<第四十七足>初めての浴衣
「へぇ……浴衣かぁ」
夏祭り当日。
ペチコート姿になるも、エアコンの風が当たって寒い。
既に着付けを終えた舞姫姉と愛姉が、浴衣を持って、キツネみたいに飛行機耳とブンブン尻尾が振っている。
「へぇ…仁愛ちゃん、色白で綺麗…」
「夢玖ちゃん、妹みたい」
「でも私達の義妹よ?」
仁愛のペチコート姿を見る。
「ううん…仁愛ちゃん、左の腕、包帯だらけやけど…」
「へへっ…これはね…た、タトゥーシールなの」
「へぇ…タトゥーまで仁愛ちゃんを引き立たせるん、さすがやなぁ」
仁愛の鎖骨に浮かび上がってる、鎖の黒い跡。
これも、仁愛の美しさを引き立たせている。
「福吉さんを誘惑するんだからぁ…♡」
「……香水もつけて…」
「わぁ…!絶対似合う!」
雑談をしながら、舞姫姉は着付けをした。
「夢玖ちゃん、ちゃんとご飯食べてる…?」
「食べてるけど…?」
「細いよ…もっと沢山食べないと!」
細いハチマキを腰に巻く。
舞姫姉曰く、私は細いらしい。
「沢山食べて…沢山お肉つけないと!」
「お腹にお肉付けたない…」
「そうじゃなくて…胸やお尻に付けるの」
「そうそう…それで廉命君を誘惑して…」
「……誘惑?」
私は、きょとんと首を傾げた。
「そう!いつもチベットスナギツネ…いや、狼みたいな顔してる廉命君を、今日はびっくりさせちゃおう!」
「チベット……?」
「舞姫、あんまり変なことを吹き込まないの」
愛姉が笑いながら、舞姫姉の肩を軽く叩いた。
「夢玖ちゃんは夢玖ちゃんのままで十分可愛いんだから。今日はその可愛さを、浴衣とメイクで引き出すだけよ」
「……ほんま?」
「ほんまよ」
愛姉がにっこり笑う。
その隣では、舞姫姉が既に化粧道具を並べていた。
ファンデーション、コンシーラー、アイシャドウパレット、アイライナー、マスカラ、チーク、リップ。
まるで小さな化粧品売り場である。
「さあ、夢玖ちゃん。こっち向いて」
「はい……」
舞姫姉が私の顔を覗き込む。
「今日は夜空の下だから、普段より少し色を濃くするね」
「濃くするん?」
「そう。お祭りの照明って意外と顔色が飛んじゃうの。だから、目元と唇にちゃんと色を乗せるの」
「へぇ……」
「でも、夢玖ちゃんの柔らかい雰囲気は残したいから、濃くしすぎないよ」
舞姫姉はまず、肌の状態を確認する。
下地を薄く伸ばし、気になる部分だけコンシーラーで整える。粉を重ねすぎないように気をつけながら、肌の透明感を残していく。
「うん。肌綺麗だしベースはこれでいいかな」
「もう終わり?」
「まだまだ。ここからが本番!」
舞姫姉がアイシャドウパレットを開いた。
「今日はね、赤みのあるブラウンと、少し深いローズを使うよ」
「ローズ……」
「浴衣の色にも合うし、夜空の下でも目元がぼやけないからね」
まぶたに淡い色を広げ、目尻に深いローズブラウンを重ねる。
細いアイラインを引き、目尻をほんの少しだけ長く。
下まぶたにも色を乗せ、目元に立体感を出していく。
「夢玖ちゃん、目を閉じてね」
「ん……」
「まつ毛も綺麗に上げて……よし!束感まつ毛似合うね!」
舞姫姉が満足そうに頷いた。
次はチーク。
頬の高い位置に、血色感のあるピンクをふんわりと乗せる。
「わぁ……」
私が鏡を覗き込もうとすると、舞姫姉にそっと止められた。
「まだ駄目!」
「ええ……」
「最後まで楽しみにしてて」
そして、唇には少し深みのあるローズピンク。
普段よりも色鮮やかで、けれど夢玖の柔らかな雰囲気を損なわない色だった。
「完成!」
舞姫姉が両手を広げた。
「ふぅ…お姉ちゃん、どう?」
「……あら」
愛が目を丸くする。
「いいじゃない。すごくいいわ」
「でしょ?」
「お姉ちゃんと同じブルベ夏だから、お姉ちゃんのコスメが合うね…ありがとう、お姉ちゃん」
舞姫姉は満足げに頷いた。
「夜の屋台の明かりでも、花火の光でも、ちゃんと顔が映えるようにしたの」
「へぇ……」
私はまだ鏡を見せてもらえていない。
「そろそろ見てもええ?」
「もちろん!」
舞姫姉が大きな手鏡を差し出した。
私はそっと鏡を覗き込む。
「…………」
ぱちぱち、と瞬きをする。
鏡の中には、いつもより少し大人びた自分がいた。
目元には深い色があり、頬にはほんのりとした血色。唇も、普段より鮮やかだ。
「……わぁ」
小さく声が漏れた。
「どう?」
「なんか……私やないみたい」
「夢玖ちゃんだよ」
舞姫姉が優しく笑う。
「いつもの夢玖ちゃんを、ちょっとお祭り仕様にしただけ」
「……すごいなぁ」
私は鏡を近づけたり、遠ざけたりしている。
「目ぇ、きらきらしてる」
「ふふ。そこはラメを入れたからね」
「舞姫姉、すごいなぁ……」
「もっと褒めていいよ?」
「舞姫姉、天才やなぁ」
「これだけ可愛くしたら、あの子も喜ぶこと間違いなしねぇ…ふふっ」
「そうね…クククッ」
愛姉が笑う。
「二人とも…悪戯狐みたいに笑うね…夢玖ちゃん、綺麗だよ」
「おおきに…夜海ちゃんも綺麗やで」
愛姉も舞姫姉も、悪い顔をする。
悪戯狐のように。
その横で、仁愛も着付けを終えていた。
艶のある黒髪をまとめ、浴衣に合わせた髪飾りをつけている。白い肌に浴衣の色がよく映えていた。
鎖骨に覗く鎖の模様も、彼女らしい印象を作っている。
「仁愛ちゃんも素敵ね」
愛姉が声をかける。
「ほんと?ありがとうございまーす♡」
仁愛はくるりと回ってみせた。
「福吉さん、気づいてくれるかなぁ……♡」
「気づくんちゃう?」
私が素直に答える。
「仁愛ちゃん、いつもと雰囲気違うもん」
「……夢玖ちゃん」
「ん?」
「そういうことを無自覚に言うから、男の人が勘違いするんだよ?」
「勘違い?」
「ううん、なんでもない♡」
仁愛は楽しそうに笑った。
「ところで、香水は?」
「つけたよぉ」
「どれどれ……」
舞姫姉が近づいて確認する。
「うん、いい感じ。つけすぎてないのもいいね」
「福吉さんの近くに行ったら、気づいてくれるかなぁ」
「仁愛ちゃん、今日ほんまに楽しそうやなぁ」
「そりゃあね」
仁愛は少しだけ頬を赤くした。
「好きな人に会えるかもしれないんだもん♡」
その言葉に、愛姉と舞姫姉が同時に顔を見合わせる。
そして。
「「かわいい……!」」
二人の目が輝いた。
「ねえ舞姫」
「うん、お姉ちゃん」
「今日の夢玖ちゃんと仁愛ちゃん、最高に可愛いわね」
「分かる。これはもう、写真を撮りまくらないと」
「待って、二人とも。私たちも一緒に撮りましょう」
「もちろん!」
私は二人の会話を聞きながら、少しだけ不思議そうにしていた。
「……写真?」
「そうよ。せっかくだもの」
愛がスマートフォンを取り出す。
「皆、並んで」
「はーい」
皆で並ぶ。
愛姉がスマホのカメラでカウントダウンをする。
「はい、笑って」
ぱしゃり。
「もう一枚!夜海ちゃんも笑って!」
ぱしゃり。
「今度は夢玖ちゃん、少しだけこっちを向いて」
「こう?」
「そうそう!」
舞姫姉も隣からスマートフォンを構える。
「待って、私も撮る!」
「舞姫姉、写真何枚撮るん?」
「百枚!」
「多いよ!」
仁愛が笑いながら突っ込んだ。
その後も、浴衣の柄を見せたり、髪飾りを整えたり、義姉たちの撮影会は続いた。
そして、ようやく準備が整う。
「よし。完成!」
舞姫が最後に私の帯を整えた。
「苦しくない?」
「大丈夫やで」
「歩きにくくない?」
「うん」
「下駄は履けそう?」
「……たぶん」
「たぶん?」
「まだ分からへん」
「そこは練習しようね」
舞姫姉が苦笑する。
私は鏡の前に立ち、浴衣姿の自分を改めて眺めた。
いつもの服とは違う。
髪も、メイクも、浴衣も。
少しだけ背筋が伸びるような気がした。
「……へぇ。浴衣かぁ」
ぽつりと呟く。
その声は、どこか嬉しそうだった。
「夢玖ちゃん」
愛姉が声をかける。
「今日は楽しんでおいでね」
「うん!」
「写真もいっぱい撮ってきてね」
「うん!」
「廉命君にも、ちゃんと見せるのよ?」
「……?」
私は首を傾げた。
「みんなに見せるんやないの?」
「そうね。みんなにも見せるの」
愛は笑顔を崩さない。
「でも、廉命君には一番に見せてあげて」
「なんで?」
「なんでって……」
愛姉と舞姫姉が顔を見合わせる。
二人の耳が、ぴんと立った。
「……夢玖ちゃん」
「ん?」
「今日の目標はね」
舞姫姉がそっと夢玖の肩に手を置く。
「お祭りを楽しむこと!」
「うん!」
「それから、好きなものをいっぱい食べること!」
「うん!」
「そして、廉命君に浴衣を褒めてもらうこと!」
「……?」
私は数秒考えた。
「廉命さん、褒めてくれるかなぁ」
その瞬間。
愛姉と舞姫姉の表情が変わった。
「「褒めさせるわ」」
「えっ」
二人の背後に、再びキツネのような気配が立ち上る。
仁愛はそれを見て、くすくす笑った。
「夢玖ちゃん、今日は大変だねぇ」
「……そうなん?」
「うん。たぶん廉命君の方がもっと大変」
夜海がそう言う。
すると愛姉と舞姫姉は、互いに頷いた。
―夏祭り当日。
この日、最も試されるのは、花火でも下駄でもなく。
日出廉命の平常心だった。
……To be continued




