第八十五話 「遍路宿というものは、“歩き疲れた人類へ最低限の優しさを提供する文明の避難所”なので、布団と味噌汁だけで人生肯定感が回復します」
愛媛県。
山間部。
午後六時二十二分。
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暑かった。
かなり。
歩行距離。
三十二キロ。
坂。
坂。
また坂。
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ノベェンタは、静かに山道を登っていた。
汗。
足。
重い。
背中には、東央マテリアル製大型バックパック。
社内開発コード。
【巡礼行脚支援型軽量統合野営装備】
超軽量テント。
全天候ジャケット。
防水寝袋。
浄水ボトル。
折りたたみ調理器具。
携帯マット。
簡易医療セット。
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全部入ってる。
だが。
異常に軽い。
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そして。
バックパック横。
黒い剣。
キノピーだった。
「にゃ〜……」
やる気。
ゼロ。
「歩きたくないにゃ〜……」
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「猫、“楽な場所へ収束する生物”なので」
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「剣形態ラクにゃ〜……」
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ノベェンタは、少しだけ空を見る。
「徒歩旅、“足より肩より先に精神削れる”場合あるので。あと遍路、“今日どこまで行くか”問題かなり重要。無理すると翌日壊れるし、余裕持ちすぎると進まない。つまり“人生のペース配分”そのものなんですよ」
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夕方。
山の空気。
少し涼しい。
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そして。
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見えてきた。
木造建築。
提灯。
古い看板。
【遍路宿 みやこ屋】
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キノピー。
黒い剣状態なのに喜ぶ。
「にゃぁぁぁ!! 宿にゃぁぁぁ!!」
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ノベェンタは、静かに頷いた。
「遍路宿、“疲れた人類へ最適化された空間”なので。洗濯機ある、風呂ある、布団ある、飯ある。この“四大文明”だけで人類かなり回復する。あと遍路宿、“今日どこ歩いた?”会話が自然発生しやすいので、旅人同士妙に仲良くなる」
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引き戸。
ガララ。
「おかえり〜」
女将さんだった。
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優しい。
完全に。
実家系。
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ノベェンタは、少し頭を下げる。
「一名お願いします」
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「はいはい〜。今日は暑かったやろ〜」
その一言。
妙に染みる。
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「人類、“頑張った過程を認識される”だけで救われる場合あるので。“疲れたね”“暑かったね”“大変やったね”。この辺、“評価”じゃなく“共感”としてかなり重要。あと遍路宿、“知らない人なのに妙に優しい現象”起きやすい」
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廊下。
畳。
扇風機。
古時計。
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夏だった。
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部屋。
シンプル。
布団。
座布団。
ちゃぶ台。
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だが。
安心感が強い。
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ノベェンタは、バックパックを降ろす。
軽い音。
次の瞬間。
キノピー。
黒猫化。
「にゃ〜〜〜♡」
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畳へ、だらぁぁぁん。
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完全に溶けた。
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「畳は猫をダメにするにゃ〜……」
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「日本家屋、“床座文化”なので。畳へ寝転ぶだけで副交感神経優位になりやすい。あと旅中、“靴脱げる場所”かなり重要。人類、足裏の解放で文明感じる場合あります」
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風呂。
熱い。
気持ちいい。
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ノベェンタは、静かに湯船へ沈む。
「はぁ……」
少しだけ。
人間だった。
「遍路、“風呂ありがたみ”バグるので。あと徒歩後の温泉、人類かなり幸福化する。“疲労→温熱→休息”って、生物としてかなり正しい回復ルートなんですよ。現代社会、“脳だけ疲れて身体動いてない”人多いので、“全身疲労後の風呂”忘れやすい」
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夜。
夕食。
焼き魚。
味噌汁。
煮物。
漬物。
白米。
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豪華ではない。
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だが。
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異常に美味い。
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黒猫キノピー。
三回目のおかわり要求。
「にゃ〜♡」
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「遍路飯、“栄養バランスが身体へ直接染みる”現象あるので。あと徒歩後、人類かなり味覚鋭くなる。塩、出汁、米。この辺、“生きてる感覚”へ直結しやすい」
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食堂。
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他の遍路客達もいた。
老夫婦。
大学生。
外国人。
一人旅のおじさん。
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バラバラなのに。
妙に空気が柔らかい。
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「どちらからですか?」
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自然に会話が始まる。
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「ドイツから来ました」
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「東京です」
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「定年後でねぇ」
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黒猫キノピー、小声。
「人類、“歩く”だけで仲良くなるにゃ?」
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ノベェンタは、静かに頷いた。
「徒歩旅、“肩書き剥がれやすい”ので。社長も学生も外国人も、“疲れてる歩行人類”へ収束する。あと遍路、“何者か”より、“今どこ歩いてるか”の方が会話重要になる。“同じ方向へ進んでる”だけで、人類ちょっと仲間感出る」
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外国人遍路が笑う。
「シコク、ピースフルデス」
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ノベェンタは、少しだけ笑った。
「四国、“人類を急がせない空気”残ってるので」
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その夜。
布団。
扇風機。
虫の声。
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静かだった。
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黒猫キノピーは、布団へ丸まりながら呟く。
「にゃ〜……なんか今日、“生きる速度”遅かったにゃ……」
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ノベェンタは、天井を見ながら静かに答えた。
「人類、本来このくらいの速度だった可能性あるので。夜暗くなったら休む。歩いたら疲れる。腹減ったら飯食う。眠くなったら寝る。文明、“便利”と引き換えに“生物としてのテンポ”忘れやすい。でも遍路、“歩くしかない”ので、強制的に人間へ戻される」
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扇風機が、ゆっくり回っていた。
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夏の夜は、少しだけ優しかった。
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