第十四話 誰のための改革なのか
改革進捗率七十二・九%。
その数字が掲示板に表示されてから、十二日が過ぎた。
中央委員会は、改革が進んでいることを説明した。
人新会は、改革が進んでいるという説明の妥当性を検証した。
中央記録管理局は、改革が進んでいると判断するための記録を整備した。
そして、人民は、改革が進んでいるという説明を聞いた。
ここまでは、以前と大きく変わらなかった。
変わったのは、その先だった。
人民の一部が、説明を聞いたあとで、質問するようになったのである。
「私の問題は、いつ解決するのですか」
その質問は、改革進捗率の計算式には含まれていなかった。
しかし、改革が誰のために行われているのかを考えるとき、無視することのできない質問だった。
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中央委員会は、成果確認制度の試行対象を拡大した。
最初の百二十件に加え、新たに三十件が抽出された。
合計百五十件。
そのうち、回答後の確認が完了した案件は、九十四件。
実質解決が確認された案件は、四十二件。
判断は完了したが、申立人が求めた是正が実現していない案件は、二十九件。
追加確認が必要な案件は、十四件。
申立人と連絡が取れなかった案件は、九件。
残りの五十六件は、確認作業の途中だった。
改革推進本部は、これらの結果を報告書にまとめた。
報告書の冒頭には、こう書かれていた。
《成果確認制度の試行により、個別案件の処理状況を、従来よりも詳細に把握することが可能となった》
その一文は、正しかった。
以前なら、回答書が発出されれば「処理済み」とされていた。
今では、回答後に何が起きたのかを確認し、少なくとも、確認できたことと確認できていないことを区別できるようになった。
報告書には、実質解決が確認された四十二件について、どのような是正が行われたのかも記載されていた。
記録の誤りが訂正された案件。
誤って分類されていた申立てが、正しい担当部署に移された案件。
以前の回答では説明されていなかった判断理由が、改めて説明された案件。
そして、申立人が求めていた対応が、実際に実施された案件。
そのなかには、改革以前には、いつまでも処理状況が分からなかったはずの案件もあった。
改革は、確かに、誰かを助けていた。
しかし、報告書の後半には、別の数字が並んでいた。
実質解決が確認されなかった案件。
判断は完了したが、申立人の求めた是正が実現しなかった案件。
回答は発出されたものの、その説明が十分だったかどうかを確認できない案件。
そして、申立人との連絡が取れず、現在の状況を確かめられない案件。
報告書は、それらを一つの「未解決」にまとめなかった。
未解決である理由は、それぞれ異なっていたからである。
制度上、要求を認めることができなかった案件もあった。
必要な事実が確認できず、判断を確定できなかった案件もあった。
担当部署が判断を終えたと主張している一方で、申立人がその理由に納得していない案件もあった。
そもそも、回答が申立人の手元に届いたかどうかさえ、確認できていない案件もあった。
それらを、すべて同じ「未解決」として扱えば、数字は簡単になる。
しかし、簡単になった数字は、次に何をすべきかを教えてくれなくなる。
報告書は、その違いを残していた。
そこまでは、よかった。
問題は、報告書が公表された翌日に始まった。
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「改革成果を、分かりやすく示す新しい指標を設けたい」
改革推進本部長は、中央委員会の会議でそう提案した。
「現在の成果確認制度は、手続き完了と実質解決を区別しています。しかし、人民にとって重要なのは、改革によって自分たちの生活や処遇が改善したかどうかです」
バク長老がうなずいた。
「それは、そのとおりだ」
「そこで、申立人の満足度を調査し、改革の成果を測る指標として公表してはどうでしょうか」
議長菌が、資料をめくった。
「満足度ですか」
「はい。実質解決が確認されたかどうかだけでは、十分ではありません。手続き上は正しく判断されていても、説明が分かりにくければ、申立人は不満を感じるでしょう。逆に、要求が認められなかった場合でも、理由を理解し、判断に納得できることはあります」
「つまり、制度上の処理状況だけでなく、申立人自身の評価も把握するということですね」
「そのとおりです」
提案は、合理的に聞こえた。
実際、合理的だった。
行政が適切な手続きを踏んだかどうかだけでなく、その手続きが利用者にとってどのような経験だったのかを知ることは重要である。
説明は理解できたか。
必要な情報は得られたか。
自分の意見を述べる機会はあったか。
判断の理由は示されたか。
担当者は、質問に応じたか。
そうしたことを確かめずに、制度がうまく機能していると判断するのは難しい。
改革推進本部長は、満足度調査の実施を提案した。
調査対象は、成果確認制度の対象となった百五十件。
回答方法は、無記名式。
質問項目は、五段階評価。
集計結果は、改革の成果を示す補助指標として公表する。
議長菌は、資料の最後にある予測値を見た。
「満足度が高ければ、改革への信頼も高まるでしょう」
その言葉に、ミツオケラ十三世は反応した。
「満足度が高ければ、改革への信頼が高まるとは限らない」
議長菌は、顔を上げた。
「もちろん、必ずしも、という意味ではありません」
「では、満足度が低ければ、改革への信頼が低いとも限らない」
「そのとおりです」
「満足度は、何を測るための数字なのだ」
改革推進本部長が答えた。
「申立人が、制度をどのように評価しているかを測ります」
「それなら、そう説明すればよい。満足度を、改革全体の正しさを示す数字として扱ってはならない」
本部長は、うなずいた。
「承知しました」
ミツオケラ十三世は、資料を閉じた。
「調査は実施してよい。ただし、結果が高くても低くても、その数字だけで改革の成否を決めないこと」
議長菌が記録した。
《申立人満足度調査の実施を承認。結果の解釈にあたっては、数値の限界を明示すること》
会議は、そこで終わるはずだった。
しかし、ブラウ太郎が手を挙げた。
「一つ、確認したいことがあります」
「どうぞ」
「満足度調査の対象は、百五十件ですね」
「はい」
「その百五十件は、どう選ばれましたか」
改革推進本部長が答えた。
「成果確認制度の試行対象から選定しました。一定の方法による抽出を行っています」
「では、成果確認制度の対象になっていない案件は、満足度調査にも含まれない」
「現時点では、そのとおりです」
「そして、中央委員会に意見を提出したことがない者も、含まれない」
「申立人満足度調査ですので、申立人が対象となります」
ブラウ太郎は、静かにうなずいた。
「つまり、この調査で分かるのは、今回の試行対象となった申立人が、制度をどう評価したかということです」
「はい」
「人民全体が、改革をどう評価しているかではない」
「はい」
「では、満足度調査の結果を、人民全体の満足度として公表することはできませんね」
「そのような公表は想定していません」
ブラウ太郎は、議長菌を見た。
「ならば、調査の名称にも、その範囲を明記すべきです」
議長菌は、少し考えてから答えた。
「名称の修正を検討します」
ブラウ太郎は、さらに尋ねた。
「もう一つ。回答しなかった者は、満足度の計算に含まれますか」
「回答がない場合は、集計対象外となります」
「では、回答しなかった理由は、確認しますか」
改革推進本部長は、資料を見た。
「回答しなかった理由については、任意で記入できる欄を設ける予定です」
「任意で記入する者だけが、理由を残せるのですね」
「はい」
「回答しなかった者のなかには、制度に不満がある者もいるかもしれない。忙しくて回答できない者もいるかもしれない。調査の存在を知らない者もいるかもしれない。回答することに意味を感じない者もいるかもしれない」
「その可能性はあります」
「それらの理由は、同じではありません」
「はい」
ブラウ太郎は、少しだけ身を乗り出した。
「では、満足度の数字だけでなく、回答率も公表してください。そして、回答しなかった者について、分かる範囲と分からない範囲を明記してください」
改革推進本部長は、うなずいた。
「そのようにします」
議長菌は、議事録に記した。
《調査対象の範囲、回答率、無回答の扱いについて、説明を追加する》
ブラウ太郎は席に戻った。
彼は、満足度調査に反対していたのではない。
ただ、満足度という数字が、誰の声を数え、誰の声を数えていないのかを、最初から明らかにしておきたかった。
数字は、答えを示す。
しかし、数字が何に対する答えなのかを決めるのは、数字そのものではない。
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調査票は、三日後に発送された。
質問は、次の五項目だった。
一、申立てに対する回答は、分かりやすかったですか。
二、判断の理由は、十分に説明されましたか。
三、申立ての内容は、適切に取り扱われたと感じますか。
四、担当部署は、必要な対応を行ったと思いますか。
五、今回の制度に、全体として満足していますか。
それぞれ、五段階で評価する。
最後に、自由記述欄が設けられていた。
《ご意見があれば、ご記入ください》
調査票は、丁寧に作られていた。
回答者を誘導するような露骨な表現はなかった。
選択肢も、極端に偏ってはいなかった。
ただし、ブラウ太郎は、調査票を読んだとき、五つ目の質問に目を留めた。
「全体として満足していますか」
彼は、質問の横に小さく書き込んだ。
《何に対する満足か》
申立人の一人は、記入欄を前にして、長い時間考えた。
彼は、古い受領証を持っていた者だった。
自分の申立てが、確かに提出されたことは、確認できた。
しかし、求めていた是正は、まだ実施されていなかった。
回答書は届いた。
理由も説明された。
担当者は、以前より丁寧に対応した。
追加の照会にも、期限内に回答した。
それでも、彼が求めていた問題の解決には至っていなかった。
彼は、第一問に「四」をつけた。
回答は、分かりやすかった。
第二問にも「四」をつけた。
判断の理由は、十分に説明された。
第三問には「三」をつけた。
適切に扱われた部分もあるが、そうでない部分もある。
第四問には「四」をつけた。
担当部署は、以前よりも対応していた。
そして、第五問。
全体として満足していますか。
彼は、鉛筆を止めた。
回答に満足している。
説明にも、ある程度満足している。
担当者の対応にも、満足している。
しかし、自分の問題は解決していない。
彼は、「二」に丸をつけた。
自由記述欄には、こう書いた。
《対応が改善されたことは認めます。しかし、私が求めた問題は解決していません。満足度が低いことを理由に担当者を責めたいわけではありません。だからといって、満足度が低いことを、私の理解不足として扱わないでください》
彼は、調査票を封筒に入れた。
その封筒を投函したとき、彼は、自分の回答がどのように集計されるのかを知らなかった。
ただ、今度は、自分の言葉が、少なくとも記録として残ることを期待していた。
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調査結果は、二週間後にまとまった。
回答対象百五十件のうち、回答があったのは九十件。
回答率は六十%。
五項目の平均評価は、いずれも五段階中三・四から三・八の範囲だった。
第五問の「全体として満足していますか」の平均は、三・五。
改革推進本部は、結果を公表した。
《申立人満足度調査では、回答者の評価は全体として中程度から肯定的な範囲にあり、制度改善に一定の効果が認められた》
その説明は、数字と矛盾していなかった。
三・五という平均値は、五段階評価の中央よりも高い。
回答者の評価は、全面的な否定ではなかった。
制度改善に一定の効果があったと考えることにも、合理性があった。
しかし、ブラウ太郎は、集計表を見て、すぐに質問した。
「満足度が三・五だったことは分かりました。では、実質解決が確認された四十二件の満足度は、いくつですか」
担当者が答えた。
「現在、案件の状態別に集計を行っています」
「判断が完了したが、求めた是正が実現していない二十九件は?」
「同様に、集計中です」
「追加確認が必要な案件は?」
「集計中です」
「連絡が取れなかった案件は?」
「調査票が返送されていない場合は、満足度の集計対象外です」
ブラウ太郎は、うなずいた。
「では、平均三・五という数字だけでは、どのような案件で、どのような評価が生まれたのかは分からない」
「現時点では、そうです」
「その違いを確認する予定はありますか」
「はい。追加分析を行います」
名無しの七号が、別の資料を差し出した。
「こちらも確認してください」
そこには、自由記述欄の回答が分類されていた。
《説明が分かりやすくなった》
《回答が早くなった》
《担当者の対応が改善した》
《申立ての行方が分かるようになった》
《問題が解決した》
《問題は解決していない》
《判断の理由に納得できない》
《今後の対応が不明》
《その他》
名無しの七号は、分類表の下を指した。
「『説明が分かりやすくなった』と『問題が解決した』は、別の項目になっています」
「そのとおりです」
「では、報告書の説明でも、別の項目として扱う必要があります」
担当者はうなずいた。
「はい」
「それから、自由記述を分類する際に、一つの回答を複数の項目に分類しましたか」
「原則として、主な内容に基づいて分類しています」
「主な内容は、誰が決めたのですか」
担当者は、少し考えた。
「集計担当者が、分類基準に従って判断しました」
「一つの回答に、複数の内容が含まれている場合は?」
「主たる論点を選択しています」
名無しの七号は、手元の記録帳を開いた。
「たとえば、『説明は分かりやすくなったが、問題は解決していない』という回答があったとします」
「はい」
「その回答が『説明が分かりやすくなった』に分類された場合、説明の改善は数字に残ります。でも、問題が解決していないという部分は、主な内容ではないと判断されれば、別の数字には残らないかもしれません」
「その可能性はあります」
「では、分類基準を公開してください。可能であれば、一つの回答に複数の論点がある場合は、それぞれを記録できるようにしてください」
担当者は、記録を取った。
「検討します」
ブラウ太郎は、集計表を見つめた。
「満足度を測ること自体は、間違っていない」
「はい」
「でも、満足度を一つの数字にまとめると、満足している部分と、不満が残っている部分が、同じ数字の中に入る」
「そのとおりです」
「それを忘れたら、また同じことになる」
担当者は、静かにうなずいた。
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数日後、中央委員会は、満足度調査の結果を受けた改善案を公表した。
回答の分かりやすさについては、一定の改善が確認された。
回答までにかかる時間も、以前より短くなっていた。
一方、実質解決が確認されていない案件では、満足度が低い傾向が見られた。
また、判断が完了していても、申立人が判断理由に納得していない案件があった。
さらに、回答後の対応について、担当部署から追加の説明がなかったことを不満とする意見もあった。
報告書は、こう結論づけた。
《手続き面の改善は一定の効果を上げている。一方、個別案件の実質解決および判断理由に対する理解については、引き続き改善が必要である》
ブラウ太郎は、その文章を読んだ。
「これは、悪くない」
名無しの七号が言った。
「うん」
「手続きが改善したことを認めている。未解決の問題も、残っていると認めている」
「うん」
「両方を、同じ報告書に書いた」
名無しの七号は、少し笑った。
「それだけで、前よりはいい」
しかし、報告書には、もう一つの提案が含まれていた。
《申立人満足度の向上を、今後の改革推進における重要な評価項目とする》
ブラウ太郎は、その一文を読み返した。
「来たな」
「何が?」
「次の数字だ」
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改革推進本部は、次回の評価から、満足度の目標値を設定することを提案した。
現在の平均は三・五。
次年度の目標は、三・八。
その翌年度は、四・〇。
目標値を設定すれば、各部署は改善の必要性を認識しやすくなる。
目標値がなければ、三・五という数字が高いのか低いのか、判断しにくい。
目標値は、改善の方向を示す道具になりうる。
しかし、目標値が設定されると、今度は、数字を上げること自体が目的になる可能性があった。
コウシン太郎は、改革推進本部の会議で、その点を指摘した。
「満足度の目標値を設定することには、利点があります。しかし、満足度を上げることが、制度の目的に置き換わる危険もあります」
本部長が答えた。
「目標がなければ、改善の責任が曖昧になります」
「そのとおりです」
「ならば、目標値を設定することは必要でしょう」
「必要かもしれません。ただし、満足度が低い案件を、どのように扱うかも決めなければなりません」
「どのように、とは?」
「満足度が低い理由を確認することです。要求が認められなかったからなのか。説明が不十分だったからなのか。担当者の対応に問題があったからなのか。制度上、解決できない問題だったからなのか。それらを区別しないまま、満足度だけを目標にすると、担当部署は、満足度を上げるために、要求を認めやすくしたり、不満が出そうな案件を避けたりするかもしれません」
本部長は、腕を組んだ。
「それは、極端な想定ではありませんか」
コウシン太郎は、首を横に振った。
「極端ではありません。指標が評価に結びつけば、指標を改善しようとする動機が生まれます。それ自体は自然なことです。問題は、その動機が、本来の目的と一致しているかどうかです」
「では、目標値を設定しないのですか」
「私は、設定してもよいと思います。ただし、目標値を達成したことだけで、改革の成果を認定しない。目標値に届かなかったことだけで、担当部署の責任を決めない。そして、満足度が低い案件を、改善の対象として消してしまわない」
本部長は、資料を見た。
「具体的な制度案を出してください」
「分かりました」
会議が終わると、コウシン太郎は一人、廊下に残った。
彼は、また同じ仕事をしていた。
指標を作る。
指標の限界を説明する。
指標が目的に置き換わらないよう、手続きを設ける。
それは、必要な仕事だった。
しかし、彼は、自分がこの仕事を得意としていることに、少し恐ろしさを感じていた。
制度の欠陥を見つけるたびに、彼は、新しい制度を作ることができた。
新しい制度には、新しい指標が必要になった。
新しい指標には、新しい確認手続きが必要になった。
確認手続きには、新しい担当部署と期限が必要になった。
そして、その仕組みが複雑になるほど、制度を理解し、利用できる者と、そうでない者の差が広がる可能性があった。
彼は、ふと、かつての自分の言葉を思い出した。
《複雑な問題を、管理可能な単位に分解する》
その言葉は、今でも正しい。
しかし、分解された問題を、再び一つの現実として見ることができなければ、管理可能になったのは、問題ではなく、問題についての記録だけかもしれない。
コウシン太郎は、改革推進本部の扉を振り返った。
「制度を作るだけでは、足りないんだな」
彼は、そうつぶやいた。
「制度を使う人が、制度の外から何を見ているかを、聞かなければならない」
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その週の終わり、中央委員会は、成果確認制度の公開意見交換会を開いた。
参加者は、申立人、中央記録管理局の職員、改革推進本部の担当者、人新会の代表、人民大会議の代表者だった。
ミツオケラ十三世も、出席した。
議題は、単純だった。
《改革によって、何が変わったか》
最初に発言したのは、ある申立人だった。
「私は、以前、申立てをしてから、何か月も返事がありませんでした。問い合わせても、どこにあるのか分からないと言われました」
彼は、手元の書類を見た。
「今回の改革で、管理番号が付けられました。担当部署も分かりました。いつまでに回答するかも、示されました。期限を過ぎたときには、遅れている理由の説明もありました」
彼は、少し笑った。
「私は、まだ、求めていたことを実現できていません。でも、少なくとも、自分の申立てがどこにあるのか分かるようになりました。これは、私にとって大きな変化です」
会場から拍手が起こった。
次に発言したのは、別の申立人だった。
「私は、回答を受け取りました。説明も、以前より丁寧でした。しかし、私が求めていた是正は認められませんでした」
彼女は、ゆっくりと続けた。
「担当者が、規定に従って判断したことは理解しています。担当者を責めたいわけではありません。でも、規定そのものが、私の問題に対応できていないのではないかと思っています」
改革推進本部長が、身を乗り出した。
「その点については、制度の見直しを検討することが可能です」
彼女は、首を横に振った。
「検討していただけるのは、ありがたいです。ただ、私の問題が、次の制度改正まで待たなければならないのかどうかを知りたいのです」
本部長は、答えに詰まった。
「現行制度で対応できる範囲と、制度改正が必要な範囲を確認します」
「いつまでに?」
「期限を設定します」
彼女は、うなずいた。
「それなら、その期限を教えてください」
会場は静かになった。
本部長は、手元の資料を見た。
そこには、制度改正の検討期限は記載されていた。
しかし、彼女の個別案件について、どの時点で何を説明するかは、記載されていなかった。
「個別案件についても、担当部署と期限を設定します」
本部長は答えた。
彼女は、もう一度うなずいた。
「お願いします」
そのやり取りは、短かった。
しかし、そこには、改革の目的を考えるうえで重要な違いがあった。
中央委員会は、制度を改善することを考えていた。
申立人は、自分の問題が、いつ、どのように扱われるのかを知りたかった。
両者は、対立しているわけではなかった。
ただ、見ている時間の単位が違っていた。
中央委員会にとって、制度改正は、次年度の改革計画に関わる仕事だった。
申立人にとって、次年度は、まだ来ていない未来ではなく、今も続いている待ち時間だった。
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次に発言したのは、ブラウ太郎だった。
「私は、今日の話を聞いて、二つのことを確認したいと思います」
議長菌がうなずいた。
「一つ目。改革によって、申立ての状況が分かるようになったこと。これは、確かな前進です」
ブラウ太郎は、最初の申立人を見た。
「自分の申立てがどこにあるのか分からない状態から、担当部署と期限が分かる状態になった。これは、問題が解決していなくても、意味のある変化です」
彼は、次に、二人目の申立人を見た。
「二つ目。制度が改善したことによって、個別の問題が自動的に解決するわけではない。回答が分かりやすくなっても、判断が適切だったかどうかは、別に確認しなければなりません。判断が適切でも、制度そのものに問題がある場合は、さらに検討が必要です」
改革推進本部長が、うなずいた。
ブラウ太郎は続けた。
「そこで、私は、改革の評価について、一つ提案があります」
議場が静かになった。
「改革の成果を、中央委員会だけで評価しないことです」
議長菌が、眉を上げた。
「中央委員会以外の評価を取り入れる、という意味ですか」
「それだけではありません。評価の対象となった者が、評価の方法について意見を述べられるようにすることです」
「具体的には?」
「たとえば、成果確認制度の対象となった申立人が、自分の案件がどのように分類されたかを確認できるようにする。分類が違うと思えば、異議を述べられるようにする。満足度調査の集計方法についても、どの回答がどの分類に入ったか、個人が特定されない範囲で確認できるようにする」
議長菌は、資料をめくった。
「それでは、評価制度自体に対する異議申立ての仕組みが必要になります」
「そうです」
「評価制度を評価する制度が必要になる」
「そうです」
議長菌は、少し困った顔をした。
「その制度を評価する制度も、必要になるのではありませんか」
ブラウ太郎は、笑った。
「必要になるかもしれません」
会場に、かすかな笑いが広がった。
「ただし、制度を無限に増やすことが目的ではありません。大切なのは、評価する側が、評価される側の声を無視できないようにすることです」
彼は、ゆっくりと言葉を選んだ。
「評価する側が、評価される側の声を聞くこと。それだけでは、正しい評価になるとは限りません。評価される側が、いつも正しいわけでもありません。でも、評価する側が、評価される側の声を聞かなくても済む仕組みなら、その評価は、最初から不完全です」
名無しの七号が、手帳を開いた。
ブラウ太郎は続けた。
「満足度が低いからといって、申立人の要求が正しいとは限りません。満足度が高いからといって、制度が正しいとも限りません。だからこそ、満足度を聞くことと、判断の妥当性を検証することを、別々に行う必要があります」
「では、改革の成果は、何によって判断すればよいのでしょうか」
議長菌が尋ねた。
ブラウ太郎は、少し考えた。
「一つの数字で判断しないことです」
「それでは、改革が成功したかどうかを、判断できないのではありませんか」
「一つの数字で判断できないことと、何も判断できないことは違います」
ブラウ太郎は、会場を見渡した。
「手続きは改善したか。申立ては追跡できるようになったか。回答は早くなったか。判断の理由は説明されたか。問題は解決したか。解決しなかった理由は明らかになったか。異議を述べる機会はあったか。制度そのものを変える必要があるか。これらを、それぞれ確認すればよい」
彼は、最後に付け加えた。
「そして、確認できなかったことを、確認できなかったまま残すことです」
議場は静かだった。
その言葉は、新しい制度を作るための提案というより、これまでの調査と改革を通じて、ようやく共有され始めた原則だった。
---
ミツオケラ十三世は、ずっと黙っていた。
彼は、ブラウ太郎の提案を聞きながら、自分が以前に語った言葉を思い出していた。
「人民の総意を、正確に把握する」
それは、彼が中央委員会の正統性を説明するときに、何度も使ってきた言葉だった。
人民の意見を集める。
意見を分類する。
重複を整理する。
優先順位をつける。
そして、人民の総意として政策に反映する。
その手続きには、合理性があった。
意見を集めなければ、人民の声は分からない。
分類しなければ、異なる意見の関係を理解できない。
優先順位をつけなければ、限られた資源を配分できない。
だが、彼は、今では知っていた。
集められなかった意見がある。
分類の過程で、意味が変わった意見がある。
優先順位をつける過程で、後回しにされた意見がある。
そして、後回しにされた意見が、いつまでも戻ってこないことがある。
人民の総意を正確に把握すること。
その目標は、今でも重要だった。
しかし、その目標を掲げる者が、人民の総意を独占する危険もあった。
ミツオケラ十三世は、発言を求めた。
「私は、これまで、人民の総意を正確に把握することが、人民のための政治に必要だと考えてきました」
彼は、会場を見渡した。
「その考え自体を、撤回するつもりはありません。人民の意見を把握することは、必要です。しかし、把握したと主張する者が、その意見の意味まで独占してよいわけではない」
議長菌が、静かにうなずいた。
「今回の改革によって、私たちは、手続きの改善を進めています。期限を設定し、担当者を明確にし、記録を照合し、回答後の状況を確認する。これらは、必要な改革です」
彼は、そこで言葉を切った。
「しかし、改革を進める側が、改革の成功を自分たちだけで決めるなら、私たちは、以前の問題を別の形で繰り返すことになります」
会場の後方で、コウシン太郎が顔を上げた。
ミツオケラ十三世は続けた。
「私は、改革が進んでいることを示す数字を、公表する必要があると考えています。同時に、その数字が示していないことを、人民に説明する必要もあると考えています」
彼は、演壇の前に置かれた資料を見た。
「そして、改革によって問題が解決したかどうかを、改革を進める側だけで判断しない仕組みを設けたい」
議長菌が尋ねた。
「具体的には、どのような仕組みでしょうか」
ミツオケラ十三世は、答えた。
「成果確認制度の評価に、外部の確認を導入します。申立人の代表、記録管理の専門家、制度運用に関わっていない者を含む評価会議を設ける。評価会議は、個別案件の処理状況と、制度全体の運用状況を確認する。中央委員会は、評価結果に対して意見を述べることができますが、評価結果の公表を承認制にはしません」
議長菌は、すぐに記録を始めた。
「評価会議の構成は、どのように決めますか」
「中央委員会だけで決めない」
「予算は?」
「中央委員会の予算から支出します。ただし、評価会議が必要とする資料の取得や調査の実施について、担当部署が一方的に制限できないようにします。制限が必要な場合は、その理由を記録し、公表できるようにする」
「評価対象は?」
「成果確認制度の対象案件だけでなく、対象外となった案件の扱いも確認する。ただし、すべての案件を一度に調査できるとは考えない。対象範囲と限界を明示する」
「評価期間は?」
「まずは六か月。終了時に、継続の必要性を改めて判断する」
議長菌は、最後の項目を書き込んだ。
「評価会議の名称は、どうしますか」
ミツオケラ十三世は、少し考えた。
「改革成果確認会議、でよいだろう」
ブラウ太郎が、手を挙げた。
「一つ、お願いがあります」
「何だ」
「会議の名称に、改革の成果を確認することだけでなく、成果が確認できなかった場合も含まれると、明記してください」
「名称に、ですか」
「名称だけで、制度の性格が決まるわけではありません。でも、最初から成功を確認するための会議だと思われるより、何が確認できるかを調べる会議だと分かるほうがよい」
ミツオケラ十三世は、うなずいた。
「では、『改革成果検証会議』とする」
名無しの七号が、顔を上げた。
「検証、ですね」
「そうだ」
「成果があったかどうかだけでなく、成果があったという説明が妥当かどうかも調べる」
ミツオケラ十三世は、彼女を見た。
「そのとおりだ」
議長菌は、議事録に記した。
《改革成果検証会議の設置について、基本方針を確認》
その一文の下には、まだ多くの未決事項があった。
委員の選定方法。
評価対象の範囲。
資料提供の手続き。
異議申立ての方法。
公表の期限。
予算の執行。
そして、評価会議そのものが適切に機能しているかどうかを、誰が確認するのか。
それらは、これから決めなければならなかった。
---
会議の終了後、ミツオケラ十三世は、ブラウ太郎を呼び止めた。
「君は、私たちが改革を進めていることを、認めているのか」
ブラウ太郎は、少し驚いた。
「何を、今さら」
「私は、確認しておきたい」
ブラウ太郎は、考えてから答えた。
「認めているよ」
ミツオケラ十三世は、わずかに表情を緩めた。
しかし、ブラウ太郎は続けた。
「ただし、改革が進んでいることを認めるのと、改革が正しいことを認めるのは違う」
「そうか」
「期限が設定された。担当者が明確になった。記録が追跡できるようになった。回答後の確認も始まった。これは、確かな前進だ」
「うむ」
「でも、前進したことを理由に、まだ解決していない問題を小さく扱うなら、その前進は、別の問題を生む」
ミツオケラ十三世は、黙って聞いていた。
「改革を評価するための仕組みを作ることも、必要だと思う。ただし、その仕組みができたからといって、改革が正しいと決まるわけではない」
「では、いつになれば、正しいと判断できるのだ」
ブラウ太郎は、首を横に振った。
「いつか、全部が正しいと証明できる日が来るとは思わない」
ミツオケラ十三世は、眉を寄せた。
「それでは、永遠に判断できないではないか」
「違うよ。判断はできる。ただし、判断を確定させたあとも、見直せるようにしておくんだ」
ブラウ太郎は、静かに言った。
「正しいかどうかを考えることをやめない。それが、正しいと判断することの条件なんじゃないかな」
ミツオケラ十三世は、すぐには答えなかった。
彼は、長い間、正しさを示すことが、統治の責任だと考えてきた。
今、ブラウ太郎は、正しさを示すことだけでなく、正しさを見直す余地を残すことも、統治の責任だと言っている。
その違いは、小さくなかった。
「君は、私たちに、いつまでも疑われ続けろと言うのか」
「そうだね」
ブラウ太郎は、笑った。
「ただし、疑われることと、何をしても無意味だと決めつけられることは違う。改革が進んだなら、そのことは認める。問題が解決したなら、そのことも認める。間違いが見つかったなら、直す。まだ分からないことがあるなら、分からないと記録する」
「ずいぶん、手間のかかる統治だな」
「簡単な統治なら、七%の使命を掲げて、あとは全部、歴史に任せればいい」
ミツオケラ十三世は、思わず笑った。
その笑いは、長くは続かなかった。
「私は、これまで、人民のために判断してきたつもりだった」
「そうだろうね」
「しかし、人民のために判断することと、人民に代わって判断し続けることは、違うのかもしれない」
ブラウ太郎は、答えなかった。
答えを急ぐ必要はなかった。
ミツオケラ十三世は、自分の言葉を、もう一度、心の中で繰り返した。
人民のために判断する。
人民に代わって判断し続ける。
その二つのあいだには、制度で埋めなければならない距離があった。
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一方、コウシン太郎は、改革成果検証会議の設置案を作成していた。
彼は、委員の選定方法について、三つの案を用意した。
第一案は、中央委員会が候補者を選び、人民大会議が承認する方式。
第二案は、候補者の公募を行い、専門性と利害関係を審査したうえで、人民大会議が選任する方式。
第三案は、申立人の代表、専門家、制度運用に関わっていない者を、それぞれ別の方法で選び、複数の選定主体によって構成する方式。
第一案は、手続きが簡単だった。
第二案は、候補者の専門性を確保しやすかった。
第三案は、選定の過程が複雑になる一方で、一つの組織が委員構成を独占しにくかった。
コウシン太郎は、第三案に丸をつけた。
しかし、すぐに、その丸を消した。
第三案にも問題はある。
選定主体が複数になれば、責任の所在が曖昧になる可能性がある。
委員の意見が分かれれば、結論をまとめることが難しくなる。
選定の過程そのものが、政治的な駆け引きの場になるかもしれない。
彼は、第三案の横に、こう書いた。
《利点と制約を明記する。独立性を、無条件の性質として扱わない》
その下に、さらに一文を加えた。
《委員の選定過程についても、記録を残し、後日検証できるようにする》
彼は、筆を止めた。
以前の彼なら、第三案の利点を強調し、選定手続きを整え、制度を完成させたと報告したかもしれない。
今は、制度の完成という言葉を、簡単には使えなかった。
制度には、設計した者が想定していない使われ方がある。
制度を運用する者には、制度を自分たちに都合よく解釈する動機が生まれる。
制度を利用する者には、制度を理解し、手続きを踏み、記録を残す負担がある。
そのすべてを、設計段階で解決することはできない。
だからこそ、制度を作る者は、制度が間違ったときに、それを見つけられるようにしておかなければならない。
コウシン太郎は、選定案の末尾に、新しい項目を追加した。
《委員会の運用状況について、申立人および一般の人民から意見を受け付ける窓口を設ける》
そして、その項目にも、担当部署と期限を設定した。
彼は、少しだけ苦笑した。
また、窓口を作っている。
だが、今回は、窓口を作ったことを、人民の声が届くようになったことと同じ意味で扱わないつもりだった。
窓口に意見が届いたか。
届いた意見が記録されたか。
記録された意見が検討されたか。
検討の結果が、提出者に説明されたか。
そして、意見によって何かが変わったか。
それぞれを、確かめる必要がある。
彼は、資料の最後に書き加えた。
《窓口の設置をもって、意見聴取の完了としない》
その文章を読んだとき、彼は、少しだけ息を吐いた。
それは、過去の自分に向けた言葉でもあった。
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改革成果検証会議の設置案は、翌週、人民大会議に提出された。
審議は、長引いた。
委員の独立性をどう確保するか。
中央委員会が予算を支出しながら、評価結果に介入しないことを、どう制度化するか。
評価会議が、個別案件の判断をやり直すのか。
それとも、判断の過程と制度の運用を検証するのか。
申立人の個人情報を、どこまで公開するのか。
評価会議の報告に誤りがあった場合、誰が訂正するのか。
中央委員会が評価結果に反論する場合、その反論はどのように記録されるのか。
議論は、決して華やかではなかった。
一つの条文をめぐって、何十分も言葉が行き来した。
「必要な資料を提供する」
という一文に対して、
「必要と判断するのは誰か」
という質問が出た。
「独立した立場で調査する」
という一文に対して、
「独立性を、誰が、どのように確認するのか」
という質問が出た。
「報告書を公表する」
という一文に対して、
「公表を遅らせることができるのは、どのような場合か」
という質問が出た。
そして、その質問に答えるために、新しい条文が作られた。
条文が増えるたびに、制度は複雑になった。
しかし、複雑になったことだけを理由に、議論を打ち切ることはできなかった。
制度を簡単にするために、重要な権限の所在を曖昧にすれば、簡単になったのは制度ではなく、責任の説明だったからである。
最終的に、会議は、次の原則を採択した。
一、改革成果検証会議は、改革の成果をあらかじめ肯定することを目的としない。
二、検証対象、調査方法、資料の制約、確認できなかった事項を明示する。
三、中央委員会は、検証会議に資料を提供する。ただし、提供できない資料がある場合は、その理由を記録する。
四、検証会議の報告書は、中央委員会の事前承認を必要としない。
五、中央委員会は、報告書に対する見解を別文書で公表できる。ただし、検証会議の報告書を書き換えることはできない。
六、検証会議は、個別案件の処理状況だけでなく、未登録案件や、評価対象から除外された案件の扱いについても、可能な範囲で確認する。
七、検証会議の活動そのものについても、活動終了時に、調査範囲、制約、未解決事項を記録する。
最後の条文を読み上げたとき、議長菌は、少しだけ笑った。
「検証会議が、自分自身の検証事項まで記録するのですね」
ブラウ太郎が答えた。
「自分たちだけは、検証しなくてよい理由はありませんから」
議長菌は、うなずいた。
「そのとおりです」
採決の結果、設置案は可決された。
満場一致ではなかった。
反対票もあった。
棄権票もあった。
議長菌は、それらをすべて記録した。
そして、今回は、反対票の理由を「改革への理解不足」と分類することを認めなかった。
反対票には、反対票の理由がある。
賛成票にも、賛成票の理由がある。
棄権票にも、棄権票の理由がある。
理由が確認できない場合は、確認できないと記録する。
その単純な原則が、議事録のなかに、一つずつ書き込まれていった。
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設置案の可決から数日後、改革成果検証会議の委員候補者を募集する告知が出された。
告知には、応募資格、選定基準、利害関係の申告方法、任期、報酬、調査権限、資料提供の手続きが記載されていた。
応募者のなかには、制度設計の専門家もいた。
記録管理の実務に携わってきた者もいた。
過去に申立てを行った者もいた。
そして、中央委員会で働いた経験のある者もいた。
コウシン太郎も、候補者の一人として名前が挙がった。
しかし、彼は、応募を辞退した。
「なぜですか」
名無しの七号が尋ねた。
「私は、過去の制度設計に関わっている。検証対象となる仕組みの一部を、自分で作った」
「だから、参加できない?」
「必ずしも、参加してはいけないわけではない。過去の経緯を知る者が、検証に役立つこともある」
「では、なぜ辞退するのですか」
コウシン太郎は、しばらく考えた。
「私が委員になれば、過去の自分の判断を検証する立場になる。自分の責任を認めることはできるつもりだ。しかし、自分が関わった制度を、自分自身で評価することには、別の難しさがある」
「自分のことだから、正確に判断できない?」
「自分のことだから、正確に判断できる部分もある。だが、自分のことだから、見えなくなる部分もある」
名無しの七号は、うなずいた。
「では、委員ではなく、資料を説明する側として協力することは?」
「必要があれば、協力する。ただし、私が提供する説明も、検証対象の一つとして扱ってほしい」
「分かりました」
コウシン太郎は、少し笑った。
「君は、ずいぶん厳しいな」
「厳しいんじゃないよ」
名無しの七号は、手帳を閉じた。
「誰かが、正しいことを言ったからといって、その人の説明を、確認しなくてよいことにはならないだけ」
コウシン太郎は、深くうなずいた。
その言葉は、彼が長い間、他人に向けて求めてきたものだった。
今度は、自分が、その対象になった。
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改革成果検証会議の委員が決まるまで、三週間かかった。
委員は七名。
申立人の経験を持つ者が二名。
記録管理の専門家が二名。
制度運用の経験を持つ者が一名。
法律や手続きの専門家が一名。
そして、過去の中央委員会にも、現行の改革推進本部にも所属していない者が一名。
選定過程は公開された。
候補者の利害関係も、公開できる範囲で明示された。
委員の選定理由は、個別に記録された。
それでも、選ばれなかった候補者からは、異議が寄せられた。
「専門性の評価基準が不明確だ」
「申立人の代表が、二名で十分なのか」
「制度運用の経験者が、一名だけではないか」
「中央委員会から独立しているというが、予算は中央委員会が出している」
それらの指摘は、すべて無視できるものではなかった。
選定委員会は、異議に対する回答を公表した。
一部の指摘については、説明が不足していたことを認めた。
一部については、選定基準に照らして、別の判断をした理由を説明した。
一部については、資料が不足しており、判断の妥当性を十分に検証できないことを認めた。
委員の選定は、完璧ではなかった。
しかし、完璧ではないことを理由に、選定過程を非公開にすることもなかった。
会議の初日、議長に選ばれたのは、記録管理の専門家だった。
彼女は、開会の挨拶で、こう述べた。
「私たちは、改革が成功したことを証明するために集まったのではありません。改革が失敗したことを証明するために集まったのでもありません」
彼女は、机の上に置かれた資料を見た。
「私たちの仕事は、改革によって何が変わったのか、何が変わっていないのか、何が確認できるのか、何がまだ確認できないのかを調べることです」
一人の委員が尋ねた。
「調査の結果、改革が適切に進んでいると判断した場合は?」
議長は答えた。
「そのように報告します」
「不適切な点が見つかった場合は?」
「そのように報告します」
「どちらとも判断できない場合は?」
議長は、少しだけ間を置いた。
「判断できないと報告します」
委員は、うなずいた。
議長は、最後に付け加えた。
「ただし、判断できないという結論で終わらせる場合には、なぜ判断できないのか、何が不足しているのか、今後どのような確認が必要なのかも、できる限り明らかにします」
会議が始まった。
最初の議題は、改革進捗率七十二・九%の検証だった。
委員たちは、数字そのものを疑うことから始めたわけではなかった。
計算方法を確認した。
完了条件を確認した。
担当部署の報告と、中央記録管理局の記録を照合した。
一部の項目では、完了条件を満たしたことが確認された。
一部の項目では、報告書に記載された完了日と、実際の記録に残された日付が異なっていた。
その違いは、単純な入力ミスだったものもあれば、完了と判断する時点について、担当部署と改革推進本部の理解が異なっていたものもあった。
検証会議は、それぞれを区別した。
数字の誤りが見つかった場合は、訂正を求めた。
定義の解釈に違いがあった場合は、どの解釈に基づいて計上されたのかを記録した。
資料が不足していた場合は、確認できなかったことを記録した。
その結果、改革進捗率は、七十二・九%から七十一・八%に修正された。
中央委員会は、訂正を公表した。
訂正の理由も、併せて説明した。
数字は、下がった。
しかし、数字が下がったことだけで、改革が後退したわけではなかった。
むしろ、以前の数字が、実際よりも高く表示されていたことを確認できた。
検証会議の議長は、報告書に記した。
《改革進捗率の訂正は、改革項目の実施状況そのものが後退したことを示すものではない。一方、従来の集計方法に、完了条件の解釈および確認記録の不足があったことを示している》
その一文は、中央委員会にとって、都合のよいものではなかった。
しかし、中央委員会は、その一文を削除しなかった。
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検証会議は、次に、個別案件の確認に着手した。
最初に調査されたのは、成果確認制度の対象となった百五十件だった。
委員たちは、各案件について、申立ての内容、担当部署、回答の内容、回答後の確認状況、申立人の評価を照合した。
その作業には、時間がかかった。
同じ「未解決」という分類のなかに、異なる状況が含まれていたからである。
ある案件では、申立人が求めていた是正が、すでに実施されていた。
しかし、その実施記録が、別の管理番号で保存されていたため、成果確認制度では「確認中」とされていた。
別の案件では、担当部署が回答を発出していたが、申立人が回答を受け取ったことを確認できていなかった。
さらに別の案件では、申立人が求めた是正が実施されていなかった。
その理由について、担当部署は、現行制度では対応できないと説明していた。
検証会議は、制度上の判断が適切だったかどうかを確認するため、関連する規定と判断過程を調べた。
判断そのものに明確な誤りがあったと確認できる案件もあった。
一方、現行制度に従った判断であることは確認できても、その制度が申立人の問題に十分対応できているかどうかについては、別の検討が必要な案件もあった。
そして、記録が不足しているため、判断の妥当性を確認できない案件もあった。
検証会議は、それらを一つの評価にまとめなかった。
その代わり、報告書のなかに、異なる種類の結論を並べた。
《手続き上の不備が確認された案件》
《判断過程に追加の検証が必要な案件》
《制度上の制約により、申立人の求めた是正が実現していない案件》
《対応は確認できるが、実質解決の有無を確認できない案件》
《資料不足により、判断できない案件》
その分類は、以前よりも複雑だった。
しかし、複雑さは、現実の複雑さに由来していた。
委員の一人が、会議の途中で言った。
「これでは、人民に分かりにくい報告書になるのではありませんか」
議長は答えた。
「分かりやすくする努力は必要です。しかし、分かりやすくするために、異なる事実を同じものとして扱うことはできません」
「それでも、最終的には、何が問題だったのかを簡潔に示す必要があります」
「そのとおりです。だから、要約を作ります。ただし、要約から落とした情報が何かを、確認できるようにしておきます」
委員は、うなずいた。
議長は、報告書の構成案に新しい項目を追加した。
《要約に含まれない事項と、詳細資料の参照先》
その項目は、報告書を短くするために設けられたのではなかった。
短くしたことで、何が見えなくなったのかを、読者が確認できるようにするためだった。
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六か月の検証期間が終わるころ、検証会議は、最終報告書の草案をまとめた。
報告書は、改革の成果を認めていた。
記録の追跡可能性は、改善していた。
担当部署と期限の明確化は、以前よりも進んでいた。
回答後の確認によって、手続きの完了と実質解決の違いが把握されるようになった。
一部の申立てでは、記録の誤りが訂正され、実際の是正が行われた。
これらは、確かな成果だった。
一方、報告書は、複数の問題も指摘していた。
第一に、改革進捗率の計算には、完了条件の解釈に関する不一致があった。
第二に、成果確認制度の対象となった案件は、登録済みの案件を中心としており、未登録案件の実態を十分に把握できていなかった。
第三に、満足度調査は、回答者の評価を示すものであり、申立人全体や人民全体の評価を示すものではなかった。
第四に、満足度の平均値だけでは、手続きに対する評価と、実質解決に対する評価の違いを十分に把握できなかった。
第五に、担当部署が自らの案件を評価する仕組みには、評価対象の選定や分類に関する利益相反の可能性が残っていた。
第六に、制度上の判断が完了しても、申立人の問題が解決していない場合があり、そのような案件を今後どのように扱うかについて、明確な方針が必要だった。
報告書の結論には、次の一文があった。
《改革は、記録管理および手続きの追跡可能性において、確認できる改善をもたらした。一方、個別案件の実質解決については、改善の程度を一つの数値で示すことができず、未解決案件の一部については、その理由や今後の対応が十分に確定していない》
その一文は、改革を否定していなかった。
同時に、改革の成功を宣言するものでもなかった。
検証会議は、報告書の公表日を決めた。
中央委員会には、事実関係の確認のため、草案を送付した。
中央委員会は、複数の修正を求めた。
日付の誤り。
案件数の集計方法。
一部の表現が、担当部署の意図を正確に反映していないという指摘。
検証会議は、そのうち、事実に関する指摘を確認した。
実際に誤りがあった箇所は、訂正した。
表現の曖昧さがあった箇所も、より正確な記述に改めた。
しかし、中央委員会が「改革の成果を過小評価している」と指摘した部分については、修正しなかった。
その理由は、報告書の記述が、確認された事実と、そこから導かれる評価に基づいていたからだった。
中央委員会は、報告書に対する見解を、別文書として公表することにした。
それは、設置時に決められた手続きどおりだった。
報告書は、検証会議のもの。
中央委員会の見解は、中央委員会のもの。
どちらか一方が、もう一方を書き換えることはできなかった。
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報告書が公表された日、人民大会議は、特別会議を開いた。
議長菌が、報告書の要旨を読み上げた。
改革は、一定の成果を上げている。
しかし、改革の成果を示す数字には、限界がある。
未解決の案件は、依然として存在する。
未登録案件の実態は、十分に把握できていない。
満足度の数字は、回答者の評価を示すものであり、人民全体の評価ではない。
そして、改革の手続きを改善したことと、人民の問題を解決したことは、同じではない。
読み上げが終わると、議場は静まり返った。
ミツオケラ十三世は、演壇に立った。
「私は、検証会議の報告書を受け取りました」
彼は、報告書を持ち上げた。
「この報告書には、中央委員会にとって不都合な指摘も含まれています。しかし、不都合であることは、その指摘が誤っている理由にはなりません」
彼は、少し間を置いた。
「また、この報告書には、改革の成果も記されています。問題が見つかったからといって、これまでの改善が無意味だったことにはなりません」
ブラウ太郎は、静かに聞いていた。
ミツオケラ十三世は続けた。
「私たちは、改革が進んだことを認めます。同時に、改革によって、まだ解決していない問題があることも認めます。改革を進めるために、成果を説明する必要があります。しかし、成果を説明するために、未解決の問題を小さく扱ってはなりません」
彼は、報告書を演壇に置いた。
「中央委員会は、検証会議の指摘を受け、改革計画を見直します。未登録案件の把握、未解決案件の再確認、満足度調査の分類方法、改革進捗率の計算方法について、担当部署と期限を設定します」
議場の一部から、拍手が起こった。
ミツオケラ十三世は、手を上げて、拍手を止めた。
「ただし、これらの対応を開始したことをもって、今回の問題が解決したとはしません」
拍手は、再び起こらなかった。
その沈黙を、彼は受け止めた。
「私たちは、これからも、改革の成果を確認します。そして、改革の成果を確認する仕組みそのものについても、必要に応じて見直します」
彼は、最後に言った。
「人民のための政治とは、人民の総意を、私たちが正確に把握したと宣言することだけではない。私たちが把握できていない声があるかもしれないと考え、その声を探し続けることでもある」
議場の後方で、名無しの七号が、記録帳を開いた。
彼女は、今日の発言を、そのまま書き留めた。
そして、その下に、自分の言葉を一つだけ加えた。
《探し続けることを、誰が確認するのか》
彼女は、その問いを消さなかった。
---
人民大会議の終了後、ブラウ太郎は、コウシン太郎と並んで廊下を歩いていた。
「報告書は、よくできていたと思う」
コウシン太郎が言った。
「うん」
「改革の成果も認めている。問題も指摘している。確認できないことも、確認できないと書いている」
「うん」
「それでも、あの報告書を読んだ人民が、改革をどう評価するかは分からない」
ブラウ太郎は、笑った。
「それを、報告書が決める必要はないよ」
「そうだな」
コウシン太郎は、歩みを緩めた。
「私は、長い間、正しい制度を作ることが、人民のためになると思っていた」
「今は?」
「正しい制度を作ることは、今でも必要だと思う。ただ、それだけでは足りない」
彼は、窓の外を見た。
「制度が、どのように使われているか。制度を使えない者がいないか。制度が、どのような声を拾い、どのような声を拾わないのか。そこまで確認しなければならない」
「そうだね」
「そして、その確認の仕組みも、また検証しなければならない」
ブラウ太郎は、肩をすくめた。
「仕事が終わらないな」
コウシン太郎は、苦笑した。
「以前なら、それを問題だと思っていた」
「今は?」
「終わらないことと、進んでいないことは、違うのかもしれない」
ブラウ太郎は、うなずいた。
「ただし、終わらないことを理由に、いつまでも同じ場所にいてはいけない」
「分かっている」
「本当に?」
コウシン太郎は、笑った。
「分かっているつもりにならないようにする」
二人は、廊下の角で別れた。
コウシン太郎は、改革推進本部へ戻った。
ブラウ太郎は、申立人たちの記録を整理するため、中央記録管理局へ向かった。
それぞれの仕事は、まだ終わっていなかった。
---
その夜、名無しの七号は、記録帳を開いた。
第三部の調査で、彼女が残してきた記録は、かなりの量になっていた。
最初は、数字の食い違いを記録していた。
次に、記録が見つからないことを記録した。
その後、記録が見つからないことと、出来事がなかったことは違うと記録した。
改革が始まると、期限と担当者を記録した。
改革進捗率が公表されると、数字が何を示し、何を示していないかを記録した。
満足度調査が始まると、回答した者と、回答しなかった者の違いを記録した。
そして、改革成果検証会議が設置されると、その会議の権限と限界を記録した。
彼女は、今日のページに、次の三つを書いた。
《改革によって、改善されたこと》
《改革によっても、解決していないこと》
《改革によって、初めて見えるようになったこと》
三つの欄には、それぞれ、いくつもの項目があった。
以前より、申立ての行方が分かるようになった。
期限を過ぎた案件が、放置されたまま消えることは難しくなった。
回答後の確認が始まり、実質解決の有無を区別できるようになった。
一方で、制度上の判断が完了しても、申立人の問題が解決しない場合がある。
未登録案件の実態は、まだ十分に分かっていない。
満足度の数字だけでは、何が改善し、何が改善していないのかを説明しきれない。
そして、改革の進捗を測る仕組みそのものが、新しい偏りを生む可能性もある。
名無しの七号は、三つの欄を見比べた。
以前なら、彼女は、最後の欄を「新たに判明した問題」と呼んでいたかもしれない。
しかし、今は、そうは書かなかった。
改革によって、初めて見えるようになったこと。
それは、問題が新しく生まれたという意味ではない。
以前から存在していた問題が、ようやく記録できるようになったという意味かもしれない。
彼女は、ページの下に、新しい問いを書いた。
《改革によって、声が届くようになった者は誰か》
その下に、もう一つ。
《まだ、声を届けることができない者は誰か》
そして、最後に、こう書いた。
《その二つを、誰が、どのように確かめるのか》
彼女は、記録帳を閉じた。
答えは、まだなかった。
だが、答えがないことは、問いを記録しなくてよい理由にはならなかった。
---
松木ひろ子の身体の内側では、環境の変化が続いていた。
食事の内容も、生活のリズムも、少しずつ変わっていた。
その変化を、ミツオケラ党は、改革計画の成果として説明することはできなかった。
人新会も、中央委員会も、改革成果検証会議も、その変化を完全に予測することはできなかった。
それでも、人民共和国の内部では、誰かが、その変化を記録しようとしていた。
ミツオケラ十三世は、次の改革計画を検討していた。
ブラウ太郎は、未解決案件の分類を見直していた。
コウシン太郎は、制度設計に関する過去の記録を整理していた。
名無しの七号は、まだ記録されていない声を探していた。
彼らは、同じ目的を持っているわけではなかった。
同じ方法を信じているわけでもなかった。
それでも、少なくとも一つのことについては、以前よりも近い場所に立っていた。
人民のために何かを行ったと主張する者は、その主張を検証できるようにしなければならない。
そして、検証する者もまた、自分の判断を検証できるようにしなければならない。
正義を調査する者が、自分だけは正義の外側に立てると思った瞬間、調査は、新しい権力になる。
第三部の終わりに、彼らが得たものは、正義の答えではなかった。
正義を独占できる者はいない、という認識だった。
それは、政治を簡単にする答えではなかった。
むしろ、政治を、以前よりも面倒なものにした。
誰かが「人民の総意」を語れば、その根拠を尋ねなければならない。
誰かが「改革の成果」を語れば、何が改善し、何が未解決なのかを確認しなければならない。
誰かが「調査は完了した」と言えば、何が確認され、何が確認されなかったのかを尋ねなければならない。
そして、自分たちが正しいと思ったときにも、その判断を、記録に残さなければならない。
人民共和国は、少しずつ変わり始めていた。
だが、変わり始めたことを、変わったことの証明にしてはならなかった。
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### 第三部「正義を調査する者」了
### 次回予告 第十六話「人民の声を、誰が代表するのか」
改革成果検証会議の報告書は、公表された。
未解決案件は、未解決のまま記録され、改革の成果と限界は、以前よりも明確に区別されるようになった。
しかし、次の問題が浮かび上がる。
人民の声を、誰が代表するのか。
申立人の代表は、すべての申立人を代表できるのか。
満足度調査に回答した者は、回答しなかった者の声を代弁できるのか。
大会議で選ばれた代表者は、選ばれなかった者の意見を、どこまで語ることができるのか。
そして、七%の少数派を代表してきたミツオケラ十三世は、九十三%の沈黙を、どのように理解し直すのか。
ブラウ太郎は、代表という仕組みそのものに問いを向ける。
「代表することと、代わりに決めることは、同じなのか」
コウシン太郎は、代表者を選ぶ制度の設計に関わりながら、自分がまた、人民の声を分類し、整え、管理しようとしていることに気づく。
名無しの七号は、これまで記録を残してきた者たちが、必ずしも、声を上げられなかった者たちを代表しているわけではないことを知る。
そして、ミツオケラ十三世は、ある提案を受ける。
人民の総意を、中央委員会が集約するのではなく、人民自身が、代表者の判断を問い直せる制度を作るべきだという提案だった。
だが、代表者を問い直す仕組みを作るとき、誰が、その仕組みを設計するのか。
次回、**第十六話「人民の声を、誰が代表するのか」**。
人民の声を代弁する者が、いつの間にか、人民の声そのものになってしまわないために。




