<第四十五足>バチ当たりじゃない
「花火大会……」
「……行きたいんですか?」
気づけば、夏休みも後半に差しかかっていた。
八月に入ると、スポーツ用具店には花火大会のポスターが貼られ、店内にも夏らしい商品が並び始めた。
私と廉命さんは受験生ということもあって、シフトを少なめにしてもらっている。そのうえ、なかなかシフトが重ならなかった。
それでも、LINEを交換して以来、私たちは頻繁に連絡を取り合うようになっていた。
「いや……行きたいとかやなくて……その……」
「ううん。油断はできませんが、如月さんの成績なら、今のところ大きな問題はないはずですよ」
「何というか……夏やないですか」
私は雷磨さんと、花火大会について話していた。
雷磨さんは、私や廉命さんに生物、物理、数学を教えてくれている。
説明は丁寧で、細かいところまで分かりやすい。
「夏ですね……。夏休みは学生プレーヤーがレベル上げや装備強化に時間を費やすので、毎晩が戦争ですよ」
「ゲーム……よう分かりません」
「いいですか。受験はゲームと同じです。事前に対策を立てれば、突破できる可能性も高くなります。ただし、試合や試験当日のコンディションも、それなりに大事です」
「……対策」
「如月さんは、一ヶ月半で小学校から中学校三年間までの勉強を叩き込んで、さらに日商簿記二級まで取得しているんですよ」
彼の言う通りだった。
私は、小学校から中学校までの勉強を一ヶ月半で覚えた。
日商簿記二級も、舞姫姉に教えてもらって取得した。
「根を詰めすぎると、必ずどこかで崩れます。期末テストと検定で頑張りすぎて、高熱を出したこと……もうお忘れですか?」
「う……」
ぐさり、と一言が胸に刺さった。
「普段から努力しているんです。一日くらい勉強のことを忘れたって、バチは当たりませんよ」
「…………」
「僕も息抜きに、廉命君や加堂さん、希望君を誘ってクエストや対戦をしていますし」
「希望さんもゲームやるんですね……」
「はい。毎回、秒殺でボコボコにしますけどね」
「容赦なっ!」
息抜きの仕方は、人それぞれらしい。
「それにしても、日商簿記のほかに、電卓、情報処理、ビジネス文書も一級に合格しているんですよね?」
「はい」
「これだけ検定に合格しているなら、これまで身につけた学習習慣を生かして、大学受験の勉強にも集中できそうですね」
雷磨さんは、少し考えるようにしてから続けた。
「ただ、二学期になったら出願の準備も必要ですし、公募推薦を受けるなら面接対策も必要になります。福島大学についても、たくさん調べておかないといけませんね」
「……受験、怖い」
思わず、本音がこぼれた。
勉強をすること自体は、嫌いじゃない。
知らなかったことを知るのは楽しいし、分からなかった問題が解けると嬉しい。
でも、受験は違う。
頑張ったからといって、必ず結果につながるとは限らない。
自分の将来がかかっていると思うと、どうしても怖くなってしまう。
「大丈夫。如月さんにとっては、初めてのことが多すぎるのかもしれません。でも……僕らが傍にいます」
「……はい」
私には、傍にいてくれる人がいる。
そう思うだけで、張り詰めていた気持ちが少しだけ緩んだ。
それだけで、私は救われた。
「あの、花火大会……行きたくて……」
「来週末の花火大会ですね。県内でも、かなり規模の大きい花火大会なんですよ」
「花火……。なにわ淀川の花火は、遠くからしか見たことがなくて……」
花火を間近で見たことがない。
夜空いっぱいに広がる花火を、すぐ近くから眺めてみたい。
そんな憧れがあった。
それでも、雷磨さんの表情は変わらなかった。
「今年は、如月さんにとって高校生として過ごす最後の夏です。勉強も大事ですが、それなりに青春を楽しむことも大事ですよ」
雷磨さんは、そっと背中を押してくれた。
花火大会に行きたい。
浴衣を着て、花火を見たい。
浴衣を着て、お面を被って、暗い夜道を歩いてみたい。
そんな、何気ないことに憧れていた。
「ちなみに、去年は花火大会の日に店を三時間早く閉めて、皆で行ったんです」
「へぇ……。じゃあ、舞姫姉も愛姉も一緒だったんですか?」
「愛さんは教員採用試験の二次試験を直前に控えていたので、舞姫さんと院長だけお誘いしました」
「……愛姉とは、どれくらい会っていなかったんです?」
「高校を卒業してすぐに渡米したので……四年ほど会っていませんでしたね」
雷磨さんは、少し懐かしそうに目を細めた。
「でも、如月さんの歓迎会兼誕生日会で再会できて、嬉しかったです」
****
「今日も一日、お疲れ様でした!」
「「「「「お疲れ様でした!」」」」」
終礼の時間。
スタッフが集まる中、店長がいつも以上に張り切った声を上げた。
「来週、釈迦堂川の花火大会がありますが……今年も皆で行きますっ!」
「花火大会……」
「おい……。去年は俺らまでゴミ拾いやら屋台の手伝いやら、いろいろさせられたんだ。今年は如月ちゃんまで巻き込むなよな」
加堂さんが、すかさず口を挟んだ。
「飛んでいった風船を取りに行くわ、屋台を手伝うわ、ゴミ拾いをするわ、はぐれたガキに寄り添うわ、市民を誘導するわ……」
「鳳斗……今年は大人しくしておけ。お前を真似する子供がいたら、どうする」
福吉さんまで、呆れたように続けた。
「えぇ……?市民安全、地球平和って知ってる?」
「「そういうとこだぞ!」」
二人の声が見事に重なった。
どうやら店長は、去年の花火大会で数々の善行(?)を積み重ねたらしい。
飛んでいった風船を取る。
屋台の手伝いをする。
ゴミを拾う。
困っている人を案内する。
─確かに、善行ではある。
善行ではあるのだけれど。
「花火大会か……。須賀川駅、混むだろうな。如月、友達二人も誘いたい?」
希望さんが、私に尋ねた。
確かに、できることなら夜海ちゃんも仁愛ちゃんも誘いたい。
「はい……。夜海ちゃんは車で来られる距離やけど……仁愛ちゃん、福島市やからな……」
「…………」
「後で電話してあげな」
「そうだ、如月さん。浴衣は着る?」
「えっ?」
思いがけない質問に、私は目を瞬かせた。
****
「花火大会……行く」
「仁愛も〜♡」
「決まりやなっ!」
「…………」
翌日。
煌星家では、私と夜海ちゃん、仁愛ちゃん、廉命さんが集まって勉強会をしていた。
─勉強会のはずだった。
「浴衣……夢玖ちゃん、初めて?」
夜海ちゃんに尋ねられ、私はこくりと頷いた。
「せやな……。浴衣、着てみたいねん!なんやろう……浴衣って、顔も白くしたり、髪を括り上げたりせなあかんの?」
「は……?」
廉命さんが、ぽかんと口を開けた。
「もしかして……京都の舞妓さんと勘違いしてる?」
「うん……。浴衣って、京都の人だけが着るもんやと思ってたわ」
「夢玖ちゃんの浴衣姿……絶対可愛いでしょ」
「はぁ?こいつが浴衣着ても、何の情も湧かねぇよ」
「「…………」」
廉命さんは、こういうときでも口が悪い。
「だって……チビだし、浴衣着たら七五三と変わんねぇだろ」
「…………」
私は、黙って廉命さんを見た。
七五三。
浴衣を着るだけで、そんなことになるんやろうか。
いや、そもそも七五三は着物や。
そんなことを考えていたら、夜海が吹き出した。
「ちょっと、廉命君。言い方!」
「事実だろ」
「はいはい。そういうことにしておこうね〜」
仁愛まで、楽しそうに笑っている。
─なんやろう。
勉強会、楽しい。
そのときだった。
「夜海ちゃん、ちょっと手伝ってほしいことがあるの。廉命君も一緒に来てちょうだい」
愛姉が、二人に声をかけた。
「はーい」
「何すか?」
「ちょっと……ねぇ?」
舞姫姉が、愛姉と顔を見合わせる。
「舞姫さんまで……何すか?」
「まぁまぁ!いいから、いいからぁっ!」
愛姉と舞姫姉は、二人を連れて部屋を出ていった。
姉妹なのに、二人の顔立ちは似ていても、目つきはまるで違う。
愛姉は、廉命さんを睨むキツネ。
舞姫姉は、誰にでも懐く野生のキツネ。
─何をするつもりなんやろう。
私は首を傾げた。
****
「花火大会かぁ……。スポーツ用品店の皆で行くって、斬新だねぇ」
「うん……。去年、店長は風船を取りまくったり、ゴミ拾いしたり、屋台を手伝ったりしてたらしいで……」
「さすがだよね。超善人って感じ。老若男女問わず優しいし……。なんだろう。前世、ゼウスだったのかな?」
「いや……ラファエルやろ」
「そこはゼウスじゃないんだ?」
仁愛ちゃんと笑い合う。
今思えば、店長は一言でいうと超善人だ。
老若男女を問わず、誰にでも平等に接する。
いつだって、自分より他人を優先する。
─前世は、本当に神様だったのかもしれない。
「ってことは……福吉さんも来るってこと?」
仁愛ちゃんが、ふと思い出したように尋ねた。
「せやで。福吉さん、去年メロンパンの屋台で店主に泣かれたらしいで」
「……本当に、ずっと変わらずメロンパンが好きなんだねぇ……♡」
「えっ?変わらず……?」
「ううん。忘れて。福吉さんと二人きりになるんだからぁ♡」
「……?」
仁愛ちゃんは、何やら嬉しそうに頬を緩めている。
─福吉さんと二人きり?
花火大会で?
私は首を傾げた。
「ところで、浴衣って……下には何を着るん?」
「浴衣用の肌着もあるよ。ワンピース型のものもあるし、ブラトップを使う人もいるかな」
「へぇ……!」
「あと、着付けも練習しておいたほうがいいかもね。当日、慌てないように」
「そっかぁ……。浴衣って、思ってたより奥が深いんやなぁ」
初めての花火大会。
初めての浴衣。
考えるだけで、胸が弾んだ。
─来週が、待ち遠しい。
……To be continued




