第三十四話 「人類、“公的な顔”と“本音側の顔”を使い分けながら社会維持してるので、時代劇はその二重構造を娯楽化した文化なんですよね」
翌朝。
辺境学園《ルーゼンフェルト学院》。
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雪は止んでいた。
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白い中庭。
石造りの校舎。
鐘の音。
そして。
妙に“完成されすぎた空気”。
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生徒達は笑っている。
教師達も穏やかだ。
だが。
その笑顔は、
どこか薄かった。
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「……嫌な感じね」
リゼが小声で言う。
「はい。“物語最適化”進んでます」
ノベェンタは静かに答えた。
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「人類社会って、本来かなりノイズ多いんですよ。雑談、誤解、気まずさ、空気読み失敗、あと“昨日ちょっと言い過ぎたかな……”みたいな後悔で回ってる。でも“外側”、そこ全部削って“分かりやすい人間関係”へ圧縮し始めてるので。あと時代劇でも、“全員善人”だと大体三話くらいで話終わります」
「また時代劇入ってきたわね……」
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その時。
学院廊下。
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ざわ……。
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空気が揺れる。
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生徒達の視線。
全部。
エリシアへ向いていた。
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「見て……」
「やっぱり怖い人だったのね……」
「聖女様かわいそう……」
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黒いノイズ。
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“外側”が、
噂を媒介に浸食している。
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エリシアの顔色が白くなる。
「……っ」
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だが。
その時。
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パァン!!
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乾いた音。
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全員止まる。
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ノベェンタだった。
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何故か。
扇子を持っていた。
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「……ノベェンタ?」
リゼが困惑する。
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ノベェンタは真顔だった。
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「最近、時代劇を履修した結果、“こういう時は扇子を鳴らすと空気支配力上がる”学習をしました。あと江戸文化、音による場面転換かなり重視してるんですよ。拍子木とか見得とか、“今ここ重要です”を音で共有するので。ちなみに歌舞伎、一部演目だと客席側も“待ってました”で参加します」
「学習方向がおかしいのよ!!」
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ノベェンタはゆっくり前へ出る。
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「さて」
灰色の瞳。
静かに細まる。
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「人類、“噂”を事実より優先する場合あるので。特に共同体内、“皆が言ってる”ってだけで真実っぽく見え始める。あと学校社会、“空気へ逆らうコスト”高すぎるので、一回悪役認定されると修正かなり難しいんですよね。ちなみにハダカデバネズミ、哺乳類なのに女王制です」
「いつも情報で脳が止まるのよ!!」
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その瞬間。
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学院中央階段。
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“聖女”が現れる。
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白銀の髪。
涙ぐむ瞳。
完璧な悲劇ヒロイン。
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『……皆さん、争わないでください』
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生徒達の空気が変わる。
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安心。
共感。
保護欲。
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“外側”は、
完全に“理想の聖女像”を学習していた。
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『エリシア様も、本当は苦しんでいるんです』
『だから許してあげましょう?』
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優しい。
柔らかい。
完璧な言葉。
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だが。
ノベェンタはため息を吐いた。
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「……はい。そこなんですよね」
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静かに。
扇子を閉じる。
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「人類、“全部分かってる風の優しさ”へ最終的に違和感持つので。本当に人間関係深い人って、“そんな綺麗に理解できないけど、とりあえず飯食う?”くらいの距離感なんですよ。あと時代劇、“完璧な善人”より“ちょっと昼行灯な奴”の方が人気出る。遠山の金さんとか典型ですね。普段ふにゃふにゃしてるのに、最後だけ責任取るので。ちなみにタヌキ、人里近くても意外と普通に生活しています」
「最近ほんと時代劇脳になってるわね……」
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その時。
“聖女”が微笑む。
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『では聞きます』
『エリシア様は、本当に誰も傷付けていないと言えますか?』
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空気が止まる。
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危険な問いだった。
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人類は。
“完全無罪証明”を求められると弱い。
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エリシアが震える。
「それ、は……」
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前世。
会社。
後輩。
イライラ。
嫌味。
無意識の圧。
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誰だって。
完全善人ではない。
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“外側”は、
そこを突いてくる。
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『ほら』
『やはり悪役です』
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黒いノイズ。
学院全体へ広がる。
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だが。
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パァン!!
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再び扇子。
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ノベェンタだった。
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「やれやれ」
何故か。
妙に江戸っ子みたいな立ち姿だった。
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「随分とまぁ、“綺麗な善悪”で話まとめようとしてくれますね」
「ノベェンタ……?」
リゼが嫌な予感を覚える。
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ノベェンタはゆっくり歩く。
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「確かにこの人は、完璧な善人じゃないでしょう。イライラもする。嫌味も言う。前世では経費精算締切に追われて殺気立ってた可能性すらある。ですがね」
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そこで。
ノベェンタは、
エリシアを見る。
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「それでも、“悪役”とは限らないんですよ」
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静寂。
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「人類、“誰かを一カテゴリへ固定した瞬間”から認識雑になるので。“良い人”“悪い人”“被害者”“加害者”って、全部便利ラベルですが、実際の人格そんな綺麗に整理されません。あと時代劇の名奉行、大体“事情全部知った上で、それでも落とし所探す人”なんですよね。白黒だけで裁くなら、町奉行いりませんので」
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“聖女”の笑顔が揺らぐ。
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『……理解不能』
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ノベェンタは静かに笑った。
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「でしょうね」
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そして。
ゆっくり。
扇子を開く。
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「ですがねぇ」
声が変わる。
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いつもの、
ぼんやりした空気ではない。
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学院全体へ響く。
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「テメェみてぇに、“人間を勝手に役柄へ押し込む外道”を見てると——」
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バサァッ!!
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外套が翻る。
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背中。
そこには。
黒い紋章。
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境界断ちの印。
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ノベェンタが静かに言う。
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「この“境界断ち”の桜吹雪が、黙っちゃいねぇんですよ」
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「完全に遠山の金さんじゃない!!」
リゼが叫ぶ。
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だが。
その瞬間。
学院全体の空気が変わった。
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笑う者。
吹き出す者。
ぽかんとする者。
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完璧だった“物語空間”へ。
“変なノイズ”が入った。
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そして。
それは致命的だった。
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“外側”は、
完璧なテンプレートへ強い。
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だが。
“急に時代劇始める量子論オタク”は、
処理できない。
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『……理解……不能……』
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黒いヒビ。
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崩壊。
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ノベェンタは黒い剣を抜いた。
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カチ。
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「人類、“変な人”が空気壊す事で救われる場合あるので」
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一閃。
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境界断ち。
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黒いノイズが、
音もなく裂けた。
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静寂。
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そして。
学院へ。
本物の“気まずい空気”が戻ってきた。
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「あ……」
「いや、その……」
「ごめん、ちょっと噂乗っかってた……」
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ぎこちない。
でも。
ちゃんと人間の空気だった。
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ノベェンタは小さく頷く。
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「……はい。人類、“ちょっと気まずい状態”の方がむしろ正常なんですよね」




