第三十三話 「時代劇という文化、“人類は最後に情で動く”という諦めを様式美へ昇華した装置なんですよね」
辺境伯邸。
夜。
暖炉の火が静かに揺れていた。
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“聖女”の侵食は一時的に後退した。
だが。
完全消滅ではない。
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屋敷全体へ、
まだ薄く“物語圧”が残っている。
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使用人達も、
どこか不安そうだった。
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「……なるほど。“役割固定型侵食”って、一回広がると残響残すんですよね。“あの人は悪役かもしれない”って認識、一度共同体へ流れると完全除去かなり難しいので。あと人類、“最初の印象”へ認知引っ張られやすい。心理学的には初頭効果って呼ばれてまして、例えば時代劇でも悪代官、初登場で大体もう顔が悪いので視聴者認識固定かなり早いです」
「最近ほんと時代劇混ざるわねアンタ」
リゼが呆れた声を出す。
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実際。
最近のノベェンタは、
妙に時代劇へハマっていた。
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原因は、
大月町のお好み焼き屋。
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唐揚げ定食を食べながら偶然見た再放送。
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そこからだった。
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「いやでも時代劇、“共同体倫理を四十五分へ圧縮した社会シミュレーター”としてかなり完成度高いんですよ。“法では裁けないが情で動く”“悪人にも事情ある”“でも最後は誰かが責任取る”って、日本社会の理想化された責任論ほぼ全部入ってるので。あと水戸黄門、“身分開示で問題解決する構造”なので、情報非対称性を利用した統治モデルとしても興味深いです」
「違うのよ。分析がもう大学の講義なのよ」
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その時。
コンコン。
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扉がノックされる。
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「……失礼します」
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エリシアだった。
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金髪。
寝巻き姿。
少し困った顔。
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「その……少し、お話を」
「どうぞ」
ノベェンタが普通に返す。
リゼが横目で見る。
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(無防備!!)
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エリシアは暖炉前へ座った。
少し沈黙。
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「……あの」
「はい」
「ノベェンタさんって、何者なんですか?」
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リゼが嫌な予感を覚える。
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ノベェンタは少し考え。
そして。
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「なるほど。これは時代劇で言うところの“旅の素浪人へ正体確認入る場面”ですね。本来こういう時、“ただの通りすがりですよ”って返すのが様式美なんですが、実際には通りすがりの浪人が藩政レベルの陰謀解決してるので全然ただ者じゃないんですよね。ちなみに江戸時代、旅人は関所制度の影響で現代人より移動自由度かなり低めでした」
「もうその入り方やめなさいよ!!」
リゼが即ツッコミする。
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だが。
エリシアは笑っていた。
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「……ふふ」
「?」
「なんか、安心しますね」
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リゼの表情が固まる。
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(危険!!)
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エリシアは少し頬を緩めた。
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「ずっと皆、“悪役令嬢らしくしろ”か、“可哀想な人ですね”みたいな反応だったので……ノベェンタさんだけ、普通に変な話するから」
「かなり失礼ですね」
「でも、普通なんです」
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リゼが割って入る。
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「いや普通ではないわよ!? この人、ラーメン食べながら量子論とサソリモドキの話するタイプだからね!?」
「リゼさん、サソリモドキはかなり興味深い節足動物ですよ。見た目は終末系クリーチャー寄りですが、実際には毒針なく、酢酸噴射で防衛する“歩く酸っぱい生物”なので」
「フォローになってない!!」
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エリシアが吹き出す。
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その瞬間。
屋敷の空気が少し柔らかくなった。
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ノベェンタは静かに言う。
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「……はい。そこなんですよね」
灰色の瞳。
暖炉の火が映る。
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「人類、“完璧に理解される”より、“ちょっとズレた雑談できる相手”の方が安心する場合あるので。あと長期関係って、“問題解決能力”より“どうでもいい会話継続できるか”の方が重要だったりする。夫婦とか友人関係、“何話してたか覚えてない時間”が意外と共同体接着剤なので。ちなみにプレーリードッグ、危険を知らせる鳴き声へ“人間が近づいてきた”みたいな情報差ある説あります」
「へぇ〜人間区別出来るのって…これいる?」
「認知緩衝材です」
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エリシアは少し笑いながら言う。
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「……なんか、不思議な人ですね」
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リゼ。
危機感上昇。
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「いやほんと気を付けて。この人、“優しそう”に見えて急に“ちなみに鎌倉幕府成立年は——”とか始まるから」
「最近、時代劇影響で歴史接続頻度上がってますね。ちなみに江戸町奉行、一万人程度の武士で百万都市運営してたので、実際には町人自治依存かなり強かったんですよ。つまり“お上が全部管理していた江戸”というイメージ、実態はかなり共同体自己運営寄りです」
「ほら始まった!!」
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だが。
エリシアは。
真剣な顔で、
ノベェンタを見ていた。
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「……でも」
「?」
「ノベェンタさんって、“ちゃんと見てくれる人”ですよね」
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静かになる。
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リゼの目が細まる。
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(危険度S)
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エリシアは続ける。
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「皆、“悪役令嬢”とか“辺境伯令嬢”とか、“役割”しか見てなかった。でもノベェンタさんだけ、“私が何を知らないか”とか、“どう困ってるか”を普通に見てくれたので」
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ノベェンタは少し黙る。
そして。
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「……なるほど」
「え?」
「時代劇でも、“身分ではなく個人を見る人物”って人気出るんですよね。“町娘として扱う”とか、“悪人にも事情聞く”とか。結局人類、“役割ではなく人格見てくれる存在”へ弱いので。あとラッコ、寝る時に海藻へ身体巻き付けて流されないようにする個体います」
「もうラッコに詳しくなってきた自分……」
リゼが頭を抱える。
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そして。
エリシアが、
ほんの少し赤くなる。
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リゼ。
即座に立ち上がる。
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「よし!! もう寝ましょう!! はい解散!!」
「えっ」
「夜って感情バグるから!! 人類、暖炉と静かな会話と命の恩人補正入ると認知かなり危険なの!!」
「リゼさん、“恋愛フラグ管理役”みたいになってますね」
「誰のせいだと思ってんのよ!!」
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その時だった。
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ピシ。
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窓の外。
黒いヒビ。
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まだ。
“外側”は消えていない。
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だが。
暖炉前の空気は、
少しだけ温かかった。
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ノベェンタは静かに窓を見る。
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「……人類、“物語”には飲まれやすいですが、“誰かと囲む暖炉”には結構強いんですよね。あと時代劇、大体最後に鍋食う回は平和です」
「そんな法則あるの!?」
「体感です」
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雪は静かに降り続けていた。
人類、推し作品へ評価ボタン押す時だけ異様に理性と羞恥が戦いますよね。
「いやでも作者に圧掛けたくないし……」
「でも応援はしたいし……」
「ていうか今さら押すのも……」
みたいな。
ちなみにネコは「この人、安全そう」と判断した相手の近くで急に腹を出して寝始めますが、あれ生物学的にはかなり高レベル信頼行動です。
つまりブックマークも、だいたい同じです。
創作者側、
「うわっ……安心されてる……」
になります。
あと評価って、“面白かった”の記録でもありますが、
未来の自分へ向けた「昔これ好きだった」のタイムカプセルでもあるので。
もし少しでも、
「なんか好きだな、この空気」
と思って頂けたら、
ブクマや評価など頂けると嬉しいです。
作者、
かなり静かにゴロゴロします。




