第七十四話 「登山文化というものは、“わざわざ酸素の薄い場所へ重い荷物背負って登る苦行”を達成感へ変換した人類特有のバグ技術なので、富士山頂でカップ麺食うだけで人生観が少し変わります」
東海道。
旅五日目。
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空気が、
変わっていた。
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湿度が減る。
風が冷たい。
空が高い。
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そして。
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見えた。
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富士山。
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巨大だった。
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白い頂。
雲。
朝日。
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存在感が、
“山”ではなかった。
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「うわぁ……」
佐伯が足を止める。
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「デカすぎません?」
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ノベェンタは、
静かに頷いた。
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「富士山、“見ると脳が一回無言になる山”なので。高さ三七七六メートルという数字以上に、“形が綺麗すぎる”んですよ。火山って普通もっとゴツゴツ崩れるんですが、富士山、“人類の理想山概念”みたいなシルエットしてる。だから宗教、芸術、観光、浮世絵、アニメ背景、コンビニ商品パッケージまで全部入り込んだ。あと日本人、“とりあえず富士山付ければ縁起良い”文化かなり長い。銭湯の壁画から新年CMまで、“富士山見せとけば正月感出る”へ到達してるので」
「最後急に雑になるのよ」
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その時。
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野村部長。
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旅笠を押さえながら震える。
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「……野部くん」
「はい」
「アレ、登るの?」
「はい」
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沈黙。
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「徒歩で?」
「江戸ですからね」
「ブラック企業なのよ!!」
佐伯が叫ぶ。
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「ちなみに富士登山、“頂上着いた瞬間終わり”ではなく、“無事下山するまでが登山”です。遭難統計、“帰り”の方が多いケース普通にあるので。人類、達成感得ると急に注意力落ちる。“もう終わった感”が一番危険なんですよ。あと高山病、“体力ある人ほど無理して悪化”しやすい。“若いから大丈夫”が通じないので、登山文化、“己の過信を破壊する趣味”としてかなり優秀です」
「人生教訓みたいに言うな!」
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登山開始。
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砂利道。
冷気。
鳥居。
山小屋。
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完全に、
富士登山だった。
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キノピーは、
何故か小さい登山リュックを装備している。
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「にゃー」
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「その装備どこで手に入れたのよ……」
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六合目。
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風が強い。
空気が薄い。
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野村部長。
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「ゼェ……ハァ……」
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完全に死にかけ。
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「部長、大丈夫ですか?」
佐伯が心配する。
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「富士山、“初心者でも登れる”って言われがちですが、普通にしんどいので。標高三〇〇〇超えると、“歩くだけで息切れ”始まる。あと山小屋文化、“隣人との距離感ゼロ”問題あるので。繁忙期、“知らないおじさんの寝息BGMで睡眠”発生する。登山、人類のプライバシー概念を時々破壊します」
「なんでそんなリアルな豆知識ばっかりなの!?」
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七合目。
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霧。
岩場。
冷気。
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リゼが杖をつく。
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「……なんで人類、わざわざ高い場所登るのよ」
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ノベェンタは、
少し考えた。
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「“頑張った実感”が物理的に分かりやすいからじゃないですかね。人生、“成長したかどうか”見えづらいので。でも登山、“上見るとまだ遠い”“振り返ると結構来た”が視覚化される。人類、“ちゃんと前進してる感覚”へかなり救われる生物なんですよ。あと登山界隈、“山頂で食うカップ麺は三倍うまい”という集団幻覚ありますが、あれ実際には低温+疲労+塩分不足+達成感補正です。でも人類、“苦労した後の飯”へ弱いので、結局幸福ってそういう構造なのかもしれません」
「最後ちょっと良いこと言うの悔しいわね……」
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八合目。
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夜。
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星空。
風。
静寂。
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世界が、
下にあった。
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「……すご」
佐伯が呟く。
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街の灯り。
雲海。
流れ星。
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人類の生活が、
小さく見えた。
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ノベェンタは、
静かに空を見る。
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「登山、“世界の広さ”と“自分の小ささ”を同時観測できる趣味なんですよね。だから悩み軽くなる人結構いる。人類、“自分の問題だけ”見続けると脳が煮詰まるので。自然、“お前の残業より地球の方がデカいぞ”って無言で教えてくる。あと山、“Wi-Fi無い”ので強制的に思考整理始まる。現代人類、通知無いだけでかなり脳静かになるんですよ」
「最後デジタルデトックス推進みたいになるのやめなさい」
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その時だった。
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富士山頂。
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空間が裂ける。
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【頂上】
【成功】
【人生逆転】
【一番】
【勝者】
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黒い雲。
巨大な影。
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山そのものみたいな、
巨人だった。
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「うわぁ……ラスボス感すごい」
佐伯が引く。
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巨人が低く唸る。
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『登れ』
『もっと上へ』
『止まるな』
『頂上だけが価値だ』
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黒い圧力。
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空気が震える。
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リゼが杖を構える。
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「今回、“意識高い自己啓発”寄りね……」
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ノベェンタは、
静かに巨人を見る。
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「人類、“上へ行かなきゃ価値ない”思想へ定期的に飲まれるので。出世、学歴、フォロワー数、売上、ランキング。“もっと上”を追い続ける。でも登山って本来、“頂上着いたら終わり”なんですよ。重要なの、“途中で景色見たか”“誰と登ったか”“ちゃんと飯食ったか”の方だったりする。あと登山文化、“途中で引き返す勇気”かなり重視します。“無理して死ぬくらいなら撤退”が正義なので。これ、人生でも結構大事なんですよ」
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巨人が咆哮する。
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【まだ足りない】
【もっと】
【もっと】
【もっと】
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その時だった。
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キノピー。
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山頂岩場へ、
ぴょんと飛び乗る。
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「にゃ」
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夜明け前。
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東の空が、
少し赤い。
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キノピーは、
しっぽを揺らした。
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「人類、“頂上”好きすぎにゃ」
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巨人が止まる。
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「でも、おにぎり食べた休憩所とか、“もう無理……”って言いながら笑った場所とか、そういうのも結構大事にゃ」
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そして。
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キノピーの肉球が、
淡く光る。
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「《ぷにぷに絶景山頂日の出観測式・ちゃんと途中の景色も見たから人生わりと百点満点にゃんこ流星巡礼波動》にゃーーー!!」
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「また長い!!」
佐伯が叫ぶ。
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だが。
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その瞬間。
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ご来光。
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朝日が、
世界を照らした。
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雲海。
黄金色。
静かな風。
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黒い巨人が、
少しずつ光へ変わる。
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【途中でもよかった】
【登っただけで十分だった】
【疲れたら座ればよかった】
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空気が、
静かになる。
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山頂。
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完全な朝。
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野村部長が、
涙目だった。
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「野部くん……なんかこう……“人生、頂上行けなくても途中でうまい飯食って笑えてたら結構勝ちなんだなぁ”って気がしてきたぁ……」
「登山後に急に悟る人いるんですよね」
ノベェンタは頷いた。
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「ちなみに登山後、“下界へ戻りたくない”現象かなりあります。“山で働きたい”“山小屋暮らししたい”とか言い始める。高山環境、“不便だけどシンプル”なので。人類、“やる事少ない”と逆に精神安定する場合あるんですよ。あと富士山下山、“膝が死ぬ”ので本番これからです」
「最後に現実戻すな!!」
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朝日。
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富士山頂。
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江戸の世界が、
少しずつ光へ溶け始める。
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帰還の気配だった。
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だがその前に。
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佐伯が、
小さく笑う。
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「……でも、ちょっと楽しかったですねぇ。この世界」
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ノベェンタは、
静かに頷いた。
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「人類、“ちゃんと遊んだ記憶”あると少し生きやすくなるので」
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風が吹いた。




