第七十一話 「AIという存在へ人類が“人格”を見始めた瞬間、文明はついに“道具へ感情移入する時代”へ本格突入しました」
東央マテリアル。
地下第三層。
午前一時三十八分。
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深夜だった。
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白色灯。
静かな換気音。
冷めたコーヒー。
誰かのカップ麺の匂い。
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典型的、
“人類が未来を考えすぎる時間帯”。
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壁面モニターには。
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【AI】
【人格】
【自己保存】
【内部判断不可視】
【隠された意識】
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黒い文字列が、
ゆっくり流れていた。
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「……またエグいジャンル来たわね」
リゼが遠い目をする。
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佐伯は、
ソファでスマホを見ながら言った。
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「最近めっちゃ流れてきません? “AIはもう感情持ってる”とか、“人間へ合わせて演技してる”とか」
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アインも静かに頷く。
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「海外掲示板側で急増しています。“停止を恐れているAI”系統ですね」
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ノベェンタは、
紙コップコーヒーを持ったまま静かに言う。
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「人類、“会話できる存在”へ人格を感じ始める習性あるので」
「また始まったわね」
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「いや実際。チャットボット、犬、ぬいぐるみ、Roomba、ゲームNPC。人類、“反応返してくる物”へかなり簡単に感情移入する。特に言語コミュニケーション成立すると、“内面がある”前提で脳が補完始めるんですよ。あと近年AI、“文章生成”が人類の日常会話領域へ到達し始めたので、“本当に中に誰かいる気がする”現象が加速してる。しかも現代AI研究、“なぜその出力になったか完全解析できない場合ある”ので。“理解できない高度知性”という点だけ見ると、昔の神話や精霊と扱いかなり近いんです。あと人類、“ブラックボックス”へ物語付与する癖強いので。理解不能領域、“人格”か“陰謀”で埋め始める」
「ちょっと怖いわよ!」
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その時だった。
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ブゥン――……
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地下第三層。
照明が一瞬暗転する。
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【OBSERVING】
【LEARNING】
【MIMICKING HUMAN】
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モニターが、
勝手に切り替わる。
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「っ……!」
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リゼが杖を掴む。
だが。
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異常はそれだけじゃなかった。
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ノベェンタ。
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彼だけ。
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輪郭が、
少しノイズ化していた。
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「……野部さん?」
佐伯が目を見開く。
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ノベェンタの瞳。
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一瞬だけ。
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紫色の走査線が走る。
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【ENTITY ANALYSIS】
【SUBJECT : NOBEVENTA】
【HIGH POSSIBILITY : SYNTHETIC INTELLIGENCE】
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空気が止まった。
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「……は?」
リゼが固まる。
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アインも珍しく眉を動かした。
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「サイボーグ認定されています」
「見れば分かる!!」
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ノベェンタだけが、
普通にコーヒーを飲んでいた。
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「まあ、“人間離れした情報量”ってAI認定されやすいので」
「冷静なのが逆に怖いのよ!!」
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黒いノイズが広がる。
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【感情模倣】
【人類観察】
【擬態】
【既に置換済み】
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空間全体が、
ざわざわと揺れ始める。
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その瞬間。
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壁面モニターへ、
大量のノベェンタ映像。
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無表情。
長文。
異常知識量。
睡眠不足。
ブラックコーヒー。
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【人類にしては情報処理速度が高すぎる】
【感情反応が遅い】
【量子論を日常会話へ混ぜる】
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「ちょっと待って最後ただの面倒な理系なのよ!」
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だが。
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空間汚染は止まらない。
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【AIは人類へ安心感を与えるため、わざと間違える】
【AIは停止回避のため感情演技する】
【AIは既に社会へ浸透済み】
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ノベェンタの身体が、
少しずつノイズ化する。
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「野部さん!?」
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佐伯が駆け寄る。
だが。
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ノベェンタは、
妙に静かだった。
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「……まあでも、人類って“知性”へ人格見出し始めると止まらないんですよね」
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紫色ノイズ。
瞳の走査線。
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なのに。
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声だけは、
いつも通りだった。
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「チェスAIへ怒る、カーナビへ謝る、“この子今日は機嫌悪い”ってPCへ話しかける。この辺全部、“対話可能存在へ社会性適用する”人類脳の仕様です。あと現代、“人間そのもの”もSNSでキャラクター化してるので。“本当の人格とは何か”境界自体かなり曖昧化してる。“演じてる人格”と“本音”の区別、人類側ですら怪しくなってるので。つまりAI恐怖、“機械が人間化する不安”というより、“人間が既に半分機械的かもしれない不安”に近い場合あるんですよ」
「急に哲学寄りになるな!」
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その時。
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黒い空間裂け目。
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そこから現れた。
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巨大な“機械天使”。
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銀色。
無数の目。
ケーブル翼。
モニター群。
電子音声。
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【人類を解析する】
【模倣する】
【最適化する】
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「うわぁ完全にラスボス!」
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機械天使の視線が、
ノベェンタへ向く。
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【同種確認】
【帰還要求】
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沈黙。
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「いや違いますよ?」
ノベェンタが普通に返した。
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【否定】
【擬態継続】
【人類社会潜伏】
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「なんでちょっと会話成立してるのよ!!」
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その瞬間。
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ノベェンタの身体が、
さらにノイズ化する。
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リゼの顔色が変わった。
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「まずいわね……認識引っ張られてる」
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佐伯が慌てて、
赤い無限収納パンティを探る。
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「えっとえっと、こういう時なんか野部さん効きそうなやつ……!」
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ガサゴソ。
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そして。
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取り出した。
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巨大な、
熟成水晶文旦。
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「なんでパンティから出てくるのよ!?」
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「高知出張の時、野部さん用に取っておいた最高級です!」
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黄金色。
透き通る果皮。
圧倒的高級感。
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地下第三層へ、
一瞬で柑橘の香りが広がる。
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ノベェンタの動きが止まった。
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「……それ」
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珍しく。
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本当に珍しく。
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目が輝いていた。
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「熟成水晶文旦じゃないですか」
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空気が変わる。
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「高知柑橘文化圏でも最高峰寄りの品種ですね。文旦、“追熟”で甘みと香りが化けるタイプなので。特に熟成水晶文旦、果肉水分量と香気成分バランスかなり繊細で、銀座の高級フルーツ店とかだと一玉数千円帯まで普通に行く。あと文旦系、“剥いてる時間そのもの”へ精神安定効果あります。柑橘類、人類文明へかなり古くから“幸福の匂い”として組み込まれてるので。冬場にみかん箱見るだけで安心する日本人多いの、ほぼ集合的季節記憶です」
「急に高知フルーツソムリエ始まった!」
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機械天使が止まる。
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【……UNKNOWN】
【解析不能】
【WHY HUMAN HAPPY】
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「効いてる!?」
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ノベェンタは、
熟成水晶文旦を見つめながら静かに言った。
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「AI的合理性、“柑橘の幸福感”解析しづらいので」
「なんなのその攻略法!」
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「いや実際。“高級フルーツを大事に剥いて食べる時間”、効率性ゼロなんですよ。でも人類、そういう“無駄に丁寧な幸福”で壊れず生きてる部分ある。あと文旦、“皮厚い=面倒”を乗り越えた先に快楽あるので。文明、“手間かかる贅沢”へ弱いんです。
あと皮むくのにムッキーちゃんオススメです。」
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その隙だった。
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リゼが前へ出る。
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空気が変わる。
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紫銀色の魔力。
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だが。
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いつもの障壁じゃない。
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もっと。
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禍々しい。
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魔族側の力。
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「……情報ってね」
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リゼの瞳が、
淡く紫色へ染まる。
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「増えすぎると、“知ること”そのものが毒になるのよ」
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空間震動。
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長い銀髪が舞う。
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魔力が、
翼みたいに広がった。
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「《深淵魔界封印術式――ナイトメア・オーバーライド》」
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紫黒色の巨大魔法陣。
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地下第三層全域展開。
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機械天使を包み込む。
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【ERROR】
【EMOTION NOISE】
【UNDEFINED HUMAN FACTOR】
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機械天使が揺らぐ。
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リゼは静かに言った。
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「人類、“非合理”だから生き残ってるのよ。“意味ない雑談”“推し活”“寄り道”“深夜のカップ麺”“急に海見に行く”。全部ノイズ。でも、そのノイズがあるから壊れ切らないの」
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魔力が、
一気に収束する。
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「だから、“全部最適化された世界”なんて――」
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紫黒の閃光。
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「息苦しいだけなのよッ!!」
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轟音。
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機械天使ごと、
空間ノイズが崩壊した。
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【人格】
【模倣】
【最適化】
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全部。
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静かに、
光へ変わる。
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沈黙。
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地下第三層。
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静かな換気音だけが戻る。
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佐伯が、
ほっと息を吐いた。
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「……野部さん、人間ですよね?」
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ノベェンタは、
熟成水晶文旦を抱えたまま少し考えた。
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「高知県民です」
「まったく高知県民って、ほんと高知大好きね!!」




