第百七十九話 「“長寿種”って、人類わりと“何でも知ってる賢者”だと思いがちなんですけど。実際には“たくさん失敗した人達”なので。知性って、長く生きるほど柔らかくなる場合もあるんですよね」
⸻
惑星パンドーラ。
⸻
朝だった。
空は青い。
砂漠の風は穏やかだった。
市場は開いている。
井戸には人が並ぶ。
子供達が走る。
⸻
平和だった。
⸻
その時。
空が影になった。
巨大な飛行船。
白銀。
金装飾。
樹木を思わせる曲線。
翼のように広がる帆。
ゆっくりと。
オアシスの集落上空を横切る。
⸻
街中が見上げた。
「うわぁ……」
少年。
⸻
「でかいにゃ」
キノピー。
⸻
ノヴァン。
少し眉を上げる。
「来たか」
⸻
「知り合いですか?」
佐伯。
⸻
「知り合いというか」
⸻
「上司だ」
⸻
沈黙。
⸻
「嫌な言い方するなぁ……」
野村部長。
⸻
飛行船はゆっくり降下する。
砂漠の外れ。
着陸。
そして。
扉が開いた。
長い銀髪。
尖った耳。
白い外套。
金の刺繍。
美形。
美形。
美形。
全員美形だった。
⸻
佐伯。
「圧が凄い」
⸻
「顔面偏差値が高過ぎます」
ノベェンタ。
⸻
その先頭。
一人の女性ハイエルフが降りてくる。
柔らかな笑顔。
穏やかな目。
そして。
⸻
「わかりみが深いですね」
⸻
沈黙。
⸻
全員。
「え?」
⸻
ハイエルフ。
「え?」
⸻
沈黙。
⸻
リゼ。
「今なんて?」
⸻
「わかりみが深いですね」
当然の顔だった。
⸻
野村部長。
「ハイエルフってそういう感じなの?」
⸻
ノヴァン。
「そういう感じだ」
⸻
「マジかぁ」
⸻
女性ハイエルフが微笑む。
「申し遅れました」
「世界樹管理領域北方監督機関所属」
「ハイエルフ評議会第七観測局」
「セレスティアです」
⸻
一礼。
完璧だった。
⸻
だが。
「最近のパンドーラさん」
「完全に自己実現フェーズへ移行していますよね」
⸻
沈黙。
⸻
佐伯。
「何て?」
⸻
セレスティア。
「自己実現フェーズです」
「マズロー的に」
当然だった。
⸻
その瞬間。
ノベェンタ。
完全停止。
そして。
完全起動。
⸻
「おぉ……」
灰色の瞳が輝く。
「ハイエルフです」
⸻
「本物です」
⸻
「いや本当に存在したんですね。もちろん理論上は知っていましたし、歴史資料も読んでいましたし、北方渓谷文明圏の記録も確認済みなんですが、実物を見ると情報量が凄いです。まず耳が良い。美しい。そして長い。あと外套の織り方が古代樹上都市系ですね。金刺繍も第六期世界樹信仰圏の意匠が混ざっています。素晴らしいです。さらに興味深いのはハイエルフ文化、人類が想像するほど保守的ではないんですよね。長寿種って変化を嫌うイメージありますけど、実際には数百年単位で価値観更新しないと文明に置いていかれるので、むしろ適応能力がおかしい。歴史上でも何度も思想転換していますし、芸術様式も変わりますし、宗教解釈も変わりますし、最近だと“わかりみが深い”まで採用している。かなり柔軟です。あとファンタジー作品におけるエルフ、人類の理想化された自然観を投影されがちなんですけど、本来長寿種って絶対もっと面倒なんですよ。だって二千年生きるんですよ? 二千年前の黒歴史覚えてるんですよ? 人類なら中学時代の失敗を忘れたいのに、ハイエルフは文明単位で思い出せるんです。精神衛生上かなり大変です。さらに長寿による意思決定問題もあります。百年後を見据える投資が普通になりますし、森林保全も本気ですし、教育も数世代単位です。つまり彼らは賢者というより超長期運用型文明管理者なんですよね。あと個人的に非常に興味深いのは——」
⸻
「野部くん」
リゼ。
⸻
「はい」
⸻
「落ち着いて」
⸻
「無理です」
⸻
即答だった。
⸻
セレスティア。
少し笑う。
「評判通りですね」
⸻
「評判あるんですか?」
佐伯。
⸻
「あります」
⸻
「世界樹が最近ずっと話していますので」
⸻
静寂。
⸻
全員。
「え?」
⸻
セレスティア。
「毎日です」
「ノベェンタが」
「リゼが」
「部長が」
「キノピーが」
「今日はこうだった」
「今日は楽しかった」
「今日は魚を焼いた」
「今日は大丈夫だった」
⸻
沈黙。
⸻
野村部長。
「めちゃくちゃ喋ってるなぁ!?」
⸻
その時。
世界樹が光る。
【……サカナ】
⸻
静寂。
⸻
【……オイシイ】
⸻
沈黙。
⸻
セレスティア。
「その話です」
⸻
全員。
吹き出した。
⸻
風が吹く。
白銀の葉が揺れる。
セレスティアは空を見上げた。
その目は優しかった。
「昔の世界樹は」
「未来しか見ていませんでした」
「未来予測」
「文明監視」
「世界維持」
⸻
「でも最近は違います」
「誰が笑った」
「誰が悲しかった」
「誰が友達になった」
「誰が大丈夫だった」
⸻
静かな声。
「つまり」
「世界が世界である事をやめ始めています」
⸻
静寂。
⸻
ノベェンタ。
「なるほど」
「人格形成ですね」
「わかりみが深いです」
⸻
リゼ。
「うつった」
⸻
セレスティア。
「ようこそこちら側へ」
⸻
ノベェンタ。
「ありがとうございます」
⸻
しれっとに意気投合していた。
⸻
その時。
世界樹が。
少しだけ強く光る。
⸻
【……アタラシイ】
【……トモダチ】
⸻
セレスティアは微笑んだ。
「はい」
「初めまして」
⸻
風が吹く。
世界が少しだけ嬉しそうに揺れた。
そして。
遥かな宇宙の向こうへ。
今日もまた。
小さな声が旅を始める。
⸻
【……ウチュウノ】
【……ダイジョウブ】
⸻
今度は少しだけ。
⸻
自信がある声だった。
⸻




