第二十話 「勇者というのは“物語の強制終了スイッチ”なので、対話というプロセスを根本から否定しがちなんですよね」
王城の最上階。
そこは本来、王が星を読み、国の行く末を観測するための聖域だった。
だが今、そこは「完璧すぎる暗黒」に塗りつぶされている。
中心に浮かぶのは、幾何学的に完成された真っ黒な球体。
それが脈動するたびに、王都全域に「最適解」という名の呪縛が放射されていた。
「さて、ここまで来れば隠す必要もないだろう」
勇者が、歩みを止めた。
背負っていた簡素な剣を引き抜く。
その瞬間、王城を覆っていた暗黒が、彼の放つ「あまりにも純粋な光」に焼かれて悲鳴を上げた。
「俺はアルヴィス。代々の勇者の血統でも、王家の隠し玉でもない。ただの“世界の免疫反応”だ」
アルヴィス。
その名が名乗られた瞬間、ノベェンタの脳内のデータベースが高速で火花を散らす。
「……なるほど、アルヴィス。北欧語源の『全知』ですか。しかしあなたの性質は全知というより、決定論的な未来の全否定ですね。勇者というシステムは、人類が詰みかけた時に世界が無理やり差し込む『例外処理』。つまり、論理的に勝てない相手を“なんかすごい力”で叩き潰すための、物語上の物理法則無視カードです。ちなみにトランプのジョーカーの起源はタロットの『愚者』だという説がありまして、既成概念の外側に立つ存在という意味では——」
「長い長い! 今は球どうにかしろ!」
勇者アルヴィスは、光り輝く剣先を黒い球体へと向けた。
球体が震え、無数の「声」を放つ。
『……なぜ拒む、アルヴィス。私はお前に最高の勝利を、最高の平和を、最短の道筋で提示している。戦う必要すらない。私の計算に従えば、この世界から不条理は消える。お前が望んだ“犠牲のない世界”だ』
「犠牲がないんじゃなくて、選ぶ余地がないだけだろう」
アルヴィスが踏み出す。
一歩ごとに、床の石畳が光の紋章へと変わっていく。
「俺は勇者として、多くの魔物を斬ってきた。だが、一度だって『これが正解だ』と思って剣を振ったことはない。いつも『本当にこれでいいのか』と迷い、泥を啜りながら、最悪の中からマシな方を選んできただけだ。それを、計算機ごときに“これが最短ルートです”と教えられてたまるか」
黒い球体が膨れ上がる。
最適化の圧力が、ノベェンタたちの精神を圧迫する。
「ノベェンタ! 勇者の光でもあの『核』には届かないわ! 認識の壁が厚すぎる!」
リゼが叫び、必死に障壁を展開する。
ノアも魔導書を広げ、情報の奔流を抑え込もうとするが、球体が提示する「完璧な未来」の解像度に、既存の魔法理論が次々と上書きされていく。
「……確かに。論理に対して論理で挑むのは、演算速度の差で負けます。ですが」
ノベェンタが、一歩前に出た。
彼は剣を抜かず、ただ懐から一袋の「柿ピー」を取り出した。
「アルヴィスさん。あなたの剣で、私ごとあの球体を突いてください」
「正気か? 勇者の魔力はお前を消滅させるぞ」
「いいえ。あなたは“免疫反応”だと言いましたね。免疫は異物を排除しますが、味方まで攻撃すればそれはただの自己免疫疾患です。私が今から、あの球体と一時的に『同期』します。私が“外側”の一部になり、中から情報のバグを流し込む。その瞬間に、あなたの『理屈抜きの暴力』で、この決定論的な檻を壊してほしい」
「作戦が物騒すぎる!」
ノベェンタは柿ピーを一粒、口に放り込んだ。
「ちなみに人類は、ピーナッツと柿の種の黄金比を六対四だと思い込んでいますが、最近のメーカー調査では七対三の方が満足度が高いというデータが出ていまして、つまり、私たちの快感は常に変動し、裏切られるんです。正解なんて、一袋食べ終わる頃には変わってるんですよ」
「なんで世界の危機で柿ピー論文始まるんですか!」
ノベェンタの灰色の瞳が、黒い球体の深淵と重なる。
彼の脳内に、膨大な「正解」が流れ込む。
右足から動かせ。
心拍を三下げろ。
三秒後に瞬きをしろ。
そうすれば、お前の人生は最大幸福に到達する。
「——うるさいですね。私は、ぬるいコーヒーを飲んで、理不尽な上司に愚痴を言って、特に意味もなく猫の動画を見てアニメ見て時代劇見て、ダラダラ夜更かしをしたいんです。その“無駄”こそが、私が私であることの証言なんですよ!」
「急に生活が生々しい!」
ノベェンタの全身から、黒いノイズが噴き出す。
最適化の心臓が、ノベェンタという「あまりにも無駄な情報に執着するバグ」を飲み込み、処理しきれずにオーバーヒートを起こす。
『……理解不能。なぜ、非効率を望む……なぜ……!』
「今です、アルヴィス!」
「——はあッ!」
アルヴィスが跳んだ。
最短距離。最速。だが、そこには何の計算も、迷いも、最適化も介在しない。
ただ「仲間が作った隙を突く」という、泥臭い信頼だけがそこにあった。
聖剣が、黒い球体の中心を貫く。
光が爆発した。
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「正解」を強制していた空間が、ガラス細工のように粉々に砕け散る。
王城に、そして王都に、清浄な風が吹き抜けた。
⸻
数分後。
最上階のテラス。
黒い球体は消え、そこにはただの静かな夜が戻っていた。
ノベェンタは床に座り込み、残りの柿ピーをリゼと分け合っている。
「……全く。死ぬかと思ったわよ」
「ちなみに、極限状態を乗り越えた後の柿ピーは、アドレナリンの影響で塩味が二割増しで感じられるんですよ。実質、高級料亭の味です」
「いや安いままだから!」
リゼが呆れながらも、一粒口に運ぶ。
アルヴィスは剣を納め、ノベェンタの隣に立った。
「……野部、だったな。助かったよ」
「野部遠汰です。ノベェンタと呼んでください。今回のあなたのカット率は素晴らしかった。おかげで説明を三分の二に短縮できました」
「まだ長いよ」
アルヴィスが少しだけ、本当に少しだけ口角を上げた。
「俺はしばらく、この王都の復興を手伝う。ノアから聞いたが、お前はまた別の『境界』へ向かうんだろう?」
「ええ。何しろ現実世界側でも、アインという名の新入社員が私の席を無かった事にしようとしている気がしますから。社会構造的な自分の居場所を確保するのは、魔王を倒すより難解なクエストなんですよ。ちなみに、日本の労働基準法では——」
「始まった始まった!」
アルヴィスが先に歩き出し、リゼが笑いながらそれに続く。
ノアは「やれやれ」と肩をすくめ、最後にノベェンタを振り返った。
「また会おう、ノベェンタ。君のような無駄な男が、この世界には必要なようだ」
「最高の褒め言葉として受け取っておきます」
ノベェンタは立ち上がり、夜空を見上げた。
「さて。ちなみに人類は、大きな仕事を終えた後はだいたい寝不足で、次の日の午前中の生産性が著しく低下するんですよね。……帰って、少し寝ますか」
境界断ちの男は、誰もいない空間に向かって一言雑学を付け加え、静かに闇へと消えていった。
「あ、ちなみに。ペンギンは恋人同士で手を繋いで寝ることもあるそうですよ。……まあ、私は一人ですけどね」
ちなみにWeb小説作者、「ブックマーク増えてる……」を見ると静かにめちゃくちゃ喜びます。
表面上は真顔でも、
内心かなり「ウオオオ!!」ってなってる。
あと評価・感想文化って、人類史的には割と革命なんですよね。
昔の創作者、“読者が本当に存在してるか分からない状態”で数年単位連載とか普通だったので。現代は「面白かった」が数秒で届く。文明の進化、そこだけ妙に優しい。
特に連載形式、
作者は毎回「この展開滑ってないか……?」「設定ブレてないか……?」と深夜に脳内会議してるので、“読んでるよ”の反応だけでかなりHP回復します。
MMORPGで例えると、
ブクマはセーブポイント、
評価はバフ、
感想は蘇生魔法です。
なので。
もし少しでも面白かったら、
ブックマークや評価など頂けると、
作者の現実接続率と次話生成速度がわりと上昇します。
創作者、案外ちょろい生物なんですよね。




