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透ける約束は片結び  作者: 檻 依舞 (おりーぶ)
【第三章】多方向からの片結び

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<第四十四足>茄子づくしの一日


「……というわけで、今日は舞姫姉を休ませる作戦を実行します!」


「……作戦?」


「そう。名付けて、麻婆茄子パーティー!」


「…………えっ?」


リビングに響いた私の宣言に、舞姫姉が目を丸くした。


その隣では、愛姉が腕を組んで頷いている。


「最近ずっと勉強ばかりでしょう?たまには息抜きも必要よ」


「で、でも……」


「でも、じゃないわ」


愛姉は有無を言わせぬ口調で言った。


「今日くらい、国家試験のことは忘れなさい」


「うぅ……」


舞姫姉は困ったように眉を下げる。


その様子を見て、私は小さく笑った。


「舞姫姉、茄子好きなんやろ?」


「えっ?」


「愛姉が言うとったで。舞姫姉、茄子に目がないって」


「……そ、それは……」


舞姫姉の視線が、わずかに泳いだ。


「…………好き、だけど」


「よっしゃ!」


思わず声が出た。


「ほな、今日はいっぱい食べよ!」


「夢玖ちゃん。まだ料理を見せていないでしょう」


「……あ」


愛姉に指摘され、私はキッチンへ駆けていった。


テーブルの上には、買ってきた食材が並んでいる。


大量の茄子。


豚ひき肉。


長ねぎ。


にんにく。


しょうが。


トマト。


チーズ。


それから、愛姉が用意してくれた調味料の数々。


「……茄子、こんなに使うの?」


舞姫姉がキッチンを覗き込む。


「うん!」


「……ふふっ」


その顔に、ようやく笑みが浮かんだ。


****


「まずは、舞姫姉好みの麻婆茄子から!」


「私好み?」


「せやで!」


今回の麻婆茄子は、舞姫姉の好みに合わせた特別仕様。


茄子は大きめに切り、ごま油をまとわせて、表面に焼き色がつくまでじっくり火を通す。


別のフライパンでは、豚ひき肉を炒め、にんにくとしょうが、豆板醤を加えた。


じゅわっ、と音が鳴る。


味噌と醤油、少しの砂糖。


そこに鶏ガラスープを加えて、旨味を引き出す。


花椒を加え、香りを立たせる。


「……いい匂い」


舞姫姉が、思わず呟いた。


「辛さは大丈夫?」


愛姉が尋ねる。


「うん。辛いのも好きだけど、茄子の甘みもちゃんと感じられるほうが好きかな」


「なるほどなぁ……」


私は頷いた。


辛さだけが主役なのではなく、茄子のとろりとした食感と甘み、ひき肉の旨味が楽しめる麻婆茄子。


最後に水溶き片栗粉でとろみをつけ、焼いた茄子を戻す。


仕上げに刻んだ長ねぎを散らせば、完成だ。


「…………」


舞姫姉は、出来上がった麻婆茄子をじっと見つめていた。


「舞姫姉?」


「……すごい」


「え?」


「……すごく、おいしそう」


その声は、いつもより少し弾んでいた。


私は愛姉と顔を見合わせる。


作戦、第一段階成功。


****


「そして、第二弾!」


「まだあるの!?」


舞姫姉が驚いた声を上げた。


テーブルに運ばれてきたのは、大きな耐熱皿。


表面には、こんがり焼けたチーズ。


その下には、茄子とミートソース、ホワイトソースが何層にも重なっている。


「茄子のラザニアよ!」


「…………っ!」


舞姫姉の目が輝いた。


「夢玖ちゃん……!」


「えへへ」


茄子は薄く切って焼き、ミートソースとホワイトソースの間に重ねてある。


最後にチーズをたっぷり乗せて、オーブンで焼いた。


表面は香ばしく、中はとろり。


トマトの酸味とひき肉の旨味、まろやかなホワイトソースが、茄子によく合う。


「……これ、絶対おいしいやつ……」


舞姫姉が真剣な顔で呟いた。


「舞姫、目が輝いてるわよ」


「だ、だって……!」


「ふふっ。そんなに好きだったのね」


愛姉が笑う。


舞姫姉は少し恥ずかしそうに頬を染めた。


「……だって、茄子っておいしいじゃない」


「うん!」


私は勢いよく頷いた。


「茄子はええよなぁ!」


「夢玖ちゃんも好きなの?」


「うん!でも今日は舞姫姉のためのパーティーやから!」


そう言うと、舞姫姉は一瞬だけ目を見開いた。


それから、ふわりと微笑んだ。


「……ありがとう」


その言葉が、なんだか嬉しかった。


****


「「「いただきます!」」」


三人で手を合わせる。


まずは、麻婆茄子。


舞姫姉はご飯に麻婆茄子を乗せ、ひと口食べた。


「…………」


静かになる。


「……舞姫姉?」


「…………おいしい」


ぽつり。


「茄子がとろとろで……お肉の旨味もあって……辛さもちょうどいい……」


もうひと口。


さらに、もうひと口。


「……これ、ご飯が進むね」


「せやろ!」


私は嬉しそうに笑った。


続いて、茄子のラザニア。


舞姫姉はスプーンで一口分をすくい、チーズの伸びるラザニアを口に運んだ。


「…………っ」


今度は、両手で頬を押さえた。


「おいしい……!」


「ふふっ」


愛姉が微笑む。


「そんなに喜んでもらえるなら、作った甲斐があったわね」


「……だって、すごくおいしいんだもの」


舞姫姉はもう一口食べた。


その表情は、最近机に向かっているときには見られなかったものだった。


張り詰めていたものが、少しずつほどけていく。


そんな気がした。


****


食事を終え、三人でお茶を飲んでいると。


「……そういえば、夢玖ちゃん」


愛姉が私に尋ねた。


「文化祭、修学旅行は初めてよね?」


「うん…」


「文化祭かぁ…夢玖ちゃんも高校最後かぁ…」


「あっ!」


私は思わず声を上げた。


「文化祭、十一月にあるで!」


「そうなの?」


「うん!まだ詳しい予定は決まってへんけど、二学期になったらクラスで何するか話し合うんやって!」


「へぇ……」


舞姫姉が興味深そうに身を乗り出した。


「夢玖ちゃんの文化祭、見に行きたいな」


「……え?」


思いがけない言葉だった。


「来てくれるん?」


「もちろん。夢玖ちゃんがどんな学校生活を送っているのか、見てみたいもん」


「舞姫の母校でもあるからね…」


愛姉までそう言った。


「そうやもんな…」


「希望君も誘うの!」


「楽しみやなぁ」


まさか、二人とも来てくれるなんて。


私は思わず頬が緩む。


「……そっかぁ。二人が来てくれるんやったら、嬉しいなぁ」


「ふふっ。じゃあ、日程が分かったら教えてね」


「うん!」


舞姫姉は、スマートフォンを手に取った。


「忘れないように、予定に入れておこうかな」


「……舞姫、たまにはちゃんと休むのよ?」


「……あ」


愛姉の一言に、舞姫姉の手が止まった。


「文化祭に行く予定まで勉強の予定で埋め尽くしたら、意味がないでしょう?」


「うぅ……分かってるよ」


「本当に?」


「……分かってるってば」


舞姫姉は苦笑した。


その表情が、いつもよりずっと柔らかい。


****


「……そうだ!」


不意に、舞姫姉が顔を上げた。


「今度、三人でお出かけしない?」


「お出かけ?」


「うん。せっかくみんな揃っているんだし」


「ええやん!」


私はすぐに頷いた。


「どこ行くん?」


「うーん……」


舞姫姉は少し考え込んだ。


「お買い物もしたいし、カフェにも行きたいな。あと、おいしいものも食べたい」


「……結局、食べることなのね」


愛姉が呆れたように言う。


「だって、おいしいものを食べるのって幸せじゃない?」


「……それは否定しないわ」


「やった!」


舞姫姉が笑った。


「夢玖ちゃんは行きたいところ、ある?」


「んー……」


私は考えた。


「……雑貨屋さんとか、行ってみたいなぁ。あと、かわいいお店!」


「いいわね。じゃあ、雑貨屋さんを見て、カフェに行って、おいしいものを食べましょう」


「決まりやな!」


三人で予定を立てる。


何時に出発するか。


どのお店に行くか。


お昼は何を食べるか。


そんな何気ない話が、楽しかった。


****


「……あ」


しばらくして、舞姫姉がぽつりと声を漏らした。


「どうしたの?」


愛姉が尋ねる。


「……私、こんなふうに遊ぶ予定を立てるの、久しぶりかも」


その言葉に、私たちは顔を見合わせた。


舞姫姉は、少しだけ困ったように笑った。


「看護師になりたいって思ってから、勉強しなきゃって、そればっかり考えてたから」


「……うん」


「もちろん、今も合格したいよ。絶対に」


舞姫姉は、テーブルの上の手を見つめた。


「でも……ずっと頑張っていると、時々、何のために頑張っているのか分からなくなりそうになるの」


愛姉の表情が、静かに変わった。


「……舞姫」


「大丈夫。看護師になりたい気持ちは変わってないから」


舞姫姉は顔を上げた。


「ただ、今日みたいな日も、あっていいんだなって」


その笑顔を見て、愛姉は小さく息を吐いた。


「……そうよ」


そして、優しく言った。


「夢を叶えることだけが、人生じゃないもの」


「…………」


「夢を叶えたあとも、あなたの人生は続くのよ。おいしいものを食べたり、好きな場所に行ったり、大切な人と笑ったりする時間も必要なの」


舞姫姉は、じっと愛姉を見つめた。


「……お姉ちゃん」


「だから、これからはちゃんと休みなさい。もちろん、勉強も頑張ればいい。でも、自分を追い詰めるのは駄目よ」


「……うん」


舞姫姉は小さく頷いた。


「ありがとう」


その声は、少しだけ震えていた。


****


夕方。


私たちは食器を片づけながら、文化祭の日程と、お出かけの予定を相談していた。


「文化祭、いつになるんやろなぁ」


「日程が分かったら、教えてね」


「うん!」


「お出かけの日は、舞姫の予定も確認して決めましょう」


「……あ、でも、その日は模試の復習が……」


「舞姫?」


愛姉の声が低くなる。


「……はい。ちゃんと休みます」


「よろしい」


「ふふっ」


私は思わず笑った。


「舞姫姉、愛姉には敵わへんなぁ」


「もう、夢玖ちゃんまで……!」


舞姫姉が頬を膨らませる。


けれど、その顔は楽しそうだった。


今日一日で、何かが劇的に変わったわけじゃない。


看護師国家試験がなくなったわけでもないし、勉強しなくてよくなったわけでもない。


それでも。


舞姫姉の予定表には、新しい予定が二つ増えた。


私の文化祭。


三姉妹でのお出かけ。


勉強以外の、楽しみな予定。


「……楽しみやなぁ」


私が呟くと、舞姫姉が笑った。


「うん。私も楽しみ」


その笑顔を見て、愛姉もまた、ほっとしたように微笑んだ。


―頑張ることも、大切。


でも、頑張っている人が、笑える時間も。


きっと、同じくらい大切なのだ。


そして私は、ふと思った。


いつか私も、自分の夢を見つけたとき。


こんなふうに、誰かと笑いながら頑張れる人になりたい。


─なんて。


まずは、文化祭で何をするのか、ちゃんと考えなあかんなぁ。


「……楽しみやなぁ」


もう一度そう呟いて、私は笑った。


……To be continued


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