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『境界断ちのノベェンタ』 〜「観測者が意思決定した瞬間、世界線は収束します」意識高い系エリート社畜、たまに世界を救う  作者: nobunobuwo


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第七十三話 「旅という行為は、“今いる場所では変われない気がした人類”が地平線へ理由を仮託する文化なので、江戸時代でも現代SNS時代でも結局みんな少し遠くへ行きたがります」


 江戸。


 日本橋。


 翌朝。



 薄曇り。


 朝靄。


 行商人の声。


 味噌汁の匂い。


 桶屋。


 魚売り。


 草履の足音。



 完全に、

 時代劇二話目の朝だった。



「……で」


 佐伯が真顔で言った。



「なんで帰れてないんですか?」



 沈黙。



 ノベェンタは、

 団子を食べながら静かに答える。



「多世界位相座標が、“江戸時代劇世界群”へ固定されてますね。簡単に言うと、“時代劇見たい人類の collective nostalgia”へ現実側が引っ張られてる状態です。特に日本文化、“旅”“富士山”“峠”“温泉”“宿場町”辺りへ異常精神安定効果あるので。歌川広重から旅行雑誌まで、日本人かなり長期間“遠くへ行く情緒”を擦り続けてる。あと江戸時代、人類わりと徒歩で数百キロ移動してたので。“伊勢参りテンションで人生変える”文化、現代旅行インフルエンサーの祖先みたいなものです」


「説明長い上に最後雑なのよ」



 リゼが地図を見る。



 木版刷り。


 東海道。



 そして。



【富士】



「……で、なんで富士山?」



 ノベェンタは頷く。



「時代劇世界、“富士山を目指すと物語が進む”補正強いので。日本文化圏、富士山へ“人生再起動ポイント”みたいな概念投影しがちなんですよ。“一回登ると人生観変わる”“日本人なら見ておけ”“死ぬまでに一度”。つまり富士山、“山”というより巨大精神シンボルなんです。あと時代劇撮影あるあるですが、“遠景の富士山”、実際には書き割りの場合結構あります。昭和特撮、“だいたい山梨か静岡の土埃多い場所”で撮ってたので」


「また撮影所豆知識混ぜてきた!」



 その時。



 アインが、

 静かに口を開いた。



「……つまり徒歩ですか」



「はい」



 沈黙。



 野村部長。



「えっ、江戸って新幹線ないのぉ!?」


「当たり前でしょうが!!」


 佐伯が叫ぶ。



「ちなみに江戸時代、“旅そのもの”が現代より圧倒的イベントなので。今みたいに“土日で京都行くか”とか存在しない。“旅へ出る=生きて帰れる保証そんな無い”文化圏です。道中で病気、盗賊、川氾濫、関所トラブル普通にある。だから当時の旅日記、“景色綺麗”より“今日も死ななかった”感覚結構強いんですよ。あと飛脚、現代人類が思ってるよりかなり速い。トップ層、“東京大阪間を数日”で走るので、人類の脚力って文明が便利になるほど退化しがちなんです」



 旅支度。



 着流し。


 旅笠。


 草履。


 風呂敷。



 完全に、

 東海道中膝栗毛だった。



 キノピーは、

 何故か小さい旅猫用笠を装備していた。



「にゃー」



「似合ってるの腹立つわね……」



 そして。



 出発。



 江戸の外。



 街道。


 松並木。


 茶屋。


 駕籠。


 旅人。



 空が広かった。



「……なんか不思議ですねぇ」


 佐伯が空を見上げる。



「スマホ無いだけで、“移動”がちゃんと移動って感じするというか」



 ノベェンタは頷く。



「現代人類、“目的地へ瞬間移動しすぎ”問題ありますからね。新幹線、飛行機、GPS、マップアプリ。“道に迷う”という経験かなり減った。でも旅って本来、“移動中に暇だから考え事する時間”でもあるので。徒歩移動、人類へ強制的に内省させる。あと江戸時代、“歩きながら俳句詠む”文化存在したの、人類が暇だったからです。現代人類、五分無音あるとスマホ触り始めるので」


「そうね…会社員は仕事でスマホアプリを活用するようになるとほぼずっと持ってるわね…」



 昼。



 街道茶屋。



 麦茶。


 焼き団子。


 とろろ飯。



 野村部長が感動していた。



「うまいなぁ!! なんかこう、“旅飯”って感じする!!」



「旅先の飯、“空腹+移動疲労+非日常補正”で二割増しくらい美味くなるので。あと日本人、“地方の食い物”へ異常執着あります。“その土地の物食べた”で旅達成感かなり増える。駅弁文化とか、“移動そのものを娯楽化する天才性”ありますし。ちなみに時代劇撮影所、蕎麦屋シーン撮りすぎ問題あるので、“江戸人類ずっと蕎麦食ってる”誤解生みやすいです」


「またどうでもいい知識増えた!」



 夕方。



 峠道。



 空が赤い。


 蝉。


 風。



 その時だった。



 空間が、

 揺らぐ。



【人生やり直し】


【旅立ち】


【自由】


【脱藩】


【自分探し】



「うわっ、また来た!」


 佐伯が身構える。



 黒い霧。



 そこから現れたのは。



 巨大な旅人。



 編笠。


 杖。


 風呂敷。


 だが。



 顔が無かった。



「……なんか怖いんですけど」



 旅人型外側存在。



 静かに呟く。



『どこへ行けば、人生変わる』



 風。



『富士を見れば変われるか』


『江戸を出れば変われるか』


『遠くへ行けば、自分を好きになれるか』



 少しだけ。



 寂しい声だった。



 リゼが眉をひそめる。



「……今回、なんか刺さる系多いわね」



 ノベェンタは、

 静かに旅人を見る。



「人類、“場所変えれば人生変わるかも”って定期的に思うので。上京、移住、留学、転職、旅行。“ここじゃないどこか”へ希望投影する。でも実際には、“環境変わるだけで全部解決”はそんな起きない。人類、脳ごと引っ越すわけじゃないので。ただ一方で、“同じ場所に居続けると壊れる”ケースも本当にある。だから旅って、“人生リセット”というより、“自分を少し呼吸しやすい場所へ運ぶ行為”なんですよ。あと時代劇、“旅の途中で知らない団子屋入る回”妙に名作率高いので。人類、壮大な目標より、“ちょっと親切にされた記憶”の方を長く覚えてたりします」



 だが。



 黒い霧は、

 消えない。



 むしろ。



【変われない】


【今のまま】


【失敗】


【置いていかれる】



 旅人型外側存在が、

 巨大化する。



「うわっ、悪化してる!?」


 佐伯が叫ぶ。



 空が暗くなる。


 風が唸る。


 街道の木々が揺れる。



 その時だった。



 キノピーが、

 前へ出た。



「にゃ」



 小さい肉球。


 小さい旅笠。


 だが。



 瞳だけが、

 やたら優しかった。



「人類、“変わらなきゃ”って思いすぎにゃ」



 黒い旅人が止まる。



 キノピーは、

 ゆっくり空を見上げた。



「朝ちゃんと起きたとか、お水飲んだとか、知らない景色見て“きれい”って思えたとか、それだけでもう結構えらいにゃ」



 風。



「だから――」



 キノピーの身体が、

 淡く光る。



 白い毛並み。


 金色の瞳。


 ぷにぷにの肉球。


 ふわりと浮く尻尾。



「《ぷにぷに肉球旅行記録式・今日はちゃんと空を見たから百点満点にゃんこ癒やし巡礼結界キャット・オブ・ザ・ロード》にゃーーー!!」



「長っ!!」


 佐伯が叫ぶ。



 だが。



 光は優しかった。



 戦闘ではない。


 破壊でもない。



 夕焼けみたいな、

 柔らかい光。



 街道。


 茶屋。


 団子。


 風。


 旅人達の笑い声。



 全部が、

 静かに溶け込む。



【急がなくていい】


【今日は歩いただけで十分】


【疲れたら休め】


【団子うまい】



 黒い文字列が、

 少しずつ光へ変わっていく。



 旅人型外側存在は、

 静かに空を見た。



『……休んでも、いいのか』



 キノピーは頷く。



「お昼寝は文明にゃ」



 沈黙。



 そして。



 旅人型外側存在は、

 ゆっくり消えていった。



 夕焼け。


 静かな風。



 佐伯が、

 ぽかんとする。



「……なんか今回、世界救済というより“人生相談”でしたね」



 ノベェンタは、

 少し笑った。



「人類、“頑張る方法”は大量に教わるんですが、“ちゃんと休む方法”は案外教わらないので。あと旅って、“目的地到達”だけじゃなく、“途中で団子食ってる時間”込みで人生なんですよ。現代人類、“意味ある事しなきゃ”へ寄りすぎですが、生物、本来もっとぼーっとしてる時間長かったので。猫見てると分かりますけど、“何もしてない時間”って結構重要なんです」



 キノピー。



 どや顔。



「にゃふーん」



 野村部長が、

 感動していた。



「キノピーくん……なんかこう……“明日もちゃんと働いて、ちゃんと休めばいいんだなぁ”って気がしてきたぁ……」


「急に健全な社会人へ戻ってる!」


 佐伯が叫ぶ。



 夕暮れ。



 富士山は、

 まだ遠かった。



 でも。



 旅は少しずつ、

 優しい方向へ進み始めていた。

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