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『境界断ちのノベェンタ』 〜観測整合維持局 第七補正執行室 野部遠汰の場合〜  作者: nobunobuwo


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第八十一話 「人類のお笑いというものは、“情報量で暴走する世界を一言で固定して正気へ戻す技術”なので、ツッコミ役は実質メンタル防衛職です」


 午後六時四十二分。



 東央マテリアル地下第三層。


 対策部。


 珍しく。


 平和だった。


 現実侵食率正常。


 外側反応なし。


 空調は少し寒い。


 野村部長は羊羹を切っている。



 完全に。


 “いつもの嵐の前の静けさ”。



 佐伯は、机へ突っ伏していた。


「……お腹空いた……」



 最近。


 佐伯は異常に腹が減る。


 理由は単純だった。



 リゼ。


 ツッコミ引退。



 結果。



 ノベェンタ。


 リゼ。


 キノピー。


 アイン。


 野村部長。


 全員。


 自由になった。



 そして。



 会話の交通整理。


 全部。



 佐伯。


「最近ずっと“人類側の正気”を担当してる気がするんですよ私は!!」



 ノベェンタは、静かに頷いた。


「実際ツッコミ、“情報処理負荷”かなり高いので。人類のお笑い、本質的には“情報量調整技術”なんですよ。ボケ、“世界へ余計な情報を追加する側”。ツッコミ、“その混沌を一言で固定する杭”。だから漫才、“片方が世界壊して、もう片方が応急処置してる構造”なんです」



 佐伯、半目。


「また始まった……」



 ノベェンタは続ける。


「あと人類、“理解不能”を怖がる生物なので。“唐揚げが量子力学で二度揚げされてる”って言われると脳が処理落ちする。そこで、“どんなフライヤー使っとんねん”と返すと、一気に“会話”へ着地する。つまりツッコミ、“異常現象へ仮ラベル貼って人類を安心させる技術”なんですよ」



「唐揚げから認知科学へ行かないでください!」



 キノピーは、猫耳メイド姿でソファへ寝転がっていた。


「にゃ〜」



 足ぷらぷら。


 完全に馴染んでいる。



 リゼは、窓の外の夕焼けを見ていた。


「ツッコミって、“否定”じゃなくて、“一緒に落ちてあげる優しさ”なのかもしれないわね。完全拒絶すると世界って切れるけど、“いや怖い怖い”って言いながら付き合うと、人間関係って続いていくのよ」



 佐伯、静かに顔を上げる。


「九条さんそのポジションから人生論入れてくるんですね……」



 アインは、静かにメモを取っていた。


「興味深いですね。“理解”ではなく、“反射速度”を優先している」



 ノベェンタは、嬉しそうだった。


「そうです。ツッコミ、“分析”すると遅いので。“なんでそうなるんですか”より、“怖い怖い!”の方が強い。人類のお笑い、“正確さ”より“速度”なんですよ。あとツッコミ役、“疲れた先輩社員”と相性良い。“また始まったよ……”の温度感が、一番人類へ馴染む」



 野村部長が、羊羹を食べながら頷いた。


「たしかに会社でも、“説明する人”より、“いやもう意味分かんないっすよ!”って言う人の方が場がまとまる時あるねぇ」



「部長まで納得しないでください!」



 その時だった。


 空気が、揺れる。


 対策部中央。


 黒い文字列。


【ボケ】


【情報量】


【過剰】


【説明】


【理解不能】



「うわっ、嫌な予感しかしない!」



 空間が裂けた。


 現れる。


 黒いスーツ。


 長髪。


 サングラス。


 そして。



 異常に長い名刺。



【私の名は――】


【超次元認識拡張型スーパー・ウルトラ・ハイパー・インフィニット・量子情報統合理論搭載アルティメット・ネオ・ギャラクシー・集合無意識観測演算機構エクストリーム・プレミアム・デラックス・時空因果解析式クロノス・フルバースト・マルチディメンション・存在証明最終形態エターナル・ラビリンス・オーバードライブ・精神構造共鳴演算メタフィジカル・クオンタム・ヘルメネウティクス・パラドックス・無限自己紹介機関インフォメーション・テンペスト・エンドレス・プレゼンテーション・モード完全搭載型認識拡張存在ザ・プレゼンター



「もう〜っどこからツッコメばいいの〜!!」



 ザ・プレゼンターは、高速で喋り始めた。


【まず前提として現在の宇宙構造は七次元認識圧縮理論と社会構築型集合的無意識論を踏まえた上で量子流動性精神共鳴領域の外縁部に存在する可能性が高く、さらに観測者側の主観時間伸縮率と感情同期型認識変換フィールドが相互干渉を起こした結果、現代人類は“理解した気になりながら実際は単語の雰囲気だけで会話を成立させている状態”へ半没入していると私は考えており、特に情報化社会以降の短文化コミュニケーションは認識圧縮依存率を加速させ、結果として人類は“説明されるほど理解できなくなる”という極めて逆説的な知性飽和領域へ突入しつつあり――】



「長い長い長い!!」



 空気が軋む。


 説明。


 理論。


 情報。


 設定。



 全部。


 流れ込む。


 大量の専門用語が降り始めた。


【超相対的認識可塑性理論】


【量子精神流体接続仮説】


【非局所的自我共鳴現象】


【高次元意味圧縮反転機構】


【集合的潜在論理干渉帯】


【超弦感情波動同期領域】


【情報飽和型現実認識汚染】


【自己言及型概念崩壊現象】


【存在証明依存型観測論理】


【因果律可変式意味変換機構】


 対策部員達の顔色が悪くなる。



「脳が疲れる!!」



 ノベェンタは、静かに目を細めた。


「“説明過剰型認識侵食”ですね。現代人類、“情報”へ常時晒されてるので。SNS、動画、広告、ニュース、レビュー。“知らなきゃ損”が増えすぎた結果、脳がずっと処理中なんですよ。あと人類、“理解できない不安”を消すため情報集め続ける習性ある。でも実際、“全部理解しなくても普通に生きていける”」



 ザ・プレゼンターが笑う。


【理解しろ!!】


【全て知れ!!】


【考察し続けろ!!】


 空間へ、さらに専門用語が降り注ぐ。



 佐伯。


 立ち上がる。


「……あぁもう!!」


 深呼吸。


 そして。


 叫ぶ。


「情報量で殴るなぁぁぁ!! 腹ペコなんだよ私はぁぁぁ!!」



 瞬間。


 静寂。


 黒い文字列が止まる。



 ザ・プレゼンターも固まった。


「……え?」



 ノベェンタは、静かに頷いた。


「それです」



 佐伯、ぽかん。


「はい?」



「ツッコミ、“世界の空気を一言で固定する技術”なので。今の、“複雑すぎる状況”を“情報量より空腹が勝ってる人類”へ圧縮した。人類、“理解”より、“感情の分かりやすさ”で安心する場合かなり多いんですよ」



 リゼが、優しく笑った。


「だから人間って、“難しい話よりお腹空いた”の方が、本音だったりするのよね」



 静寂。


 そして。



 ザ・プレゼンターは、崩れ落ちた。


【そんな……】


【せっかく頑張って考えた長文説明が……】


【空腹で負けるなんて……】



 消滅。



 平和だった。



 その後。



 佐伯。


 机へ突っ伏す。


「……ほんとにお腹空いた……」



 ノベェンタは、静かに頷いた。


「ツッコミ、かなり脳糖使うので」



 その瞬間。


 キノピーが、背後から佐伯へ抱きついた。


「にゃっ」



 ごそごそ。



「ちょっ、どこ触って――!?」



 次の瞬間。


 佐伯の履いている無限収納パンティから。


 カレーパンが引き抜かれた。



「取れたにゃ〜♡」



「だから人のパンティを四次元ポケット扱いしないでください!!」



 キノピーは、笑顔でカレーパンを差し出した。


「はいにゃ〜」



 佐伯、受け取る。


 一口。


「……うまぁ……」



 野村部長は、静かにお茶を飲んでいた。


「人類、結局“ちょっと笑えて美味しい”があると生き延びやすいのかもしれないねぇ」



 夕焼けは、少しだけ優しかった。


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