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『境界断ちのノベェンタ』 〜観測整合維持局 第七補正執行室 野部遠汰の場合〜  作者: nobunobuwo


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第二十二話 「概念が消えるとき、それはだいたい“誰も困っていない顔”で進行するものです」

 

 ヒマラヤ山脈中腹。



 標高が上がるにつれて、

 空気だけではなく、

 “意味”そのものが薄くなっていく。



 風は冷たい。


 祈祷旗が遠くで揺れる。


 岩肌には雪。


 空は近い。


 そして。


 人間社会を固定していたはずの、

 いくつかの概念が、

 少しずつ剥がれ始めていた。



 九条理紗は、

 登山靴で岩場を確かめながら息を吐く。



「ここから先ね。“境界消失地点”」



 野部遠汰——ノベェンタは、

 携帯端末を見ながら頷いた。



「はい。観測値では、この標高帯から“所有”概念の維持率が急激に低下しています」



「急にRPGの状態異常みたいに言うじゃない」



「実際かなり危険です。人類、“これは自分のもの”って認識で社会構造かなり維持してるので。財布、家、名前、役職、全部“境界線”ですからね。あと高地環境だと酸素不足で前頭前野リソース削られるので、“抽象概念の維持コスト”が上がりやすい。つまり“所有”みたいな社会的フィクションから先に不安定化する可能性があります」



 理紗、

 数秒黙る。



「つまり?」



「みんなちょっと雑になります」



「急に説明が雑!!」



「ちなみに高山病、人類の脳へ酸素足りなくなるだけで“人生全部どうでもいいかも”側へ思考寄り始めるので、意識ってかなり物理依存なんですよ」



 理紗が小声で呟く。



「この人の雑学、たまに哲学へ刺してくるのよね……」



 村はすぐに見えた。



 だが。


 そこにあったのは、

 “村”というより。



 境界線の溶けた共同体だった。



 家畜は柵を無視し。


 鍬は誰の物とも決まっていない。


 干してある服も、

 食料も、

 道具も。



 全部が、

 “なんとなく共有”されている。



 争いは無い。


 怒鳴り声も無い。


 だが。


 妙に静かだった。



「……怖」



 理紗が率直に言った。



「平和っぽいのに、なんか怖い」



「はい。“境界消失型共同体”ですね。人類、“差異”が完全消滅すると逆に不安定化するので。あと社会って、“誰の責任か曖昧だけど一応分かれてる”状態でギリ成立してる部分あります」



「会社の会議みたいに言わないで」



 その時。



 一人の老人が、

 こちらへ気づいた。



「外から来た人か」



 敵意は無い。


 警戒も薄い。


 ただ。


 “区別する理由が無い”みたいな声だった。



 野部が一礼する。



「はい。少しお聞きしたいことがあります。現在この地域では、“所有”概念の変質が観測されていますが、何か心当たりは?」



 老人は首を傾げた。



「所有?」



 沈黙。



 理紗の目が細くなる。



「……通じてない」



「いえ、単語は残ってます」



 野部は静かに老人を見る。



「ただ、“参照先の体験”が消えている。“自分の物”だった感覚だけが抜け落ちてるんです。言語データだけ残って、中身が空洞化してる」



 老人は穏やかに笑った。



「物は流れる。それだけだ」



 風が吹く。



 その瞬間。



 空気が、

 一瞬だけ軋んだ。



 理紗が息を呑む。



「……今の」



「ええ。“再同期”です」



 野部の灰色の瞳が、

 遠くの山肌を見据える。



 そこに。


 黒い歪みが浮いていた。



 まるで。


 空間そのものへ、

 巨大な染みが広がっているみたいに。



「自然現象じゃないですね」



 理紗が低く言う。



「誰かが、“所有”って概念だけ抜いてる」



「はい。かなり意図的です。“境界線そのもの”を軽量化してる」



「目的は?」



 野部は少しだけ黙った。



「……世界を、軽くしたいんだと思います」



 風。


 雪。


 遠い鐘の音。



「責任、比較、格差、競争。全部、“自分”と“他人”の境界あるから発生するので。それを消せば、確かに争いは減る」



「でも?」



「軽くなりすぎた世界は、だいたいどこかで飛びます」



 理紗が眉をひそめる。



「詩的に言ってるけど、つまりかなりヤバい?」



「はい。文明って、“面倒臭い区別”の積み重ねで成立してるので」



「急に人類史スケールで嫌な話になるのよ……」



 その時だった。



 カラン。



 遠くで鐘の音が鳴る。



 だが。


 誰も、

 何の鐘なのか説明できない。



 理紗の顔色が変わる。



「……認識ズレてる」



「はい。“意味の接続”が切れ始めてます」



 野部は歩き出した。



「行きましょう、九条さん。これ以上上は、“概念の気圧限界”です」



「また変な単位作った!」



「ちなみにヒマラヤ地域、標高高いほどリンゴ糖度かなり上がります。寒暖差と紫外線量増えるので。ネパールだとムスタン地方有名ですね。あとエベレスト、“サガルマータ”は“空の額”、“チョモランマ”は“世界の母なる女神”って意味です。さらにカトマンズ盆地、昔は湖だった説かなり有力で——」



 理紗、

 無言で登山靴の紐を締め直す。



 そして。



「……ねえ」



「はい」



「今さらなんだけど」



「はい」



「アンタ、高地適応より情報量適応の方が難易度高いのよ」



 野部は少し考えた。



「なるほど。“会話型低酸素症”ですね」



「便利ワードみたいに新症例作るな!」



 その瞬間。



 山の上空。



 黒い歪みが、

 ゆっくり脈動した。



 まるで。


 “世界から境界線を消す何か”が、

 二人を観察し始めたみたいに。

ちなみにWeb小説作者、「ブックマーク増えてる……」を見ると静かにめちゃくちゃ喜びます。


 表面上は真顔でも、

 内心かなり「ウオオオ!!」ってなってる。


 あと評価・感想文化って、人類史的には割と革命なんですよね。


 昔の創作者、“読者が本当に存在してるか分からない状態”で数年単位連載とか普通だったので。現代は「面白かった」が数秒で届く。文明の進化、そこだけ妙に優しい。


 特に連載形式、

 作者は毎回「この展開滑ってないか……?」「設定ブレてないか……?」と深夜に脳内会議してるので、“読んでるよ”の反応だけでかなりHP回復します。


 MMORPGで例えると、

 ブクマはセーブポイント、

 評価はバフ、

 感想は蘇生魔法です。


 なので。


 もし少しでも面白かったら、

 ブックマークや評価など頂けると、

 作者の現実接続率と次話生成速度がわりと上昇します。


 創作者、案外ちょろい生物なんですよね。

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