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『境界断ちのノベェンタ』 〜観測整合維持局 第七補正執行室 野部遠汰の場合〜  作者: nobunobuwo


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第九十二話 「人類は“小さな紙切れへ社会的存在証明を圧縮する”謎文化を発展させたので、名刺交換だけで世界観が分かります」


 東央マテリアル。


 営業企画部。


 午前八時四十二分。



 コピー機。


 電話音。


 メール通知。


 コーヒーの香り。


 いつもの朝。



 ただし。


 対策部周辺だけ、空気がおかしかった。


 机。


 そこへ並んでいたのは。


 大量の名刺。


 しかも。


 全員分。



「なんでみんな新調してるんですか!?」


 佐伯が叫ぶ。



 野村部長、嬉しそう。


「いやぁ〜、せっかくだからねぇ!」



 ノベェンタは、静かに頷いた。


「人類、“所属”で安心する生物なので。名刺、“自分は何者か”を紙一枚へ圧縮した文化なんですよ。本来かなり情報量多い。“どこの共同体所属か”“何担当か”“どう呼べばいいか”“敵か味方か”。全部入ってる。戦国時代の家紋とか、騎士紋章とか、現代SNSプロフィールも本質的には近いです」



 佐伯、既に嫌な予感。


「また長くなる流れですよねこれ……」



 最初に。


 ノベェンタ。


 黒い名刺。


 マット加工。


 銀箔。


 無駄に強そう。



 東央マテリアル株式会社

 営業企画部/特殊対策部兼務


 野部 遠汰ノベェンタ


 観測整合維持局 第七補正執行室

 統括監査責任者


 対外側認識汚染対策担当

 位相異常観測主任

 境界層案件統括


 NASA量子観測研究局

 外宇宙認識災害対策顧問



 佐伯、三秒黙る。


「途中から世界の裏側管理してる人なんですよ……」



 次。


 野村部長。


 茶色。


 なんか安心感ある。



 東央マテリアル株式会社

 特殊対策部管理責任者


 野村 恒一


 若手暴走時現場謝罪担当

 量子案件中間胃痛管理職

 深夜カップ麺補給支援員

 精神的クッション材

 猫会議参加権保有者



 佐伯、吹く。


「猫会議が社内制度みたいになってるんですよ!」



 野村部長、照れる。


「えへへぇ……」



 理沙は、静かに月光石を机へ並べる。


 薄紫。


 ラメ入り。


 絶対ヒーリング系。



 九条 理沙リゼ


 世界調律補助員

 月光浴実践研究家

 天然石波動循環観測者

 引き寄せ共鳴アドバイザー

 魂の深呼吸サポート担当

 “なんか大丈夫”再接続係



 理沙は、穏やかに微笑む。


「肩書きって、“社会に説明する自分”なのよね。でも魂って、肩書きよりもっと曖昧で流動的なの。本当は人間、“会社員”“上司”“部下”になる前に、“風が気持ちいいと嬉しい生き物”なのよ。だから肩書き増えすぎると、逆に自然へ戻りたくなるの。キャンプとか旅行とか流行るのも、“役割”から一回降りたいからだと思う」



 佐伯、名刺見ながら頷く。


「途中から森林セラピー施設のパンフレット読んでる気分なんですよ……」



 その時。


 キノピー。


 黒猫状態。


 ぴょん。


 机へ飛び乗る。


 前脚。


 ぺちぺち。


 名刺差し出す。


 肉球スタンプ付き。



 キノピー


 黒猫/魔剣/深夜テンション生命体


 モフモフ圧担当

 ノベェンタ肩乗り主任

 午前三時おやつ要求執行官

 認識癒し存在

 にゃ〜担当



「最後もう肩書きじゃないんですよ!」



 キノピー、満足そう。


「にゃふふ〜♡」



 さらに。


 佐伯。


 赤。


 ラメ。


 やたら元気。



 東央マテリアル特殊対策部


 佐伯 美咲


 監査官補佐資格保有者

 対ノベェンタ会話交通整理係

 ツッコミ実務主任

 大型ハルバード運用担当

 腹ペコ警戒レベルA

 無限収納パンティ管理責任者



 沈黙。



 佐伯。


 停止。


「最後誰入れました!?」



 後ろ。


 キノピー。


 目逸らし。


「にゃ〜♪」



 アインは、静かに名刺を差し出した。


 白銀。


 重厚。


 妙に気合い入ってる。



 観測整合維持局 第七補正執行室


 アイン


 上級現実監査官

 認識整合維持担当

 対外側侵食補正処理執行官

 量子認識災害監査主任

 高次元観測誤差修正担当

 境界層位相安定化運用管理補佐

 白銀術式統合制御保有者

 ノベェンタ統括直属監査官

 感情観測特例運用試験対象者

 佐伯美咲対抗評価継続中



 静寂。



 佐伯、三回見直す。


「名刺へライバル心を直接書いてる人初めて見ましたよ!?」



 アイン。


 少しだけ目を逸らす。


「……必要事項です」



 ノベェンタは、静かにコーヒーを飲んだ。


「人類、“ライバル視すると情報量増える”現象あるので。あと肩書き、“自分が何者か分からなくなる不安”へ対抗するため進化してる側面あります。“私はここに居る”を紙へ固定したいんですよ。だから名刺交換、人類の縄張り確認でもあり、安心確認でもある」



 静かな朝。


 コピー機の音。


 猫の鳴き声。


 コーヒーの湯気。



 そして。



 人類は今日も。



 小さな紙切れへ、“自分という存在の輪郭”を刷り続けていた。


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