第四十話 「創作という行為は、しばしば“人類が合法的に妄想を通貨へ変換する技術体系”として機能します」
午前三時十二分。
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東央マテリアル第三研究棟。
本来なら、営業企画部が来る場所ではない。
だが今夜。
研究棟側で発生していたのは、“説明不能なログ異常”だった。
AI文章生成補助システム。
社内試験運用モデル。
そして。
原因不明の出力暴走。
【物語粒子圧縮開始】
【感情同期率上昇】
【自己投影深度:危険域】
研究員達が完全に困惑し。
最終的に。
「……野部くん呼ぶか」
という、だいぶ嫌な判断へ到達したのである。
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外は雨だった。
工場地帯特有の、鉄と湿気の混ざった匂いが夜気へ沈んでいる。
自販機の白い照明だけが、やけに現実感を持っていた。
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「……で?」
缶コーヒーを持ったリゼが、眠そうな目で俺を見る。
「その、“異常認識汚染”ってのは何なのよ」
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「簡単に言えば、現代人類が“創作と現実の境界”を曖昧化し始めている現象ですね」
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「説明の入口で既に難しいわよ」
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野部は紙コップのブラックコーヒーを啜りながら、研究棟の窓の外を見た。
暗い。
だが。
この世界は昔から、夜に異常が発生しやすい。
なぜなら人類は、暗い場所ほど“想像力”を増幅させる生物だからだ。
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「例えばですね、リゼ先輩」
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「その呼び方やめなさい」
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「人類史において、“物語を書く人間”というのは昔から存在していました。吟遊詩人、講談師、新聞小説家、脚本家、漫画原作者。媒体は変わっても本質は同じです。つまり“他人の脳へ疑似体験を流し込む職業”なんですよ」
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「言い換えても怖さ残ってるわね」
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「実際かなり強力です。読者は存在しない人物の死で泣きますし、存在しない恋愛で胃痛起こします。つまり脳、“現実”と“物語”をそこまで厳密区分してないので」
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「……まあ、それは分かるけど」
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「で、ここ数年、人類はついに“妄想の工業化”へ成功し始めた」
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その瞬間だった。
研究棟の蛍光灯が、一瞬だけ明滅する。
空間が軋んだ。
嫌な感覚。
“外側”だ。
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「……来ますね」
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「え?」
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研究室の壁へ。
黒い“文字列”が滲み始めた。
液体インクが、壁紙の裏から浮いてくるみたいに。
【ランキング更新】
【日間一位】
【PV急上昇】
【AI生成率:87.2%】
【物語粒子圧縮開始】
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「うわ、なにこれ……」
リゼが顔をしかめる。
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「認識汚染です。かなり現代型ですね」
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「現代型?」
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「昔の“外側”は神話や宗教へ擬態しました。でも現代は違う。今の人類が最も大量に感情注ぎ込む対象、“コンテンツ”なんですよ」
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文字列が増殖する。
研究室の空間が、本棚みたいに歪み始めた。
無数のタイトル。
無数の表紙。
無数の“設定”。
世界そのものが、巨大な小説投稿サイトみたいに変質していく。
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「人類は現在、“個人が世界規模で物語量産できる時代”へ突入しています。しかもAIによって執筆速度まで加速した。これは文明史的にかなり危険です」
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「危険なの!?」
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「危険です。人類、“面白いもの”へ無限に時間吸われる生物なので。古代ローマは剣闘士、中世は見世物小屋、現代は動画配信。で、ついに創作まで半自動化され始めた」
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「文明、だいたい娯楽へ全力出すのね……」
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「かなり出します。あと日本語圏、“文章だけで脳内映像生成する能力”高いんですよ。源氏物語、講談、落語、紙芝居文化の系譜ですね。要するに“テキスト幻覚適性”が高い民族なんです」
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「幻覚でちゃう民族なのね…」
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その時だった。
研究室中央。
黒い裂け目が開く。
その向こうに見えたのは——
巨大な書庫。
天井まで積み上がる無数の本。
その中央。
一人の男が座っていた。
ボサボサ頭。
ジャージ。
隈。
机の上には、エナジードリンクが大量に並んでいる。
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「……締切……」
男が呟く。
「更新……しなきゃ……」
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「えっ」
リゼが固まる。
「この人が元凶!?」
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「違います。かなり典型的な被害者です」
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男の周囲へ、黒い文字の霧が渦巻いていた。
【もっと更新しろ】
【毎日投稿】
【PV低下】
【AI使ってでも書け】
【生活費】
【承認欲求】
【打ち切り不安】
空間そのものが悲鳴を上げている。
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「……あー」
野部は頭を掻いた。
「典型的“創作者型認識侵食”ですね」
「診断名みたいに言うのやめなさい」
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「創作者って基本、“脳を削って他人へ快楽供給する生物”なんですよ。しかも現代はAIによって“発想速度”だけ先行加速した。結果、人類の脳が“物語生産速度”へ耐えられなくなり始めてる」
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「でもAIで楽になるんじゃないの?」
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「半分正しいです」
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野部は裂け目の向こうを見る。
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「AIは実際、“孤独な創作者の補助脳”としてかなり優秀です。構成確認、矛盾整理、誤字修正、壁打ち。昔の個人作家、全部一人で抱えていたので」
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「じゃあ良いことじゃない」
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「問題は、人類“便利になると期待値まで上げ始める”ことです」
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「うわ、最悪」
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「昔は週刊連載だけで超人扱いでした。でも今は毎日更新、SNS運用、高速展開、動画化適性まで求められ始めてる。文明が便利になるほど、人類は“追加労働”生成するんですよ」
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「便利になったのに忙しくなるの、だいぶ意味不明ね……」
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黒い霧が膨張する。
書庫の本が、次々と歪み始めた。
タイトルが崩れ。
キャラクターが溶け。
設定だけが空間を漂う。
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「……まずいですね」
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「どうするの?」
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野部はゆっくり前へ出た。
「簡単です」
境界が軋む。
黒い剣が現れる。
バチッ。
刀身の周囲へ、小さな灰色電磁火花が走った。
まるで、静電気が空気を噛むみたいな微弱音。
研究室の蛍光灯が、一瞬だけチカつく。
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「その放電、地味に怖いわよ」
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「観測位相調整ですね。家電近いと若干怒られます」
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「さらっと危険が危ないわ…」
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「創作って、本来“楽しい”から始まった文化なんですよ」
書庫全体が震えた。
「人類は洞窟壁画の時代から、“別に生存効率へ直結しない話”を作って笑ってた。つまり創作、“生きるのに必須じゃないのに消えなかった文化”なんです。ここかなり重要で、人類たぶん、パンだけだと途中で心壊れるので」
黒い文字列が揺らぐ。
「だから“数字だけ”になると壊れるんですよ。PV、収益、ランキング、それ自体は悪ではない。でも創作が“工場ライン”だけになると、人間の脳が摩耗する」
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男が、ゆっくり顔を上げた。
「……じゃあ、どうすれば……」
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野部は真顔だった。
「適度に寝て、風呂入って、散歩してください」
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「解決法が普通に健康番組ね!!」
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「かなり重要です。創作者、“休むと存在価値消える”感覚へ飲まれやすいので。でも文化史見ると、長く続いた作家ほど案外ちゃんと生活してるんですよ」
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そして。
野部は黒い剣を構える。
「では、認識補正します」
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黒い霧が膨れ上がる。
【更新】
【更新】
【更新】
【更新】
圧力。
焦燥。
承認欲求。
“書かなければ消える”。
その強迫観念が、書庫全体を侵食していた。
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野部は静かに息を吐く。
「人類、“締切直前に部屋掃除始める”生物なので。本来、脳ってずっと全力稼働向いてないんですよ」
カチ。
黒い剣。
抜刀。
バチッ。
小さな灰色火花が、刀身周囲でだけ瞬いた。
「——《定時退社補正術式・有給消化推奨断》」
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「必殺技名へ労務相談窓口みたいな空気入れるのやめなさい!!」
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一閃。
小さい黒線が、空間を静かに走った。
派手な爆発は無い。
だが。
書庫全体へ張り詰めていた圧力だけが、ふっと軽くなる。
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【休載】
【睡眠】
【積読】
【散歩】
【たまには休め】
黒い霧が、静かに崩壊していく。
男が、机へ突っ伏した。
「……寝るか……」
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「寝てください」
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「はい……」
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裂け目が閉じ始める。
研究室へ静寂が戻った。
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リゼが呆れた顔で野部を見る。
「今回、対処法がずっと労基署寄りだったわね……」
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「創作文化、“情熱産業”なので労働境界壊れやすいんですよ。好きで始めたものほど、人類“休む権利”を忘れやすいので」
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「そこだけ説得力高いの困るのよね……」
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野部はコーヒーを飲み干した。
「ちなみにネパール、“物語を語る人”への尊重文化かなり強いです。山岳地域、長距離移動と夜営多かったので、“話して時間を越える人”が共同体維持へ重要だったんですよ。つまり人類、“面白い話する人”を数千年単位で保護してきた生物なんです」
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リゼがため息を吐く。
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「ネパール雑学、いつもちょっと優しいわね…また行きたいわ…」
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ちなみに人類、“無料で読ませてもらったので逆に評価押しづらい”という謎の遠慮を発動することがありますが、創作者側はわりと「そのボタンで今日を生きてる」みたいな所あります。
動物で言うと、
カピバラが「ここ安全そう」と判断した温泉へじわじわ集まり始める現象に少し近い。
安心できる場所って、
生物かなり繰り返し来るので。
あとブックマーク文化って冷静に考えると凄くて、
現代人類、「この物語、あとでまた読みたい」を可視化できるんですよね。
数百年前の作家、
多分めちゃくちゃ羨ましがる。
なので、
もし「この空気ちょっと好きだな」と思って頂けたら、
評価やブクマなど頂けると嬉しいです。
作者の情緒と更新速度へ、
ほんのりバフが掛かります。




