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『境界断ちのノベェンタ』 〜観測整合維持局 第七補正執行室 野部遠汰の場合〜  作者: nobunobuwo


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第四十五話 「人類という種族は、“理解できないもの”へ名前を付けて安心しようとしますが、量子力学だけは未だに“いや何これ……”のまま運用されています」


 東央マテリアル地下第四層。


 午前四時五十二分。



 警報は停止していた。


 だが、

 空気はまだ少し重い。



 培養槽の青白い光だけが、

 静かに施設内を照らしている。



 リゼは疲れた顔で椅子へ座り込んでいた。



「……なんか今日、情報量多すぎて脳がバグってるんだけど」



「正常反応です」



 俺は紙コップのコーヒーを飲む。



「ちなみに人類の脳、“理解不能な情報”が一定量超えると雑処理始めます。専門用語聞き流したり、“なんか凄そう”で納得したりする。大学講義後半で学生の目が死ぬのもだいたいそれです」



「教授側みたいな語り口やめてくれる?」



「大学院時代、割と観測しました」



「その言い方すると学生じゃなく研究対象なのよ」



 その時。



 空間が静かに歪む。



 親玉だった。



 相変わらず輪郭が曖昧だ。


 視線向けるだけで、

 脳の遠近感が狂う。



「うわっ……慣れない……」



「この人、“現実側へ存在を落とし込む”だけで負荷発生してるので」



『今回の件、ご苦労だった』



「福利厚生改善でお願いします」



『検討はしている』



「日本企業の“検討します”、だいたい長期イベント告知なんですよね」



「社員の愚痴を宇宙規模存在へ提出しないで」



 親玉の周囲に、

 黒い粒子が浮かぶ。



 まるでノイズみたいな光。


 存在が安定していない。



 俺は少し眉をひそめた。



「……位相固定、かなり危険ですね」



『こちら側へ寄り過ぎた』



「SPDC経由ですか?」



 リゼが顔をしかめる。



「また略称!」



「自発的パラメトリック下方変換です。高エネルギー光子を二つの低エネルギー光子へ分ける量子光学現象ですね。量子もつれ生成でよく使われる。ちなみに量子研究者界隈、“略称長すぎ問題”で会話全部アルファベット化しがちです」



「営業企画部だけ略称文化弱いのよね……」



「実際、技術部会議かなり暗号寄りです」



 親玉が静かにこちらを見る。



『ノベェンタ』



「はい」



『お前は、“現実側”へ残れ』



 空気が止まった。



 リゼが少しだけ目を見開く。



「……どういう意味?」



 親玉の輪郭が揺らぐ。



『お前は境界へ近づき過ぎている』



「仕事なんで」



『仕事感覚で世界境界へ触れるな』



「でも日本の労働文化、“無茶振りへ慣れた人間”ほど生存率高い傾向ありますよ。高度経済成長期とか、“とりあえず現場で何とかしろ”精神かなり強かったので。現代会社員、“説明不能状況への耐久力”だけ妙に高い」



「それを誇らしげに分析しないのよ……」



 親玉が沈黙する。



 そして、

 小さく言った。



『……お前は少し、面白すぎる』



「褒め言葉として受け取ります」



「今ので褒められてる判定になるの?」



「この人、感情表現かなり希薄なので」



 空間が微妙にノイズ化する。



 施設の壁面が、

 一瞬だけ“別の何か”へ変わった。



 星空。



 いや。


 宇宙背景放射みたいな模様。



 世界の外壁。



「……っ」



 リゼが息を呑む。



「なに、今の……」



「多分、“向こう側”ですね」



「説明が軽いのよ!」



「ちなみに量子真空、“完全な無”じゃありません。粒子と反粒子が一瞬だけ発生して消える“真空ゆらぎ”起きてる。つまり現代物理学、“何も無い空間”すら騒がしい前提なんですよ」



「宇宙が静かじゃない情報をさらっと追加しないで……」



 親玉の輪郭がさらに薄れる。



『時間がない』



「そろそろ限界ですか」



『こちら側へ長く留まると、現実へ歪みが出る』



「ラスボスみたいな存在が言うと説得力ありますね」



『ラスボスではない』



「中間管理職?」



 一瞬。


 空気が止まった。



 リゼが吹き出す。



「ちょっ……!」



 親玉は沈黙したまま立っている。



 だが、

 微妙に空間が震えていた。



「……今、笑ってる?」



「多分」



『不本意だ』



「ちなみに人類、“真顔でボケる人間”へ弱い傾向あります。脳が感情予測外されるので。シュール系ギャグ文化って、日本だとかなり発達してる」



「分析だけは妙に学術的なのよ……」



「ボー○ボとか、かなり認識耐久試験寄り作品ですし」



「作品への評価軸がおかしいのよ!」



 親玉がこちらを見る。



『ノベェンタ』



「はい」



『しばらくこちらからの直接接触は控える』



「現実安定優先ですか」



『ああ』



 黒い粒子が崩れていく。



『境界は——近い』



 その言葉を最後に。


 親玉の姿は、

 静かに消えた。



 地下施設へ沈黙が落ちる。



 しばらくして。



 リゼが深く息を吐いた。



「……なんか、“世界の裏側”見た感じするんだけど」



「割と見ましたね」



「もっと危機感持ちなさいよ……」



 俺はコーヒーを飲み干した。



「ちなみにオタク文化圏、“公式供給止まると考察だけ異常進化する”現象あります。ソシャゲ更新停止期間とか、最終回後掲示板とか顕著ですね。つまり人類、“空白”あると勝手に物語補完し始める」



「その習性を量子論へ接続しようとしないで」



「コペンハーゲン解釈とか割と“観測されるまで確定しません”思想なので、考察文化との親和性高いんですよ」



「親和性って言葉で全部まとめないのよ……」



 地下第四層。


 白い施設。


 青い培養槽。



 そして。


 人類がまだ理解し切れていない“世界の裏側”だけが、

 静かに脈動していた。

人類、「面白かった」を言葉にすると少し照れる生物なんですが、ペンギンは気に入った相手へ小石を渡して求愛する個体がいます。


 つまり、

 ブックマークや評価も、

 だいたい“現代インターネット版の小石”です。


 創作者側、

 かなり嬉しい。


 あと連載作品って、

 読者が一人増えるだけで作者の脳内世界存続率かなり変わるんですよね。


「続きを書いてもいいんだ」

 が発生するので。


 ちなみにハムスターは、安心できる場所へ食料を溜め込みますが、

 創作者は感想を心へ溜め込みます。


 そして深夜二時くらいに読み返して回復する。


 生態としてはだいたい同じです。


 もし少しでも楽しんで頂けたら、

 評価やブックマークなど頂けると、

 作者が静かに延命されます。

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