しさを保証しない。
だが、何が確認され、何が確認されていないのかを残すことはできる。
そして、確認されていないことを、確認されていないままにしておくこともできる。
名無しの七号は、手帳を閉じた。
机の向こう側では、担当職員が、別の案件について電話をかけていた。
「はい。回答書を作成したことは確認できています。ただ、本人への通知については、まだ確認できていません。いえ、同じことではありません。作成したことと、届けたことは別です」
職員は、電話の相手に、何度も頭を下げていた。
その声には、疲れがあった。
しかし、以前のような、記録上の状態を繰り返すだけの口調ではなかった。
目の前にいる人間へ、何が分かり、何が分からないのかを説明しようとしていた。
名無しの七号は、その姿をしばらく見ていた。
改革は、宣言された日だけに起きるのではない。
誰かが、面倒な確認を省略しないと決めたとき。
誰かが、都合のよい分類に押し込まず、本人の言葉を残そうとしたとき。
誰かが、未解決という記録を、失敗の証拠として隠すのではなく、次に必要な対応を示すものとして扱ったとき。
そのような小さな場面にも、改革は現れる。
もちろん、小さな場面だけで、制度全体が変わるわけではない。
個別案件追跡台帳が、やがて新たな形式的手続きになる可能性もある。
担当部署が、確認日を更新するだけで対応したことにする可能性もある。
未解決案件の件数を減らすために、解決の定義そのものを緩めようとする者が現れるかもしれない。
名無しの七号は、その可能性を忘れないようにした。
改革を信じることと、改革を監視することは、矛盾しない。
むしろ、改革を信じるのであればこそ、監視を続けなければならない。
彼は、帳簿の最後のページを開いた。
そこには、まだ何も書かれていなかった。
七号は、その空白を、埋めなかった。
まだ、確認できていないことがある。
まだ、返事を待っている者がいる。
まだ、解決したとは言えない問題が残っている。
その空白は、制度の欠陥を示すものかもしれない。
同時に、これから確認しなければならないことが、確かに存在しているという証拠でもあった。
彼は、ページの端に、小さく書き添えた。
《空白を、完了と呼ばないこと》
### 八 正義を調査する者
その夜、ブラウ太郎とコウシン太郎は、記録管理局を出て、廊下の窓辺に立っていた。
外は静かだった。
遠くの配分管理区画では、夜間の作業灯が点灯している。
「これで、第三部も終わりでしょうか」
コウシンが尋ねた。
ブラウ太郎は、すぐには答えなかった。
「報告書は出ました。改革案も可決されました。個別案件追跡台帳も動き始めています」
「はい」
「以前なら、ここで終わりにしていたかもしれません」
ブラウ太郎は、窓の外を見た。
「調査を行い、問題を発見し、報告書にまとめ、改善案を提出する。制度上の仕事としては、一区切りです。しかし、今日、あの人に言われましたね。報告書がどうなったかではなく、自分の申立てがどうなったかを教えてほしい、と」
「ええ」
「私たちは、制度の問題を明らかにすることに集中してきました。それは必要でした。記録の欠落を見つけなければ、失われた声が、最初から存在しなかったことにされていたかもしれない」
ブラウ太郎は、少しだけ声を落とした。
「けれども、制度を批判する者が、いつも制度の外側にいるとは限りません。調査を始めた瞬間から、私たちもまた、記録を作り、分類を行い、何を重要とするかを決める側になっていたのです」
コウシンは、静かにうなずいた。
「私も、同じです。以前は、制度を維持するために、複雑な問題を保留として管理しました。今回は、制度を改革するために、複雑な問題を調査対象として管理した。目的は違います。しかし、管理する側の都合によって、本人の問題が後回しになる危険は、同じでした」
「善意だけでは、防げない」
「ええ」
「悪意を見つければ、すべて解決するというものでもない」
コウシンは、苦笑した。
「私たちが最初に探していたのは、誰が記録を消したのか、誰が責任を回避したのか、という問いでした。ところが、調べていくうちに、誰か一人の悪意では説明できない問題が、次々と出てきた」
「記録を移管した者は、移管を完了させようとしていた。分類を作った者は、複雑な案件を無理に決着させないために、保留を設けた。改革を進める職員は、期限を守ろうとしていた。調査する私たちも、問題を明らかにしようとしていた」
ブラウ太郎は、指先で窓枠を軽くたたいた。
「それでも、結果として、本人の声が届かないことがあった。だから、意図だけを調べていても、足りないのです」
「では、何を調べればよいのでしょう」
コウシンが尋ねた。
「誰が、何を意図したのか。どんな仕組みを作ったのか。その仕組みが、実際にどのように使われたのか。そして、使われた結果、誰に何が起きたのか」
ブラウ太郎は、ゆっくりと言った。
「それらを、切り離さずに調べることです」
二人は、しばらく黙っていた。
やがて、コウシンが言った。
「私は、自分が作った制度を、もう一度見直さなければならないようです」
「私もです」
ブラウ太郎は答えた。
「人民の声を分類することに反対してきた私が、今度は、人民の声を分類するための調査票を作っているのですから」
「矛盾していますか」
「矛盾している部分もあるでしょう。ですが、矛盾があるから、すぐにやめればよいというものでもありません。分類しなければ、見えない問題もあります。分類に従わせれば、見えなくなる問題もある。その境目を、私たちは確認し続ける必要があります」
コウシンは、少し笑った。
「結局、終わらないのですね」
「調査には、終わりがあります」
ブラウ太郎は答えた。
「期限も、範囲も、決めるべきです。ただし、調査が終わることと、問題がすべて解決することは、別です」
「また、別々ですか」
「ええ。また、別々です」
二人は、今度は声を出して笑った。
その笑いは、勝利を祝うものではなかった。
自分たちもまた、間違える可能性があると認めた者たちの、少し疲れた笑いだった。
廊下の向こうから、名無しの七号が歩いてきた。
「お二人とも、まだ帰らないのですか」
「もう帰るところです」
コウシンが答えた。
名無しの七号は、手帳を掲げた。
「明日、個別案件追跡台帳の運用確認会議があります。出席してください」
「明日も会議ですか」
ブラウ太郎が言った。
「はい。確認日を過ぎた案件の扱いについて、担当部署から質問が来ています。それから、証言者の一人から、聞き取り記録の訂正依頼がありました」
「訂正依頼?」
「はい。報告書の内容を変えてほしいという依頼ではありません。本人の発言のうち、私たちが要約した部分について、少し意味が違うと」
ブラウ太郎は、すぐに尋ねた。
「訂正に応じるのですか」
「本人の発言記録と、私たちの分析を分けて確認します。本人の発言について、記録が不正確であれば訂正します。分析については、分析として残し、本人の説明と異なることも明記します」
「それでよいと思います」
ブラウ太郎は答えた。
名無しの七号は、手帳を閉じた。
「もう一つ、報告があります」
「何でしょう」
「中央委員会の資料室で、新しい記録が見つかりました」
コウシンの表情が変わった。
「また、旧記録ですか」
「はい。改革の進捗を集計する際に使用された、旧様式の補助記録です。正式な報告書には添付されていませんでした。まだ内容の確認は終わっていませんが、現在の個別案件追跡台帳に登録されている案件の一部と、対応関係がある可能性があります」
「どんな記録ですか」
ブラウ太郎が尋ねた。
名無しの七号は、手帳の一ページを開いた。
「『対応済み案件の確認基準』と題された資料です。そこには、担当部署が回答書を作成した時点で、案件を対応済みとして集計できるという記述があります」
コウシンは、目を閉じた。
「本人に届いたかどうかではなく、回答書を作成したかどうかで?」
「そのようです。ただし、資料の適用範囲と、実際の運用状況は、これから確認します」
ブラウ太郎は、ゆっくりと息を吐いた。
「また、数字の定義ですね」
「はい」
名無しの七号は答えた。
「改革実施率八十一・二パーセントの集計に、この基準が使われていた可能性があります」
三人は、しばらく黙っていた。
八十一・二パーセント。
その数字が、ただちに虚偽だったと決まったわけではない。
基準が存在したことだけで、意図的な操作があったとも言えない。
だが、数字が何を意味していたのかは、改めて確認する必要があった。
改革の実施率なのか。
回答書の作成率なのか。
本人への通知率なのか。
それとも、個別案件の実質的な解決率なのか。
同じ数字の下に、異なる現実が、再び集められている可能性があった。
「明日、確認しましょう」
ブラウ太郎が言った。
名無しの七号は、うなずいた。
「はい。ただし、今回の記録も、見つかったからといって、すぐに結論を出さないようにします」
「そうしてください」
コウシンは、資料室の方を振り返った。
「記録が見つかったことは、進歩です。しかし、記録が見つかったことを、調査が終わったことにしてはいけない」
名無しの七号は、その言葉を手帳に記した。
そして、三人は、廊下を歩き始めた。
第三部「正義を調査する者」は、ここで一区切りを迎える。
彼らは、記録を調べた。
調査する者を調べた。
改革の数字を調べた。
そして、改革の影響を受けた人々の声を聞いた。
その結果、制度を変えるためには、制度の欠陥を指摘するだけでは足りないことを知った。
変えた制度が、実際にどう使われているのかを確かめなければならない。
そして、その制度によって影響を受ける人々が、変化を確かめ、異議を申し立て、必要な説明を求められるようにしなければならない。
改革の実施率が上がっても、本人への回答が届いたとは限らない。
回答が届いても、問題が解決したとは限らない。
問題が解決していなくても、必要な説明と誠実な対応が行われている場合はある。
逆に、問題が解決したように見えても、記録の不備によって、誰が何をしたのかを確認できない場合もある。
それらを、一つの数字に押し込めないこと。
そして、数字を分けたことで、現実を理解したつもりにならないこと。
彼らが手にしたのは、完全な正義ではなかった。
正義を独占しないための、いくつかの手続きだった。
その手続きさえも、いつか形骸化するかもしれない。
だから、彼らは、もう一度、確かめなければならない。
正義を調査する者もまた、調査の対象である。
改革を実施する者もまた、改革の結果を説明する責任を負う。
人民の声を聞いた者もまた、その声を聞いた後に何をしたのか、問われなければならない。
そして、人民のために制度を作る者は、人民の問題を解決することと、人民に制度の正しさを理解させることを、取り違えてはならない。
名無しの七号の帳簿には、まだ空白がある。
その空白を埋めるのは、制度の正しさを宣言する言葉ではない。
次に何をするのかを決め、誰がそれを行うのかを記録し、期限が来たら、実際に行われたかを確かめること。
そして、確かめた結果が期待どおりでなかったとき、その事実を隠さずに残すこと。
それが、彼らにできる、次の一歩だった。
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### 第四部 人民共和国の次の一手
予告 声を届ける制度から、返事を求められる制度へ
個別案件追跡台帳の運用が始まり、人民の意見には担当部署と確認期限が付されるようになった。
だが、制度が「返事をする責任」を負い始めたとき、新たな問題が浮かび上がる。
返事を急ぐあまり、十分に調べないまま回答する部署。
期限を守るため、複雑な案件を形式的に分割する担当者。
未解決案件の件数を減らすため、「解決」の定義を変更しようとする評価委員。
そして、返事を受け取った人民の側にも、異なる思いがあった。
「返事が来るようになった。それは確かに前進です。でも、返事が来るたびに、私たちは、もう一度、最初から説明しなければならないのでしょうか」
声を届ける制度は、返事を求められる制度へと変わり始めた。
しかし、返事をすることと、責任を果たすことの間にも、また距離がある。
その距離を、今度は誰が測るのか。
そして、人民は、返事を受け取った後も、制度に問い続けることができるのか。
ミツオケラ人民共和国の次の課題は、声を記録することでも、回答を発行することでもなかった。
**返事をした側が、その返事に責任を持ち続ける仕組みを、どう作るか。**
第四部「人民共和国の次の一手」が、ここから始まる。




