第四十三話 「DNAという物質は、要するに“四種類の塩基で書かれた超長編生物マニュアル”なので、外側案件になると時々“世界そのものの設計図断片”として扱われます」
午前一時十四分。
東央マテリアル地下第四層。
普段なら社員ですら立ち入り禁止の区域だった。
白い。
やたら白い。
壁も床も天井も、無菌室みたいに白い。
空気からして静かだった。
「……なんで私まで呼ばれてるのよ」
リゼが嫌そうに呟く。
「今回は“観測者”が必要なんですよ」
「毎回嫌な言い方するわね」
俺は無言で歩く。
長い通路。
その先。
重厚な隔壁扉が見えてきた。
【特別管理領域/外側接触危険区画】
「うわぁ……」
「ちなみに人類は、“関係者以外立入禁止”って書かれると逆に入りたくなる生物です。これは心理学で“カリギュラ効果”と呼ばれますが、旧約聖書の禁断の果実からSNSの閲覧制限コンテンツまで、本質的には全部同じです。つまり人類は数千年前から、“ダメと言われると気になる”を卒業できてない」
「今その豆知識いる?」
「割と」
扉が開く。
その瞬間。
空気が変わった。
重い。
いや、“現実が濃い”。
部屋の中央。
そこに“親玉”がいた。
黒いスーツ。
曖昧な輪郭。
人型なのに、人類の脳が認識しきれない。
視線を向けるだけで、空間認識が微妙にズレる。
「……っ」
リゼが顔をしかめる。
「頭……痛……」
「無理に理解しようとしないでください。この人、“外側の外側”なんで」
「意味わかんないのよそれ……」
親玉は静かにこちらを見る。
『ノベェンタ』
「はい」
『直接依頼だ』
「珍しいですね」
『現実固定率が低下している』
空間が僅かに軋む。
壁面モニターに、無数の波形が映し出される。
【認識安定率:72%】
【境界侵食率:31%】
【存在揺らぎ増加】
「……悪化してますね」
「ちょっと待って。世界ってそんな健康診断みたいに数値化されてるの?」
「されます。ちなみに人類は、“数値化できた瞬間に安心する生物”です。偏差値、年収、PV、株価、BMI、フォロワー数。実際には数字で測れないものだらけなのに、とりあえず数値にすると“理解した気”になる。これは極めて文明的な錯覚ですね」
「今の会話に自然に混ぜ込むな」
親玉が手を上げる。
黒い空間が裂けた。
その奥。
巨大な培養槽が並んでいた。
青白い液体。
無数の光。
そして――
中央に、“一本のケース”。
「……なにあれ」
リゼが小声で呟く。
親玉の声が響く。
『DNAサンプルだ』
沈黙。
「は?」
『ノベェンタ。お前のDNAを提供してもらう』
空気が止まった。
リゼが俺を見る。
「……え?」
俺は少し考え込む。
「それ、つまり“かなりまずい段階”ですよね」
『ああ』
「説明して」
リゼが即座に突っ込む。
俺はため息を吐いた。
「境界断ち適性って、遺伝子レベルで現実との“接続異常”が起きてる可能性があるんですよ」
「接続異常?」
「普通の人類は、“この世界の法則に完全適応した存在”です。でも俺みたいなのは違う。境界に触れても壊れにくい」
「……つまり?」
「“世界そのものへの耐性”が異常なんです」
「意味不明すぎるんだけど」
「ちなみに生物学的には、人類DNAの約八%は古代ウイルス由来です。つまり我々の身体は、“昔感染した何か”を内部へ取り込み続けた結果でもある。人類って結構、“異物との融合”で進化してるんですよ」
「今すごい嫌な豆知識聞いた」
親玉が静かに言う。
『外側侵食が深刻化している。現実側へ“固定楔”を増やす必要がある』
「……俺を増やす気ですか?」
『複製ではない』
「その言い方、余計怖いんですけど」
ケースが開く。
中には注射器。
そして、黒い結晶みたいなもの。
見ているだけで、空間感覚が狂う。
「うわ……なにこれ」
「“境界残滓”ですね」
「軽く言うな!」
「ちなみに人類は、“自分の理解できない形状”を見ると本能的恐怖を感じます。深海生物とか昆虫が怖いのもそれです。脳が“分類できない”ので。クトゥルフ神話の根本も実はそこに近い」
「本当に今それ言う?」
親玉が俺を見る。
『お前の遺伝情報は、“現実側へ耐性を持つ観測基盤”になる可能性がある』
「つまり世界の補強材ですか」
『近い』
リゼが青ざめる。
「ちょっと待って……アンタ、それ大丈夫なの?」
「多分」
「多分!?」
「いや、正直あんまり分かってないです。ちなみに最先端科学でも、“DNAがどこまで人間を決定しているか”は未解明部分が多い。遺伝子だけで人格は決まらないし、環境だけでも決まらない。つまり人類は未だに、“自分が何で出来てるか”を完全には理解してないんですよ」
「急に壮大」
「人類ってだいたいそうです」
俺は注射器を受け取る。
黒い液体が揺れる。
空間が軋む。
外側がざわつく。
『ノベェンタ』
「はい」
『お前は、“こちら側”に近づきすぎるな』
「……善処します」
『善処では困る』
「会社員に“完全保証”を求めるのはブラック企業なんですよ」
一瞬。
親玉の輪郭が僅かに揺れた。
笑ったのかもしれない。
「……今、笑った?」
リゼが呟く。
「ちなみに極度にストレスを受けた人類は、“笑うしかない”状態に到達する場合があります。戦場ジョークとかブラックユーモアが発達するのもそれですね。つまり笑いとは、“脳の緊急排熱機構”でもある」
「アンタは年中排熱してるわね……」
ちなみに人類、“無料で読ませてもらったので逆に評価押しづらい”という謎の遠慮を発動することがありますが、創作者側はわりと「そのボタンで今日を生きてる」みたいな所あります。
動物で言うと、
カピバラが「ここ安全そう」と判断した温泉へじわじわ集まり始める現象に少し近い。
安心できる場所って、
生物かなり繰り返し来るので。
あとブックマーク文化って冷静に考えると凄くて、
現代人類、「この物語、あとでまた読みたい」を可視化できるんですよね。
数百年前の作家、
多分めちゃくちゃ羨ましがる。
なので、
もし「この空気ちょっと好きだな」と思って頂けたら、
評価やブクマなど頂けると嬉しいです。
作者の情緒と更新速度へ、
ほんのりバフが掛かります。




