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『境界断ちのノベェンタ』 〜観測整合維持局 第七補正執行室 野部遠汰の場合〜  作者: nobunobuwo


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第七十二話 「時代劇という文化は、“暴力・身分制度・人情・飯・旅・勧善懲悪”を安全圏から摂取できる江戸エンタメ圧縮装置なので、日本人は定期的に畳と殺陣へ帰りたくなります」


 東央マテリアル。


 地下第三層。


 午後六時十二分。



 対策部。



 珍しく、

 平和だった。



 現実安定率正常。


 侵食波形安定。


 黒い剣はネコ。


 野村部長は腹巻を磨いている。



 完全に、

 “嵐の前の静けさ”。



 その時だった。



 休憩スペース奥。


 オブジェの古いブラウン管テレビ。



 誰も繋いでいないのに、

 急に点灯した。



 ザザ――……



 映像。



 江戸。



 着流し。


 提灯。


 瓦屋根。


 三味線。



 そして。



【この桜吹雪、忘れたとは言わせねぇぜ】



「混ざってる!!」


 佐伯が即ツッコむ。



【余の顔を見忘れたか】


【この紋所が目に入らぬか】


【……では、参る】



 全部いた。



 奉行。


 将軍。


 御老公。


 剣豪。



 時代劇スター概念が、

 完全融合していた。



「うわぁ……」


 リゼが引く。



 だが。



 ノベェンタだけが違った。



 静かに立ち上がる。



 目が。



 異様に輝いていた。



「……来ましたか。時代劇、“日本人が長年かけて構築した理不尽社会サバイバル幻想”なので。悪代官、越後屋、闇奉行、密偵、浪人、長屋。この辺、“現実では勝てない権力へ、一話完結で最低限の鉄槌が下る”安心感として機能してるんですよ。あと撮影所あるあるですが、江戸町セット、“同じ通りを角度変えて何回も使う”文化あるので。視聴者、毎週違う城下町見てる気になってますが、実際には京都太秦の一本道を人生で数百回見てる場合あります」


「撮影所ガチ勢の目になるのやめて」



 その瞬間。



 空間断裂。



 畳。


 桜吹雪。


 提灯。



【多世界時代劇領域・江戸】



 転移。



 視界が白く染まる。



 次の瞬間。



 江戸だった。



 夕暮れ。


 日本橋。


 行き交う町人。


 魚売り。


 駕籠。


 煙草盆。


 長屋。



 空気が、

 完全に江戸。



「うわぁ……本当に時代劇の世界だ……」


 町娘姿の佐伯が目を丸くする。



 だが。



 ノベェンタ。



 着流し姿だった。



 しかも。



 異常に似合う。



「なんでそんな馴染んでるんですか!?」



「昭和の日本人、“夕飯時に時代劇を見る”を数十年繰り返してきたので。畳、障子、団子屋、夕暮れの渡し舟、この辺へ異様な郷愁補正かかるんですよ。あと時代劇撮影所、“砂埃を立たせる係”存在する場合あります。殺陣中に足元へ絶妙なタイミングで土撒くことで、“迫力ある斬り合い感”増幅するので。日本映像文化、“空気感の演出”へ異常執着ある」


「なんでそんな裏方知識まで詳しいんですか!」



 リゼ。



 旅籠の女将風。



 アイン。



 浪人。



 野村部長。



 完全に岡っ引き。



「野部くん!! 十手ってなんかテンション上がるなぁ!!」



「時代劇小道具、“触ると急に人格変わる”危険性ありますね。あと岡っ引き、“実際には町人側協力者”なので。現代刑事ドラマの“情報屋ポジション”へかなり近い。時代劇、“身分低い側の知恵”が結構強い文化なんですよ。ちなみに撮影所あるあるですが、十手・刀・煙管、この辺人気小道具なので、休憩中に役者同士でちょっと遊び始める現象あります」


「また無駄に解像度高い撮影裏話出てきた!」



 その時。



 遠くで悲鳴。



「出たぞーー!!」


「天上院だァァ!!」



 空気が凍る。



 黒い馬。


 黒羽織。


 妖刀。



 そして。



 天上院バズ丸。



 完全に。



 サムライだった。



「フハハハハ!! 久しいなノベェンタ!! 東京で再会を約したが、まさか江戸で会うとはなァ!!」



 沈黙。



「いや東京じゃなくて江戸なんですか」


 佐伯が真顔で突っ込む。



「伏線の回収が雑なんですよ!!」



 天上院バズ丸は、

 高笑いした。



「細けぇことは映えれば良いのだァ!!」



 町娘達がざわつく。



「キャー!! 天上院様ー!!」


「顔が良いー!!」



「人気あるんですねぇ……」


 佐伯が若干引く。



 ノベェンタは頷く。



「時代劇悪役、“色気あるとだいたい人気出る”ので。特に“外道だけど散り際美しいキャラ”、日本人かなり弱い。あと撮影所あるあるですが、悪役俳優、“子供から怖がられすぎて私生活めちゃくちゃ優しい”場合あります。“テレビでは斬ってるけど現場では飴くれるおじさん”現象、昭和期かなり発生してたので」


「なんか平和な裏話入った!」



 天上院バズ丸が、

 妖刀を抜く。



 黒いノイズ。


 桜吹雪。


 空間歪曲。



【承認欲求】


【成り上がり】


【映え】


【話題性】


【切り抜き】



「今回も嫌な単語しかない!」


 佐伯が叫ぶ。



 天上院バズ丸は笑う。



「見よ!! 江戸でも現代でも変わらぬ!! 人類、“目立つ者”へ群がる!! ならば拙者は天下一バズる侍となる!!」



 空間震動。



 妖刀が、

 黒く発光する。



「《超絶拡散炎上天下統一秘剣――江戸八百八町より現代全SNS次元へ至るまで、承認欲求と話題性を量子接続!! 見物人の歓声、切り抜き師の編集欲、町娘の黄色い悲鳴、そして“なんか気になるから再生した”という軽率な好奇心、その全てを妖刀へ圧縮装填!! 桜吹雪をアルゴリズム汚染粒子へ変換し、拡散、考察、炎上、再共有、無限おすすめ欄増殖を同時展開!! もはや逃れる術なし!! 江戸でも現代でも、“バズった者が勝つ”時代を刻み込めェェェ!! 《万国切り抜き桜吹雪インフィニット・バズ・エクスプロージョン斬り》ッ!!》」



「長い長い長い!!」


 佐伯が叫ぶ。



 轟音。



 黒い斬撃が、

 町並みを裂く。



 だが。



 ノベェンタ。



 静かだった。



「……時代劇の良い所、“最終的に技名叫ばなくなる強者”へ収束するんですよね。若い頃は“真空なんとか”“飛天なんとか”やるんですが、達人帯、“抜いた時点で終わってる”へ移行する。あと時代劇撮影所、“斬られ役専門俳優”という異常技能集団存在するので。転び方、吹っ飛び方、水落ち、“美しく負ける技術”だけで数十年食ってる人類いる。“やられ芸”が文化として成立してるの、日本映像史かなり特殊です」


「豆知識の解像度どうなってるんですか!?」



 黒い剣。



 キノピーが変化した刀身が、

 静かに抜かれる。



 チン――……



 妙に、

 音が綺麗だった。



 ノベェンタが、

 一歩踏み込む。



「あと時代劇、“全部救えない”前提で進むのが良いんですよ。悪人ゼロにならない。社会もそんな変わらない。でも、“今日は誰か泣かずに済んだ”くらいで話終わる。あれ、人類が長く壊れず生きる知恵としてかなり優秀なんです。“人生全部成功しなきゃ”じゃなく、“今日は団子うまかった”くらいで寝る方が、多分精神寿命長い。ちなみに撮影所の団子屋セット、本物使うと夏場すぐ傷むので、蝋製食品混ざってる場合あります。新人役者がたまに食いそうになって怒られる」


「最後で急に台無しにするな!!」



 一閃。



 黒。


 桜。


 静寂。



 天上院バズ丸の羽織が、

 ゆっくり裂けた。



「なっ……!?」



 だが。



 天上院バズ丸は笑う。



「フハハ!! 良いぞノベェンタ!! だが拙者、“江戸バズ”だけでは終わらぬ!! 次は宇宙戦国編で会おう!!」


「だからジャンル移動が雑なんですよ!!」


 佐伯が叫ぶ。



 黒いノイズ。


 桜吹雪。


 そして。



 逃亡。



「また逃げたぁ……」


 佐伯が肩を落とす。



 夕暮れ。



 江戸の町へ、

 風が吹く。



 蕎麦屋台。


 団子。


 三味線。



 野村部長は。



 岡っ引き姿のまま。



「野部くん!! この甘酒うまいぞぉ!!」



 めちゃくちゃ楽しそうだった。

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