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『境界断ちのノベェンタ』 〜観測整合維持局 第七補正執行室 野部遠汰の場合〜  作者: nobunobuwo


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第九十四話 「外側というものは、“感情を捨てて完全性へ到達した文明”の成れの果てなので、滅びかけて初めて“雑談の価値”を思い出し始めます」


 観測整合維持局。



 中央深層。


 時間定義外領域。


 白かった。


 どこまでも。


 床。


 空。


 壁。


 概念。



 全てが、“まだ固定されていない”。



 静寂。



 音すら、必要最低限しか存在しない空間。


 その中央。


 巨大な光。


 観測整合維持局中央統括存在。


【第一原初観測管理人格群統合意識体オリジン】



 オリジンは、静かに観測していた。


 地球。


 高知県。


 東央マテリアル。


 地下第三層。


 雑談。


 笑い声。


 コーヒー。


 猫。



 意味不明だった。


 効率性。


 ゼロ。


 なのに。



 何故か。


 アインの位相安定率だけが、上昇し続けている。


【観測記録確認】


【対象:アイン】


【感情波動安定率:上昇】


【生体維持成功率:増加】


【人格崩壊率:低下】



 沈黙。



 ありえない数値だった。


 通常。


 感情発生は、位相乱れを引き起こす。


 不安定化。


 暴走。


 崩壊。



 それが、ベルタリュオン文明の常識だった。


 だが。


 アインだけは、逆だった。



【何故】 



 オリジンは、静かに過去記録を展開する。


 白い宇宙。


 恒星群。


 銀河。


 そして。


 ベルタリュオン。


 地球より、

 百倍近い文明史を持つ惑星。



 かつて。


 そこにも、海があった。


 森。


 雨。


 動物。


 風。



 地球と、よく似ていた。


 生物進化も、近かった。


 原種ベルタリュオン人。



 感情があった。



 笑い。


 恋愛。


 家族。


 雑談。


 歌。



 存在していた。



 だが。


 文明は進化した。


 他惑星種族との交流。


 技術融合。


 宇宙位相航行。


 波動制御。



 そして。



 モルモール種。


 滅びた惑星の民。


 彼らは、自らの波動周波数を制御できた。


 肉体を超え。


 世界線を越え。


 認識位相を渡る。



 ベルタリュオン人は、それを求めた。



 結果。


 交配。


 進化。


 成功。


 文明は、飛躍した。



 世界線移動。


 認識操作。


 位相観測。


 並行宇宙航行。


 全て可能になった。



 だが。


 代償があった。



【波動周波数乱れ確認】


【生体維持負荷増大】


【感情波形異常】


【人格定着率低下】



 最初は、僅かだった。


 数千年。


 数万年。


 長い時間。



 その中で、ベルタリュオン人は少しずつ変化した。


 食事。


 環境。


 文明。


 遺伝子。



 全てが、“生物”から遠ざかっていった。



 感情は、ノイズとして扱われ始めた。



 恋愛。


 不要。



 雑談。


 非効率。



 家族。


 誤差。



 孤独。



 最適化。



 完全性。



 それが、文明だった。


 だが。


 気づいた時には、遅かった。


【生体維持困難】


【位相定着率低下】


【種族寿命減少】


【文明崩壊予測】



 滅亡は、まだ遠い。


 だが。


 確実に近づいていた。



 オリジンは、静かにアインの記録を見る。



【対象】


【アイン】


 最初。


 完全だった。


 感情排除。


 高効率。


 誤差ゼロ。


 理想的監査官。



 しかし。


 地球接触後。


 異常発生。



【雑談時】


【位相安定率上昇】



【食事共有時】


【波動乱れ減少】



【“ありがとう”受信時】


【生体固定成功】



【猫接触時】


【精神摩耗回復】



 沈黙。


 理解不能。


 だが。


 結果だけが、存在していた。



 オリジンは、静かに呟く。


「……感情は」


 白い空間が、微かに揺れる。


「不要では、なかったのですか」



 その時。


 巨大観測窓。


 地球。


 東央マテリアル。


 地下第三層。


 映像拡大。



 佐伯。


 コンビニプリンを抱えていた。


「これ私のなんですけどぉ!!」



 キノピー。


 逃走。


「にゃははは〜♡」



 野村部長。


 何故か巻き込まれる。


「えぇぇぇ!?」



 リゼは、お茶を飲みながら微笑んでいた。


「プリンって、“平和の象徴”なのよね」



「意味分かんないですよ!?」



 その奥。


 アイン。


 静かに笑っていた。



 ほんの少し。


 だが。


 確かに。


 笑っていた。



 オリジンは、その光景を見つめ続ける。


 白い空間。


 静寂。


 そして。


 長い沈黙の後。



 小さく。


 本当に小さく。


「……温かい」



 誰にも聞こえない声だけが、白い世界へ落ちていた。


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