<第四十八足>何よりも違う夜
「よし……待ち合わせして行こう!」
「いやぁ……舞姫、頑張ったわねぇ」
「夢玖ちゃん、すっごく綺麗……!なんだけど……」
花火大会当日。
私は舞姫姉にメイクをしてもらった。
鏡を覗き込むと、そこには見慣れない自分がいた。
「舞姫……あなた、メイクが上手すぎるわ。仁愛ちゃんがいつもの倍輝いてるじゃない……!」
「えへへ……♡」
けれど、見違えるほど綺麗になったのは仁愛も同じだった。
普段から十分に麗しい仁愛だけど、舞姫姉のメイクによって、さらに華やかになっている。
思わず眩しいと思ってしまうほどだった。
「今年は、いつもと違う夏が始まるわねぇ」
「うん。お酒が飲めないのは悔しいけど……」
「それは高校を卒業してからだからね?」
「ちぇ……」
愛姉の言葉に、夜海が頬を膨らませる。
「そうだった……一緒にいすぎて、夜海ちゃんが二十歳だって忘れてた……」
「分かる。私もたまにお姉ちゃんと双子だと間違えるもん」
「舞姫?間違えるのと忘れるのは違うのよ……?」
愛姉が呆れたように訂正した。
そんな他愛もない会話を交わしながら、私たちは花火大会の会場へ向かった。
今年は、いつもと違う春を過ごした。
そして今度は、いつもと違う夏がやってきた。
****
「おーい!こっちだぞー!」
「福吉さん!店長!皆!」
花火大会の開始まで、まだ二時間ほどある。
会場近くにある巨大スロット専門店の駐車場には、場所取りをする人々や、カップル、家族連れが大勢集まっていた。
「如月、舞姫……!浴衣似合ってんぞ!」
希望さんが手を振ってくれる。
「希望君、ありがとう!あ、途中で皆の飲み物も買ってきたの!」
「ありがとな……めっちゃ可愛いな、本当に」
「二人とも……イチャつくのは座ってからにしろ」
福吉さんが呆れたように言った。
大きなブルーシートが敷かれ、その上には福吉さんたちが場所を確保してくれていた。
舞姫姉と希望さんは、相変わらず仲がいい。
そういえば、この二人が付き合っていて、同棲までしていることをすっかり忘れていた。
「ふふっ。あれ、廉命君は?」
「便所だ。あいつ……如月ちゃんが来るのが緊張して、逃げやがった」
「違いますよ。お腹が空いて、屋台の食料を空にしに行ったんじゃないんですか……?」
夜海が周囲を見回しながら尋ねた。
加堂さん曰く、廉命さんは私が来ることに緊張して、席を外したらしい。
「そうだよね……去年、焼きそばの屋台の食料を全部食べ尽くして、俺たちが謝る羽目になったのに……」
希望さんが遠い目をした。
「ふぅ……電話も繋がらねぇ。煙草が切れたから買ってくる」
福吉さんが立ち上がった。
「福吉さん、話聞いてた?屋台で煙草なんて売ってないよ?」
店長が呆れたように言う。
「分かってる。近くのコンビニに寄るだけだ。すぐ戻ってくる」
「じゃあ、仁愛も行く〜♡」
「……君も何か買うのか?」
福吉さんが靴を履き、財布を手に取る。
その隣に、仁愛がさりげなく並んだ。
「タバスコと、わさびと……カラシ。手持ちのデスソースを忘れちゃって……♡」
「変わった子だな……それじゃ、すぐ戻る」
仁愛は、どうやら持参するはずだったデスソースを忘れてしまったらしい。
福吉さんは特に気にする様子もなく、玄関へ向かった。
「ふふっ♡二人きり……♡」
仁愛が小さく呟き、福吉さんの後を追っていく。
「…………」
その場に、何とも言えない沈黙が流れた。
「よ、よし!花火大会が始まるまで、まだ二時間あるからさ……皆で屋台を回ろうよ!」
店長が慌てて仕切り直す。
「そうだな。綿あめに、チョコバナナ、りんご飴……クレープも全種類食べよう」
院長が楽しそうに言った。
「院長……屋台でクレジットカードは使えませんからね?」
雷磨さんが冷静に指摘する。
「そうだな……最近、若者が使う決済アプリを始めたんだ。クレジットカードと連携できて便利だぞ。現金は……これくらいあれば大丈夫か?」
「現金……なんぼなん?」
院長が財布を開いた。
中から出てきたのは、一万円札が五枚。
「五万円あれば足りるか?」
「「「そういうとこっ!」」」
愛姉、舞姫姉、希望さんの声が重なった。
「院長……そこは千円札と小銭です。今日は僕が立て替えますから」
雷磨さんが苦笑しながら申し出た。
「雷磨君、悪いな。では、福吉君には焼きたてのメロンパンでも買っておこう」
「院長、そういう問題じゃないんですよ……」
雷磨さんが小さくため息をつく。
どうやら、病院の理事長という立場もあって、お金の使い方が少し独特らしい。
「如月ちゃん……覚えときな。院長は病院の理事長兼医師で、大金持ちだ。でもその分超多忙で金を使う暇がねぇ」
「……つまり?」
「金の使い方が変わってるんだ……」
加堂さんの説明に、私は何となく納得した。
「あ、廉命君、今ケバブの屋台にいるらしいですよ」
夜海がスマートフォンを見ながら言った。
─やっぱり食べていたらしい。
私たちは最低限の荷物だけをシートに置き、屋台巡りへと向かった。
いつもと違う夏。
大阪で過ごしていた頃とは違う、福島での夏。
今年は、今までとは違う夏だった。
****
「はぁ……はぁっ……!」
「…………何も、食べるもんない……やんか」
大阪にいた頃。
両親は、私をいないものとして扱っていた。
「クソっ!また負けた……!」
「……おとん」
「うるせぇな、クソガキ!女ってだけで細くて可愛げもねぇ……ほんまに俺の子やないやろ」
父は、ギャンブルに依存していた。
パチンコ、スロット、カジノ、競馬、競艇。
勝っても負けても機嫌が悪くなり、その苛立ちを私にぶつけた。
「……ぐすっ」
「あいつ……また男と飲みに行きやがった。俺より若いホストに貢ぎやがって……借金までして」
父は母への不満を、私に聞かせるように吐き捨てた。
「元はと言えば、お前が産まれたからや……堕ろせと散々言ったのによ」
母は、ホストに依存していた。
毎日のように朝帰りし、夕方まで眠り、夜になるとまた家を出ていく。
私のことを気にかける人はいなかった。
「お前なんか……産まれてこなけりゃ良かったのに」
母はそう言って、ため息をついた。
産まれてこなければ良かった。
私は、物心ついた頃からそう言われ続けていた。
「おい!返済日過ぎてるで!はよ返さんかい!」
「……お腹、空いた」
「居るんやろ?居るんやなぁっ!」
両親には借金があり、取り立てに来る人間が家を訪れることも珍しくなかった。
「…………暑い」
家にいても、安心できる場所なんてなかった。
だから私は、ときどき心斎橋や梅田に出かけていた。
「わぁ……たこ焼き美味しぃー!さすが大阪!」
「やっと推しのポップアップ行けたあ!」
「これ、ずっと食べてみたかったんだよねぇ!」
街を歩けば、楽しそうな人たちがたくさんいた。
たこ焼きを頬張る人。
推しのポップアップに足を運ぶ人。
友達と写真を撮る人。
周りを見渡せば、観光客で賑わっていた。
「楽しそうやなぁ……」
私は、その光景を少し離れたところから眺めていた。
みんな、楽しそうだった。
みんな、自分の好きなことをしていた。
私とは、別の世界の人間みたいだった。
「いらっしゃいませー!今なら一個おまけするでー!」
たこ焼きの屋台から、威勢のいい声が聞こえてくる。
ソースの香り。
生地が焼ける香ばしい匂い。
その場に立ち止まって、しばらく眺めていた。
このときの匂いを、私は今でも覚えている。
****
「……おい。チビ助」
「……あ、廉命さん」
気がつけば、私は人混みの中で皆とはぐれてしまっていた。
そんな私を、たまたま見つけたのが廉命さんだった。
「〜!ついてこい!」
「えっ?」
次の瞬間、廉命さんは私を片腕で抱き上げた。
「わっ……!」
視界が一気に高くなる。
驚いて、思わず廉命さんの服を掴んだ。
「暴れんな! 大人しくしろって!」
「私……猫ちゃんやないで……?」
「赤ん坊と変わんねぇぐらい小せぇな……」
「…………」
何を言っているんだろう。
私は猫でも赤ん坊でもないのに。
けれど、廉命さんは私を抱えたまま、人混みを抜けていく。
その横顔は、いつもより少しだけ険しかった。
「……クソ」
「?」
「たかが化粧と浴衣だけなのに……色気づきやがって」
「……?」
「どれだけ我慢するのが難しいと思ってんだよ……」
何を言っているのか、私にはよく分からなかった。
ただ、普段とは違う浴衣を着ていることも、いつもより綺麗にメイクをしてもらったことも、廉命さんには何か違って見えたらしい。
人混みの中、皆とはぐれてしまった私。
そして、偶然私を見つけてくれた廉命さん。
二人きりになったのは、まだ花火も打ち上がっていない、夏祭りの始まりだった。
この夏は、今までとは違って見えた。
……To be continued




