第百八十二話 「“未知”って、人類わりと“克服するもの”だと思いがちなんですけど。実際には“付き合い方を覚えるもの”なので。知性って、最後は答えより安心を持って旅へ出るんですよね」
⸻
惑星パンドーラ。
⸻
朝だった。
空は高い。
風は優しい。
市場は開いている。
井戸には人が集まる。
学校からは子供達の声。
平和だった。
⸻
飛行船停泊場。
白銀の飛行船。
修理完了。
土佐備長炭搭載済み。
何故か性能向上済み。
⸻
ハイエルフ達。
まだ納得していない。
⸻
「本当に意味が分かりません」
技術者。
⸻
「炭ですよぉ」
野村部長。
⸻
「だから何故ですか」
⸻
「高知だからですよぉ」
⸻
沈黙。
⸻
「……こ、高知だからですか」
⸻
ハイエルフ技術者。
人生で初めて聞く理論だった。
⸻
ノヴァン。
吹き出した。
「もうそれで良い気がしてきたな」
⸻
笑いが広がる。
⸻
そして。
出発の時間。
⸻
セレスティアが微笑む。
「調査は完了しました」
「未来予測崩壊現象」
「世界樹観測異常」
「パンドーラ人格形成」
⸻
「全部理解出来たとは言いません」
「ですが」
「かなりわかりみが深まりました」
⸻
野村部長。
「便利だなぁその言葉」
⸻
笑いが広がる。
⸻
その時だった。
世界樹が光る。
白銀。
金色。
虹色。
⸻
風が止まる。
⸻
【……キノピー】
⸻
静寂。
⸻
「にゃ?」
⸻
【……サワル】
【……サワッテ】
世界樹。
⸻
全員が見上げる。
⸻
キノピー。
首を傾げる。
「にゃー?」
⸻
だが。
歩く。
世界樹へ。
巨大な白銀の幹。
遥か天へ伸びる枝。
⸻
そして。
そっと触れた。
瞬間。
光。
宇宙。
星々。
銀河。
生命。
誕生。
遥か昔。
⸻
まだ。
文明も無かった頃。
誰かの声。
⸻
【託す】
【大丈夫を】
⸻
【未知へ】
⸻
静寂。
⸻
そして。
無数の鈴。
無数の笑い声。
無数の猫。
⸻
星々を渡る共同体。
ニャンベルタン。
未知へ。
安心を届ける者達。
宇宙最古の相互承認ネットワーク。
⸻
その誕生。
⸻
そして。
原初の使命。
【未知は消さなくていい】
【怖くてもいい】
【ただ】
《【宇宙の大丈夫】を伝えなさい 》
⸻
静寂。
⸻
光が消える。
現実。
⸻
全員。
キノピーを見る。
⸻
「どうしたにゃ?」
リンベル。
⸻
キノピー。
数秒停止。
そして。
「思い出したにゃ」
⸻
静寂。
⸻
「何を?」
ノベェンタ。
⸻
キノピー。
「ニャンベルタンが生まれた時にゃ」
「昔」
「宇宙から頼まれたにゃ」
「未知を無くすんじゃないにゃ」
「未知へ大丈夫を届けるんだにゃ」
⸻
静寂。
⸻
誰も喋らない。
⸻
キノピーは続けた。
「でも忘れてたにゃ」
⸻
佐伯。
「忘れてたの!?」
⸻
「忘れてたにゃ」
即答。
⸻
全員。
頭を抱える。
⸻
キノピー。
「だから人類も」
「未知を見ると怖くなったにゃ」
「怖いから戦ったにゃ」
「怖いから閉じたにゃ」
「怖いから“外側”も生まれたにゃ」
⸻
「でも」
キノピー。
少し笑う。
「未知は悪くないにゃ」
「知らないから面白いにゃ」
「分からないから会いに行くにゃ」
「だから」
⸻
テヘペロ。
⸻
「思い出したからもう大丈夫にゃ♡」
⸻
静寂。
⸻
ノベェンタ。
「えぇ……」
⸻
リゼ。
「えぇ……」
⸻
アイン。
「えぇ……」
⸻
ノヴァン。
「えぇ……」
⸻
セレスティア。
「えぇ……」
⸻
野村部長。
「宇宙規模のうっかりだなぁ」
⸻
爆笑。
その笑い声を聞きながら。
⸻
パンドーラは。
静かに光った。
⸻
【……ソッカ】
⸻
優しい声。
⸻
【……ワカラナクテモ】
【……イイ】
⸻
風。
⸻
【……コワクテモ】
【……イイ】
⸻
静寂。
⸻
【……ダイジョウブ】
⸻
【……ミンナ】
【……ダイジョウブ】
【……ウチュウノダイジョウブ】
⸻
砂漠の民。
ハイエルフ。
会社員。
猫。
惑星。
全部。
同じ空の下にいた。
⸻
その時。
ノベェンタが静かに空を見上げる。
「興味深いですね」
⸻
「それで締めるんですか?」
佐伯。
⸻
「締まる気がします」
⸻
「人類、“未知を理解したら安心出来る”と思いがちなんですけど、実際には逆なんですよね。安心出来るから未知へ近付けるんです。だから文明は海を渡りましたし、山を越えましたし、宇宙を目指しました。つまり知性体、“答え”によって前進するのではなく、“大丈夫”によって前進している可能性があります」
⸻
風。
⸻
「だから」
⸻
少し笑う。
「この結末はかなり好きです」
⸻
リゼも笑った。
「私も」
⸻
飛行船が浮上する。
白銀の光。
風。
空。
⸻
ハイエルフ達が手を振る。
砂漠の民が手を振る。
東央マテリアル営業企画部も手を振る。
⸻
そして。
パンドーラは。
宇宙へ向かって。
迷いなく言った。
⸻
【……アリガトウ】
⸻
【……ウチュウ】
⸻
風が吹く。
世界樹の葉が揺れる。
⸻
【……ダイジョウブ】
⸻
その言葉は。
どこまでも遠く。
どこまでも優しく。
星々の間を渡り。
未知へ向かって。
⸻
静かに旅していった。
⸻




