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『境界断ちのノベェンタ』 〜観測整合維持局 第七補正執行室 野部遠汰の場合〜  作者: nobunobuwo


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第四話 「ブラック企業という閉鎖環境は、人類観測において極めて優秀です」

 第四話 「ブラック企業という閉鎖環境は、人類観測において極めて優秀です」


 大学院時代。


 野部遠汰は有名人だった。


 良い意味でも。


 悪い意味でも。


「……また徹夜してる」


「三日目らしいぞ」


「怖……」


 量子情報理論研究室。


 深夜二時。


 蛍光灯だけが白く唸る研究室。


 積み上がった論文。


 空き缶。


 ホワイトボードを埋める数式。


 そして。


 キーボードを狂った速度で叩く野部遠汰。


 カタカタカタカタカタ。


 画面には量子もつれ理論。


 認知構造モデル。


 観測者依存型現実論。


 そして何故かFXチャート。


 研究室の隅。


 パーカー姿の女が小声で聞く。


「……なんで論文と為替並んでるんですか」


 九条理沙だった。


 後のリゼである。


 遠汰はモニターから目を離さず答える。


「市場って“集団認知の確率波動”として見るとかなり面白いんですよ。結局あれ、人類全体が不完全情報環境で未来予測し合ってる状態なので、実質的には巨大な心理観測実験場なんです。あと暴落時って、人間が“自分だけ助かりたい”モードへ移行する瞬間見えるので、文明の本性が出やすいんですよね。ちなみにチューリップバブルって17世紀オランダです」


「最後の豆知識いる!?」


 理沙の即ツッコミ。


 だが遠汰は止まらない。


「あと金融市場って面白くて、専門家ほど時々“自分の予測を信じすぎて死ぬ”んですよ。人間、自信と正確性が比例しない。これは心理学でも有名で――」


「もう寝てくださいよ!」


 周囲の院生たちが引いていた。


「会話成立してる……」


「あの九条先輩が……」


「怖……」


「いや九条先輩も大概だろ……」


 遠汰はトップクラスだった。


 論文も強い。


 理解速度も異常。


 教授ですら時々引いていた。


 だが。


 同時にかなり変だった。


 ある日。


 教授が聞いた。


「野部くん」


「はい」


「なんでそんな楽しそうなの?」


 朝四時。


 研究室。


 遠汰はエナドリ片手に笑っていた。


「締切直前環境って、脳の情報処理速度かなり上がるんですよ。危機状態だとノルアドレナリン増えるので集中力跳ねますし、“終わるかもしれない”状況って認知解像度上がるんです。あと人間って睡眠不足三日超えると普通に幻覚見ます」


「研究者が幻覚を肯定するな!」


「ちなみに歴史上、睡眠不足状態で重大決定した人類かなり多いんですよ。ナポレオンも短眠寄りですし、エジソンは昼寝を細切れに――」


「偉人で徹夜を正当化するな!」


 理沙が小さく吹き出した。


 周囲の院生が固まる。


「九条先輩が笑った……」


「地磁気狂った?」


「研究室ごと異世界転移するんじゃ……」


 遠汰は平然としていた。


「でも人間って、“少し壊れかけた時”が一番本質出るので。理性とか建前とか社会人格って、余裕ある時しか維持できませんし」


「思想がずっと危ないんですよ!」


 理沙だけは静かに聞いていた。


 この人は危うい。


 でも。


 嘘がない。


 誰よりも人間を観察しているのに。


 誰よりも人間を嫌っていない。


 だから。


 理沙は少しだけ、この変人と話すのが好きだった。


 その頃から。


 既に“境界”は存在していた。


 最初は夢だった。


 黒い空。


 巨大な“目”。


 崩壊する都市。


 遠汰は最初、それを明晰夢だと思っていた。


 だが。


 ある日。


 研究室帰り。


 終電後。


 駅裏の路地。


 空間が裂けた。


 普通なら恐怖する。


 だが。


 遠汰の第一声は、


「なるほど、位相境界型世界接続ですか。あと異世界転移って空間湾曲型より情報転写型の方が理論的には綺麗なんですよね」


 だった。


「第一声それ!?」


 裂け目の向こうで、誰かが固まった。


 後のノア教授である。


 白髪の老魔導士は、人生で初めて“召喚した側が怖い”を経験していた。


(なんだこの男……)


 遠汰は裂け目を観察していた。


「空間歪曲にしては境界面のノイズが少ない……なるほど、物理移動というより“情報構造同期型”か。面白いですね。あと異世界召喚って宗教儀式経由だと集団認知補正かかるので成功率高そうです」


「説明を始めるな怖い怖い!」


 ノア教授、初ツッコミである。


 だが。


 遠汰は異常速度で適応した。


 魔法理論。


 世界構造。


 境界干渉。


 数ヶ月で理解。


 しかも。


「この世界、観測自由度かなり高いですね。現実側より“意識と現象”の距離が近い。あとドラゴンって飛行効率だけ考えると絶対無理あるので、多分魔力で慣性誤魔化してます」


「ドラゴン見て最初に航空力学を考えるな!」


「ちなみに現実世界でも、体重に対して羽小さすぎる生物は基本滑空寄りになるんですよ。だから大型飛行生物って実はかなり制約強くて――」


「もうええ!」


 ノア教授は後に語っている。


「ノベェンタって、“ただの異世界に迷い込んだ人間”じゃないんだ」


「未知の世界を見た瞬間、“怖い”より先に“調べたい”が来る研究者なんだよ」


 まさにその通りだった。


 ノベェンタは恐怖より先に解析する。


 絶望より先に観測する。


 だから壊れない。


 いや。


 正確には。


 “壊れながら進む”。


 大学院卒業。


 就活。


 誰もが大手へ行くと思っていた。


 実際、内定も大量にあった。


 外資。


 研究職。


 超大手。


 だが。


 遠汰は突然、地方中堅素材メーカーへ就職した。


 全員困惑した。


「なんで!?」


 教授すら聞いた。


 遠汰は真顔で答えた。


「閉鎖的組織環境における人間心理と責任構造を観測したかったので。あと地方工場系企業って“人類の縮図”感強いんですよ。年功序列、感情政治、属人化、善意、諦め、助け合い、全部詰まってるので」


「人生を社会実験に使うな!」


「あと工場って面白いんですよ。製造ライン止まると普段仲悪い部署が急に協力し始めるので、“共通の敵”がいる時だけ人類は団結しやすい」


「会社を文明論で見るな!」


 理沙だけは察していた。


 母親の借金。


 家庭事情。


 全部。


 でも。


 遠汰は暗くなかった。


 むしろ少し楽しそうだった。


「ブラック企業って、“極限環境下での人類観測施設”としてかなり優秀なんですよね」


 入社前。


 研究室で語っていた。


「理不尽」


「責任転嫁」


「感情摩耗」


「承認欲求」


「でも、その中で誰かを助ける人が必ずいる」


 灰色の瞳。


 静かだった。


「だから私は、人間を嫌いになれないんです。あと極限環境だと、優しい人ほど最後まで残る傾向あります」


 理沙は少しだけ目を伏せた。


(……この人、多分いつか壊れる)


 でも同時に。


(多分、壊れながら進む)


 とも思った。


 そして後に。


 その予感は、最悪の形で当たることになる。

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