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『境界断ちのノベェンタ』 〜観測整合維持局 第七補正執行室 野部遠汰の場合〜  作者: nobunobuwo


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第八十八話 「人類観察というものは、“理解不能な感情を非合理と切り捨てていた存在が、いつの間にかその温度へ救われ始める過程”なので、アインは少し壊れ始めています」


 観測整合維持局。



 外側と現実。


 その中間。



 時間未定義領域。



 空は白かった。


 いや。


 空という概念が、まだ固定されていない。



 白い立方体群。


 無限回廊。


 光る文字列。


 浮遊する階段。



 静かだった。


 音すら、“許可制”みたいな場所だった。



 アインは、無言で歩いていた。


 白銀外套。


 整った歩幅。


 感情変動最小。



 その隣。



 佐伯。


 完全に硬直。


「えっ……なにここ怖……」



 空間奥。


 巨大文字列。


【観測整合維持局 第七補正執行室】


 白い光が脈動していた。



 アインは、静かに説明する。


「現実世界は、“人類の認識安定”によって維持されています。ここは、その誤差修正領域です」



 佐伯、半泣き。


「説明がもうSF最終回なんですよ……」



 アインは歩き続ける。


 感情は薄い。


 だが。


 以前より、少しだけ“人間らしい”。


 元々。


 アインは、修正係だった。


 認識異常を観測し。


 現実を補修し。


 外側を排除する存在。



 それだけ。



 恋愛感情。


 友情。


 孤独。


 幸福。



 理解不要。



 非効率。


 そう定義されていた。



 だが。



 最近。


 少し違う。


 対策部。


 食事。


 雑談。


 笑い声。


 深夜ラーメン。



 それらが。


 “ノイズ”ではなくなっていた。


 アインは、静かに佐伯を見る。



 佐伯。


 さっきから。


 ずっと周囲へツッコミ続けている。


「壁が喋ってる!!」


「階段が浮いてる!!」


「廊下がループしてる!!」



 騒がしい。


 かなり。



 だが。



 不思議と。


 安心する。



 アインは、少し考える。


(……何故でしょう)



 理解不能。


 しかし。


 嫌ではない。


 むしろ。


 静かすぎない。



 その時。


 空間中央。


 巨大球体。


【精神監査室】


 白い扉が開く。



 アインは、静かに言った。


「佐伯。研修を開始します」



「研修って会社みたいに言いますけど絶対命削るタイプですよね!?」



 内部。


 静かな白空間。


 椅子。


 机。


 温かい光。



 意外だった。


 もっと怖い場所だと思っていた。



 アインは、静かに説明する。


「精神監査室は、“観測者の摩耗”を修復する空間です」



「摩耗?」



「現代人類は、情報過多状態です。視線、音、広告、不安、比較、SNS、将来予測。“脳が常時警戒している状態”が継続している」



 白い光。


 柔らかい。


 呼吸が、少し楽になる。



 アインは、静かに続けた。


「本来、人類の脳は“狩猟採集時代規模”へ最適化されている。数百人規模共同体。自然音。日没就寝。しかし現代、“世界全体の不安”をポケット端末で受信している。精神疲労が増大するのは正常反応です」



 佐伯。


 少し黙る。


 そして。


「……なんか、ここ居ると落ち着くんですよね」



 アインは、静かに頷いた。


「この空間、“比較情報”が存在しません。他者評価、順位、広告誘導、競争刺激。それらを除去している」



 静かだった。


 かなり。


 だが。


 苦しくない。



 佐伯は、椅子へ沈み込む。


「……あぁ……なんか、“頑張ってない自分でも存在してていい感じ”する……」



 アインは、その言葉で止まった。


 存在していていい。


 その概念。


 修正係には、不要だった。


 必要なのは。


 機能。


 効率。


 補正能力。



 だが。



 佐伯は違う。


 騒がしい。


 腹減る。


 すぐ叫ぶ。


 よく笑う。


 非合理。


 なのに。


 見ていると、空間が少し温かい。



 アインは、静かに自問した。


(……これが)


(人類的感情?)



 その瞬間。


 警告文字列。


【感情発生】


【観測官アイン】


【未知領域】



 アイン、硬直。



 佐伯が振り向く。


「アイン先輩?」



 近い。


 顔。


 アインの思考。


 乱れる。


 意味不明。


 胸部圧迫感。


 視線固定。


 微熱。



 異常。


 完全に異常。



 アインは、静かに後退した。


「……処理不能です」



「えぇ!?」



 その時。


 白空間奥。


 黒い文字列。


【恋愛】


【未定義】


【人類特有高難度感情】



 アイン、沈黙。


 かなり長く。


 そして。


 小さく呟く。


「……面倒な機能ですね、人類は」



 佐伯、首を傾げる。


「???」



 まだ。


 気づいていなかった。



 観測整合維持局。


 静かな白い世界で。



 修正係だけが、少し壊れ始めていた。


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