第四十一話 「田舎という環境は、現代人類に対する“強制デジタルデトックス型生存最適化フィールド”として機能する場合があります」
朝六時二十分。
幡多郡大月町。
海から吹く風は少し湿っていて、港の空気には魚と潮と草の匂いが混ざっている。
空は薄曇り。
遠くで軽トラのエンジン音。
近所のおじいさんが、誰もいない方向へ向かって「おーい」と叫んでいた。
「……平和ねぇ」
リゼがコンビニ袋を提げながら呟く。
「いや、これは極めて高度な生態系ですよ」
「朝イチから始まったわね」
俺は堤防に腰掛け、缶のお茶を開けた。
「まず都市と田舎では、“脳への入力密度”が根本的に違います。都市は広告、騒音、SNS、通勤、監視、人混み、ブルーライト、選択肢、比較対象、競争環境が常時流入してくる。つまり脳が四六時中、“捕食者に囲まれたサバンナ状態”なんです」
「東京駅とか確かに疲れるけど」
「人類の脳は、そもそも三万人規模の駅構内を想定して進化していません。旧石器時代に“朝の通勤ラッシュ”が存在していたら、多分ホモ・サピエンスは滅んでますし、ちなみに満員電車で他人と密着すると、脳は“縄張り侵犯ストレス”を受けます。ネコも狭すぎる環境だとストレスで体調崩しますが、人類も本質的にはあまり変わらない」
「急にネコで説明するのやめなさい」
海面が、静かに揺れる。
その時だった。
空気が微妙に軋んだ。
黒いノイズ。
防波堤の向こう側に、“滲み”が発生している。
「……来てるわね」
「ええ。しかも今回はかなり“生活習慣型”です」
「なにその嫌なジャンル」
黒い靄が、港の上に広がる。
【睡眠不足】
【深夜二時】
【エナジードリンク】
【座りっぱなし】
【ストレス】
【加工食品】
【運動不足】
「うわぁ……現代人のデバフ一覧みたい」
「実際そうです。現代文明は、“便利さ”と引き換えに人類の身体設計をかなり破壊している」
黒い霧の中心に、“外側”がいた。
細長い影。
スマホみたいに青白く光る顔。
背中から無数の通知アイコンが生えている。
「キモッ」
「典型的な“情報過食型認識生命体”ですね」
影が、耳障りな声を発する。
『もっと見ろ』
『もっと比較しろ』
『もっと働け』
『もっと起きていろ』
頭痛みたいなノイズが空気に混ざる。
リゼが眉をしかめた。
「なんかいるだけで疲れるんだけど……」
「当然です。人類の脳は、本来“四六時中情報を摂取する設計”じゃないので」
俺は立ち上がる。
黒い剣が、静かに出現した。
「ちなみに人類は、“退屈”を恐れるようでいて、実際には“情報過多”の方が遥かに精神を削りますし、脳科学的にも、通知や短時間刺激を大量摂取するとドーパミン系が過敏化して、“何もない時間”を苦痛として感じ始める。つまり現代人は、“静かな海を見る能力”を少しずつ失っている」
「今この状況で急に哲学始めないで」
「いや重要なんですよ。田舎が健康に良い理由って、実は“空気”だけじゃない。情報量が少ないんです」
「……あー」
「例えばここ、夜になると店が閉まるでしょう」
「まあね」
「都会人はそれを“不便”と呼ぶ。でも生物学的には、“強制終了タイマー”なんです。人類は本来、夜に活動し続けるとホルモンバランスが崩れる。特にブルーライトは睡眠ホルモンのメラトニン分泌を抑制するので、スマホ見ながら寝落ちは、脳へ『まだ昼だぞ』って誤情報を送り続けてる状態ですし、ちなみに二十三時以降のポテチは、“脳が疲労で正常判断を失った状態の意思決定”なので、だいたい翌朝後悔します」
「なんでピンポイントなのよ!」
外側が膨張する。
通知音みたいなノイズが港に響く。
『休むな』
『止まるな』
『もっと効率化しろ』
「効率化って、本当に厄介ですね」
俺は剣を構えた。
「現代人は、“無駄を削るほど幸福になる”と思い込んでる。でも人類史を見ると逆なんですよ。散歩、雑談、寄り道、昼寝、縁側、釣り、井戸端会議。全部“無駄”です。でも、それが脳を回復させてた」
「……確かに田舎のおじいちゃん達、ずっと喋ってるわね」
「ちなみに高齢者研究では、“地域コミュニティとの雑談頻度”が健康寿命に影響する可能性も示唆されていますし、人類は、“意味のない会話”で精神を保守している生物なんです。だから居酒屋で三時間くらい同じ話してるおじさん達も、あれは一種のメンタルメンテナンスなんですよ」
「じゃあアンタの長話も健康に良いの?」
「理論上は」
「理論上だけなのよ」
黒い影が突進してくる。
俺は剣を振るった。
境界断ち。
空間ごと、黒いノイズを断裂する。
瞬間。
港に静寂が戻った。
潮風だけが吹く。
遠くで鳥が鳴いていた。
「……終わった?」
「ええ。今回は比較的軽度でしたね」
「軽度でこれ?」
「都会中心部だともっと酷いですよ。深夜営業、過密労働、常時接続SNS環境。あれはもう、“人類の脳を休ませない巨大儀式場”に近い」
「怖い言い方やめて」
リゼが缶コーヒーを飲む。
「でも、田舎って不便じゃない?」
「もちろん不便です」
俺は海を見る。
「ただ、人類は“便利すぎる環境”だと、自分で停止できなくなるんですよ。だから田舎くらいが、案外ちょうどいい。ちなみにネパールの山岳地域では、標高の高い場所を数時間歩くだけで、都会人が“スマホを見る頻度”が激減する現象が起きやすいです。理由は単純で、“息が切れてそれどころじゃない”からですね。つまり人類は、有酸素運動によって強制的に現実へ引き戻される場合がある」
「最後の豆知識、妙に納得感あるの腹立つわね……」
ちなみに人類、“無料で読ませてもらったので逆に評価押しづらい”という謎の遠慮を発動することがありますが、創作者側はわりと「そのボタンで今日を生きてる」みたいな所あります。
動物で言うと、
カピバラが「ここ安全そう」と判断した温泉へじわじわ集まり始める現象に少し近い。
安心できる場所って、
生物かなり繰り返し来るので。
あとブックマーク文化って冷静に考えると凄くて、
現代人類、「この物語、あとでまた読みたい」を可視化できるんですよね。
数百年前の作家、
多分めちゃくちゃ羨ましがる。
なので、
もし「この空気ちょっと好きだな」と思って頂けたら、
評価やブクマなど頂けると嬉しいです。
作者の情緒と更新速度へ、
ほんのりバフが掛かります。




