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第14巻:如月令嬢は『電波の虚飾を信じない』  作者: アリス・リゼル


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第1話『演出』 ~section 1:虚飾の幕開けと、一客の静寂~

 月見坂市の北端。近代的なスマートシティの喧騒を足元に見下ろすなだらかな丘陵地帯の頂に、その巨大な邸宅は鎮座している。

 如月コンツェルンの総帥にして、この街のインフラから経済、市民の生活ラインのすべてを掌握する『影の支配者』とも囁かれる如月家の本邸である。広大な敷地を外界から隔絶するように囲う重厚な大理石と黒御影石の塀は、かつてこの荒野を切り拓いた先人たちの不屈の精神を象徴するように、一部に苔をむしながらも盤石の威容を誇っていた。しかし、その古めかしい外観とは裏腹に、塀の内部には最新鋭のレーザーセンサーと顔認識システムを備えた防犯ネットワークが張り巡らされており、月見坂市のメインアルゴリズムと直結している。歴史という名の重鎧の下に、最新鋭の電子の神経が通っているのが、如月家という存在の正体だった。

 朝の冷たい陽光が、鋭いメスのように薄い朝霧を切り裂き、手入れの行き届いた広大な日本庭園の木々を照らし出す。その静寂を乱暴に切り裂いたのは、邸宅の品格にはおよそ不釣り合いな、数台の大型ロケバスの排気音だった。


 僕は正門の脇で、如月彰社長から直接手渡された『臨時嘱託員』という呪いのような文字が刺繍された黒い腕章を左腕に巻き、胃の痛みを堪えながらその光景を眺めていた。

 僕、朔光太郎は、本来ならば旧校舎の埃っぽい図書室で如月さんの奇行に振り回されながら、地下アイドル『魚魚ラブ』の情報をタブレットで漁っているはずの、至って平凡な高校生だ。それがいったい何の因果か、今は月見坂放送の大型特番という巨大なプロジェクトの『安全装置』という、身の丈に全く合わない大役を背負わされている。


「おはよう、朔くん。……おっと、今日は『嘱託員殿』だったな」


 ロケバスの自動ドアが開き、最初に降りてきたディレクターの泊宗一(とまりむねかず)氏が、僕の顔を見るなり皮肉げな笑みを浮かべた。彼はオーダーメイドの上等なウールジャケットの襟を整え、手首の分厚い海外製機械式時計をチラリと見た。その後ろからは、巨大なカメラ機材や照明器具、音声マイクのブームを抱えた数名の屈強なスタッフたちと、顔色を土気色にした新人ADの桜野さんが慌ただしく降りてくる。

 泊氏の視線は、すでに僕など捉えていない。彼のギラついた野心に満ちた目は、開かれた重厚な鉄扉の先、広大な敷地の奥にそびえ立つ洋館へと向けられていた。


「準備はいいか、桜野。今日は如月家の『伝統と品格』を、テレビの前の凡夫どもに知らしめる記念すべき第一歩だ。お嬢様には、せいぜい台本通りの『理想的で世間知らずな令嬢』を演じてもらわなきゃ困る。視聴者が求めているのは、雲の上の存在の優雅な生活と、ちょっとしたポンコツ具合だ。そこをしっかりカメラで抜くぞ」


 泊氏の言葉には、取材対象に対する敬意など微塵も感じられなかった。彼にとって、如月邸の歴史も、如月瑠璃という一人の少女の存在も、視聴率という絶対的な数字を稼ぎ出すための『最高級の消費素材』に過ぎないのだ。


「……努力はしますけど、如月さんが台本通りに動く保証はどこにもありませんよ。あの方は、テレビの枠に収まるような人じゃありません」


 僕の小さな抗議は、撮影クルーの軍靴のような重い足音と、機材同士がぶつかる金属音にかき消された。


 初老のメイドに案内されて足を踏み入れた邸宅内は、外観の重厚さに違わぬ圧巻の空間だった。

 大理石が敷き詰められたエントランスを抜け、大正期のアール・ヌーヴォー様式を取り入れた長い廊下を歩く。艶やかなマホガニーの壁面には、美術館に展示されていてもおかしくないような絵画が等間隔で並び、足元に敷かれた毛足の長いペルシャ絨毯が、僕たち部外者の足音を完全に吸い込んでいく。廊下に漂うのは、年代物の木材の香りと、ほんのりとした高級なお香の匂いだ。

 通されたのは、邸宅の南側に位置する『私設サロン』と呼ばれる広大な部屋だった。

 高い天井からはクリスタルガラスの豪奢なシャンデリアが下がり、壁面を飾る巨大なタペストリーが音の反響を計算し尽くして配置されている。南側に面した床から天井まである巨大なフランス窓からは、手入れの行き届いた庭園が一望でき、季節外れの木蓮の白い蕾が風に揺れているのが見えた。


 その完璧な空間の主役として、部屋の中央に置かれたアンティークのソファに鎮座していたのは、やはり彼女だった。


 如月瑠璃。

 今日の彼女は、テレビカメラが入るという非日常を意識してか、あるいは単なる気まぐれか、いつもの学園のブレザー姿とは異なる、極めてクラシカルなアフタヌーンドレスに身を包んでいた。

 深いミッドナイトブルーの最高級シルク生地には、光の加減で微かに浮かび上がるようなジャガード織りの細密な唐草模様が施されている。首元までを覆うスタンドカラーの襟元と、手首に向かって緩やかに広がるベルスリーブの袖口には、熟練の職人が数ヶ月を費やして編み上げたであろう、繊細極まるアイリッシュ・クロッシェレースが雪のように白く浮き立ち、彼女の磁器のように白い肌を際立たせていた。腰回りは同色のベルベットのリボンでタイトに締められ、そこからふわりと広がるスカートのラインが、彼女の小柄な体躯を優雅に包み込んでいる。

 背中まで届く漆黒のストレートヘアは、一筋の乱れもなく整えられ、その瞳はアメジストのように深く、底知れぬ冷徹な光を湛えていた。

 身長百四十七センチ。年齢は十六歳。しかし、彼女がそこに静かに座っているだけで、部屋全体の酸素の密度が変化し、重力が彼女を中心に再構築されたかのような錯覚を覚える。それは、如月瑠璃という存在が放つ、抗いようのない『個』の質量だった。


 だが、泊氏が期待していたであろう『優雅にティーを嗜むお嬢様』の姿は、そこにはなかった。

 如月さんは、ドカドカと無遠慮に入室してきた撮影スタッフたちを完全に無視し、目の前のローテーブルに置かれた一点に、その鋭い視線を釘付けにしていたのだ。


「遅いのじゃ、サクタロウ。光の粒子が安定せぬ時間帯に入りつつある。自然光の角度が変われば、モノの輪郭がブレるというのに」


 如月さんは僕の方を一度も振り返ることなく、不機嫌そうに呟いた。彼女が凝視しているのは、煌びやかな金彩が施されたマイセンでも、現代の洗練された北欧デザインのカップでもない。どこか土の匂いが立ち昇るような、無骨で古びた和食器――一口サイズの萩焼の茶碗だった。


「これは、如月瑠璃お嬢様! 月見坂放送の泊です。本日は朝早くからありがとうございます! さあ、桜野、すぐにカメラを回せ。まずはこの豪華なサロンでの優雅な朝のティータイムからだ。照明、窓からの光だけじゃ足りない。お嬢様の顔にしっかりライトを当てろ!」


 泊氏が意気揚々と指示を飛ばす。カメラマンが素早くポジションに付き、三脚が据えられる。照明スタッフが巨大なLEDライトを掲げ、暴力的なまでの白い人工光が、サロンの自然な陰影を破壊して如月さんを照らし出した。レンズの冷たいガラスが如月さんに向けられ、赤い録画ランプが点灯する。桜野さんがカンペのボードを抱えながら、小さな声で「回りました」と告げた。

 泊氏は、如月さんが手に持っている茶碗を見て、満足げに頷いた。


「いいですね、その古風な茶碗。由緒ある如月家の歴史を感じさせます。ではお嬢様、カメラに向かって、ぜひそのお茶碗を両手で包み込んで、慈しむように微笑んでいただけますか? 『このお茶碗は、曾祖父の代から大切に受け継がれてきた我が家の宝物です。毎朝これで頂くお茶の時間は、私にとって特別なものです』なんてコメントがあれば最高です。はい、キュー!」


 泊氏が自ら書き上げた台本を読み上げるように、理想的な演出を強要する。ディレクターの指示は絶対であり、誰もがそれに従うのがテレビの現場というものだ。

 だが、如月さんはピクリとも動かなかった。ただゆっくりと、射殺すような視線を泊氏に向けた。


「愚鈍なことを申すな。わしは今、この『貫入(かんにゅう)』と対話しておるのじゃ。お主たちの発する安っぽい人工の光と、騒がしい電子のノイズが邪魔で仕方がない」


 如月さんの氷のように冷ややかな言葉に、現場の空気が一瞬で凍りついた。カメラマンはレンズを覗き込んだまま固まり、泊氏の顔が不自然に引きつる。


「か、かんにゅう……? ああ、その、茶碗のひび割れのことですね。それが何か?」


「左様。茶碗の表面を覆う釉薬に刻まれた、この無数のひび割れじゃ。サクタロウ、道具一式を」


 僕に向かって短い命令が下る。僕は社長から預かっていた、彼女の鑑定道具が収められた古い革の手帳サイズのケースを急いで差し出した。

 如月さんはケースを受け取ると、まず純白の手袋を取り出した。普段は決して身に着けないその手袋は、彼女が『モノのルーツ』を本格的に探る――鑑定を開始するという絶対の合図だった。彼女はゆっくりと、まるで儀式のように両手に白手袋をはめ、その上から使い込まれた銀のルーペを右手に握った。

 そして、ドレスの隠しポケットから重厚な銀の懐中時計を取り出し、その蓋をカチャリと開けた。


 チッ、チッ、チッ、チッ……。


 静まり返ったサロンに、機械式時計の規則正しい秒針の音が響き渡る。

 如月さんは目を閉じ、一定のリズムで刻まれるその音に深く耳を澄ませた。十秒、二十秒。彼女は自らの拍動を、呼吸を、そして思考の波長を、その時計の心臓と完全に同調させていく。彼女が『調律』と呼ぶこの行為によって、彼女の意識は現世のノイズを完全に遮断し、目の前のモノが持つ深淵なルーツへと潜り込んでいくのだ。

 テレビスタッフたちは、突然目を閉じて時計の音を聞き始めた少女の奇行に、完全に置いてけぼりを食らっていた。泊氏が何か言いかけようとしたが、僕は無言で首を振ってそれを制止した。今、彼女の邪魔をすれば、この特番は開始五分で崩壊する。


 十分に調律を終えた如月さんは、ゆっくりと目を開いた。アメジストの瞳の焦点は、すでにカメラマンでも泊氏でもなく、テーブルの上の萩焼の茶碗の表面のみに合っていた。彼女は銀のルーペを右目に当て、極小の距離まで顔を近づけ、茶碗の表面を舐めるように観察し始めた。


「見てみるがよい。この貫入の入り方は、単なる経年による劣化や、日常使いの温度変化で生じたものではない。この茶碗が焼かれた際、窯出しの瞬間に、月見坂の極端に湿った夜気がこの土を容赦なく叩いた証じゃ。当時の陶工は、決して火加減を誤ったのではない。あえて月見坂の特異な気候と土の収縮率を計算し、極限のタイミングで窯を開け、この『不完全な美』を狙い撃ちしたのじゃ」


 如月さんの言葉は、止まることを知らなかった。彼女の視座において、この茶碗は単なる容器ではない。三十年という時間をかけて、持ち主の茶渋や部屋の湿度、そして関わった人間たちの情動を吸い込み、結晶化した『生きている記録媒体』なのだ。


「この釉薬(ゆうやく)の下、土の微細な隆起を見てみよ。このひびの一筋一筋には、三十年前の職人が抱いた、如月家という巨大な権力へ作品を納めることへの『完成への焦燥』と、土という自然物を完全にコントロールできないことへの『諦念』が沈殿しておる。……そして、この高台(こうだい)と呼ばれる底の部分。ここにある〇・一ミリにも満たない微細な欠け。これは製造時のものではない」


 如月さんは白手袋の指先で、茶碗の底をそっと撫でた。


「これは、かつてこの邸宅で働いていた名もなき使用人が、冬の寒い朝、冷水で悴んだ手でこれを洗った際、大理石のシンクにわずかにぶつけて生じたものじゃ。欠けの角度から見て、その者は右足にわずかな障害を持ち、体重のかけ方が左に寄っていたことがわかる。その者の、この高価な品を割ってはいけないという『如月家に対する畏怖』と、それでも毎朝この美しい茶碗に触れることができるという『かすかな憧憬』の情動が、この欠けに鮮明に刻まれておる。モノは語るのじゃ。その表面の傷一つに、何人もの人間のルーツが宿っておる」


 如月さんの持つ『物理的観察眼』と『情動の視座』が、三十年前の陶工の焦りから、数十年前に存在した名もなきメイドの足の怪我と心情までを、完璧な論理で一つの茶碗から導き出した。


「ちょ、ちょっと待ってください! ストップ、ストップだ!」


 泊氏が両手でバツ印を作り、カメラの前に割って入った。彼の顔は、理解不能なオカルト現象を見せられたかのように赤黒く染まっていた。


「お嬢様、そんな顕微鏡レベルのマニアックな話は視聴者には一ミリも伝わりません! 右足が不自由なメイドの恐怖心? 陶工の諦念? テレビはもっと分かりやすい『感情』と『共感』が必要なんです! 例えば、『おじいさまに初めてお茶を点ててもらった思い出の品で、飲むたびに家族の絆を感じます』とか、そういう感動的なエピソードはないんですか!? ほら、この家には他にももっとテレビ映えする、金の縁取りがあるような舶来品のマイセンのカップとかがあるでしょう? 撮り直しましょう、桜野!」


 泊氏の怒鳴り声に、桜野さんがビクッと肩を震わせる。

 如月さんはゆっくりとルーペを右目から外し、純白の手袋をはめた手をテーブルに置いた。そして、見下すような、絶対零度の視線を泊氏に向けた。


「お主は、モノの表面に塗られた輝きしか見えぬのか。愚か者め。金の縁取りなど、単なる後付けの虚飾。見栄のために塗りたくられた安っぽい塗料じゃ。この貫入に刻まれた人間の情動と歴史の重みに比べれば、羽毛よりも軽い。サクタロウ、この愚鈍な男に教えてやるがよい。わしが今、何を読み取り、何に価値を見出しておるのかを」


 如月さんからの、いつもの理不尽なキラーパス。僕は背中にべっとりと嫌な汗が流れるのを感じながら、重い足取りで一歩前に出た。

 如月彰社長から命じられた嘱託員としての初仕事。それも『如月瑠璃の特異な言語を、一般人に通じるように翻訳し、かつテレビ番組の体裁を保つ』という、最も困難で絶望的な任務が、本番開始早々のファーストカットで回ってきたのだ。

 僕はカメラの画角にギリギリ入らない位置、音声マイクがなんとか拾う距離で、泊氏と如月さんの間に割って入った。脳内をフル回転させ、口から出まかせのストーリーを構築する。


「あ、あはは……! 泊さん、ディレクター! ちょっと待ってください。如月さんはですね、その……つまり、このお茶碗の『ひび割れ』を通して、如月家が月見坂という土地と共に歩んできた、目に見えない伝統の『深み』をテレビ的な比喩で表現しようとなさっているんです!」


「比喩、だと? メイドの足がどうのこうのと言っていたが」


「そ、そうです! ほら、この無数のひび割れの一つ一つが、如月コンツェルンがこの街に張り巡らせた『ネットワーク』や『絆』を象徴しているというか! そして微細な欠けは、決して完璧ではない人間たちが、それでも力を合わせて如月家を支えてきたという『泥臭い努力の歴史』なんです! 如月家は、最新のガジェットや金銀財宝よりも、こういう『目に見えない人々の思いの積み重ね』を何よりも大切にしていらっしゃるんです。これこそが、如月コンツェルンの強さの源泉! ……という、奥深い見せ方はどうでしょう!?」


 我ながら、背筋が凍るほどの支離滅裂なこじつけだった。如月さんの緻密な鑑定を、安い道徳の教科書のように薄っぺらく丸め込んでしまった。

 しかし、僕の必死の、そしてテレビマンの好む『絆』や『努力』といったキーワードを散りばめた強引なフォローに、泊氏は眉をひそめて腕を組み、考え込んだ。


「なるほど……。伝統の足跡。如月家の盤石な基礎。目に見えない人々の思い、か。……ふむ、悪くないな。金銀財宝をひけらかす成金趣味ではなく、泥臭い努力の歴史を重んじる令嬢。ギャップ萌えというやつだな。よし、桜野! 今のサクタロウ君の解釈をベースに構成を組み直すぞ。ナレーションで上手く補足すれば、感動的なシーンに化ける! お嬢様、もう一度、その『伝統のひび割れ』を見つめてください。今度はもう少し、慈しむような表情で!」


 泊氏が再び意気揚々と指示を出し始めた。現場のスタッフたちが安堵の息を漏らし、再び機材が動き出す。

 如月さんは、テーブルに置いた懐中時計をそっとドレスのポケットに仕舞いながら、僕の方をチラリと見て、小さく鼻を鳴らした。


「相変わらず、お主の翻訳は下品で反吐が出るのう、サクタロウ。わしの鑑定を、ずいぶんと安っぽい道徳劇に仕立て上げてくれたものじゃ」


「すみません……。でも、こうでもしないと撮影が終わらないんですよ」


「……よい。続けるがよい。お主たちが必死に取り繕うその『台本』とやらも、結局は虚飾。電波という目に見えぬ網が、この真実をどこまで歪め、いかなるグロテスクな化け物に変えるのか。わしは特等席で見極めてやろう」


 如月さんは純白の手袋を外し、再び茶碗に視線を戻した。

 撮影用の巨大なLED照明が、彼女の漆黒の髪と、茶碗の微細な貫入を不自然なまでに白く、影一つなく照らし出す。それは、モノの深層にある真実を鮮明にするための光ではなく、テレビにとって都合の悪い影をすべて飛ばし、見栄えの良い虚像を作り出すための暴力的な光だった。


 僕は、カメラの後ろ側で、これからの数日間がとてつもなく長い、地獄のようなものになることを確信していた。

 如月瑠璃という、真実しか見ようとしない孤高の少女と、テレビという、虚構こそが真実であると信じて疑わない巨大な怪物。

 その間に立たされた僕は、どちらの側にも立てないまま、冷房の効いたサロンの片隅で、ただ静かに佇む彼女の背中を見つめ続けていた。


 窓の外では、月見坂市の高度な環境管理システムによって生態を制御された人工的な小鳥たちが、まるで台本通りの完璧なタイミングで、愛らしい鳴き声を上げ始めていた。



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