第三十七話 「宇宙開発、“人類の夢”と“だいたい予算会議”で構成されているので、営業職の存在はわりと避けて通れないんですよね」
高知県。
幡多郡大月町。
東央マテリアル第二社宅。
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午前六時十二分。
潮風。
鳥の声。
遠くの漁船エンジン音。
そして。
玄関前へ停車する軽トラ。
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「おーい遠汰くーん!! 帰りようかー!!」
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近所のおじさんだった。
窓が開く。
寝癖。
灰色の瞳。
ジャージ姿。
完全に“宇宙ステーション帰り”には見えない男。
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「……はい。昨日、低軌道上から地球重力圏へ再突入しました」
「何言いゆうが」
「物理的事実です」
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おじさんは数秒止まり、
そしていつものように笑った。
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「ほいたら今日は会社ながか? 気ぃつけて行ったやー」
「ありがとうございます。ちなみに宇宙飛行士、地球帰還後しばらく前庭感覚バグるので、“普通に立って歩ける”だけで妙に感動するらしいです。あと無重力環境、人類は背骨圧縮解放されるので身長二〜五センチ程度伸びます。ただし腰痛率も上昇します」
「朝からざまに長い」
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出社。
東央マテリアル。
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営業企画部。
妙にざわついていた。
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「マジでNASA行っちょったらしいぞ……」
「営業で宇宙行くことある!?」
「何売るんだよ宇宙で……」
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そこへ。
野部遠汰。
通称ノベェンタ。
紙袋を持って現れる。
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「おはようございます」
「お、おう……」
「野部くん本当に宇宙行ってたの……?」
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ノベェンタは頷く。
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「はい。営業活動ですね。宇宙空間、“夢とロマンの最前線”扱いされがちですが、実際には“極限環境における保守運用地獄”なので、耐久素材需要かなり高いんですよ。特に微細デブリ対策。秒速数キロで飛来する微粒子、“小さいから大丈夫”理論が成立しないので。あと宇宙服、一着数十億円規模です」
「急に現実」
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営業二課奥。
野村部長。
胃薬。
コーヒー。
死んだ目。
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「……野部くん」
「はい」
「なぜ私の部下は宇宙へ営業行くんだ」
「人類、“新技術開発”という言葉へ夢見がちですが、実際には“現場で困ってる人間へ地味に物を売る人”いないと文明回らないので。シルクロードも最終的には物流ですし、NASAも結局“予算説明資料を通す組織”です。あとISS内部、意外とマジックテープだらけです」
「最後の情報なんなんだ」
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ノベェンタ。
紙袋を差し出す。
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「部長、お土産です」
「……ん?」
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箱。
開封。
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銀色のペン。
妙に格好良い。
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「NASA公式宇宙仕様筆記具ですね」
「おお……!」
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野村部長の目が少し輝く。
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「無重力でも書けるやつか……!」
「はい。正式には加圧式インクカートリッジ採用で、内部窒素圧により重力方向関係なく筆記可能としてます。ちなみに“鉛筆でよくない?”問題かなり有名ですが、黒鉛粉末が電子機器へ入ると普通に危険なので、宇宙空間では異物管理かなり厳格です。人類、宇宙進出しても“粉が飛ぶと困る”みたいな生活感から逃げられていません」
「夢と現実の温度差がすごいな……」
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その時。
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「野部さん!!」
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佐伯美咲。
新人時代より少しだけ社会人顔になった女性社員。
だがリアクションは相変わらず良い。
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「本当に宇宙行ってたんですか!? え、宇宙食食べました!? チューブ!? 無重力!?」
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ノベェンタ。
もう一つ紙袋を出す。
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「佐伯さんにもあります」
「え、私にも!?」
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開封。
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扇子。
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黒地。
銀模様。
中央には。
境界断ちの印。
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佐伯。
止まる。
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「……なんで?」
「似合うかなと」
「いや基準が分かんないんですけど!?」
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リゼが吹き出す。
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「何でNASA土産で和風なのよ!!」
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ノベェンタは真顔だった。
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「宇宙、“空気が存在しない”環境なので、人類史的には“風を作る道具”への情緒依存かなり深いんですよ。あと扇子、日本文化では単なる冷却器具ではなく“境界表現”でもあります。閉じれば一点、開けば広がる。情報理論的には圧縮と展開のメタファーとして優秀です。ちなみに江戸時代、武士の扇子は護身具兼コミュニケーション装置としても機能していました」
「また急に情報量多い!!」
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だが。
佐伯。
少し嬉しそうだった。
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「……ありがとうございます。なんか綺麗」
「辺境山間部の職人品です」
「NASA関係ないんだ!?」
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昼休み。
営業企画部休憩室。
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全員、
宇宙営業の話を聞きたがっていた。
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「で、実際どうなん? 宇宙ステーション」
先輩社員が聞く。
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ノベェンタ。
少し考える。
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「……なるほど。ISS、“未来都市”イメージされがちですが、実際には“配線むき出しの超高性能共同住宅”ですね。常時機械音鳴ってますし、壁・床・天井概念かなり曖昧です。あと無重力、“自由に漂えて気持ちよさそう”と思われがちですが、人類は重力前提で進化してるので、慣れるまで普通に酔います。宇宙酔い、かなり悲惨です。ちなみにISS、一日で地球十六周くらいしてるので、九十分ごとに日の出見れます」
「それはロマンあるなぁ……」
「ただし睡眠リズムは崩壊しやすいです」
「そりゃそうだ…」
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さらに。
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「あと宇宙飛行士、“物を失くさない能力”かなり重要なんですよ。ボールペン漂流すると数時間後に空調奥から発見されたりするので。あと宇宙食、“未来食”感ありますが、実際には“パン粉飛ぶと危ないからしっとり寄り”とか、“匂い強いと閉鎖空間で揉める”みたいな共同生活事情かなり強いです」
「宇宙、急に寮生活っぽいな」
「かなり共同体です」
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リゼがコーヒー飲みながら笑う。
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「でもアンタ、結局ちょっと楽しそうだったじゃない」
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ノベェンタ。
少し黙る。
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「……まあ、嫌いではありませんでしたね」
「へぇ?」
「宇宙、“人類という種全体”を感じやすい環境なんですよ。国籍とか会社とか肩書きとか、一回かなり薄くなるので。最終的には“酸素維持してる仲間”という認識強くなるらしいです。あと宇宙飛行士、帰還後に“土の匂い”で泣くケース普通にあります。人類、文明化しても“地面ある環境”への生物的安心感かなり捨て切れてない」
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少し静かになる休憩室。
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その時。
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佐伯。
境界断ち扇子を開く。
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パシィッ。
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妙に似合う。
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「……あれ?」
全員見る。
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「佐伯さん、なんか普通に強キャラ感あるな……」
「分かる」
「和風RPGの後半仲間感すごい」
「え、そうです!?」
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リゼが笑い崩れる。
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「何でよ!!」
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ノベェンタは静かに頷いた。
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「人類、“小道具による自己認識補正”かなり受けますので。眼鏡掛けると知的感覚えたり、白衣で権威性上がったり。“装備が人格輪郭補強する”現象あります。ちなみに宇宙飛行士、宇宙服着ると急に動作慎重になるらしいです。あれ普通に数十億円規模なので」
「最後で現実へ引き戻さないでください!!」
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笑い声。
地方工場。
小さな休憩室。
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宇宙へ行っても。
結局。
人類はこうして、
お土産配って笑っていた。
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窓の外。
青い海。
港。
静かな幡多の空。
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ノベェンタは少しだけ目を細める。
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「……ちなみに宇宙から見る地球、“国境線”は見えませんが、夜の灯りだけは異常に綺麗なんですよ。つまり人類、“争いの線”より“誰かが生きてる光”の方が宇宙から観測しやすい」
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野村部長は、
無重力ペンを大事そうに胸ポケットへ入れながら、
小さく笑った。
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「……営業企画課、どこへ向かってるんだろうな」
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誰にも分からないまま、
今日も始業ベルが鳴った。
ちなみに人類、“無料で読ませてもらったので逆に評価押しづらい”という謎の遠慮を発動することがありますが、創作者側はわりと「そのボタンで今日を生きてる」みたいな所あります。
動物で言うと、
カピバラが「ここ安全そう」と判断した温泉へじわじわ集まり始める現象に少し近い。
安心できる場所って、
生物かなり繰り返し来るので。
あとブックマーク文化って冷静に考えると凄くて、
現代人類、「この物語、あとでまた読みたい」を可視化できるんですよね。
数百年前の作家、
多分めちゃくちゃ羨ましがる。
なので、
もし「この空気ちょっと好きだな」と思って頂けたら、
評価やブクマなど頂けると嬉しいです。
作者の情緒と更新速度へ、
ほんのりバフが掛かります。




