第三十二話 「悪役令嬢という概念、“物語が都合よく感情整理したい時”に発生する便利な圧縮人格なんですよね」
境界層《E-72辺境圏》。
北方辺境都市。
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雪だった。
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石畳。
煙突。
薄灰色の空。
いかにも“異世界辺境領地”という感じの町並み。
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だが。
ノベェンタは第一声でこう言った。
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「……なるほど。辺境領、“スローライフ感”ある見た目してますが、実際には物流・防衛・農業・気候リスク全部乗ってるので、かなり高難易度運営なんですよね。あと中世風世界、“パンと塩”の重要度が現代人想像より遥かに高いので。ちなみにネパール高地では、ヤクの乳から作る硬質チーズが長期保存食として重要視されていまして、低温環境だと発酵速度まで変わるんですよ」
「始まったわね……」
リゼがため息を吐く。
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今回の依頼は、
ノア経由だった。
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『物語汚染型』
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それが、
案件分類名。
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“外側”が、
世界へ強制的な役割構造を流し込んでいる。
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勇者。
聖女。
悪役令嬢。
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本来、
存在しないはずの“物語テンプレート”。
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それが、
人間へ上書きされ始めていた。
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「人類、“分かりやすい役割”へ安心感抱きやすいので。物語構造って、“理解しづらい現実”を圧縮整理する認知補助機能でもあるんですよね。だから疲弊社会ほど、“誰が悪で誰が正義か”単純化したがる傾向あります。ちなみにユキヒョウ、獲物不足時は数百キロ単位で移動することもあるらしく、“辺境で生きる”って人類想像以上にエネルギー管理ゲーなんですよ」
「ユキヒョウもなんでそんなとこいるのよ」
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今回の対象。
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辺境伯令嬢。
エリシア・ルーゼンフェルト。
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十八歳。
金髪。
青い瞳。
辺境伯家長女。
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そして三日前。
突然。
“前世”を思い出した。
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——二十九歳。
都内勤務。
経理職。
独身。
辛口レビュー好き。
なろう小説未読。
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「いや意味分かんなくない!? やっばっ!?」
それが、
彼女の第一声だったらしい。
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現在。
辺境伯邸。
暖炉前。
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エリシアは頭を抱えていた。
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「いや待って待って待って。え? 私、異世界転生したの? しかも令嬢!? 何で!? ていうか私、“婚約破棄ざまぁ”とか知らないんだけど!? 急に周りが“悪役っぽい空気”出してくるの怖いんだけど!?」
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ノベェンタは静かに頷いた。
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「なるほど。“テンプレ知識前提型異世界構造”へ、非テンプレ読者が放り込まれたケースですね。人類、“異世界転生”ってジャンル知識共有前提で会話進む場合ありますが、未履修個体からするとかなり意味不明です。急に“あなた悪役令嬢です”って言われても、“それ役職名ですか?”ってなるので。ちなみにネパール、一部地域では“前世で僧侶だった”みたいな話わりと日常会話へ混ざります」
「ネパール気に入っちゃったの何なの!?」
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エリシアは混乱していた。
当然だった。
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三日前から、
周囲がおかしい。
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使用人が怯える。
婚約者が冷たい。
学園内で妙な噂。
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そして。
“聖女”と呼ばれる少女が現れた辺りから、
空気が変わった。
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エリシアは震える声で言う。
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「……最近、皆なんか変なんです。“エリシア様って本当は怖い人だったんですね”とか、“嫉妬深いんですね”とか……いや私そんな事してないんだけど!? むしろ前世では備品発注ミスした後輩のフォローとかしてた側なんだけど!?」
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ノベェンタの目が細まる。
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「はい。“外側”ですね」
「外側?」
「物語強制同期型です。“この世界はこういう話であるべき”って方向へ現実押し込んでる。だから人間個人の実態より、“役割期待”が優先され始めるんですよ。“悪役令嬢だから悪い人のはず”みたいに。あと人類、“ラベル貼られると本人までそれっぽく見え始める”認知バイアスかなり強いので。ちなみにカメレオン、環境へ合わせて体色変えてると思われがちですが、実際には感情や温度変化の影響もかなり大きいです」
「カメレオンがドキドキして見つかっちゃうとかあるの?……」
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その時。
ピシ。
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空気が軋む。
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窓ガラスへ、
黒いヒビ。
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リゼが杖を構える。
「来る!」
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空間が裂ける。
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そこから現れたのは。
“聖女”だった。
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白銀の髪。
純白のドレス。
涙ぐむ瞳。
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そして。
完璧すぎる“善人の顔”。
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『……可哀想』
聖女が言う。
『エリシア様は、本当は寂しかったんですよね?』
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その瞬間。
空気が揺らぐ。
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使用人達の表情が変わる。
兵士達も。
皆。
“悪役令嬢を見る目”になっていく。
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『だから意地悪してしまった』
『だから嫉妬してしまった』
『仕方ないですよね』
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エリシアが青ざめる。
「な、何これ……」
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ノベェンタは静かに言った。
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「“理解したつもりで人格圧縮する現象”ですね。人類、“複雑な他人”を長時間理解し続けるの疲れるので、“可哀想な悪役”“純粋な聖女”みたいに単純化したがる傾向あります。あとSNS炎上、“一人の人格”じゃなく“記号化された敵”として処理されるケースかなり多いので。ちなみにマヌルネコ、見た目ふわふわですが表情筋かなり鋭くて普通に怖い顔します」
「最後でぐちゃぐちゃになるのやめて!?」
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だが。
“聖女”は笑う。
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『大丈夫ですよ』
『皆、あなたを許します』
『ちゃんと悪役になってくれれば』
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黒いノイズ。
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“外側”だった。
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人類へ。
“分かりやすい物語”を押し付ける存在。
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エリシアが震える。
「私……別に悪役なんかじゃ……」
『でも、その方が皆安心できます』
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ノベェンタが小さく息を吐く。
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「はい。そこなんですよね」
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灰色の瞳が細まる。
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「人類、“複雑で理解しきれない他人”より、“分かりやすい役割”へ安心する時あるので。“嫌な奴にも事情ある”って、本来かなり認知コスト高いんですよ。だから物語、“悪役”を作ると楽になる。あと会社でも、“あの人が悪い”で整理した方が空気まとまりやすい場合ありますが、実際には構造問題だったりする。ちなみにフクロウ、見た目賢そうですが種類によってはかなりぽやっとしてます」
「あなたよくフクロウの鳴き声真似てるわよね…」
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そして。
ノベェンタは。
エリシアへ向かって言った。
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「ちなみに質問なんですが」
「え?」
「乙女ゲーム系知識、本当にゼロですか?」
「ゼロ!!」
「婚約破棄イベントとか」
「普通に嫌だけど!?」
「断罪シーン知識は」
「だから知らないって!!」
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沈黙。
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そして。
ノベェンタは少し笑った。
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「……なるほど」
「な、何よ」
「かなり正常ですね」
「意味分かんない!!」
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ノベェンタは黒い剣へ手を掛けた。
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「でも安心してください。人類、“他人を勝手に物語化する”癖ありますが、“実際会って話すと印象変わる”バグも同時搭載してるので。あと長期共同体、“単純な善悪”だけだと維持できません。誰かが風邪引いて、誰かがミスして、誰かがちょっと嫌な奴でも、それでも回っていく。ちなみにカピバラ、かなり雑に他種族受け入れます」
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黒い剣。
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静かに抜かれる。
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カチ。
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“聖女”の笑顔が歪んだ。
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『……理解不能』
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ノベェンタは静かに笑う。
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「はい。人類、“綺麗すぎる物語”には最終的に飽きるので」
人類、推し作品へ評価ボタン押す時だけ異様に理性と羞恥が戦いますよね。
「いやでも作者に圧掛けたくないし……」
「でも応援はしたいし……」
「ていうか今さら押すのも……」
みたいな。
ちなみにネコは「この人、安全そう」と判断した相手の近くで急に腹を出して寝始めますが、あれ生物学的にはかなり高レベル信頼行動です。
つまりブックマークも、だいたい同じです。
創作者側、
「うわっ……安心されてる……」
になります。
あと評価って、“面白かった”の記録でもありますが、
未来の自分へ向けた「昔これ好きだった」のタイムカプセルでもあるので。
もし少しでも、
「なんか好きだな、この空気」
と思って頂けたら、
ブクマや評価など頂けると嬉しいです。
作者、
かなり静かにゴロゴロします。




