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『境界断ちのノベェンタ』 〜「観測者が意思決定した瞬間、世界線は収束します」意識高い系エリート社畜、たまに世界を救う  作者: nobunobuwo


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第十九話 「自由意志というものは、だいたい“選ばなかった選択肢の死骸”の上に成立しています」

 王都、中央広場。


 そこは、この国で最も「情報の密度」が高い場所だった。


 石造りの円形劇場のような広場には、四方から大通りが流れ込み、無数の市民や商人が行き交っている。


 だが、今のそこには異様な「静寂」が澱んでいた。


「……動いてないわね。一人も」


 リゼが杖を握り直し、喉を鳴らす。


 広場には、数百人の人々がいた。


 だが、彼らは全員、中途半端な動作のまま静止している。


 果実を手に取ろうとした主婦。

 荷車を引こうとした人足。

 語り合おうとした恋人たち。


 死んでいるのではない。呼吸もしているし、瞬きもしている。


 ただ、彼らの瞳には「次の動作を決めるための光」が欠落していた。


「典型的な『選択の飽和』によるシステムフリーズですね」


 ノベェンタは平然とした顔で、静止した商人の横を通り過ぎる。


「人類って、実は“選ぶ”という行為に莫大な脳のリソースを消費するんですよ。スーパーのジャムの法則という有名な実験がありまして、選択肢が二十四種類ある時よりも、六種類しかない時の方が購入率が四倍も高かった。つまり、自由というのは一定量を超えるとただの毒になります。ちなみに現代日本のコンビニに並んでいる飲料水の種類は——」


「また始まった……」


 リゼが額を押さえた。


「そこまでだ」


 勇者の短い声が、さらに追撃する。


 彼は広場の中央、噴水の縁に腰掛けている一人の少女を指差す。


 少女は、空っぽの籠を抱えていた。


 その視線は地面の石畳の一点を見つめ、微動だにしない。


「彼女は三時間前からあのままだ。周囲に“外側”の気配はない。だが、誰も彼女を動かせないし、彼女自身も動けない」


 ノアが重々しく口を開く。


「魔導的な呪いではない。精神干渉の痕跡も薄い。ただ、彼女の内の“意志”だけが、どこにも接続されていないんだ」


 ノベェンタは少女の前に屈み込んだ。


 その灰色の瞳が、少女の瞳の奥——情報の深淵を覗き込む。


「……なるほど。ある意味これ、外部からの"攻撃"じゃないですね」


「どういうこと?」


 リゼが顔を寄せる。


 ノベェンタは少女の抱える空っぽの籠を指で叩いた。


「“外側”が提供しているのは、攻撃ではなく“完璧な最適解の提示”です。おそらく彼女は、籠に入れるべき最高の果実を、最高の価格で、最高のタイミングで手に入れるための“唯一の正解”を脳内に流し込まれ続けた。結果として、それ以外の“正解じゃない選択”をすることが不可能になったんです」


「また面倒くさい事して……」


 リゼが即座に吐き捨てた。


「正解ができるなら、動けるはずじゃないか」


 勇者の問いに、ノベェンタは悲しげに首を振った。


「人類は、正解だけで動けるほど合理的じゃないんですよ。私たちの意志の本質は、“間違っているかもしれないけど、こっちにする”という不確定性の跳躍にあります。全ての選択肢に確定したスコアが付与され、〇・〇〇一%の差で優劣が決まってしまったら、それはもう“意志”ではなく“計算”です。計算機は、入力が無限に最適化され続けると、次の演算を開始できなくなります。ちなみにチェスのトッププレイヤーが最も時間をかけるのは、互角の局面ではなく、むしろ“どちらを選んでも勝てるが良い方の手が多すぎる”局面だったりします」


「チェスでわからん…」


 リゼが疲れた声で言う。


 ノベェンタは立ち上がり、周囲の静止した人々を見渡した。


「“外側”は学習したんです。恐怖で縛るより、完璧な論理で“迷いを消す”方が、人類を効率的に停止させられると。これは救済の形をした、最も残酷なシャットダウンですよ」


 その時。


 少女の瞳に、黒い火花が散った。


 広場全体の「静寂」が、不快な高周波のノイズへと変質する。


 静止していた数百人の口が、同時に、しかし無機質に開き始めた。


『……正解は、どこ?』


 合唱。


 感情の乗らない、情報の地滑りのような声。


『どれを選べば、後悔しない?』

『損をしたくない』

『失敗したくない』

『最も効率的な人生は、どれ?』


「……うわ、聞いてられない」


 リゼが嫌悪感を露わにする。現実世界での「就活」や「評価」のプレッシャーがフラッシュバックしたような顔だ。


「これ、どうすればいい? 斬ればいいわけ?」


 勇者が剣の柄に手をかける。


 だがノベェンタはそれを制した。


「物理的な切断は無意味です。彼らの脳内では今、無限の最適化計算がループしている。必要なのは、破壊ではなく“ノイズ”の投入です。論理を壊すための、圧倒的に非合理で、説明のつかない、クソどうでもいい情報」


「嫌な予感しかしない!」


 リゼが即答した。


 ノベェンタは深呼吸をした。


 その瞳に、膨大な「無駄」が蓄積されていく。


「勇者さん、リゼ、ノアさん。耳を塞いでいてください。今から私が、この世界の整合性を一時的にズタズタにします」


「うわっ予告の時点でだいたいわかるわ!」


「何をするつもりだ?」


 ノベェンタは少女の耳元に口を寄せた。


「ちなみに人類はですね——」


「始まったぁ……」


 リゼが遠い目をした。


 そこからの五分間、王都中央広場は「意味の地獄」と化した。


「——タコは心臓が三つありますが、そのうち二つは鰓に血を送るためだけの専用ポンプなんです。つまりタコは循環器系においても冗長性を確保しているわけですが、一方でストレスが溜まると自分の足を食べるという極めて非合理な自傷行為に走ります。あと、中世ヨーロッパの裁判では豚が被告人として出廷した記録があり、しかもちゃんと弁護士がついたケースもありまして、これは法的人格の定義が現代とは……」


「情報の渋滞で頭痛い!」


 リゼが叫ぶ。


 流れるような、しかし完全に文脈を無視した情報の奔流。


 ノベェンタの口から溢れ出すのは、救済でも正義でもなく、「知らなくても一切困らない世界のバグのような事実」の堆積だった。


 最適化の波に呑まれていた少女の脳が、突如放り込まれた「豚の弁護士」という予測不能なノイズに激しく拒絶反応を起こす。


『……え? 豚の弁護士?』


 少女の声が、初めて「計算」から外れた。


「そうです。あと、キリンの舌は青紫色で、日焼けを防ぐためにメラニン色素が集中しているんです。四〇センチもあります。長いので、彼らは自分の耳を掃除したりします。どうですか、このリソースの無駄遣い。最高に勇気づけられませんか?」


「勇気づけの定義が狂ってる!」


 ピシ、と空間にヒビが入る。


 「正解」という名の呪縛が、あまりにもくだらない雑学の重みで砕け散っていく。


 少女が、ポロポロと涙をこぼした。


 それは悲しみではなく、脳が「理解できないもの」に触れて再起動した時の生理反応だった。


「……あ、あはは。何それ。キリン、耳掃除キモ!」


 少女が笑った。


 その瞬間、広場の人々に色が戻った。


 最適化ループが解け、人々が「あ、今日何食べようかな」「あっちのリンゴの方が安そうだけど、こっちの店主の方が愛想がいいからこっちでいいや」という、曖昧で不完全な、だが力強い「意志」を取り戻していく。


「……解決した、のか?」


 勇者が呆然と呟く。剣を抜く暇もなかった。


「一時的な処置です。彼らが“正解”という強迫観念に戻らないうちに、物理的な汚染源を叩く必要があります」


 ノベェンタは汗を拭い、水を一口飲んだ。


「ちなみに、今ので私の認知リソースの八割を使い切りました。しばらくは語彙力が低下し、『猫は可愛い』くらいのことしか言えなくなる可能性があります。あと、猫は液体です」


「いつもと誤差ゼロですね」


 リゼが即座に返す。


 ノアが広場の向こう、王城の塔を指差す。


 そこには、先ほどまでなかった「真っ黒な太陽」のような球体が浮かんでいた。


「あそこだ。あの“最適化の心臓”が、王都全域に正解を強制している」


「行きましょう」


 ノベェンタが歩き出す。


 その足取りは、先ほどよりも少しだけ軽かった。


「正解のない世界へ。ちなみに、次の角を右に曲がると美味しいパン屋がありますが、今日はあえて左に行きましょう。その方が、人生の観測価値が高い気がしますから」

ちなみにWeb小説作者、「ブックマーク増えてる……」を見ると静かにめちゃくちゃ喜びます。


 表面上は真顔でも、

 内心かなり「ウオオオ!!」ってなってる。


 あと評価・感想文化って、人類史的には割と革命なんですよね。


 昔の創作者、“読者が本当に存在してるか分からない状態”で数年単位連載とか普通だったので。現代は「面白かった」が数秒で届く。文明の進化、そこだけ妙に優しい。


 特に連載形式、

 作者は毎回「この展開滑ってないか……?」「設定ブレてないか……?」と深夜に脳内会議してるので、“読んでるよ”の反応だけでかなりHP回復します。


 MMORPGで例えると、

 ブクマはセーブポイント、

 評価はバフ、

 感想は蘇生魔法です。


 なので。


 もし少しでも面白かったら、

 ブックマークや評価など頂けると、

 作者の現実接続率と次話生成速度がわりと上昇します。


 創作者、案外ちょろい生物なんですよね。

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