第六十七話 「多世界解釈は、“別ルートの自分”への未練と希望を量子力学へ混ぜた概念です」
高知自動車道。
午前十時四十二分。
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長かった。
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東京ビッグサイト。
秋葉原。
異世界装備固定化。
大阪出張。
満員電車。
地底世界。
高知市。
ひろめ市場。
よさこい。
藁焼き覚醒キノピー。
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情報量が、
ずっと限界だった。
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そして今。
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東央マテリアル対策部一行は、
ようやく帰路についていた。
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大型高速バス。
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窓の外には、
高知の山々。
少し白い雲。
湿った初夏の空気。
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車内は、
完全に“出張後”だった。
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静か。
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みんな、
ちょっと魂が薄い。
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佐伯は窓際で寝ている。
赤いハルバードケース抱えたまま。
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アインは、
ノートPCで報告書整理中。
もう完全に“移動中でも仕事できる人類”だった。
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リゼは、
ペットボトルのお茶を額へ当てながら呟く。
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「……やっと帰れるわね」
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その前方。
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野村部長。
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なぜか最前列。
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サービスエリアで買った巨大柚子アイスを食べながら、
めちゃくちゃ機嫌が良かった。
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「いやぁ!! 出張って成長するなぁ!!」
「部長、地底世界まで行ったんですけど」
「視野が広がったよぉ!!」
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しかも。
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腹巻が、
まだ微妙に発光している。
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【腰痛耐性+12】
【長距離移動疲労軽減】
【四国山脈適応】
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「なんで高速バスで適応進化してるんですか」
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ノベェンタは、
缶コーヒーを開けながら静かに頷いた。
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「人類、“長距離移動イベント”で人格少し変わるので。修学旅行、留学、出張、バックパッカー。この辺、“一回生活圏から切り離される”のが重要なんですよ。あと高速バス文化、日本かなり特殊です。“夜寝てる間に別地方へ移動する”って、文明的にはかなり瞬間移動寄りなので。しかも価格まで安い。つまり日本人、“身体HP削って移動コスト圧縮する技術”を極めてる。あと長距離バス、人類へ“人生について考える時間”を強制付与しやすい。“深夜SAの自販機前”で急に哲学始まる個体かなりいます」
「まぁ深夜はだいたいそうよ…」
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その時だった。
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トンネル。
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長い。
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かなり長い。
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「……こんな長かったかしら」
リゼが眉をひそめる。
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窓の外。
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暗闇。
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だが。
少しずつ。
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ノイズ。
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【IF】
【可能性】
【選ばなかった未来】
【成功世界線】
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黒い文字列。
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バス全体が、
微かに軋む。
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「……来ましたね」
ノベェンタが小さく呟く。
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そして。
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トンネルを抜けた瞬間。
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「……は?」
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沈黙。
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そこにあったのは。
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超高層ビル群だった。
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「えっ」
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巨大モノレール。
空中広告。
立体高速道路。
巨大ショッピングモール。
ドローン配送。
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【WELCOME TO OTSUKI METROPOLIS】
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「この旅はなかなか終わらないわね…」
リゼが真顔で言った。
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港には。
大型客船。
国際フェス会場。
海上ライブステージ。
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そして。
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人。
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めちゃくちゃいた。
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「柏島ナイトクルーズはこちらですー!」
「大月ウェルネス国際会議、受付開始しております!」
「世界サステナブル都市ランキング第一位、おめでとうございます!」
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「なんで大月町が最先端都市みたいになってるのよ!!」
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ノベェンタは、
静かに街を見上げていた。
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「……多世界分岐ですね」
「軽く言うな!」
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「恐らく、“地方創生関連イベントが全部奇跡的成功した世界線”です」
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風が吹く。
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巨大モニター。
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【世界移住希望ランキング一位】
【世界ウェルネス都市大賞】
【人口増加率 全国一位】
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「凄いわね…まぁけど、なったらなったで大変そうだわ…」
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ノベェンタは頷く。
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「量子力学の“多世界解釈”、ざっくり言うと“選ばれなかった可能性も消えてない”って発想なんですよ。つまり人類、“あの時別の会社入った世界”“移住した世界”“結婚した世界”“筋トレ続いた世界”全部どこかへ枝分かれしてるかもしれない。かなりSF的ですが、一方で人類、“別ルート人生への未練”を昔から持ってるので。“もしあの時……”って感情、文明レベルで普遍なんです。あと創作文化、“IF世界線”だけで数十年コンテンツ生成可能なので。人類、“現実一個だけ”だと精神的に少し息苦しいのかもしれません」
「ちょっと哲学濃いわね……」
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その時。
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黒塗り高級車。
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スゥゥ……。
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静かに停車。
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中から降りてきたのは。
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野村部長だった。
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だが。
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明らかに違う。
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超高級スーツ。
高級時計。
サングラス。
背後に秘書。
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「Welcome backだよぉ、野部くん」
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低音。
重役感。
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「誰!?バスにいたのに!?」
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リゼが叫ぶ。
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野村部長は微笑む。
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「こちら側ではねぇ。“オーツキ・ウェルネス・グローバル”代表取締役なんだよぉ」
「なんで地方創生成功世界線で部長だけ財界人になってるんですか!?」
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「腰痛治った辺りから人生変わってねぇ」
「分岐点そこなの!?」
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さらに。
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巨大ビジョン。
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【“世界を変えた腹巻開発者”野村健一氏】
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「腹巻で世界獲ってる!!」
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だが。
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空が少しずつ、
ノイズ化していた。
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【成功】
【理想】
【もっと良い人生】
【こうなれたかもしれない】
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黒い文字列。
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巨大都市が、
じわじわ膨張する。
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人々の顔から、
余白が消えていく。
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全員、
“成功し続ける顔”になっていた。
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「……息苦しい」
佐伯が小さく呟く。
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「“可能性依存型外側”ですね」
ノベェンタが静かに言う。
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「人類、“もっと良い自分になれたかも”へかなり弱いので。SNS時代、“他人の成功人生”を常時観測する構造になった結果、“今ここ”を肯定しづらくなってる。“もっと頑張れた”“もっと稼げた”“もっと正解あった”。でも実際、“別世界の自分”にも普通に残業あるし、お腹壊す日もある。人類、“未選択ルート”だけ都合良く美化しやすいんですよ。あと脳、“失った可能性”を実際以上に輝いてた物として保存する傾向あります。“昔の夏休み”とか“学生時代”が異様にキラキラして見えるの、それです」
「とりあえず瞑想が必要ね……」
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その時だった。
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キノピー。
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ぽふ。
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バスの通路へ降りる。
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「にゃ」
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しっぽが、
ゆっくり膨らむ。
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藁焼き覚醒時よりも、
さらに濃い黒炎。
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瞳が金色へ変わる。
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「……キノピー?」
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キノピーは、
静かに空を見上げた。
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「人類、“まだ来てない未来”を心配しすぎにゃ」
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黒いノイズが揺れる。
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【もしも】
【別の人生】
【成功】
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キノピーは、
前脚を上げた。
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その瞬間。
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黒い剣。
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境界断ちの本来形態。
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ノベェンタの手へ転移する。
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だが今回は違う。
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刀身全体へ、
星空みたいな光が走っていた。
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「新形態……?」
リゼが息を呑む。
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キノピーの声が、
静かに響く。
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「“まだ選んでない明日”は、“今の敵”じゃないにゃ」
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ノベェンタが、
静かに剣を構える。
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空間振動。
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黒い都市ノイズが、
巨大な“別世界の影”へ変わる。
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【もっと成功できた】
【もっと幸福だった】
【もっと正しい人生】
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世界そのものが、
比較地獄へ沈み始める。
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その時。
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キノピーが叫んだ。
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「《量子猫奥義・シュレディンガー・ニャイティング!!》」
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「ネーミング!!」
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黒剣が発光。
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次の瞬間。
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世界中へ。
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無数の“普通の光景”が広がった。
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コンビニ帰り。
昼寝。
友達との雑談。
夜食。
釣り。
夕焼け。
半額シール。
猫吸い。
失敗した料理。
どうでもいい笑い声。
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“特別じゃない人生”。
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だが。
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ちゃんと、
温かい記憶達。
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黒いノイズが、
少しずつ崩れていく。
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【比較】
【理想】
【別世界】
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全部。
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静かに、
薄れていく。
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ノベェンタは、
小さく笑った。
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「……ああ、なるほど」
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風。
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静かな声。
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「人類、“人生の大半はイベントじゃない”んですよね。劇的成功より、“なんか今日は平和だったな”の積み重ねの方が長い。でも案外、そっちの方が壊れにくい。あと量子力学的にも、“観測できる現在”しか結局触れられないので。“存在するかもしれない完璧人生”より、“今ここでちゃんとご飯食べれてる”方が多分重要なんです」
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巨大都市が崩れる。
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高層ビルが消える。
モノレールが消える。
光が砕ける。
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そして。
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戻ってきた。
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海。
山。
静かな港町。
少ない信号。
少し古いスーパー。
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いつもの大月町。
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「……なんだか安心するわね」
リゼが少し笑う。
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野村部長も戻っていた。
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最前列で。
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柚子アイス食べながら。
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「いやぁでも社長世界線、タワマン最上階だったんだよぉ!!」
「未練あるんですか」
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「夜景すごかったぁ!!」
「俗なのよ」
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キノピーは、
満足そうに丸くなる。
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「にゃ」
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ノベェンタは、
静かに缶コーヒーを開けた。
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「まあ、“もっと良い人生あったかも”って考えるの自体は普通なんですよ。“今より少し幸せになりたい”って感情、人類を進化させてきたので。ただ、“存在しない完璧自分”と比較し始めると、だいたい現実側が苦しくなる。なので結局、“今日はちゃんと眠れそうだな”くらいで生きるのが一番長持ちするんです」
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海風。
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キノピーの寝息。
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大月町は今日も少し不便で。
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でも。
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ちゃんと、
人類が呼吸できる速度で回っていた。




