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『境界断ちのノベェンタ』 〜観測整合維持局 第七補正執行室 野部遠汰の場合〜  作者: nobunobuwo


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第八十五話 「巡礼というものは、“同じ景色を延々歩き続けた先でようやく脳の雑音が消え始める現象”なので、人類は無心になると少し世界が綺麗に見えます」


 愛媛県。


 遍路道。


 午前四時五十七分。



 早朝。


 空。


 まだ青黒い。


 山。


 霧。


 川音。



 静かだった。



 ノベェンタは、無言で歩いていた。



 足音。


 一定。


 呼吸。


 一定。


 もう、三日目だった。



 黒猫キノピーは、バックパック上で丸くなっている。


「にゃ〜……朝早すぎにゃ……」



 半分寝ていた。



 ノベェンタは、静かに歩き続ける。


「徒歩旅、“二日目までは観光脳”なんですよ。“景色すごい”“飯うまい”“写真撮ろう”が強い。でも三日目辺りから、“ただ歩く”へ脳が切り替わる。これ、“単調反復で雑念減る現象”なので。禅、巡礼、長距離走、薪割り。この辺、人類かなり“繰り返し動作”で脳整理される場合あります」



 山道。


 誰も居ない。


 ただ。


 蝉。


 風。


 鳥。



 音だけ。



 ノベェンタは、少しだけ目を細めた。


「現代社会、“無音時間”ほぼ消滅してるので。通知、動画、広告、会話、情報。“脳へ何か入れ続ける状態”が普通になった。だから遍路みたいに、“歩く以外やる事ない環境”へ行くと、最初かなり落ち着かない。でも数日後、人類ちょっと壊れた静けさから回復し始める」



 黒猫キノピー、うとうとしながら呟く。


「にゃ〜……世界が静かすぎて眠いにゃ〜……」



「猫、“環境安全だとすぐ寝る生物”なので」



 朝日。


 山の向こうから差し込む。


 白い霧が、金色へ変わる。



 その瞬間。



 ノベェンタは、立ち止まった。


「……あぁ」



 綺麗だった。


 ただ。


 それだけだった。



 だが。


 妙に心へ残る。


「人類、“情報量少ない景色”で感動する場合あるので。夕日、雪景色、海、焚き火。この辺、“脳処理が軽い”んですよ。つまり現代人、“複雑さ”じゃなく、“静けさ”不足してる可能性ある」



 さらに歩く。



 山。


 田んぼ。


 小さな集落。



 おばあちゃんが、畑から手を振る。


「お遍路さん、気をつけてねぇ〜」



「ありがとうございます」



 黒猫キノピー、小声。


「四国、優しいにゃ……」



「四国、“知らない人へ干渉しすぎないけど放置もしない”距離感あるので。あと遍路、“地域全体で支える文化”長い。だから“歩いてる人”見ると、自然に声掛ける人多いんですよ」



 昼。



 遍路休憩所。


 木陰。


 ベンチ。


 自販機。



 ノベェンタは、スポーツドリンクを飲む。



 生き返る。



「徒歩旅、“自販機文明”へ感謝し始めるので。夏遍路、普通に危険ですし。あと日本、“ど田舎でも飲料補給しやすい国”としてかなり特殊。海外徒歩旅勢、日本自販機密度で驚く場合ある」



 黒猫キノピー。


 ベンチ占領。


「にゃ〜……動きたくないにゃ〜……」


 完全にダメ猫だった。



 その時。



 風。


 静かに止まる。


 空気が揺れた。


【歩け】


【考えるな】


【削ぎ落とせ】


【執着を捨てろ】


 白い文字列。


 遍路道へ浮かぶ。



 ノベェンタは、静かに目を細めた。


「……“修行強制型認識存在”ですね」



 山道奥。


 現れる。


 巨大僧侶。


 白装束。


 錫杖。


 数珠。



 だが。



 顔が無い。


【捨てろ】


【欲を消せ】


【苦しめ】


【耐えろ】



 空気が重い。



 黒猫キノピー、毛を逆立てる。


「にゃっ!?」



 ノベェンタは、静かに前へ出た。


「人類、“修行”を“苦しまないと価値ないゲーム”へ変換しがちなので。ですが本来、巡礼って“自分壊す儀式”じゃなく、“自分へ戻る時間”寄りなんですよ。あと精神文化、“我慢大会”化すると長続きしない。人類、“ちょっと気持ちいい”が無いと継続難しい生物なので」



【甘えるな】


【楽を捨てろ】


【もっと削れ】



 巨大僧侶。


 圧力増加。


 山が軋む。



 その時。



 ノベェンタは、静かにバックパックを降ろした。


 軽い音。



 そして。



 取り出す。


 小型チェア。


 超軽量。


 東央マテリアル製。



 ノベェンタ、座る。


「はぁ……」


 休憩。


 完全に。


 休憩。



【……何?】


 巨大僧侶が止まる。



 ノベェンタは、静かにお茶を飲んだ。


「人類、“休むの下手”なので。特に真面目な人、“苦しみ続ける事”を誠実さと誤認しやすい。でも登山も遍路も、“無理しない人”の方が最後まで辿り着く。あとアウトドア、“ちゃんと座れる”だけで幸福度かなり変わるんですよ」



 黒猫キノピー。


 膝上へ移動。


「にゃ〜♡」



 巨大僧侶。


 沈黙。


【……休んでも】


【よいのか】



 ノベェンタは、静かに頷いた。


「むしろ人類、“休まない方が危険”なので」



 風。


 山。


 鳥の声。



 巨大僧侶は、少しだけ輪郭を失う。


【……そうか】



 消えた。



 静かな遍路道だけ残る。



 黒猫キノピーは、膝で丸くなりながら呟いた。


「にゃ〜……なんか今日、“頑張らなくてもいい感じ”するにゃ……」



 ノベェンタは、山の景色を見ながら静かに答えた。


「人類、“ちゃんと休める人”の方が遠くまで行けるので」



 夏の風が、ゆっくり吹いていた。


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