<第四十九足>君だけに見せる夏
「ほんまに人多いねんな……」
「はぐれんなよ。お前、小せぇし探すの大変だから」
花火大会当日。
花火が打ち上がるまで、まだ時間がある。
ケバブを買い終えた俺は、如月さんと並んで屋台を回っていた。
一つ、問題がある。
「えぇ……冷たいなぁ……」
その小さな足で。
百五十センチにも満たない背丈で、人混みの中を歩いている。
しかも、浴衣を身にまとい、いつもとは違う化粧までしている。
普段より大人びて見えるその姿に、どうにも目のやり場に困る。
「…………」
隣を歩いている。
いつもなら、愛さんや夜海、舞姫さん、仁愛が如月さんの隣にいる。
だから、今なら許されるだろう。
如月さんは、まだ恋を知らないはずだから。
「っ」
「あ……手……」
「……こうして見ると、お前、本当にちっちゃいな」
俺は空いている片手で、如月さんの手を握った。
思っていた以上に小さかった。
「赤ん坊みてぇ……」
「何回言うねん」
どうして俺が、こんなことをしないといけないのだろう。
──いや、違う。
どうせなら、このまま手を繋いでいたい。
「あ、たこ焼きある……!」
「買うぞ」
「ええの?」
「らっしゃい!」
たこ焼きの屋台が目に入り、足を止める如月さん。
店主と楽しそうに話している。
「ねぎたこ焼き……最高やんか! 絶対美味いやつやん!」
「嬢ちゃん、たこ焼き好きなの?」
「はい! 自分、大阪出身で……あ、醤油たこ焼きも捨て難いなぁ」
結局、ねぎたこ焼きと醤油たこ焼き、それからチーズたこ焼きを注文した。
─買い過ぎた。
でも、歓迎会兼誕生日会で見た、あの顔が忘れられなかった。
お好み焼きを食べて、頬が落ちたかのように蕩けた顔。
どうか、たこ焼きでもあの顔を見せてほしい。
できれば、俺だけに。
「そんで……兄ちゃんたち、付き合ってんのかい?」
「は?」
「冗談だよ! 嬢ちゃん可愛いし、兄ちゃんもイケメンだから、おまけしといたよ!」
気まずかった。
傍から見れば、俺たちは付き合っているように見えるらしい。
たこ焼きを受け取り、別の屋台へと足を進めた。
「うわぁ……! なぁ、金魚すくいあるで!」
「……取れなくて泣くなよ」
「泣かんで!」
金魚すくい。
水槽の中を泳ぐ金魚を見つめる如月さんは、まるで魚を狙う猫のようだった。
「取れんかってん……」
「金魚はな……お前が猫に見えて怖くて逃げたんだと思う」
「なんでやねん!」
如月さんが笑う。
俺も笑う。
恋を知らない如月さん。
それでも、愛しい。
どうか、この時間が永遠に続いてほしい。
「わぁ……! トルネードポテト……?」
「親父、フリフリポテトのバーベキュー味、一つ」
「あいよ!」
ポテトの屋台。
トルネードポテトを珍しそうに眺めている如月さんを横目に、俺は注文した。
「バーベキュー味派なんや……うちは海苔塩派やねん」
「うるせぇ。ポテトはバーベキュー味って決めてんだよ」
「……あんたたち、付き合ってる?」
「違うっ!」
咄嗟に否定した。
……何で今日に限って、こんなことばかり聞かれるんだ。
「あと、ダージーパイに唐揚げ、フランクフルトも」
「兄ちゃん……よく食うねぇ」
それから、俺たちは屋台を回った。
「冷やしパイン美味しかったなぁ……次、クレープ食べへん?」
「お前……太るぞ」
「太る……? なら、廉命さんの方が太るやんか」
「……俺は筋肉あるから、すぐ脂肪にならねぇだけ」
「ふぅん……?」
しかし、この機会を逃すわけにはいかない。
クレープの屋台を見つけたとき、俺はあることを思いついた。
「……クレープ、何食う?」
「うーん……焼きリンゴにします。あ、タピオカも美味しそう!」
「お前な……」
さっきから、かなりの量を食べている。
冷やしパインに唐揚げ、牛ハラミ串にフランクフルト、トルネードポテトに綿あめ。
それでも、まだ食べられるらしい。
小さい身体のどこに、そんなに入るんだか。
「俺は苺ミルフィーユ。タピオカも飲むのか?」
「杏仁ミルクティー……廉命さんは?」
「俺はピーチティー」
「廉命さん、フルーツ系好きなんやね」
「まあな。カシスも好きなんだけど……屋台じゃあまり見かけねぇし」
「へぇ……大人」
「お待たせしましたー!」
クレープとタピオカを受け取る。
「美味しい……もちもちや」
「クレープ、食ったことねぇの?」
「初めてやで。タピオカも……んんっ! もちもちで、杏仁ミルクティーも美味しい!」
タピオカを噛みしめる彼女は、まるで小動物みたいだった。
─可愛い。
「あ、廉命さんのタピオカピーチティー、一口頂戴?」
「ぶふーっ!」
あまりに予想外の言葉に、思わず飲みかけたものを吹き出した。
「はぁっ! てめぇ、頭沸いたか!」
「味見したいだけやで……? ほな、うちのクレープもタピオカも一口あげるから……」
「〜っ!」
なんなんだ。
どれだけ俺をドキドキさせれば気が済むんだ。
如月さんは気づいていない。
自分から間接キスをしようとしていることに。
「……仕方ねぇな。ほら」
「やったー! おおきに〜」
如月さんの唇が、俺のタピオカのストローに触れる。
その瞬間、ストローに彼女の口紅がほんの少し残った。
「ピーチティー……飲みやすいわぁ」
「……お前、こういうの、誰にでもするの?」
「何のことや……?」
「……俺以外の男に対しても、平気でこういうことするのか?」
「……廉命さんにしか、せえへんけど」
本当に、彼女は何も分かっていない。
如月さんの白い肌と黒髪が映えるように計算されたかのような、紺と桜色の浴衣。
桜の花柄に、猫の模様。
さらに、緑とオレンジのオッドアイが引き立つように施された化粧。
今日の彼女は、いつも以上に目を引く。
「……なら、俺以外の男にこういうことするの、禁止な」
「……どういうことや?」
「……あー、もう!」
クレープを頬張っていたせいか、口元にクリームがついていた。
俺はそれを指先で拭い、彼女に見せるように指を引いた。
「……覚悟しろよ。他の男の前で無防備にしてたら、こんなことになるからな」
「………はい」
何を理解したのかは分からない。
ただ、素直に返事をする彼女を見て、また調子が狂った。
「……ほら、希望さんたちと合流するぞ」
それからも、俺たちは屋台を回った。
「……おばちゃん、りんご飴一つ」
「はいよ。わぁ……お嬢ちゃん可愛いねぇ。何か一つサービスしようかな」
「ほら、好きなの選べよ」
りんご飴の屋台に立ち寄る。
如月さんは、フルーツ飴を珍しそうに眺めていた。
「うーん……オレンジは苦手やから……パイン飴にします」
「ありがとねぇ。毎度!」
このときの俺は、りんご飴をあげる意味なんて分かっていなかった。
パイン飴は、りんご飴と比べると小さい。
だから、大きい方のりんご飴と交換すればいい。
ただ、それだけだった。
「ほら……やるよ」
「え……?」
「……俺、パイン飴食いたくなってきたし。代わりにりんご飴、やるよ」
如月さんにりんご飴を渡す。
「わぁ……! おおきに、廉命さん!」
その笑顔を、俺は一生忘れないだろう。
「あのさ……浴衣、似合ってる」
「……おおきに」
「ほら……その射的で取った指輪も……やるよ」
「おもちゃの指輪やん。でも、大事にするわ」
「別に……可愛いとか、独り占めしたいとか思ってねぇし……」
「……?」
「ほら! お好み焼き、焼きそば、ポテト、ケバブ買って希望さんとこ戻るぞ!」
「……うん!」
花火が打ち上がるまで。
この時間が永遠に続いてほしい。
改めて、そう思った。
「……来年も、花火大会行こうな……廉命さん」
「……勝手にしろ」
もちろん、来年も一緒に行くつもりだった。
ただ、このときの俺はまだ知らなかった。
好きな人にりんご飴をあげることが、どれほど特別な意味を持つのか。
それがまるで。
『あなたが好きです』
そう伝えているのと同じようなものだなんて。
……To be continued




