第三十四話 「人類、“推し”を発見すると急に宗教画みたいな行動力を発揮し始めるので、崇拝と愛着の境界はかなり曖昧なんですよね」
翌日。
辺境伯爵家ルーゼンフェルト邸。
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朝。
雪解け水。
白い中庭。
そして。
妙に騒がしいメイド達。
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「お嬢様! 本当にやるんですか!?」
「当然ですわ!!」
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リゼが嫌な顔をした。
「……絶対ろくでもない」
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その時。
扉が勢いよく開く。
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「ノベェンタ様!!」
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エリシアだった。
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妙に目が輝いている。
危険だった。
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リゼは本能で察した。
「ダメなタイプの目だわこれ……」
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エリシアは机へ紙を広げた。
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「見てくださいまし!!」
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そこには。
辺境伯爵家の新しい家紋案。
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中央に。
思いっきり。
境界断ちの印。
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「却下!!」
リゼが即答した。
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「早くない!?」
「早いとかじゃないのよ!!」
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エリシアは真剣だった。
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「ですが、あの瞬間……! 学園全体を救済したあの姿! あれはもう概念として“辺境を守護する謎の賢者”枠ですわ!!」
「変な伝説化やめなさい!!」
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ノベェンタは静かに紙を見る。
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「……なるほど。人類、“強い感情動いた対象”を記号化したがる傾向ありますよね。宗教画、アイドルカラー、スポーツチームのエンブレム、全部“感情を圧縮保存する記憶媒体”なんですよ。あと中世貴族紋章、本来かなり“戦場で味方を誤射しないための視認性デザイン”寄り文化なので、現代で言うと“推しマーク付き公式グッズ”と構造近いです。ちなみにミーアキャット、群れ内で見張り役を交代しながら共同生活していて、危険察知時は鳴き声の種類まで変わります」
「いつも急に動物番組なのよ!!」
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だが。
エリシアは止まらない。
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「あとこちらも!!」
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バサッ。
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今度は。
腕用デザイン画。
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境界断ちの印。
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「……何それ」
リゼの声が低くなる。
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「タトゥー案ですわ」
「却下!!!!」
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リゼが机を叩いた。
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「何で入れようとしてるのよ!?」
「だって格好良いじゃないですか!!」
「勢いで人生左右するもの決めるんじゃないわよ!!」
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エリシアは頬を赤くする。
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「でもあの、“この桜吹雪が黙っちゃいねぇ”のところとか……」
「忘れなさい!!」
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ノベェンタは真顔だった。
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「ちなみに人類、“強い体験直後”は記念刻印欲求高まりやすいので。ライブ後グッズ爆買い、修学旅行テンション、あと海外旅行帰りの急なタトゥー検討とか典型です。脳、“感情を物理保存したい”ので。ですがタトゥー、加齢と皮膚伸縮で印象かなり変わるため、“二十歳時点では龍だったのに五十代で疲れたウーパールーパー化する”問題あります。ちなみにフェネック、巨大な耳で体温放熱していて、砂漠環境へ適応した結果“顔が可愛すぎる放熱装置”みたいな進化してます」
「最後の妙に可愛いの悔しい!!」
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その時。
執事が静かに入ってくる。
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「お嬢様。ギルドより確認が」
「来ましたわね!!」
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エリシアは嬉しそうに封筒を開いた。
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リゼ。
嫌な予感しかしない。
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「……何頼んだの?」
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エリシア。
満面の笑み。
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「ノベェンタ様専属護衛指名依頼ですわ」
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沈黙。
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「却下ァ!!」
リゼが叫ぶ。
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「何でですの!?」
「何でじゃないのよ!!」
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ギルド依頼書。
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【依頼内容】
・週三回お茶会同席
・月一で知識講義
・時代劇再現
・可能なら扇子持参
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「最後なんなのよ!!」
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エリシアは真顔だった。
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「重要ですわ」
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ノベェンタが小さく頷く。
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「なるほど。人類、“一回強いイベント共有した相手”へ継続接触理由を作りたがるんですよね。だから本来不要な会議増えたり、“またご飯行きましょう”文化発生する。あと歴史的にも、“英雄へ定期的に会いたがる共同体”かなり多いので。つまりこれは“推しを継続摂取したい欲求”の貴族版です。ちなみにハシビロコウ、数時間単位でほぼ動かないのに、獲物捕獲時だけ異常速度出すので“省エネ型突然本気生物”として有名です」
「だから何で毎回ちょっと勉強になるのよ!!」
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リゼは頭を抱える。
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「エリシア。アンタねぇ……ノベェンタはそういうの苦手なの」
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エリシアが止まる。
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「……そうなんですの?」
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リゼはため息を吐いた。
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「この人、“人類観測”とか言いながら、距離詰められると普通に処理落ちするタイプなのよ」
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ノベェンタは静かに視線を逸らした。
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「……人類、“観測する側”は比較的安全ですが、“好意向けられる側”になると急に認知負荷上がるので。あとコミュニケーション苦手個体、“情報交換”は得意でも“感情受信”フェーズでフリーズする場合あります。プレーリードッグが急に真正面から見つめ合うと、妙に固まる瞬間あるのと少し近いですね」
「最後でまた動物に逃げる!!」
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エリシアは少し考え込む。
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「……では」
「では?」
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「控えめにしますわ」
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数秒後。
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メイド達が大量の扇子を運び込んできた。
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「何これ」
リゼが真顔になる。
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「境界断ち公式扇子コレクション試作品ですわ」
「控えめとは」
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扇子には全部、
微妙に違う桜吹雪模様。
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しかも。
一つだけ。
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【この桜吹雪が黙っちゃいねぇ】
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金文字。
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「やめなさいってばァ!!」
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だが。
その時。
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ノベェンタが、
一つ手に取った。
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静かに開く。
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パチッ。
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「……悪くないですね」
「えっ」
リゼが固まる。
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ノベェンタは少し考える。
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「扇子文化、人類史的に見るとかなり優秀なんですよ。携帯可能、温度調整可能、視線誘導可能、あと“話してる最中に意味ありげに閉じる”だけで知性演出できますので。江戸期、“持ち物の粋さ”で人格評価される文化かなり発達してました。つまり扇子、“低コストで雰囲気を盛れる古代インターフェース”なんです。ちなみにクジャク、羽そのものより“広げる演出”が重要視されます」
「どんどん変な方向に理解し始めてる!!」
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すると。
ノベェンタは、
一本だけ選び。
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エリシアへ渡した。
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「家紋とタトゥーは禁止です」
「はい……」
「ですが」
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パチッ。
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扇子を開く。
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桜模様。
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「記念品くらいなら、まあ」
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エリシアの顔が、
一瞬で明るくなる。
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「……ッ!!」
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リゼが頭を抱えた。
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「駄目だわこの人……! 距離感バグってる側へ優しいのよ!!」
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ノベェンタは真顔だった。
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「人類、“完全拒絶”されると結構傷付くので」
「そこじゃないのよ問題は!!」
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雪解けの風。
白い空。
辺境伯爵家。
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そして。
エリシアはその日から、
本当に毎日その扇子を持ち歩くようになった。
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なお。
後に学院で。
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「境界断ち扇子」
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として妙に流行り始めるのだが、
その時点ではまだ誰も知らなかった。
人類、推し作品へ評価ボタン押す時だけ異様に理性と羞恥が戦いますよね。
「いやでも作者に圧掛けたくないし……」
「でも応援はしたいし……」
「ていうか今さら押すのも……」
みたいな。
ちなみにネコは「この人、安全そう」と判断した相手の近くで急に腹を出して寝始めますが、あれ生物学的にはかなり高レベル信頼行動です。
つまりブックマークも、だいたい同じです。
創作者側、
「うわっ……安心されてる……」
になります。
あと評価って、“面白かった”の記録でもありますが、
未来の自分へ向けた「昔これ好きだった」のタイムカプセルでもあるので。
もし少しでも、
「なんか好きだな、この空気」
と思って頂けたら、
ブクマや評価など頂けると嬉しいです。
作者、
かなり静かにゴロゴロします。




