<第四十六足>モテる男の㊙︎
「………何すか?」
勉強会をしていた時、俺は愛さんと舞姫さんにリビングへ呼び出された。
夜海も一緒に。
「…………廉命君、幾つか聞くわね」
「何すか?」
愛さんが、鬼の形相―いや、飢えたキツネのような顔でこちらを見てくる。
「夢玖ちゃんと、どこまで行ってるの?」
「は?」
如月さんと、どこまで関係が進んでいるのか。
要するに、そういう話だった。
「……LINEは交換したらしいじゃない」
「だったら何すか?」
「来週末の花火大会で……夢玖ちゃんと二人きりになってみなさい」
「は?」
「廉命君、聞いたよ〜?夢玖ちゃんに恋してるんだってねぇ……希望君から色々聞いたよ〜?」
「……今、俺たちが呼び出された意味あります?」
舞姫さんまで一緒になって、俺をからかい始めた。
「………本当に夢玖ちゃんのこと、好きなのね?」
「好きなんでしょ?」
「どうなの、廉命君?」
「なんで夜海も一緒になってんだよ!」
「いや、面白そうだから?」
「ふざけんな」
夜海まで、完全にこちら側ではなくなっていた。
「別に……見てて飽きねぇっていうか……ほっとけないだけっすよ」
俺がそう答えると、愛さんと舞姫さんはぴたりと動きを止めた。
そして、二人そろって真顔になる。
─チベットスナギツネみたいな目で見てくるんじゃねぇ。
「今の全然だめ!キュンとしない!やり直し!」
「何すか……?」
「あのねぇ……あなた、自覚してないかもしれないけど、顔良し、性格ツンデレ、ガタイ良し。あなたが女性に近づくだけで、女性は百パーセント恋に落ちるの!」
「そうだよ!しかも浴衣姿だよ?ここで進展しないとねぇ……?」
「三十分でもいいから、二人きりになって可愛いって言えばいいのよ!」
「廉命君……逃げ場ないよ。諦めな」
夜海が呆れたように言った。
─もしかして、如月さん以外には俺の気持ちがバレているんじゃないだろうか。
いや、希望さんに知られている時点で、もう手遅れか。
言い逃れができない。
「私たちね、夢玖ちゃんの義姉であるうえに、夢玖ちゃん推しなの!」
「だから何すか?」
「どんなお洋服を着せたら可愛いか考えてたら、涎が出てきちゃってさ……」
「水着、浴衣、セーラー服、学ランとか色々……あとスク水、バニーガール、猫耳……メイド服にナース服……ふふっ」
「あんたたち……シスコンの敵ですよ」
愛さんと舞姫さんは、如月さんに色々な服を着せてみたいらしい。
─いや、最後のほうはさすがに予想外だ。
正直ちょっとキモい。
「可愛くて、色々させたいのは分かりますけど……如月さんは着せ替え人形じゃなくて……一人の女の子なんすよ」
「「「…………」」」
その一言で、場の空気が静まり返った。
「えっ?廉命君……あなた、こんな言葉が言えるのね……?」
「恋愛だけポンコツだと思ってたけど……ねぇ?」
「廉命君、そういうとこだよ」
「なんでだよっ!」
****
「あなたいつも口が悪いんだから、こういう時くらい褒めなさい」
「さっき、七五三みたいって言ってたけど……本当はそんなこと思ってもないんでしょ?」
その通りだ。
本当は、そんなこと思っていない。
「まあ……そうですけど……てか、呼び出された意味……」
「……特訓よ」
「……あ?」
「夢玖ちゃんに『可愛い』と言うための特別特訓を行います!」
そして―愛さんによる特別特訓が始まった。
「まずは舞姫を夢玖ちゃんだと思って、可愛いって言ってみて?」
「可愛いよ」
「全然だめ!お手本を見せるわよ!」
「……何が違うんすか」
愛さんは俺の疑問を無視して、舞姫さんの前に立った。
「夢玖……浴衣、似合ってる。この後……二人きりにならない?」
「…………」
「……ってね。分かった?」
「分かるかっ!」
愛さんが、如月さん役の舞姫さんの顎をそっと持ち上げて言った。
─第三者から見たら、レズと勘違いされるに決まってる。
「いい?アメリカでは、好きな人にはストレートに言葉で伝えるの。愛情も不満も、言葉にしてはっきり伝えるのよ」
「…………」
「そうだよ。仁愛ちゃんを見習わないとダメだよ、廉命君」
「お前なぁ……そもそも、浴衣って着物だろ……?」
浴衣は着物。
俺がそう言うと、舞姫さんまで威嚇するキツネのような顔になった。
「いい?浴衣の魅力はね、普段との違い、髪型の変化、伝統的な肌の見せ方……うなじや首筋、足首がちらっと見えるところにもあるんだよ?」
「舞姫さん……?」
「普段とのギャップ萌え!非日常!控えめな色気! これが浴衣姿で見られるの!しかも女子高生よ?」
「あんた達……本当に看護師を目指す人と教師なんすか?」
「ぐるるる……!」
「あーあ……廉命君がポンコツなせいで、二人とも凶暴なキツネみたいになっちゃったじゃん……」
「なんで俺のせいなんだよ!」
「はいはい、言い訳しない!」
愛さんがパン、と手を叩いた。
「次!廉命君、夢玖ちゃんを想像して!」
「……は?」
「浴衣姿の夢玖ちゃんよ。髪をいつもと違う感じにまとめて、いつもよりちょっと大人っぽくなった夢玖ちゃん」
「…………」
「そこで、ひと言!」
「……何を」
「可愛いって言うの!」
「…………」
「廉命君?」
「…………」
「……え、ちょっと。なんで黙るの?」
「うるせぇな……」
俺は顔を背けた。
想像するなと言われても、勝手に頭に浮かんでくる。
浴衣を着て、いつもより少しだけ髪をまとめた如月さん。
普段はふわふわしていて、何を考えているのか分からないくせに、好きな食べ物を見つけると目を輝かせる。
笑うと、こっちまで気が抜ける。
─そんな奴が、いつもと違う格好をしていたら。
「…………」
「……廉命君?」
「…………似合うだろうな」
ぽつりと呟いた。
「え?」
「……浴衣。あいつ、似合うだろうなって言ったんすよ」
愛さんと舞姫さんが顔を見合わせる。
夜海まで目を丸くしていた。
「……何だよ」
「いや……」
愛さんが口元を押さえた。
「……思ったより、重症ね」
「うん。これは重症だねぇ……」
「何がだよ!」
「だって、まだ浴衣姿を見てもいないのに、そんな顔するんだもの」
「どんな顔だよ!」
「好きな子のことを考えて、どうしようもなくなってる男の顔」
「…………は?」
「廉命君、分かってないの?」
夜海が呆れたように息を吐いた。
「さっきからずっと、夢玖の話になると反応が違うんだけど」
「…………」
「本人には絶対言わないくせにね」
「……うるせぇ」
否定できなかった。
そもそも、あいつに可愛いなんて言ったことがあっただろうか。
……いや、ない。
少なくとも、まともな形では。
「よし!」
愛さんが勢いよく立ち上がった。
「決めた! 花火大会までに、廉命君を夢玖ちゃんに『可愛い』って言える男にするわ!」
「勝手に決めんな!」
「舞姫、協力して!」
「もちろん!」
「お前ら、俺の話を聞け!」
「じゃあ、まずは練習ね!」
「まだやんのかよ!?」
「当たり前でしょう?」
愛さんが満面の笑みを浮かべた。
─この人、絶対に教師向いてるだろ。
いや、もう教師だった。
そして俺は、今さらながらに気づいた。
この場にいる全員が、俺の恋愛事情を面白がっている。
唯一、何も知らない如月さんを除いて。
「…………」
─花火大会まで、あと一週間。
本当に大丈夫なのか、俺。
……To be continued




